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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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ベルゼビュート・ラプソディ2

(マズイ!マズイ!マズイ!なんて失態だ!)

 タマは読みかけのノートをベッドに放ったまま、自分の部屋を飛び出して静佳の部屋へと向かう。

 秘密の保持は、タマたちにとってある意味静佳の身柄よりも優先しなければいけない事項だ。

 静佳がバラしたとしても、その場で聞いてしまった人間を取り押さえて記憶を消せば問題ないとは言わないまでも問題が大きくなるようなことはない。しかし今回は完全に後手の後手。日記の日付が正しいとすればこれは昨日の出来事ということになってしまう。つまり、秘密の漏洩から既に一日。

 荒唐無稽な異星人話を和幸が信じるかどうかわからないが、それでも和幸が誰かに話さないとも限らないし、和幸自身が信じなかったとしても、話を小耳に挟んだ人間がどういう形で情報を拡散するか予想もつかない。

「先輩!いますか?静佳先輩!」

 とにかく事実確認をしなければ。そう考えたタマは普段の彼女からは想像もつかないくらい大きな声を上げながら静佳の部屋のドアを叩く。しかし、返事を待つまでもなく、部屋の中に人がいる気配はない。

(どうしよう…都さんに…いや、今日は確か柿崎さんがこっちにいたはず…あの人に頼めばもしかしたらこっそり記憶を消してくれるかも)

 できれば話を大きくしたくない。静佳自身の処遇もそうだが、タマは自分達の失態が漏れることをなにより恐れた。

 本来であれば静佳の保護と、情報の保全をしなければいけない自分たちが旅行で遊び呆けていたり、部活にかまけていたり、保健室でゲームをしていたりしたせいで、情報漏洩などということになれば、最悪チームの解散。もっと話が大きくなればメンバーの責任問題にもなりかねない。

 それは避けたいというのがタマの本音だ。

「柿崎さん!」

 エレベーターで一階に降りてきたタマが柿崎の名を呼びながら宿直室に入ると、そこには柿崎ではない佐藤というスキンヘッドの黒服がカップラーメンを食べながら座っていた。

 佐藤は気は優しいが、見た目がちょっと怖いこともあって寮にいる魔法少女たちにはちょっぴり不人気の黒服だ。

 そしてタマもやはりこの佐藤がちょっぴり苦手だったりする。

「…じゃなーい!」

 タマは勢いでそう叫ぶと、宿直室の扉を閉めて、自分が乗ってきたエレベーターに乗り込んで、今度は屋上へと向かう。

(あんまり…頼りたくないけど背に腹は変えられないか…)

 心のなかでそうつぶやくと、タマは着ていたパーカーのポケットからスマートフォンを取り出して、研修生時代の同期で現在東京のホテルに滞在中の友人の電話番号を呼び出してコールボタンをタッチした。




「君、いつも寝てばっかりだね」

 座学の時間、存在感が薄いのを利用して寝ていたタマは同期の一人に起こされて身体を起こした。

「次の実技は行かないと点数もらえないよ」

「私は低血圧だから、正直言って保健室で寝ていたい」

「いい若者が何言っているんだか…っていうか、君は今何歳なの?見た目はかなり若く見えるけど」

「12」

「へえ…じゃああれだ。あの噂のみつきちゃんよりも若いんだ。期待の星だね」

「…あんなに優秀でもなければ人当たりも良くないけれど」

 別にそれはそれでいい。私は別に人気者になりたいわけでも主役になりたいわけでもない。私が狙っているのは、人数がある程度揃ってきてから展開される予定のご当地魔法少女だ。それでも十分食べていけるし、そのくらいが自分には丁度いいと思っている。

「そんなに若いのに、どういう経緯でこんなところに来たの?」

「…詮索しないで」

 人は誰しも詮索されたくないことの一つや二つあると思う。タマにとっては過去の出来事がまさにそれだった。

「…それよりいいの?あれ」

「え?…ああ」

 タマが指した方を見て、状況を確認した後、彼女は一度曖昧に頷いてから、ニッコリと笑う。

「後でやるからいいや」

「そう」

 彼女はどういうわけか同じクラスのとある少女のことを異常に気にしている。

 いや、気にしているというよりも、恋人とか家族とか、そんな感じにおせっかいを焼いているのだ。

 そして、そのおせっかいの焼き方も少し度を越しているというか、常軌を逸している。

「君は知っているんだね、私が何をしているか」

「注意深く見ていればだれでも気づくと思う。実際、脱落者が多いことについて、チアキさんには状況を聞かれたし」

「……余計なこと、言ってないよね?」

 彼女はそう言って凄みを利かせた顔で笑う。

「別に。ありのままを伝えただけ。クラスでいじめをしている奴をあなたが締めたって」

「それを伝えて君が締められるとは思わないんだ」

「締めたいならどうぞ。それならそれで、他の子と同じように一つ下のクラスに移るだけだから」

 タマは別に早く魔法少女になりたいわけではない。むしろこうして授業を寝ながら聞いているだけでご飯が食べられるこの環境はタマからすれば天国だとすら言える。本音を言えば、タマ自身はできればずっとここにしがみつきたいくらいだ。

 そう考えると、こういう子に喧嘩を売って下に落とされ続けるのもいいかもしれない。そんなことを考えていると、彼女はタマの頭をガシガシと乱暴になでつける。

「可愛くない子供だなあ」

「そういうのがお好みなら、早く魔法少女になって例のみつきちゃんと仲良くすればいいんじゃないの」

「うわぁ…マジでかわいくねえ」

 彼女はそう言ってケラケラと笑うが、その笑顔はさっきの笑顔と違って変な凄みのない、自然な笑顔だった。



「あら…三人?楓のレポートだと二人に…ああ、でもチアキのレポートだと三人になってるか。楓の奴、また適当な…」

 バインダーに挟まっているレポートをパラパラとめくった精華は、そう言って三人の顔を見回す。

「……とは言ってもなんで3人なの?このクラスってもともと15人位いなかった?」

 結局、寿をいじめていた同期はすべてこまちによって蹴落とされ、寿いじめには加担しなかったものの、こまちに不満を持ち、直接喧嘩を売った同期も様々な方法で蹴落とされて結局残ったのはタマとこまち、それに寿の三人だけだった。

「みんな根性ないんですよね」

 そう言ってこまちは「あはは」と笑うが、タマとしてはお前がそういう事を言うのかという感じだった。

 確かにこまちの根性だめしに耐え切れずに脱落したと考えれば彼女らに根性がなかったという見方もできないわけではないのだけど、それにしても釈然としない話だ。

「ま…なんでもいいけどね。ええと…こまちさんが戦技D評価!?寿さんがCなのと、珠子ちゃんがBなのはいいとして、なんでD評価の子が実戦訓練に出てこられるの?」

「楓さんがスパルタなんで、多分そのせいじゃないですか?」

 こまちは飄々とした顔でそんなことを言うが、訓練中などに寿が危ないとなった時のこまちの動きは異常で、瞬間的に教官の楓と互角に渡り合うこともある。試験で手を抜くせいで評価は低いが、タマは楓が今すぐにでもこまちを実戦に出したいと一人でぼやいているのを少し前に耳にしたくらいなので、本来の評価はもっと高いもののはずだ。

「今日の訓練…というか、実戦は三人で敵怪人級を撃破することが目標よ。魔法で遠距離からドーンと攻撃してもいいし、接近戦が得意なら殴ったり蹴ったりしても構わないわ。戦闘員についてはこっちで処理するから、あなたたちは気にせず親玉だけを狙って」

 そう言って精華が指さした空の彼方から高速で巨大な種のような何かがタマ達のほうに向かって落ちてくる。そして種は上空約20メートルくらいのところではじけ飛び、中から多数の黒い影が飛び出した。

「研修開始」

 そう言って精華が指を軽く振ると、ほとんどの黒い影が何かに吸い込まれるように小さくなり、そしてすぐに消えた。

「さすが実力ナンバースリー…さて、どうしよっか」

「寿にまかせる」

 三人は寿の作戦で訓練中に楓を追い詰めかけたことがあり、それ以来、彼女達の中で作戦を考えるのは寿の役目になっていた。

「…こまちは砲撃の準備、タマは様子見で突っ込んでみて。ただし、くれぐれもムリしないこと。私はあれを試してみたいから準備をするわ」

「了解」

「了解」

 指示を受けて、タマは楓を参考に作り上げた能力特化型の形態の中から近接戦闘用の魔法を使い甲虫のような姿をした敵怪人に飛びかかった。

 三人の中では接近戦はタマ、援護がこまち、指揮が寿という役割分担にはなっているが、本気を出した時のこまちはタマなど足元にも及ばない…というか、怪人くらいならおそらく一人で撃破できるに違いないとタマは考えている。

それでもわざわざタマ達に合わせているのは寿のためだろう。

寿は弱い。格闘が得意ではなく、魔法にもタメが必要な彼女は一人では戦闘員にすら苦戦する。こまちはそんな彼女を守るのが自分の使命ででもあるかのように、時には身を挺したり、彼女に危険が及ばないように先手を打ったりしている。

「タマちゃんかわいいっ!」

 敵怪人と数手の攻防を終えて戻ってきたタマに、こまちは指笛を吹きながらそんなことを言った。

「戦闘中にそういうこと言うのやめて!」

 タマのスピード重視のフォームは猫をモチーフにしている。そのためこの状態の時は猫耳やしっぽが生えてしまうのだが、こまちはタマのこの衣装をえらくお気に入りなのである。

「で、どんな感じ?」

 タマを追撃しようとしていた敵怪人を砲撃で牽制しながら、すこし真面目な声でこまちが尋ねる。

「思っていたよりも固くて爪が通らない。寿の矢も弾かれるかも」

 タマの爪は折れてはいないが、逆に敵に傷らしい傷をつけることもできなかった。

 柔らかそうな関節でも狙えばダメージは通るかもしれないが、それではこのフォームの持ち味であるヒットアンドアウェイが損なわれてしまう。

「そっか…じゃあちょっと重めにっと」

 そう言って舌なめずりをすると、こまちはそれまで出していた大砲よりも一回り大きな大砲を出現させた。

「5秒後。桜の木の下」

「了解」

 こまちの指示を聞いてタマはスピード重視のネコとは違う形態に変身をし直す。

 先ほどの猫がスピードを重視したヒットアンドアウェイを得意とする形態ならば、この形態はパワーだけを追求したフォームだ。ちなみにこの形態はクマがモチーフなので、クマ耳と手袋が出てきてしまうのだが、こちらは寿のお気に入りだ。

とはいえ、多少見た目がファンシーでもクマはクマ。タマとしてはそこらの怪人にも、そのへんの魔法少女にだってパワー負けしないという自負がある。

そんなパワーモードのタマ渾身のパンチは敵怪人をふっ飛ばし、こまちの指定した桜の木に叩きつけることに成功した。

「ナーイス」

 こまちは小さな声でそう言って笑うと、いまさっき出した一回り大きな大砲を怪人に向けて撃った。その砲撃を二発、三発と叩きこむごとに怪人の装甲が徐々に剥がれていく。

「寿ちゃん!」

「寿!」

 タマとこまちが寿の方を振り返ると既に寿は矢をつがえて構えていた。

「任せて!」

 寿の言葉と同時に彼女の手から放たれた矢は目標を違わずに、こまちの砲撃で装甲が剥がれた怪人の身体に刺さり、そして次の瞬間、怪人は粉の様になってその場から跡形もなく消えた。

「へえ……」

 三人の戦いぶりを見ていた精華が感嘆の声を上げてパチパチと手を叩く。

「良い連携だし、面白い魔法ね。怪人が灰燼と帰す……なんてね」

 そう言って精華さんは笑っているが、中学生になっていないタマには難しすぎてちょっと何を言っているのかわからなかった。しかし、こまちと寿も眉をしかめているので、精華は多分相当難しいことを言ったんだろうとタマは理解した。

「ねえ、あなた達。もし良かったら私の―」

 ひとしきり笑った後、そう言いながら一歩踏み出した精華はベチャっと音を立てて勢い良く顔面から地面に突っ込んだ。

 タマは少し前、訓練の最中にあまり動こうとしないこまちに楓がお説教した時のことを思い出した。

こまちが「精華さんだって動かない」みたいな反論をしたのだが、その時に楓が「精華が動かないのは、動かないほうが強いからだ」と言っていたのだ。

それを思い出したタマは、なるほどあれはこういう意味だったのかと理解し、深く頷いた。


 ――などと、タマが二人との研修時代の思い出を回想すること40分。

 寮を出る前にアポをとったにもかかわらず、こまちは寿とホテルの部屋でイチャイチャの真っ最中だった。

 真っ最中に部屋に突入ししてしまったため『ちょっとドアの前で待ってて』と半裸のこまちにつまみ出されたタマはこうしてドアの前で体育座りをして待っているというわけだ。

「急ぎだって言ったのに、変に悠長というか、のんびりというか…良くも悪くも変わってない…」

 とはいえ、廊下でブツブツ言いながらも、こまちに言われたとおりにおとなしく待っているタマもかなり悠長ではあるのだが。

「おまたせタマちゃん。終わったから入って大丈夫だよ」

「……まあ、いいけど」

 部屋から顔を出したこまちが明らかにシャワーに入った後で、服もきっちり着ているという状態だったため、タマは(終わってるなら中に入れろよ!)と思わないでもなかったが、頼みごとをしに来た手前強くも出られず、ため息をつきながら部屋の中へと入った。

「で、わざわざ夏樹ちゃんでも霧香ちゃんでもなく私たちに頼みたいことって何?」

「こまちの勘の良さは時々常軌を逸していると思うよ…」

 あえて、ここでその名前を出してくるあたり、本当にこまちはやりにくい。タマはそう思ったが、同時に味方にするならやはりこまちと寿だ。とも思った。

「でも正解でしょ?近くにいて、元自衛隊で直に都さんに話を通しやすい霧香ちゃんでも、探しものをしたりするのが得意な元公安の夏樹ちゃんでもなくわざわざ私達のところに話を持ってきたんだからさ」

「うん…実はちょっとまずいことになった…というか、寿は?」

「今お風呂に入っているから私が先に話を聞くよ」

「ちなみに、私の今の任務は知っている?」

「聞いているよ。JCチームは異星人留学生三人の護衛と秘密の保持が今のお仕事だよね」

「そう。そうなんだけど、その秘密の保持について非常に良くない状況になっている…」

 タマはこまちに、静佳の日記を拾ったあたりからの話をかいつまんで聞かせた。するとこまちは「ふうっ」と大きなため息をついて、ソファに身体を沈めて天井を仰いだ。

「なるほどねえ……で、タマちゃんはどう考えていてどうしたいの?」

「どうしたい、とは?」

「そうだねぇ、例えば失踪している静佳ちゃんを保護したいとか、彼の記憶を消すことになったとしてもその後静佳ちゃんの恋を成就させてあげたいとか……後は、静佳ちゃんとその井上くんを殺してでも秘密は保持するべきであるとかね」

 ニコニコと笑いながら案を指折り数えていたこまちの顔が、最後の選択肢で鋭い表情に変わる。

「…今までどおりに過ごしたい」

「それは静佳ちゃんたちがどうなろうと知ったこっちゃないってこと?」

「違う。私は静佳先輩も里穂もえり先輩も、真白先輩もあかり先輩もみつき先輩も和希先輩も好きだし、幸せになってもらいたいと思う。だから、できれば…」

「井上くんの記憶はそのまま、静佳ちゃんは連れ戻して、都さんや朱莉には知られないようにする…ってところかしら」

 そう言いながら、普段着に着替えた寿がバスルームから現れた。

「確か今、他の中学生組は旅行中なのよね?」

「うん」

「ならとりあえず明日の朝までは大丈夫でしょうね。霧香と夏樹は明日から私達の代わりに東北支部出張という名の旅行だから、わざわざこれから静佳ちゃんのところを訪ねるようなことはしないだろうし、彩夏に聞いた話だと、朱莉はJC組の旅行に参加しているはずだから」

「ああ、そういえばセナもそんなこと言っていたっけね」

 寿の言葉を聞いて、こまちも思い出したようにそう言った。

「タマの話をまとめると、明日の朝までに静佳ちゃんを見つけ出して、井上親子に引きあわせて事実確認。必要であれば口止め。最悪記憶の消去っていう感じか……こりゃ徹夜かなあ。まあ、別にいいけど」

 そう言って溜息をつく寿と、申し訳無さそうにしているタマの肩を抱いてこまちが笑う。

「まあまあ、いいじゃない寿ちゃん。面倒くさい。なるようになるが口癖だった、あの可愛げのかけらもなかったタマちゃんが今までどおりに過ごしたいなんて、他人のために自分から動くんだから、それだけ今の仲間が好きで大切なんだよ。安心していいよタマちゃん。私も寿ちゃんもタマちゃんを見捨てるようなことはしないから」

「……ふたりともありがとう!」



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