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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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ベルゼビュート・ラプソディ1


8月☓☓日


明後日から邪魔者達がいなくなる。

いや、残っているが数は少ないので好きに動けるようになる。

だから明日の勉強会はおとなしく出席しようと思う。

何はともあれ今日は――




「あら、こんにちは静佳ちゃん」

 静佳がこの夏の日課となっている井上家詣でにやってくると、井上家の生業であるケーキ店の店先で鉢植えに水やりをしていた和幸の母、佳江が気づいて声をかけてきた。

「こんにちはおばさん。和幸いますか?」

「さっきちょっと買い物頼んじゃったのよ。そろそろ戻ってくると思うから、和幸の部屋で待っていて」

「え…っと…いいんですか?リビングじゃなくて?」

 静佳は別に和幸の部屋に入るのは初めてではないが、それでも彼がいる時といない時ではまた違うものだし、何より部屋の主である和幸的に見られたくないものもあるのではないかと思う。

「いいって、いいって。静佳ちゃんってちょっとやそっとのことじゃ動じなさそうだし、なにより和幸の反応が面白そうだから」

「面白そうって…」

「ただいまー…って、瓶居さんもう来てたの!?約束二時だったよね」

「明日は別の約束があって来られないから…その…はやく会いたくて…」

「えっ…」

 そう言ってもじもじとする静佳を見て、和幸が頬を赤く染める。

「ちょっとぉ、和幸あんたやるじゃないのよ!もう!」

 テンションの上がった佳江はそう言って和幸の背中をバシーン!と叩いた。

「……コバーンに」

 静佳が猫の名前を口にしたことで。佳恵のテンションは一気に下がり和幸を気の毒そうな表情で見ながら彼の肩にポンと手を載せた。

「ちょっと、!そういうすごく哀れみに満ちた表情でこっち見るのやめてよ母さん!」

「あ、もちろんおばさんにも、和幸にも会いたかった」

「ひゃっほう!ちょっと聞いた?あんたよりも私の名前のほうが先に出てきたわよ!」

 静佳の言葉でテンションの上がった佳江は今度は和幸の肩をバシバシと何度も叩く

「はいはい。瓶居さん、映画の時間まではまだ時間があるし、上がってコバーンのやつを撫でてやってよ」

「うん」

「おかあさんは?おかあさんは静佳ちゃんを撫でていればいい?」

「いや、母さんは店番しなよ…」

 寮の廊下に落ちていたノートを拾ったものの、表に名前が書いてなかったために少しだけ中をのぞき見たタマはその内容に驚愕した。

 内容からすればノートの持ち主は静佳ということになるのだが…というより、みつき達が旅行、深雪が実家に帰っている今、この寮に残っているのは静佳とタマだけなので十中八九そうだろうなと予想はしていて、実際そうであったものの、その中身はタマの想像を遥かに超えていた。一字一句とまでは言わないが、その日あった出来事がかなり細かく書かれていたのである。例えば映画は何を見に行った。静佳は何を食べて何を飲み、和幸は何を食べ、何を飲み、映画やおやつに対する感想はどうで、帰り際はどういう話をしてといったことが細かく残されていて、読み物としてもかなり面白そうな感じだった。

 なにより普段は食べ物に関係すること以外では物静かでぼーっとしていて、あまり何を考えているかわからない静佳がこれを書いたということがタマの興味をくすぐる。

 仲間内ではみつきの次に長いキャリアをもち、チーム内では真白に次いで規律や決まり事にうるさい方ではあるが、タマだってまだまだ中学生。同じ年頃の仲間の秘密は気になるし、恋愛事情にだって興味がある年頃だ。

 だから、周りを見回して誰も居ないのを確かめたタマがこっそりとノートを自室に持ち帰ったとして、誰がそれを責めることができるだろうか。




8月○☓日


邪魔者達がやっと旅行に行った。

これで今日から三日間、私は自由だ。

今日も和幸の家へ遊びに行った。



 お店の制服を着てリビングに戻ってきた静佳を見て、佳江は「キャー!」と黄色い声を上げる。

「静佳ちゃんかーわーいーいー!」

 そう言って抱きついてくる佳江を、静佳は少し引きつった表情で受け入れながら、和幸に助けを求める。

「かずゆきぃ…」

「……」

「……和幸?」

「え?あ…ダメだろ母さん!瓶居さんが困ってるじゃないか」

「そんなこと言って、和幸だってかわいいと思っているくせに」

「そ…んなこと…まあ…その…瓶居さんはかわいいけど、その…それとこれとは」

「思ってないの?こんなにかわいいのに?あーあー、バカな息子よねえ…っていうか思春期の男子メンドクセー」

「かわいいとは思っているって言ってるだろ!迷惑かけるなって言ってるんだよ!」

「もっとはっきり言いなさいよー。あんた達付き合ってるんでしょ-、もっとちゃんと彼女ほめなよ-」

「あんたは、同級生の女子か!っていうか、そんな言われ方して褒めたら母さんに言わされているみたいになっちゃうだろ!…ただまあ…すごくかわいいなと思ってるよ。僕も」

「和幸…」

「……おおう、甘い。ケーキ屋だけに」

 途中まで日記を読んだタマは内容のあまりの甘ったるさに胸焼けを覚えた。

「というか、私が見つけてよかった…」

 こんな内容の日記、あかりが見つけていたら一大事だった。

 落ちていたのが寮の廊下であるし、そもそもあかり達は明日まで旅行から戻ってこないので、その可能性は低かったのだが、良くも悪くも…というよりは、悪くも悪くも引きの強いあかりのこと。旅行の後にノリでみつきや真白の部屋あたりに泊まるとか言い出して、このノートを拾い、そして勝手に読んで勝手にキレるという図は容易に思い浮かぶ。

「だから静佳先輩は私に感謝するべきで、私にはこのノートを読む権利があると思う」

 タマは盗み見しているという事実をそう言って正当化してから、お菓子とペットボトルのお茶を用意してベッドに横になり、再びノートを開いた。




 かねてからやってみたいと思っていた、和幸の実家『パティスリー・フルール』の店番を体験した静佳は、たいそう満足した様子で和幸の部屋でお手伝いの報酬であるケーキを頬張っていた。

「瓶居さんって本当に美味しそうに食べるよね」

「え!?あ…うん…もしかして食べ過ぎ?女の子っぽくない?」

 和幸に指摘された静佳は、少し恥ずかしそうに、そして少し残念そうにフォークを置いた。

「あ、ごめん。違うんだよ。瓶居さんが食べているのを見ると、こっちもこう…美味しいもの作るぞって気になるし、食べている時の瓶居さんの幸せそうな顔を見ていると、僕も幸せになるから、瓶居さんが嫌でなければたくさんたべてほしいな」

「和幸…」

 静佳は優しい言葉をかけてくれた和幸を少し潤んだ目で見つめながらも、フォークを手に取り再びケーキを口に運び始める。

「ちなみにさ…出したケーキの中に僕が作ったのが混ざっていたんだけど、わかる?」

「…ガトーフレーズと、モンブラン、それとティラミス」

 そう言って静佳は食べかけのケーキの名前を言いながらフォークの先でつついてみせる。

「やっぱりわかっちゃうかぁ…はぁ、なんだかんだ言ってもまだまだ全然母さんには追いつけないんだなあ…」

「え?むしろ、おばさんの作ったケーキより美味しいと思うんだけど」

「区別がつかないとかならともかく、さすがにそんなはずないよ。あんな人だけど、ケーキの腕はすごいんだから」

「いいから食べてみて」

 そう言って静佳はガトーフレーズを少しだけフォークに刺すと和幸の方に差し出す。

「え、あ…でもこれってその…」

「食べられないの?自分でつくったものでしょ?」

「それはそうなんだけど…」

「何?言いたいことは、はっきり言って」

「か…間接キスってやつなんじゃ…」

「……和幸、ちょっとそこに座りなさい」

 和幸の返答を聞いた静佳は、皿の上にフォークを置いて、改めて彼に向き合う。

「え?もう座っているけど」

「正座!」

「は、はい!」

 普段のぼんやりした静佳からは想像もできない剣幕で怒られて、和幸はすぐに姿勢を正して正座をした。

「いい?和幸。食べ物というものはとても大切なものなのです。動物にせよ、植物にせよ、その大切な命を頂いているのです」

「うん…そうだね」

「そのために、この星では形は違えど食事の前に命に感謝をするでしょう。宗教的なものもそうだし、この国の頂きますというのも感謝をする心からきています。食事中は喋っては行けませんとまでは言わないけれど、それでも食物に対する感謝の心を持ちながら食事をするべきだと思う」

「うん…」

 いつになく饒舌に話す静佳に圧倒されながらも、和幸は頷く。

「にもかかわらず、間接キスが気になってケーキが食べられないっていうのは、どういうことなの」

「それは気になるよ!だって…その…好きな子と同じ食べ物を同じフォークで…」

 モジモジとしている和幸を見て、静佳の中で何かがプツリと切れた。

「…そう。間接キスが気になって食事に真面目に向き合えないのなら、間接キス以上のことをすれば気にならなくなるよね?」

 静佳はそう言って立ち上がると、正座をしている和幸をそのまま床に押し倒して、かれのお腹の上に馬乗りになった。

 そして彼の顔を両手で挟み込んで、自分の顔を近づけていく。

「…行くよ、和幸」

「…う、うん…」

「ポテチが…ポテチが甘く感じる…!私のコンソメを返せぇ」

 そんな事を言いながらひとしきりベッドの上をのたうち回ったタマは、ノートの上に落としてしまったポテチを払って、次のページヘと進む。

 しかし次のページにはタマが抱いた『この続きはどうなるんだろう。キス止まりなのかな、もしかしたらもっと先までしちゃうのかな』などという年頃の女の子らしい期待を、見事に打ち砕くことがかかれており、それを読んだタマはダラダラと顔に汗をかきはじめる。

「……あ…あれ?これってもしかして非常にまずいんじゃ…」

 そもそもタマがこの寮に残っているのは、旅行に行かない静佳の護衛というのが表向きの理由だ。もちろん、部活動をしても構わないという許可は得ているし、静佳の護衛といっても四六時中一人でしなければいけないわけではないし、タマが部活や用事で外せない時は、黒服や霧香、それに夏樹が静佳を護衛をしてくれたり、移動の足になったりしてくれている。

 それもこれも、男性型異星人から静佳を守るためというのはもちろんなのだが、その実、静佳の正体を誰かに知られないためという理由もかなり大きい。

 というよりも、静佳の正体を隠すというのは、最優先事項といってもいいだろう。

 その静佳の護衛についている人間全てに共通するであろう最優先事項が次のページであっさりと破られていたのだ。



「ね?別にたいしたことじゃなかったでしょ?」

「た、大したことだよ!」

 同じ体験をしたであろう、二人の感想はそれぞれ180度異なるものだった。

「…瓶居さんって、もしかして経験豊富なの?」

 思い切り動揺した自分に比べてほとんど動揺していない静佳を見て、和幸は複雑そうな顔でそう言った。

「うーん…女子相手が経験値になるなら結構豊富かも」

「女子!?女子って誰?」

「一つ下の学年に、宍戸里穂っていう子がいるんだけどね」

「えっと…瓶居さんと同じ部活の?」

「そう。彼女が、私があかりに体格が似ているから、仮想あかりに見立てて一回あたり板チョコ一枚で、キスの練習をさせて欲しいと言ってきて…」

「待って。ごめん、ちょっと話についていけない。まず、その宍戸さんと邑田さんは付き合っているの?」

「付き合ってはいないよ。というか、あかりは里穂のことはなんとも思ってなくて、里穂のほうが、あかり関係の事になるとおかしいだけ」

 『お菓子をくれるだけに』と静佳がドヤ顔で付け加えるが、和幸はとりあえずスルーすることにした。

「じゃあ、その宍戸さんがもしも邑田さんと付き合えたらっていう仮定で練習をしているの?」


「うん……ダメだった?」

 うなずいた後で和幸が複雑そうな表情をしていることに気がついた静佳はそう尋ねる。

「できれば…できればやめてほしいかな…その…お菓子とか物のためにとかそういうのは…だったらむしろ僕がお菓子をあげるし…って違うか。そういうことじゃなくて…」

 どう説得したものかと頭を悩ませている和幸の様子を見て、静佳はフッと顔をほころばせた。

「大丈夫。理由や理屈なんかなくても和幸が嫌ならやめるから安心して」

「いいの?」

「だって嫌なんでしょう?和幸がそんなにつらそうな顔をするならもうしないよ」

「ごめん」

「大丈夫。私も好きでしていたわけじゃないし…むしろ彼氏に止められてなんて言った時の里穂の顔がすごく楽しみなくらいだから」

 小さな声でそう言って、静佳は少しゲスな笑いを浮かべる。

「その宍戸さんと仲がいいんだね」

「付き合いが長いから」

「どういう知り合いなの?」

「同じ星から来たんだ」

「えーっと……僕も同じ星生まれだけど」

 どう反応していいか困ったような表情でそう言って和幸が苦笑いを浮かべる。

「あ……」

「あ……って…瓶居さん冗談上手だなあ」

 そう言って笑う和幸の笑顔を見て、静佳の頭のなかにある疑問が生じた。

 『同じ星生まれの女の子だと思っているからこの人は私のことが好きなのだろうか』

 そう考えた静佳の胸を何かが強く締め付ける。

 そして――

「……ねえ、和幸。もしも私が異星人だったらどうする?」

 ――静佳は開けてはいけないパンドラの箱を開けた。


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