Pure BLACK summer
――カッとなってやった。後悔はしている。
みつきちゃんと私が他愛のない話をしながら時間を潰すこと五分。
和希は私が指定した神社裏の林へとやってきた。
「おまたせ…それでその…告白したい子って…」
和希は相手が気になるのか、そう言ってキョロキョロと当たりを見回す。
「その前に一つ。こうやってノコノコやってきたってことは、その気があるのよね?あかりちゃんのことはいいの?あかりちゃんに気持ちを残しながら付き合うなんて私は許さないからね」
和希とは入寮してからこっち、添い寝をしたり、クラスで一緒に行動することが多かったり、来宮さんたちの会合に一緒に参加したり、今日の昼間のようにコンビをくまされたりとそれなりに長い時間一緒にいて仲良くしてきたつもりだ。
だからこそ、私は和希がそんな最低なことをしようとするのを見過ごすわけにはいかない。
「……あかりのことは、確かに好きだよ。好きだけど、やっぱりさ…あそこまで拒否されるとキツイんだわ。もちろん完全にあかりのことが好きじゃないってわけじゃないけど、それでも誰かと付き合っておいて、あかりに隙ができたらホイホイもどるとか、そういうつもりはない。もし、こんな俺でもいいって言ってくれるなら俺はあかりの事は吹っ切るように努力するし、相手を一番に考えるようにするし…その子が俺を好きでい続けてくれるように頑張る!」
最低限。あくまで最低限ではあるけれど、私が彼をクズと呼ばなくていいくらいの覚悟は彼なりに決めてきたらしい。
「そっか…そこまでちゃんと考えているならいいかな…実は、その和希に告白したいっていう女の子なんだけどね」
まあ、もったいぶるまでもなく、今まであかりちゃんたちと一緒にいたはずの和希にはわかっているんだろうけど。
「わかってる。言われなくてもちゃんと誰だかわかってる。それも含めてちゃんと考えてきたんだ。昼間、真白に言われてからだから考えはまだまだ浅いかもしれないけど、それでもバカな俺なりに考えてたんだ」
それでもここに来たということは
「でもここに来た。ってことは、OKなのよね?」
「もちろんOKだ」
うん。ここまで言ってくれればさすがのみつきちゃんでも大丈夫だろう。
結局100mくらい離れちゃっているから携帯で呼ばないと…
「あのさ、真白」
「待ってね、今連絡を…」
「ちょっとでいいからその前に俺の話を聞いてくれって!」
私がみつきちゃんの番号を呼び出してコールしたところで、和希が私の腕を掴んだ。
「話があるなら後でちゃんと聞くから」
「今じゃなきゃ意味が無いだろ!」
「…まさかあんたもこの期におよんで告白が怖いとか言い出すの?」
「そんなこと言わない。ちゃんと俺から言う」
うん、そのほうがみつきちゃんの負担も軽いし、彼女も喜ぶだろう。
「好きだ、俺と付き合ってくれ、真白!」
「そうね、そういう風に言ってあげ………はぁっ!?」
いやいやいや。え?なんでこいつ私に告白してるんだ?
和希が告白するべき相手は100m先にいるみつきちゃんであって、私ではないはずだ。
「って、お互いの気持ちがわかっているのにこんなこと改めて言うのってなんだか恥ずかしいよな」
そう言って和希は、とてもかわいらしい照れ笑いを浮かべながら私から目をそらす。
「え、あ、いや…」
なんでだ?どうしてこうなった?
今までずっと一緒に寝ていても、一緒に着替えをしても全然変な雰囲気にならなかったのに、なんで今さらこんなことを言い出すんだこいつは。
「前に俺がおかしくなりそうなときにずっと側にいてくれただろ?実はあの時から真白のことが気になってたんだ。でも真白は俺とあかりのことを応援してくれるって言うし…俺なんか相手にされてないんだろうなって、弟くらいに思ってるんだろうなって、そう思ってたのに、今日こうして呼び出してくれて、すごい嬉しかったんだ」
どうしよう、ガチなやつだこれ。
というか、この状況で断ったら私がクズじゃないか。
…いや、たとえ私がクズと呼ばれようとも、ここは心を鬼にして和希に勘違いだって言わないと。今日ここに呼び出したのはみつきちゃんのためなんだから。
あの子が頑張るって言ったから私は応援するって決めたんだ。
「…あのね、和希。ちょっと落ち着いて聞いて。私も和希のことは好きよ。好きだけど、それは今、和希が言ったように弟としてというか…つまり、今日ここで告白するのは私じゃない予定だったの」
「……」
「ちょっと来て」
これはもう電話で呼び出してなんてまどろっこしいことをやっていていい状況じゃない。直接和希をみつきちゃんのところに連れて行ったほうがいい。そう思って私は和希を引っ張ってみつきちゃんがいるはずの林の奥へと進んでいく。
「ちょ、ちょっちょ、真白。こんな暗いところで何する気だよ」
何もしねえよ。
「いいから来て」
頼りない星と月の明かりと遠で揺れる提灯の明かりをたよりに辿り着いた、みつきちゃんがいるはずの場所には彼女はいなかった。和希の手を離してあたりを探すと、みつきちゃんの携帯が落ちているのを見つけた。いや、正しくは携帯とそこに書かれたメッセージだけを見つけた。
『旅にでます。探さないでください』
開いてみると、画面にはそれだけ書かれていた。
「に、逃げたの…?この期におよんで?嘘でしょ…」
メッセージを見た私はもう呆れるやら、どっと疲れるやらで、思わずそうつぶやいた。
「誰もいないじゃん…そんな風に遠回しに誘わなくても、俺達もう恋人同士なんだし」
「ちょっとまって、ちょっと待ってちょっと待って!」
私はそう言って壁ドンならぬ樹の幹ドン(自分でも語呂が悪いとは思う)して、近づけてきた和希の顔を押し返した。
考えろ、甲斐田真白。
どうしたらいい、どうしたらこの場を切り抜けられる?できれば和希を傷つけないようにして…いや、でももう今さら彼と元の関係に戻るのは無理だ。今ここで断ったとして、こうして意識されてしまった以上、今までのように添い寝をしてあげることはもうできないだろうし、チーム内でもギクシャクしてしまだろう。だったらいっそ。
……けど、なんだかんだ言って連携の相性がいい和希とはできればギクシャクしたくはない。ギクシャクせずに添い寝も回避するにはどうすればいい。
何を切り捨てて、何を拾えばいい?
「変な顔してどうしたんだ、真白」
「もうちょっと時間頂戴!」
「お、おう」
そもそも私が和希と付き合うということで生ずるデメリットはなんだ?
デメリットなど特に無いのではないか?確かに朱莉さんから見て、別れた後も和希の元カノということになってしまうかもしれない。だが、それ自体は別にどうということはないんじゃないだろうか。朱莉さんは大人だ。たとえ朱莉さんが最初の恋人でなかったとしてもそんなこと気にするとは思えない。
だったら、ここは一旦付き合ってゆっくりと時間を賭けてお互いダメージのないように別れるのが得策ではないだろうか。
ここで問題になってくるのはみつきちゃんの件だが、そもそもこの現場を放棄した彼女に義理立てする必要なんてないような気がする。というか、彼女がここを放棄したから私はこんな状態に陥っているわけであって、もしここで私が和希と付き合うことになったとしてもみつきちゃんにとやかく言われる筋合いはない気がする。
「もしかして真白は俺のこと嫌いか?」
「嫌いじゃないからあと30秒黙ってて」
と、いうよりなんで和希は私だと思ったんだ?
私はあくまで『和希に告白したい子がいる』とメールをしたはずだ。そして、和希は元々何か言われば額面通りに受け取る性格で、実は私が『照れ隠しで告白したい子がいる』って書いたなんてことは想像もしないはずなのだ。にもかかわらず、和希はここに来るなり告白してくるのは私だと決め打ちしてきた。
「…ねえ、和希。私との事誰かに相談した?」
「え?ああ、柚那さんとか、あと癪だけど来宮が、俺が迷っているのに気がついたらしくて、話を聞いてもらった…」
つながった!
「……柚那さんに相談した後でしょ。来宮さんが和希の気持ちに気がついたの」
「ああ、そうだな。柚那さんに相談して…次の日かな。来宮に屋上に連れて行かれて、誰にも言わないから迷っているなら相談してみなさいって言われて」
そういうことか、何が私の朱莉さんに対する気持ちは誰にも漏らさないだ。
あれは友情なんかじゃなかったんだ。
漏らさなかったのはそのほうが彼女にとって都合がいいからだ。私を和希とくっつけるには、私が朱莉さんを好きだということをあかりちゃんや和希が知らないほうが都合がいい。
許さない。許さないぞ、クズ宮クズみ!
「ま、真白。もしかして、なんか怒ってるか?いきなり迫っちゃダメだったか?」
「……ごめんね和希。ちょっと取り乱しちゃった。でもね、私達はまだ中学生だし、お付き合いをするにも節度が大切だと思うの」
「そうだな」
「学校内では、もちろん秘密にしなきゃダメだと思うんだ。私と和希は、見た目は女同士なんだし、変な目で見られちゃうから」
「うん」
「だから、仲間内には学校では秘密にしてって言うことを言わなきゃいけないと思うんだ」
「そのとおりだ」
「あと、恋人同士ってことになるから、今までみたいな添い寝もダメだと思うの。好きな人と一緒にいたら変な気持ちになっちゃうけど、さっきも言ったように節度は守らないと」
「……」
和希は寂しそうな顔をするが、どちらにせよ私が一生彼に添い寝できるわけではない以上、どこかでケリをつけなければならない問題だった。
急にこういう展開になってしまったのは申し訳ないけれど、これ以上私と和希の既成事実を作るわけにはいかない。
たとえ、万が一この仮初めの関係が続いて、私が和希を好きになって彼との関係を受け入れたとしても、彼との関係を深めるのは来宮くるみと伊東柚那に復讐をしてからだ。
それまではあの二人にこれ以上の弱みを握らせるわけにはいかない。
みつきちゃん?もう知らん!
「ごめんね、恋人同士になったせいでかえって色々なことに制約が出てきちゃうけど…」
「大丈夫だ。俺はエロいことがしたくて真白と付き合うわけじゃないからな」
そう言って笑う和希の笑顔が、暗がりにいるはずなのになんだか眩しく感じられて、私は目をそらす。
「あのさ、ごめん真白。これだけ、これだけで我慢するから。だから一回だけ抱きしめさせて」
そう言って謝りながら和希は私を抱きしめた。
「…先輩のクズ。もしくはクズ先輩とお呼びしたほうが?」
旅行中の出来事を話し終えた私に、タマは容赦の無い言葉を浴びせた。
「わかっているから言わないで。いや、むしろ責めてもらったほうが楽な気がするからもっと言って…あ、やっぱり言わないで」
正直あの時の私は、心神喪失とは言わないまでも心神耗弱くらいにはなっていたと思うので、多少の情状酌量をお願いしたいというのが本音だ。
「はぁ…先輩たちがみんな乱れていて疲れる」
私の前に座ったタマはため息をつきながらそう言うと、テーブルの上のお菓子に手を伸ばした。
ちなみにあの後、一時的に部屋に引きこもったみつきちゃんはその夜のうちにまだ酔いが醒めずに半分寝ぼけていた朱莉さんを口八丁で騙して朱莉さんのキャッシュカードと暗証番号、それに現金を巻き上げ、その夜のうちにコンビニで上限一杯一杯まで下ろすと、飛行魔法で寮に戻りパスポートを持って成田へ直行。朝一番の便を取って南アフリカへと飛んだ。夏休みの間は南アフリカで頭を冷やしてくるらしいので、みつきちゃんはしばらく帰ってこない。
和希自身に告げた理由で、私は和希と一緒の部屋に寝られないということで、来宮さんと同じ部屋になったのだが、和希の件について何も言わない私の様子に何かを感じ取ったのか、その夜、彼女は一言も喋らなかった。
まあ、喋らなかっただけで一晩中こちらを伺っている気配はしていたので、命の危険でも感じていたのかもしれない。
和希とはなんだかちょっぴり距離が開いてしまったのが残念だが、これも私と和希のためだ。少し我慢してもらおう。
そして、自覚のない一番の当事者、あかりちゃんはと言えば、いつものように里穂にからかわれて泣いたり笑ったり怒ったりしている。
「ああ、でもそれで納得がいった。朱莉さんが来るのはそういうことなんだ」
そう、計算外の…というか、和希とのお付き合いを決意してから再計算して計算内に収めた結果ではあるのだが、来週から朱莉さんが私達の寮に入ることになった。
これは、私が都さんに和希とのことを直訴して、節度、風紀を強調した結果、和希と添い寝をしてもなにも起こらないだろう朱莉さんが平日だけこちらの寮に入って面倒を見ることが決まった。ちなみに週末は逆に和希が関東寮に行くことになる。
都さんはなんとなく私の事情や思惑を理解しているようだったが、もしバレていたとしても伊東柚那の悔しそうな顔が見られたので私は大満足だ。
策士策に溺れる、驕れる者は久しからず。ざまあみろだ。
「事情を聞いておいてなんだけど、前にも言ったように私はノータッチだから」
「わかっているって。タマにはそういうのは期待していないから大丈夫」
「私を巻き込まないなら好きにしたらいいと思う」
「まあ、自分から巻き込まれることになると思うけどね」
「……先輩は私が厄介事に首を突っ込む人間だと思うの?」
「好き好んでではなくて否応なしにだとは思うけど」
「そんな事情があるなら聞かせてもらいたいな」
そう言ってタマはアイスコーヒーのストローに口をつける。
「高橋くん巻き込むから」
「ブっ!」
私が某生徒会役員の名前を口にすると、タマは飲んでいたコーヒーが鼻か基幹に入ったらしくケホケホと咳き込んだ。
「た、高橋は関係なくない?」
「さてね。自覚ないみたいだけど、来宮さんは彼のこと好きだから利用させてもらうわ」
「……逆もなんだから、どうしようもないでしょ」
そう言ってタマは少しさみしそうに視線を落とす。
「そんな、実は両想いな彼を引き剥がしたら、来宮さんはどんな顔をするかしらね」
「真白先輩が真っ黒になっている…」
「あら?こっちにつけばタマにもいい思いをさせてあげようって言ってるんだけど」
「真っ黒というか、もはや大魔王のようだ」
タマはそう言って私が差し出した手を取る。
相手は伊東柚那という魔王なのだ、こちらも大魔王くらいにはなる必要がある。
「朱莉さんのことで邪魔な私だけじゃなくて、和希まで巻き込んだ罪、償ってもらうわよ、伊東柚那」
「………そこをそういう順番で言っちゃうんだったら、あながち…」
「え?」
「なんでもない…」
タマはそう言って笑うと、改めてアイスコーヒーのストローに口をつけた。
朱莉は処女厨です。




