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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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つきは東に陽は西に 3

(なーんか、おかしいんだよなあ…)

 みつきはフカミインダストリの社員寮と言う名の、まるで巨大な迷路のような建造物の中の一角にある、自分に割り当てられた一室のベッドの上で天井を見上げる。

 一美を送る道中で彼女と意気投合した桜はかいつまんでひなたとのいざこざを恋人との喧嘩として愚痴り、一美の『そういう事情でしたら泊まっていったら良いんじゃないでしょうか』という誘いに乗って社員寮に泊まることを決めた。

 恋人と喧嘩したのだから。と考えれば納得がいかないこともないし、この国ではひなたたちが駐留するようになってから一度も魔法少女が出動しなければいけない案件が起こっていないとはいっても、頭の固い桜が、万が一の自体が起こる可能性を考えずに外泊をするということにみつきは違和感を覚えた。

 朱莉に相談しようか。みつきがそう考えて携帯にを手を伸ばしたところでドアをノックする音が聞こえた。

「はーい、どうぞ」

 みつきがノックに返事をすると、ドアが開いて一美が顔をのぞかせた。

「みつきちゃん、もしよかったら工場を見学しない?」

「ええと…」

 桜とは違い、持ち前の人見知りのせいで、また彼女と打ち解けられずにいたみつきは、少し困ったような顔で彼女の後ろを伺った。

 桜が一緒なら行ってもいいかと思ってのことだが、一美の後ろに桜の姿はない。

「桜は?」

「忘れ物をしたらしくて、荷物をとりに戻ったわ。すぐに戻ってくるって」

「…少し具合が悪いから」

 桜がみつきを置いて帰ったという話にますます違和感を覚えたみつきは警戒心を強めて毛布にくるまって一美に背を向けた。

「そう言わないで。この工場はね、みつきちゃんくらいの子に向けたいろんな雑貨とか服を作っているの。興味ない?」

「……」

「じゃあ、一男の子が一発で惚れちゃうようなかわいい下着は?」

「えっ!?」

 思わず起き上がったみつきを見て一美はニコニコと笑う。

「みつきちゃんも年頃の女の子だもの、そういうの興味あるわよね。みつきちゃんの好きな男の子ってどんな子?」

「…もう彼女がいる子だから」

「そんなの関係ないわ。彼女がいたっていいじゃない!恋は戦争よ!」

「え?いいの?でも、さっき一美さんは桜に同意してたのに」

「そりゃあ知り合いの肩を持つのはあたりまえじゃない。だからみつきちゃんが諦めないで頑張るっていうなら、私応援しちゃう」

 そう言って一美はズカズカと部屋の中に入ってくると、みつきの手を引いて立ち上がらせる。

「どうする?もう諦めちゃう?」

「……あきらめない!」

「そう来なくちゃね。じゃあ、この工場で作っている服やアクセサリーでおしゃれをして、彼を振り向かせましょ」

 そう言って少し怪しげな魅力を秘めた微笑みを浮かべると、一美はみつきの手を引いて部屋から連れだした。




 事務作業をしていたひなたは事務所のドアを開けて入ってきた人物を見て小さくため息をつくと、再びパソコンの画面へと視線を落とした。

「わざわざ見に来なくたって、こうしてちゃんと自分で仕事してるだろ。それと今日は三人とは仕事の話以外では話してねえよ。つか、お前がいないところで三人と一緒にいて誤解されると嫌だからしばらく休ませた。お陰で大忙しだよ」

 半分愚痴のようなことを言いながらも動かし続けていたひなたの手を、桜が掴む。

「…仕事できねえだろ」

「少し、話をしましょう」

「うるせえな」

 昨晩の桜の指摘に対して不満を持っていたひなたが不機嫌そうにそう言って手を振りほどくと、桜はよろよろとよろめいて倒れた。

「……」

 桜は乱暴に振りほどかれたことにも転ばされたことについても言わなかったが、倒れた格好のままで振りほどかれた自分の手を黙ったままじっと見つめていた。

「あ、すまん」

「いえ」

 短くそっけない桜の答えに、ひなたは彼女の怒りの深さを感じたが、ここでこれ以上謝るのも癪だと思い、再びPCに向かって仕事を始める。

「……ひなたさんは、本当は私の事嫌いなんじゃないですか?」

「なんだよ、いきなり」

「ひなたさんは私に何もしてくれない」

「さくら…?」

 桜の目がいつもの喧嘩の時以上にすわっているのを見て、ひなたはゴクリと息を呑み、目をそらす。

「柚那は朱莉さんに指輪をもらったのに」

「お……おいおい、どうしたんだよ桜。何マジになってんだよ」

「愛純は柿崎さんに旅行に連れて行ってもらったって」

「………」

「チアキさんは婚約したって」

「…そうらしいな」

「狂華さんは都さんに二人だけの結婚式をしてもらったって」 

「いや、それはなんかおかしくないか?今の話の流れだとどっちかっていうと、都が……」

 ひなたは場の空気を軽くしようといつもどおりのノリでツッコミを入れるが、桜の目は、もはやすわっているという言葉では足りないほどに濁りきっていた。

「……悪かったよ。みつきが日本に帰ったら…流石に婚約や結婚式はできないけど旅行でも指輪でもちゃんと」

「そういうことじゃない!私が望んでいるのはそんなことじゃない!私は、ひなたさんに――」

 桜がそう言いながらひなたに抱きつく。そして

「――一緒に死んで欲しいだけなんですっ…なぁんてね!キャハハ!キャハハハ!」

 桜がそう言って笑うのと同時に、ひなたの背中でガチャンと手錠が嵌まる音が響く。

「聞くまでもないが…お前、桜じゃないな?」

「えぇー、ひどぉーい、正真正銘、あなたの恋人桜ちゃんだよぉっ。キャハっ!……なーんてうっそぴょーん、キャハハハ!」

 耳のすぐ横で甲高い笑い声を聞かされたひなたは思わず顔をしかめるが、そんなひなたの様子が面白いのか、桜はさらに甲高い声で笑い続ける。

「お前、一体何者だ?俺にこんなにくっついて、ただで済むと思ってるのか?」

 ひなたはそう言って変身すると、身体を密着させたままステッキを取り出す。

「えー?もちろんただで済むとおもってるよーん、だってこの身体はぁ、正真正銘桜ちゃんのものだもぉん。君がこの娘をなますにしたって、みじん切りにしたって穴だらけにしたって私は痛くも痒くもないんだよね」

「精神憑依系の魔法か……まあいいや。とりあえずその耳障りなしゃべり方をやめろ。自分がこんなしゃべり方していたって知ったら、正気に戻ったあとで桜が自殺しかねん」

「ああ、それはないから大丈夫、」

「桜には今の記憶は残らないってことか?」

「いやいやぁ。そうじゃなくてぇ……ここで二人共死ぬから、死にたくなるとかならないとか、全然関係ないって話。あ、でもでも、この娘を見殺しにすればぁ、もしかしたらあんたは助かるかもねー。ちなみに手錠が爆弾になっているから、あんたが身を挺して全力で庇えばこの娘は助かるかもー……さあさあどうする?正義の味方さん」

「……もう一度聞くぞ。テメエ何者だ?」

「キャハハハ、こわーい……ウチの教祖様から伝言だよ。お前がしたように、我々はお前の大事なものを奪い尽くす。まずは私の娘を返してもらう、せいぜいあの世で指を加えて見ているがいい。だってぇ、キャハハハハ!あ、ちなみに根津みつきは私達が預かってるからぁ。ま、今から死ぬ人には関係ないか」

「てめえら、教団の……!」

「キャハハハ!顔色が変わったね。でも気づくのおっそーい、おバカさんだなあ、相馬陽太君は」

「どこに居やがる!姿を見せろ!」

「嫌だよ。そんなことしたら君に恨まれちゃうじゃないか。それに爆発に巻き込まれちゃう…ああ、でも教えてあげようかな。実は君の真後ろにいるんだ」

 ひなたは、桜の腕の中で身をよじって後ろを振り向くが、そこには人影などない。

「てめえっ!」

「キャハハハハハハハ!あんたを殺してもカメラがあるかもしれないってのに、そんな簡単に自分の顔を晒すわけないじゃん!あんた実は馬鹿なんじゃないの?…まあ、おかげで最後にバカ面撮れてこっちとしては願ったりかなったりだけどね。まあ、これで教祖様も満足するでしょ。じゃあね、相馬陽太くん。地獄で奥さんに会えるといいね、キャハハっ」

 直後、ひなたの背中を衝撃が襲い、大きな爆発音と爆風を残して、事務所のあった建物は崩壊した。


 事務所から少し離れた丘の上で、車の屋根に登った双子の少女が爆発を眺めていた。

「うっひょーう、すっげえ!芸術は爆発だぁ!」

 そう言ってテンションの高い少女、風月ふづきが手を叩いて笑う。

「……あんな爆発の現場を直接見て、よく平気でいられるよね」

 そう言ってテンションの低いもう一人の少女、花鳥かとりが溜息をつく。

「え?直前で接続切ったから見てないよ。私ってばグロ耐性無いし、万が一人が飛び散るところなんかみたら一週間は焼き肉食べられなくなっちゃうじゃーん」

「別にそんなに頻繁に焼き肉食べないでしょうが」

「いや、なんか焼き肉の話をしてたら無性に食べたくなってきたし、むしろボスにお願いして今夜は焼き肉にしてもらおう」

「私ベジタリアンだから」

 口がきけるようになってからこの方、何度となく風月と同じやり取りをしてきた花鳥は大きく肩を落として溜息をつく。

「はいはい、そうでした。っていうか、あんな爆弾作るやつがベジタリアンとか気取ってんじゃねーって感じなんだけど」

「余計なお世話」

 花鳥がそう言って屋根から飛び降り、撤収準備を始めたところで風月の携帯に着信が入る。

「はいはい、何ですか教祖様…ええ、はい。完璧です。はい。これから撤収しますので。はい、了解しました」

「なんだって?」

「『相馬陽太の間抜けな顔の映った映像を早く拝みたい』だそうだよ」

「趣味悪…」

 花鳥はそう言いながら最後の荷物を車に押し込むと、運転席へ座ってキーをひねった。

「行くよ風月」

「はいはい、了解了解」

 風月はそう言って上機嫌な様子で笑いながら助手席へと飛び乗る。

「ところでさ、おねえちゃん」

「…なにいきなり。気持ち悪んだけど」

「いいじゃん、妹も入ることだし、序列を確認するのは大事だしょ」

 そう言いながら風月はシートをリクライニングさせてくつろぎ始める。

「まあ、大事か大事じゃないかといえば大事だけど。というか、そういうことを言い始めるのであれば、運転変われと、あなたよりも序列が上の姉は思うのだけど」

「まあまあ、私の運転じゃ生きて帰れなくなる可能性もあるんだからそこは許してよ。ちなみにおねえちゃんは、みつきのことどう思う?」

「どう思うって?」

「教祖様は一美姉…っていうかうちらのボスを差し置いてみつきを次の教祖にしようとしているわけじゃん。たしかにネームバリューのあるみつきが教祖のほうが人は集まりやすいっていう考えもわかるけど、私自信としては正直ちょっとどうかと思うわけよ。つーか、いまごろのこのこやってきた末っ子がいままでこつこつ教団や教祖さまのためにやってきた一美姉を差し置いて次の教祖っていうのは正直気に入らない。花鳥姉は?」

「それ、一美姉様の前でも言わないほうがいいよ……まあ、でも正直、ここでみつきが登場したのも何かの縁だと思う」

「なーんだ、花鳥姉もみつき派かぁ」

 そういって風月は口を尖らせるが、花鳥はフッと薄く笑って『ただし』と、言葉を続けた。

「縁っていうの必ずしも良縁とは限らないと思う。本音を言ってしまえば、私はみつきの登場も相馬陽太の暗殺も、どちらも教団にとっては蛇足だと思っている。まだまだ身を隠しておくべき時期にこんなことをやって、教祖様が一体何を考えているのかわからなくなった」

「あの人はなんも考えてないっしょ、今までどおりただ考えなしに一美姉の努力をムダにするようなことをしているだけ。まあ、当の本人がそれを望んでいる共依存なんだから世話ないといえば世話ないけど」

「ファザコンだからね」

「ファザコンだもんね」

 そう言って花鳥と風月はバックミラー越しに顔を見合わせて笑った。




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