つきは東に陽は西に 4
「―わかりました。はい…ありがとうございます。こちらからも人を出して対処いたしますので、そうお伝えいただければ」
都はそう言って大きな溜息と共に受話器を置いた。
「どうしたの?誰からの連絡?」
都の隣の机で作業をしていた狂華はただならぬ様子の都を見て、作業の手を止める。
「外務省からで、南アフリカの事務所がテロ食らったって」
「……え?」
「ひなたんとこが爆弾で吹っ飛んで、桜は意識不明の重体、ひなたとみつきは行方不明。ただ、見つかったときに桜は応急処置を受けていたみたいだからひなたかみつきかどっちかは生きていると思う。…というか、死亡の痕跡がないからどっちも生きていると思うんだけど…最悪だわあのバカ…ああもう…なんで自分で連絡してこないのよ。国連、国経由で連絡が来るとか、完全に対応が後手に回っちゃってるじゃないのよ」
都は両手で顔を覆って、再び大きな溜息をつく。
「狂華、今から言うメンバーを集めて南アフリカでみつきとひなたを探させて。みつきはともかく、あのバカが暴走して下手なところに喧嘩売ったら外交問題になっちゃう」
「了解。誰を呼べばいい?」
「そうね……夏樹、こまち、真帆、ニア。この辺はひなたの事情も知ってるし、合流させてもひなたは嫌がらないでしょ」
「了解、小隊長はニアだね?」
「あとはそうね…もうひとりくらい戦力として……いやもう無理か」
「朱莉のこと?」
「そう。しかたなかったとは言え、奪還作戦の時に目立ち過ぎちゃったから、もう軽々しく動かせない」
「今の朱莉を黙って動かしたらヘタすれば戦争になっちゃうもんね」
「あーあ。国連は本当に面倒くさい規定を作ってくれたものだわ。『一定以上の実力のある魔法少女は渡航時に国連の承認を得る必要がある』なんてさ。みつきなんかは隠せているからいいけど、お陰であんたと海外旅行にも行けやしない」
「まあ、その規定がなくてもどっちみち暇がないけどね」
そう言って苦笑しながら、狂華はシステムを立ち上げ該当のメンバーの位置を把握し、航空券の手配をする。
「…あ、じゃあセナはどうかな?丁度東京に出てきていて、今もこまちと一緒にいるみたいだし」
「セナか……」
狂華の提案を聞いて、都は椅子の背もたれに体を預けて、大きく息を吐きだした。
「実際どうなの?メンタルの弱さは克服できたの?今回は十中八九人死にが出るわよ。それは味方かもしれないし、敵かもしれないけど、そこでショック状態になんてなられたら他の人間を巻き込みかねない」
「うーん…でも、鍛えなきゃいつまでたっても強くならないでしょ。彼女はなんだかんだで成績もよくて、次世代のエース候補なんだし、もっと強くなってもらわないと」
「あんた、可愛い顔して結構鬼教官よね…」
「と、いうわけでやって来ました南アフリカー!」
空港を一歩出たこまちは、そう言って楽しげに両手を突き上げた。
「いや、やってきましたーじゃなくて。なんで私達こんな地球の裏側までやってきたんですか?」
コロコロと二人分のスーツケースを転がして出てきたセナがこまちとは対照的に疲れきった表情で尋ねる
「チッチッチ、違うよセナ。日本から見て地球の裏側はブラジルだよっ!」
「いえ、そういうことを言っているのではなくて…というか、テンション高いですね、お姉さま」
「だって私、実はこれが初・海・外・旅・行!なんだもん。しかも公費!」
「いや、公費の段階で海外旅行じゃなくて、完全に仕事ですよ。メンバーも夏樹さんにニアさん、それに…えっと…真帆さんですし」
「そういえば、セナは真帆ちゃんと面識あるんだっけ?」
こまちがセナに尋ねると、セナはふるふると首を横に振った。
「真帆さん劇中では3年生ですし、あんまり近づくと変な新聞書かれるからなるべく近寄らないほうがいいって彩夏が―」
「なるほど。最近取材がうまくいかないと思っていたら、あの子が獅子身中の虫だったってわけか。新聞部に入りたいなんて珍しいと思ったら、なるほどなるほど…そういえばあの子、朱莉と仲いいもんなぁ」
「ひっ」
セナは突然背後に現れた真帆に驚いて飛び退くが、こまちはニコニコと笑いながら振り返りざまに手を上げて真帆とハイタッチをする。
「よーっす、真帆ちゃん」
「おーっす、こまち」
「先についていたんだね」
「うん。あたしの乗った便のほうが一本早かったみたい。というか、ニアちんも夏樹も見当たらないからあたしが一番乗りだったみたい」
「そうなんだ。最近どうよ?」
「ぼちぼち楽しくやってるよ。この間も鈴奈をからかって遊んだし」
「ああ、それでなんかあちこち怪我してるんだ。気が短いもんね、鈴奈ちゃん」
こまちの言うとおり、スカートの裾から包帯が覗いていたり、眼帯をしていたり、ところどころ絆創膏が貼ってあったりと、真帆はあちこち微妙に怪我をしていた。
「そうなんだよ。ちょっとおもしろおかしく彼氏の浮気をでっち上げたら、マジギレして夜中に襲撃さ。あんな写真、よく見ればトリミングしただけだって分かりそうなものなのに、『騙されたー!死んで償えー!』って。ああいうの、マジ勘弁してほしいわ。しかも鈴奈にネタばらししたのが朱莉でさ、ご丁寧に楓さんに根回しして私が関西支部の回復装置使えないように手配してやんの。お陰でこうして普通の人間みたいに自然回復待ちってわけ」
「それは大変だね。ちなみに真帆ちゃんは今回の仕事の内容聞いてる?」
「いんや、聞いてない。ただ、ひなたさんが爆弾でふっ飛ばされたとかって話を小耳に挟んだから、それ絡みかなって思ってる。まあ、裏が取れてないからなんとも言えないけど、メンツを考えればそんな感じじゃない?」
「ああ、それで私と真帆ちゃんと夏樹ちゃんなわけか。ニアちゃんは都ちゃんの腹心だからひなたさんの事もみつきちゃんのことも知ってるだろうし」
「お姉さま、みつきちゃんのことって?」
「みつきちゃんね、ひなたさんの娘なんだよ」
「ああなるほど、そういう……って、ええーーーっ!?」
一瞬納得しかけたセナだったが、すぐに衝撃の事実に気づいて驚きの声を上げる。
「え?どういうことですか?本当に娘さんなんですか?」
「うーん…結局どうなんだろう。真帆ちゃん聞いてる?」
こまちが話を振ると、真帆は首を振りながら肩をすくめてみせる
「さあね。公安のレッドホットチキンこと魔法少女一のチキン野郎、相馬陽太さんがその後DNA鑑定したって話は聞かないからあやふやなままじゃないの?」
「ええと…ごめんなさい。私のアタマが悪いのかもしれないのですけど、みつきちゃんはひなたさんの本当の娘さんではないんですか?」
「そこがややこしいらしくてね。ちょっと特殊な事情があって、戸籍上は間違いなくみつきちゃんは相馬陽太さんの娘なんだけど、血がつながっているかどうかは確認してないんだってさ。で、そういうことやらなんやら諸々含めて、現恋人の桜ちゃんに話したほうがいいかっていう相談を、ちょっと前に私と真帆ちゃん、それに夏樹ちゃんが受けたんだ」
「あの時は大変だったよね。お酒入ってたからひなたさんグズグズだったし。つーか、そんな大事な話、普通彼女より先に他の女にするかっての」
「そうなんだよねえ、そういう話なら朱莉ちゃんとか狂華さんとかに相談すればいいのに。まあでも、ひなたさんがグズグズなのもクズクズなのも今に始まったことじゃないからしかたないけどね」
「違いないや。あっはっは」
そう言って笑う二人を見て『大先輩相手でも容赦無いなあ』と思いつつも、変なことを言って巻き込まれるのも馬鹿らしいと考えたセナは黙ったまま何の気なしに周りを見渡した。
と、セナは視界の隅に目深に帽子を被ってサングラスを掛け、さらにはロングコート姿という、見るからに怪しい女性が座ってこちらを見ているのを見つけた。
「あの、お姉さま」
「ん?どうしたのセナ」
「あれ…夏樹さんですかね。もしくは例のテロリストなんじゃ…」
見つからないように、自分の体の陰で女性を指す。
「夏樹ちゃんのキャラ的には、確かにああいう格好しそうだけど、あれひなたさんだね。あと、テロリストはあんなあからさまな格好しないよ」
そう言ってこまちが手を振ると、件の女性は小さく手を振り返してきた。
「は?ひなたさん?でも、私達ひなたさんを探しに来たんですよね?」
「そうなんだけど…逃げないってことは私達を待っていたってことか……しんどそうだし、これ持って行ってあげて。私は車手配してくるわ」
そういってこまちは寿が作った試作品の回復キャンディをセナに渡して背中を押すと、真帆の方へ振り返る。
「真帆ちゃん、ニアちゃんと夏樹ちゃんだけに見えるように伝言残せる?」
「はいよー。先にアジト行ってるとかそんな感じ?」
「いや、三時間後に迎えに来るから待っててって残しておいて。怪我しているのに身も隠さずにこんなところでひなたさんがフラフラしてるっていうことは、多分例の場所も安全じゃなくなっているんだろうし、他を探そう」




