Pure white summer 6
へべれけになった朱莉さんを連れて彩夏さんの運転で別荘まで帰ってきた私と和希は、まだまだ使いものにならない朱莉さんの代わりに、都さんに報告を上げ、少し時間が経ってもやっぱり使い物にならない朱莉さんの代わりにセナさんと訓練をした後、夕方に差し掛かって涼しくなってきたところで近所のお祭りへと繰り出した。
ちなみに、飲み過ぎた朱莉さんはここも不参加。一緒にお祭を見て回りたかった私としては非常に残念だけど、本当に調子が悪そうだったので泣く泣く諦めた。
そして私は今、縁日の屋台でみつきちゃんと並んで金魚すくいをしている。
「―ってことで、和希は私達の誰かから告白されたら揺らぐんだってさ」
「マジで!?」
昼間に私が和希とした話をしてあげると、テンションが上がったらしいみつきちゃんはニヤニヤと笑いながらものすごい勢いで金魚をすくい始めた。
「チャンスあるじゃん、チャンスあるじゃん、チャンスあるじゃん!」
最初はシュババババと音がしそうな勢いで金魚をすくっていく様を驚きと一種の尊敬をもって見ていたギャラリーも屋台のおじさんも金魚が小さなお椀の中にすし詰め状態になっていくにつれてだんだんとドン引きした表情に変わっていく。
「あのね、みつきちゃん。金魚がお椀の中でしらす丼みたいになってるからそのへんでね。屋台のおじさんも困っているし」
連れて帰るのは3匹までと書かれているが、連れて帰られなくてもお椀ですし詰めになった金魚が全滅してしまえばおじさん的には大損害だろう。
「あ…おじさんごめんなさい」
「ああ、いいよいいよ。面白いもの見られたから」
そう言って笑っているが、おじさんの笑顔は少し引きつっているように見える。
「ええっと、じゃあどの金魚を持って帰る?…あれ?お嬢ちゃん達どこかで見たような…」
「あ、いえ、私達家が遠いので、持って帰るのは結構です」
私は金魚を選ぼうとするみつきちゃんの言葉を遮って金魚を水槽に戻す。
縁日に行きたいと言った私達に、チアキさんはかならず二人以上で行動することと、正体がばれないようすることと念を押した。あかりちゃんとみつきちゃんによれば去年はそれが不安(主に朱莉さん)だったので、おまつりには行かせてもらえなかったそうな。
そういう事情もあって、なるべく目立たないように気をつけていたのだけど、ちょっとうかつだった。おじさんに気づかれそうになってしまった以上、ここに長居はしていられない。
「ご迷惑おかけしました」
「し、しました」
そう言って二人でおじさんに一礼してから、みつきちゃんと二人で手をつないで雑踏の中を歩き出す。
「バレちゃったかな?」
「どうだろう、似ているなくらいには思われたかもしれないけど、確信はないんじゃないかな」
隣を早足で歩いているみつきちゃんはトレードマークのツインテールではなく、今日は浴衣にあわせてお団子にまとめているのでかなり印象が違う。私もいつもとはちょっと違う髪型なので、提灯の薄暗い照明も相まってそうそうバレるようなことはないと思うのだが、地味な顔の私はともかく派手な美少女顔のみつきちゃんは多少雰囲気が違っていても、見る人がよくよくみれば一発でわかってしまうだろう。
「それでさ、真白。さっきの和希の話なんだけど…」
「ああ、私達の誰かだったら気持ちが揺らぐって話?」
「そう。真白から見てどう?私いけるかな?」
正直な所、あかりちゃんよりみつきちゃんのほうが断然可愛いと思うし、前に橙子さんとユウさん話した時に小耳に挟んだ話だと、あかりちゃんと再会する前の和希はみつきちゃんのファンだったらしい。
なので、もしみつきちゃんがその気になればかなりの高確率でカップル成立となりそうな気もするが、何しろ相手はあの和希だ。どんな馬鹿らしい理由でどんでん返しが起こるかわからない。
「はっきりとは言えないし、本人に確認したわけじゃないけど、みつきちゃんのことは好きだと思う。思うんだけど、あの和希が相手だしね何がどう転ぶかよくわからない」
普段は単純明快なくせに、余計なことを考え始めると複雑怪奇。
それが、私が彼とこの数ヶ月一緒に過ごして得た印象だ。
「ただ、みつきちゃんが動かないとなにも動かないとは思う」
「そっか…そうだよね。うん、じゃあ告白する。今日この後」
「……えっと…今日この後すぐ?別荘に帰ってから?」
「この後すぐ、ここで」
「ここで!?」
たしかに縁日で告白というのはシチュエーション的にはありな気がするけれど、でも今日ここで告白したとして、その後どうするのだろう。もしカップル成立しても私と和希は同じ部屋なわけで…ああ、そうか。私がえりちゃんと寝ればいいのか。いや、朱莉さんはリビングで寝ているし、なんだったら私もリビングでもいいか。どうせチアキさんは尾形さんと一緒なら部屋を出ないだろうし、あかりちゃんと里穂も今日はたっぷりしごかれてクタクタみたいだから部屋を出たりしないだろう。ということはつまりリビングで私が朱莉さんと何をしても…
「…って、いや、そうじゃなくて」
「え?何が?」
「あ、なんでもないの。ごめんじゃあ…その…すぐに呼び出すの?」
「うん…あ、ダメだ。ごめん、真白から呼び出してもらっていい?」
顔を真赤にしてそう言ったみつきちゃんは、取り出した自分の携帯を再び巾着にしまってしまった。
「え…いやいや。和希を呼び出すのもみつきちゃんがやらないと」
「お願い真白。私が呼び出してもしも来てもらえなかったらと思うと……かなりキツイ」
さすがに和希に限ってそんなことは無いと思うけど、確かに自分に置き換えて、もしも私が告白しようと思って呼び出した時に朱莉さんに無視されたら…と考えてみればその気持ちはわからないでもない。
「はあ…呼び出すところまでね。えーっと…『突然ごめん、和希に告白したいっていう子がいるんだけど、今ちょっと来てもらっても大丈夫?』っと」
「ちょ…それだと告白しないわけにいかないじゃん!」
「だからこそでしょ。もう和希絡みはいい加減決着つけたほうがみんなのためよ。というか、私の心の平穏のため」
「それってどういう…」
「和希がふらふらしていると、色々面倒なの。そろそろ誰が本命なのか和希の口から宣言してもらったほうがいいわ」
嫌いだとか言いながらもなんだかんだでチラチラ和希を見ているあかりちゃんとか、和希のことが、好きで好きでたまらないのに、はっきり言わないから鈍感な和希にスルーされているみつきちゃんとか、普段はバカにしているくせに和希がひどい目にあったり気絶していると、率先して肩を貸すタマとか。えりちゃんにすらバレているのになんで本人同士は気づかないんだろう。
まあ、えりちゃんの場合は、私と和希のこともなんだかんだ言ってたので、ちょっとしたことでも恋愛事と結びつけちゃっているだけかもしれないけれど。
「……真白、信じてもいいんだよね?」
「大丈夫。どーんとぶつかって行きなさいって」
信じられてもさっき言ったとおり私には確証はないし、あくまで分の良い賭けくらいでしかないのだが、ここでそれを言ってもみつきちゃんを不安にさせてしまうだけだと思う。だから私は精一杯明るい声でそう言って、みつきちゃんの背中を叩いた。
「が…がんばる…」
そう言ってみつきちゃんは、頬を真っ赤にして胸の前で両拳を握ってみせた。
「頑張るって言ったじゃん……」
『だって……』
和希と約束を取り付けてから数分後、さきほど『がんばる!』と言っていたみつきちゃんは、待ち合わせ場所に私を残して少し離れた木陰に隠れてしまっていた。その距離は大体30メートルほど。姿は見えるがさすがに普通の声では会話がままならないので、私とみつきちゃんは携帯越しに話をしているという状況だ。
『怖いから真白から聞いて』
今まで告白してきた男子をバッサバッサと切り捨てまくった子とは思えないような可愛らしいことを言っているが、ここで私から和希に『みつきちゃんの事好き?』って聞くのはちょっと違う気がする。
「心象悪いと思うよ。みつきちゃんだって、ラブレターで呼び出されて友達づてに告白されたら気分悪いでしょう?」
『え?そういうの結構いたよ。別に好きでもなんでもないからなにも思わなかったけど』
いたのか。うちの学校の男子ってヘタレだなあ…
『あ、そっか…好きでも何でもなかったら私もそうなるのか…ははは…』
電話の向こうからみつきちゃんの虚ろな笑い声が聞こえてくる。
それにしてもみつきちゃんはなんで和希のことだけこんなに自信がないんだろう。普段はわりと自信満々で、人見知りはするし、勉強は苦手だけどいったん打ち解けてしまえばかなり懐っこいし、何かあれば親身だしで身内受けは抜群の子なのだが。
「和希のことだけなんでそんなに自信ないの?」
『…くるみが和希に好きな人がいるって話をしてて…』
それは多分あかりちゃんのことだと思うんだけど、それについては和希のほうからあかりちゃん以外の子も好きっていうことは聞いているので、そこについてはあまり重く考えなくても大丈夫だと思う。…あれ?改めて考えると和希ってかなりのクズじゃないか?
…ま、まあ。来宮さんや静佳ちゃんを除外したあたり手当たり次第だれでもいいっていうわけじゃないんだろうから、クズは言い過ぎか。言い過ぎだよね…言い過ぎであってほしい。
「だ、大丈夫だって!だって和希の相手は和希のこと好きじゃないって言ってるんだから」
『そうだよね!うん、最初は二番手でもいいや!そこから頑張って和希の一番になる!』
いや、志は高く持とうよ。そんな告白悲しすぎるよ。
まさかのバレンタイン以来の長さ




