朱莉姉さんの恋愛相談(?)窓口
どんな仕事でもそうだと思うが、立場が上がれば部下からの悩み事の相談や愚痴というのは増えていく。
特に、俺達のように普通の会社以上に年齢も出自もバラバラの組織ならばなおさらだ。
それはこの一年ちょっとの間に、なんだかんだで関東チームリーダーだの、JC統括だのという大層な肩書が増えてしまった俺のところにも容赦なく押し寄せてくる。
最初はアポを取って面と向かっての一対一での対談だったのだが、それでは俺や俺と深い関係のある人間に対する要望やクレームが言いづらいだろうということで、飛び入り可、さらには匿名性の高いボイスチェンジャーを通しての音声会話のみでの相談受付に切り替えたところ、これが良くも悪くも(実は俺にとってはいいことは何もないが)大盛況。なぜか東北やら関西の要望やクレーム、はては人生相談まで受けるはめになってしまった。
受付時間は俺が執務室にいる時間帯というルールなので、昼間は非常に混雑しているのでつながりにくいが、うまいこと俺が深夜残業をしているところをつかまえることができれば深夜だろうが早朝だろうが相談が可能というシステムで、一体どこから俺の残業を聞きつけてくるのか、たまに残業をしていると一晩のうちに一人か二人は必ず電話をかけてくる。
それ自体は残業の息抜きになるので別にいいのだが、それとは別に、深夜残っていると必ずかけてくる人が…というか、ぶっちゃけひなたさんが半分暇つぶしでかけてくるのだが、中身もないし、南アフリカ勤務の愚痴ばかりなので、数分程度適当に話をして切ってしまうのが通例になっている。
「暇だ暇だっていいますけど、なにもないわけじゃないんですよね?」
『とは言っても、ゲリラ化しているはずのこの地域の七罪はほとんどやってこないし、なんかテロ組織があるとか、その組織には非合法だか、どこかの国から脱走しただかっていう魔法少女がいるって噂はあるけど、いまいちその実態も掴めてないしで、今のところやること無えんだよ』
「つか、そういう捜査はひなたさんの管轄じゃないっしょ。っていうか、左遷されたっていうのに、ほんとに懲りない人ですよね。好奇心はネコを殺すって言いますし、そういうの、そろそろ自重したほうがいいんじゃないですか?」
『別に一回くらい死んでも大丈夫だろ、ネコって9つの生命を持っているとかっていうじゃん』
「はあ…ああ言えばこういうんだから。桜ちゃんはどうしてるんです?また怒らせたんですか?」
『いや、もう定時後だから家で料理作って、俺の帰りを待ってると思うぞ』
「じゃあもう早く帰ってやれよ!つか、明日の朝早いんでもう切りますよ」
『早いってどこか行くのか?』
「女子中学生達と旅行です」
『まじでか!いいなあ、楽しそうだな海…あ、そうだ。もしも撮ったらで良いんだけど、集合写真でも送ってくれないか?ほら、桜がホームシック気味でさ。そっちの連中の顔とか…』
「っていうか、ひなたさんがみつきちゃんの写真を見たいだけでしょ?」
『……お前』
「俺も今や立場が立場ですからね。見たくなくても見なきゃいけないものもありますよ」
『…絶対にあいつに余計なこと言うなよ』
「さあ、どうっすかね…っと、おお!キャッチが入りましたー、切りますねー」
『あ、ちょっと待……』
俺はひなたさんがなんとなく不安になっただろうタイミングで、適当に会話を打ち切って会議システムの通話終了ボタンを押して通話を終わらせる。
ふっふっふ。ひなたさんめ、焦りまくるがいい。いつまでもやられっぱなしの俺ではないのだ。
と、すぐに着信が入る。ひなたさんからの迷惑電話に設定してある着信メロディとは違うので、多分これはガチな相談受付の着信だろう。
『すみません……今、いいですか?』
通話を始めると、ややおずおずとした様子で、電話の向こうの子が話し始める。朝陽のように特徴があるしゃべり方でなければ、ボイスチェンジャーのお陰で誰かはわからないのだが、とは言うものの、内容から誰か想像がついてしまうことも少なくはない
「どうぞ」
『あの…最近友人関係について困っていまして』
「なるほど。友人関係って難しいからね。どういった悩みかな?」
『友人、というか同僚というか…』
「恋人?」
『……』
魔法少女同士とか黒服さんと恋人同士っていう子は結構多い。かくいう俺もそうなわけだし。
「仲間内の恋愛は禁止されているわけでもないし、そもそも俺自身柚那と付き合っているわけだし、気楽に話してみてよ」
特に隠していない。というかむしろ柚那から積極的にそう言えと言われているので、最近は俺と柚那の関係もかなり知れ渡ってきた。それにネタ扱いではあるものの、一般向けの公式ファンブックなどでも宣伝されていたりするので、もはや天下に知れ渡っていると言ってもいいだろう。
『……恋人が他の女に夢中になってしまっていて。相手は少し前に入ってきた子なんだけど、最近その子とばっかり一緒にいてむかつく…んです』
なんか口調に無理矢理感を感じるので、おそらく普段俺に対して敬語ではない子なのだろうけど、だれだろう。こまちちゃんについて相談する寿ちゃんって言う感じでもないし。
「そうか、それは辛いね。君はどうしたいんだい?その恋人の心を取り戻したい?」
そんな質問をしながら、俺はキーボードを叩く。
プライベートな事なので、あまり詳細にというわけではないが、一応誰と誰が親しいくらいの関係表はニアさんがデータベースにまとめておいてくれているので、それを見ながら話すためだ。まあ、柚那も愛純も俺とか柿崎君への不満は直接言ってくるからないし、他に関東はご当地含めそういうのは無いはずなので、関西管轄か東北管轄のご当地か…
『私を裏切るとどういう目に合うか喜乃に思い知らせてやりたい』
……まさかの鈴奈ちゃんだった。
相手が誰だかわかったので、俺はデータベースを呼び出すのをやめて、深呼吸しながら目を閉じて椅子に深く座り直し、背もたれに体重を預ける。
と言うか喜乃くんってあんまり浮気とかそういうタイプに見えなかったんだけど。意外だなあ。
『別に別れるのは構わないけど、あの女達……涼花とか松葉に盗られたみたいになるのが気に食わない』
まあ、あえて匿名の回線でかけてきたくらいだから、多分気づかれたくないんだろうし、あえて指摘はしないけど……さっきから実名出しすぎだぞ、鈴奈ちゃん。
でもこれでなんとなく状況はわかった。楓さんが抜けた関西チームで、喜乃君が急にモテだしたと。で、鈴奈ちゃんはそれが気に入らないんだろうけど、あんまり面識のない異星人組の涼花ちゃんはともかく、松葉は同期の俺から見て、あんまりそういう略奪愛とかそういうタイプじゃないと思うので、これは鈴奈ちゃんの勝手な思い込みの可能性が高そうだ。
……とは言え涼花ちゃんは、楓さん恋しさに初登場時のシナリオをガン無視して、味方であるはずの元・憤怒の有栖ちゃんを後ろからぶん殴り、自分はその手柄を手土産にしてむりくり関西チームに所属したっていう無茶苦茶な子なので、喜乃くんを略奪するくらいのことは簡単にやってのけるかもしれない。
ちなみにその後、関西版の敵役は有栖ちゃんが一人でやっているが、なんというか……まあ、視聴者的には彼女に関西チームの敵役は荷が重いともっぱらの評判で、かくいう俺も東京の聖や東北の夏緒さんに比べると、敵役としての威厳というか威圧感は一段も二段も落ちるなと思っている。
まあ、見るからに恵体と言えるくらいにがっしりした体型なのに、ちょいちょい泣いちゃう意外な気の弱さとか、いきなり仲間に裏切られたりするその不憫さがいいっていうことで結構な数のファンが付いているらしく、イベントではファンに励まされて、嬉し泣きしていたから今の立場も彼女的にはありなのかもしれないけど。
……話がずれてしまったが、鈴奈ちゃんの悩みはおそらくチームリーダーのイズモちゃんがまだまだ手一杯で、そんな彼女の代わりに喜乃くんが新人二人のフォローをしているのを見ていて寂しくなったとかそういうことなんだろう。
だがそれをどうやってお世辞にも頭脳明晰とは言えない鈴奈ちゃんに理解させて納得させるか。それが問題だ。
「えー…っとね、鈴奈ちゃん」
『ひょっ!?』
俺の不意打ちに鈴奈ちゃんはびっくりしたらしく、妙な悲鳴の後に椅子ごと後ろにひっくり返ったような音が聞こえる。
まあ、ボカして話しても納得しないと思うので、ひっくり返ったであろう鈴奈ちゃんには悪いけど、これは必要なことっていうことで。
『な、なななな……』
「いや、喜乃くんが浮気して怒るの君だけだから」
『……しまったぁ!』
自分の言動を思い出していたのかしばらくの沈黙で鈴奈ちゃんが叫んだ。
…この子がエースで大丈夫なのか、関西チームは。
「まあ、それでね、結論から言うと喜乃くんは浮気してないから。まず、松葉は恋愛に興味がある方じゃないし、涼花ちゃんは楓さん狙いだろ?」
『この目でふたりきりで宿泊施設に入っていく写真を見てしまったのにか?』
「はぁ!?なんだそれ、それじゃ完全に…」
浮気じゃねえか!と言いかけて、俺は慌てて言葉を飲み込んだ。
「……いや、早合点はいけないぞ。どっちとの写真かわからないけど、もしかしたら涼花ちゃんが具合悪くなったのかもしれないし、松葉が急激な眠気に襲われたのかもしれないじゃないか
自分で言っていてこれはないわーと思うが、こうでも言わないと話が進まないだろう。
「ちなみにどっち?」
どっちだったとしてもとりあえずこの場は男性魔法少女協会理事長の俺が火消をしなければ。
まあアレだ。俺のことはさしずめ、火消しの風ウインドとでも……
「両方だ」
消えねえっ!火が消えねえよ!
っていうか、何やっているんだよ、喜乃くん!
「………ち、ちなみにその写真送ってもらえる?」
まあ、別に二人は婚約しているわけでもなし、内規の中に浮気に対する罰則があるわけでもないが、問題行動があるなら何らかの対処をする必要がある。その対処にしても俺が対処したほうが、元男性魔法少女に厳しい都さんや、今やすっかり組織の存在が忘れさられている柚那たち風紀委員がやるよりは軽く済ませられるし、穏便に事を運ぶこともできる。
「わかった。ちょっと待て」
鈴奈ちゃんがそう言って黙ってから数秒後、俺のスマートフォンに問題の画像が送られてきた。
どちらの写真も手などは繋いでいないが、確かに二人で宿泊施設らしい場所に入ろうとしている。しかも人目を忍んでこっそり入るような安い宿泊施設ではなく、ちょっとランクが高いホテルに堂々と入ろうとしているように見える……っていうか。
「ねえ、鈴奈ちゃん。これ誰が持ってきた?」
『高知担当の真帆だ』
「ああ、やっぱり。じゃあ新聞みたいになってるでしょ」
『なぜ知っている?』
高知のご当地魔法少女である真帆ちゃんは学生時代出版業界だかマスコミ志望だったかで、学園で勝手にマホ通(魔法少女通信とマホちゃん通信のダブルミーニングだそうだ)なるものを作り、学級新聞的に撒き散らしている。
正直、そんなに何かやりたいんだったら普通に広報やれよと思うが、ひなたさんがこの無軌道な学級新聞の大ファンらしく関西統括在任時に全力で擁護していて、いまやちょっとした名物扱いになってしまっていたのだが、実際のところ単なる身内ゴシップ誌みたいなものなので、信ぴょう性はかなり低いのでみんな本気にはしていないことが多い。
とはいうものの、目に余る記事も何個かあったので、注意しないとなと思っていたのだが、5月以降全く発行されていなかったので機会を失っていたというか、完全に忘れていた。
「……これ、ちょっとしたコラみたいなもんだから。っていうかコラじゃなかったとしても問題ないし」
『なんで喜乃をかばうのだ?グルなのか?私の味方は真帆だけか!?相談してもみんな苦笑いするし、イズモなんか鼻で笑うんだぞ!』
むしろ、どっちかといえば真帆ちゃんが敵なんだが。
「落ち着きなって。どっちの写真も二人一緒に写ってはいるけど、松葉の逆の画面端で見切れているのって鈴奈ちゃんの手じゃない?っていうか、寄っているからわかりにくいけど、これって関西寮じゃん」
俺がそう指摘をすると、スピーカーから、鈴奈ちゃんの息を呑む声が聴こえる。
「ね?」
『ああ、済まなかった…なあ朱莉』
「大怪我しない程度なら少し懲らしめちゃっていいよ。楓さんには適当に話ししておくから」
『すまんな。ちなみに今松山は何時だ?』
「国内は時差ないよ」
『そうか。海を渡るからあるのかと思っていた。ならば問題ないな』
鈴奈ちゃんは本当にバカだなあ…それはともかく、彼女は今から四国寮に乗り込む気満々のようだが、現在時刻は0:30。四国寮のみんなは普通に寝ている時間だと思う。
「真帆ちゃんは自業自得だから起こしても良いけど、他の三人に迷惑かけないようにね」
『わかった。それと朱莉―』
「喜乃くんには言わないよ。匿名性が高いのがこの回線の売りだからね」
『恩に着る』
鈴奈ちゃんの低く短い台詞のあと、プツっと小さな音を立てて通信が切れた。
とりあえず鈴奈ちゃんの件は片付いたが、悩みを紐解いてみると、なんだかんだでひなたさん絡みの話だったりとか、ひなたさんが残した影響で迷惑していたというような話は少なくない。
正直、なんらかの手段であの人をギャフンと言わせてやりたいところだが……
「まあ、あの人ってなんだかんだで弱点ないからなあ…」
研修中に魔法の相性はじゃんけんみたいなものという喩えがあったが、狂華さん、ひなたさん、精華さんなんかはじゃんけんのなかでもピストルみたいなもので、まずどんな魔法少女と当たっても敗けない。
なので、まず、力ずくでギャフンと言わせるのは無理…いや、精華さんは勝手に転んで泣くからある意味ギャフンと言うか。
フィジカルで無理ならメンタルを攻めようとと思っても、ひなたさんと狂華さんはいろんな修羅場をくぐっているので、故意に精神的な攻撃をしてもほとんど効果がない……まあ、狂華さんは都さん関連で崩せるので効果なしとは一概に言い切れないが。
こうして考えてみると、ひなたさんだけがフィジカルにもメンタルにも弱点がないということになる。
一応、それをしてしまった時に自分が人としてどうかということを考えなければ、奥さんの件やみつきちゃんの件も使えないとは言えないが、それで攻撃しようとした次の瞬間には攻撃者が息をしていないような気がするのでこの手も使えない。
「何かいい手はないだろうか…」
俺はしばらく仕事をしながら、ああでもないこうでもないと考えていたがその日は結局考えがまとまることはなかった。
翌日深夜。
「起きて…起きてお兄ちゃん」
声をかけられながら身体をゆさゆさと揺さぶられて目を開くと、ソファーベッドで寝ていた俺の腰の上に、みつきちゃんが馬乗りになっていた。
「どうしたのみつきちゃん。そんな、柚那に見つかったらいろいろマズイ感じの位置に座っちゃって」
「あ、そうか。むしろ写真撮って柚那に送りつけてやればいいのか」
こういうことを言い出すということは、きっと柚那との間になにかあったんだろう。とはいえ、俺を巻き込まれても困る。
「そういうことされると殺されたりはしないまでも、三日三晩逆さ吊りくらいにはされかねないからやめてもらえると助かります」
「……ああ、そっか。お兄ちゃんを巻き込んじゃうのは…でもなあ、お兄ちゃんにも責任の一端はあるからそれも…うーん…」
何に悩んでいるのかわからないけど、俺は知らないうちに三日三晩の逆さ吊りがしかたないと思われてしまうようなことをみつきちゃんにしてしまったのだろうか。
「とりあえず降りてもらっていい?まだちょっとお酒残ってるから、とりあえず水を飲みたい」
「あれ?アルコールって魔法で抜けるんじゃないの?」
「ある程度までならそうだけど、深酒してコントロールに自信がないときはやらないほうが無難なんだよね」
ヘタすると体内のアルコールを除去しようとして逆に増やしちゃうなんてことにもなりかねないし。
かと言って飲んだ端からアルコールを除去してたら飲んだって面白くもなんともない。
「そうなんだ。じゃあ、私がお水を取ってきてあげるね」
そう言って俺の上からどいたみつきちゃんは、キッチンへ走っていった。
この子は天使か!あかりなんか、酔っ払って返ってきた俺を見て舌打ちしたっていうのに!
「はい。お水って言われたけど、冷蔵庫にポカリがあったから、よかったらこれもどうぞ」
みつきちゃんはそう言ってコップとペットボトルを俺の前に置いてくれる。
「他になにかしてほしいことがあったら何でも言ってね」
大 天 使 降 臨 !
わかっている。俺だってもう、みつきちゃんとはかれこれ一年以上の付き合いだ。
今のみつきちゃんがおねだりモードなんだってことくらい理解しているさ。
でもそれでも、なんかもう全身全霊をかけておねだりを聞いてあげたくなってしまうんだ。
お兄ちゃんはみつきちゃんになら騙されてケツの毛まで毟られてもいいよ!
「それで、その…お兄ちゃんにお願いがあってね」
そらきた。でも今のお兄ちゃんはみつきちゃんのお願いならなんでも聞いちゃうぞ。
「海外に逃亡したいからお金貸して」
事情が変わった。
「……いや、そもそも中学生が単独で海外行くのって難しいよ」
どこに行くかにもよるけど、18歳未満の子が独りで行こうとすると、殆どの国で親権者の同意書みたいな物が必要だった気がする。
「というか、逃亡ってどういうこと?何があったの?」
俺の質問にビクっとなった後、みつきちゃんはしばらく黙ったまま俯いていたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。
「私って、和希のこと好きじゃん…」
「正直あいつのどこがいいのかわからないけど、前にそう言っていたよね」
悪いやつだとは思わないけど、みつきちゃんが和希を好きになる動機が、俺にはいまいちわからなかったりする。
「そこも話したほうがいい?」
「みつきちゃんが話したいなら聞くよ」
「……じゃあその話はカットで」
「あいよ」
「で、今日真白に手伝ってもらって和希に告白をしようとしたんだけど、私ってヘタレだから肝心なところで逃げちゃって…それで和希が真白に告白しちゃって、それで真白もOKしちゃって…なんかもう、頭ん中グチャグチャで…」
嗚咽を漏らしながらみつきちゃんが語ってくれた話でどうなったかは理解できたが、どうしてそういう結果に至ったかが正直全くわからない。
確かに今日の昼間真白ちゃんと和希は結構仲良かったし、和希が真白ちゃんの喧嘩の仲裁なんかもしていたみたいだから、まかり間違って付き合うとかそういう気持ちになったとしてもおかしくないのかもしれない。とは言っても、ちょっと頭の可哀想な和希はともかく、あの真白ちゃんがわざわざみつきちゃんに見せつけるみたいな形で和希と付き合うなんてことをするのだろうか。
いや、もちろんみつきちゃんを疑っているとかそういうわけではないのだが、何かピースが足りない気がする。
「もうちょっと詳しく話してもらっていい?辛いなら無理しなくても大丈夫だけど」
「えっと…まず、和希を真白がお祭りをやっている神社の裏に呼び出してくれて。でも私はいきなり言うのが怖かったから、すこし離れたところで真白に和希の気持ちを確認してもらうことになったんだ」
うん、確かにヘタレだ。嫌われたくないから言わないけど。
「で、和希が来て、なんか色々やっているなって思ってたんだけど、真白から電話がかかってきて、電話に出たら、和希が、真白、付き合ってくれって……それ聞いて、私逃げちゃって…後で二人一緒に帰ってきて、真白が『私達付き合うから』って…それ聞いてあかりもくるみもなんか納得した顔していて…えりと里穂はなんか心配そうにこっちを見てくれてたけど、なんかいたたまれない気持ちになっちゃって、今までずっと引きこもってたんだ」
つまり、もどかしいから手伝ってあげようと思っていたみつきちゃんは土壇場で逃げるわ、彼女ほしいって言ってた和希はなにを勘違いしたから真白ちゃんに告白するわで、それまでも色々溜まっていたであろう真白ちゃんがキレたと。そういうことか。
「で、なんで海外逃亡?」
「……なんていうか…小市民旅行?とかなんかそういうのすると気が紛れるって何かで読んだから」
なんてエコノミークラスばかり使いそうな響きの旅行だろうか。
多分傷心旅行なんだろうけど、この子一人で海外旅行に行かせるのはちょっと心配なんだよなあ。俺達はナノマシンのお陰で言葉がわからないということはないし、しゃべれないということもない。さらにその気になれば一般人にどうこうされてしまうほど弱いわけでもないし、そもそも月が出ていればみつきちゃんは実質無敵だ。よっぽど良いように言いくるめられでもしなければ大丈夫だと思うが、この子の場合はそこが一番心配だったりする。
………ああ、そうか。じゃあその心配のなさそうなところに行けばいいんだ。ついでにあの人をギャフンと言わせられるかもしれないし。
「とりあえず事情はわかった。わかったんだけど、ちなみにみつきちゃんは飛行機乗ったことある?搭乗手続きとか大丈夫?」
「結構経験あるから大丈夫」
「じゃあ、お金は出してあげるから南アフリカに行っておいで。あそこならひなたさんと桜ちゃんがいるから一人で行っても大丈夫だろうし」
「えー…ひなた達がいるんじゃあんまり旅行になってないような…」
「他の国にも常駐してる子はいるけど、あんまり面識ない子のところにいくの嫌でしょ?ちなみに、俺がお金を出す条件はどこかの国に常駐している子のところに行くこと」
「確かに面識ない人のところは嫌だなあ…」
「じゃあ南アフリカっていうことで。とりあえずチケットは手配するから、寮に戻ってパスポート取っておいで。あと、南アフリカって結構寒いらしいからすぐ羽織れるような長袖持って行ってね。足りない分は向こうで買えばいいけど降りてすぐはそうもいかないだろうから」
「え!?南なのに寒いの?」
そこからか……。
みつきちゃんを見送ってリビングに戻ると、チアキさんがソファに座って紅茶を飲みながら待っていた。
「えーっと…夜間頻尿で起きちゃったとかですか?なら紅茶なんか飲むと余計に」
「殺すわよ」
なんかすごい顔で睨まれた。冗談なのになあ。
「はぁ…なんでよりによって南アフリカなのよ」
「ひなたさんがいるからっすよ」
「そっか…あんたは知ってたんだっけ」
「じゃあチアキさんも知ってたんですね」
「まあね、多分狂華とか精華は聞いてないと思うけど、私がみつきと一緒に暮らすようになった頃、ひなたから事情を聞かされて、みつきの生活費だって言って机の上に立つくらい分厚い封筒を差し出されたことがあったのよ」
「楓さん達の時に経費をあっさり振り込んだ時もそうだけど、あの人金持ってんなあ…」
「まあ、迫力出したかっただけとかで、中身が全部千円札だったのはご愛嬌だけど」
チアキさんはそう言って紅茶のカップをソーサーに置いた。
「で、いくらかかった?」
「二桁万円中盤くらいっす」
「…ちょっと待ってなさい」
チアキさんはそう言って一度リビングを出ていき、しばらくして戻ってきた。
「はい。とりあえずこれ」
そう言ってチアキさんはちょっと端っこが破れている茶封筒を差し出してきた。ちなみに破れているところからは千円札が見えている。
「足りなかったら言いなさい。私からひなたに請求するから」
「うっす。じゃあ遠慮無く……ちなみにチアキさん」
「何?」
「みつきちゃん帰ってくると思います?」
自分でいかせておいてなんだが、万が一みつきちゃんが、自分の父親がひなたさんだと気づいた時、戻ってこない可能性も少なくはないかなと思っている。
「戻ってくるでしょ。考えても見なさいな。長年誰だかわからなかった瞼の父がひなただったわかったとして、あんたひなたにベッタリになる?」
「……なりませんね」
女癖は悪いし、変なところ金払いいいくせにケチだし、どっちかと言えば性格も悪いし、悪ふざけは度が過ぎているし、それでいてさみしがりやだしと、あの人が肉親だったとしたら、面倒くさい事この上ない
「ま、夏休みくらい一人で旅行して気晴らしして帰ってくるっていうのも、たまにはいいんじゃないかしら。ひなたがあたふたするだろうってことだけでちょっと溜飲が下がるし…追い打ちとして、結局決着つけずに行かれちゃって燻っている精華あたりをみつきのお迎えに行かせるなんていうのもありかもね」
鬼か!っていうか、この人マジで性格悪いな。
「そのくらいあのバカには迷惑かけられてんのよ」
そう言って笑うチアキさんも俺も、その時はまさか南アフリカでみつきちゃんがあんなことに巻き込まれることになろうとは思っても見なかった。




