Pure white summer
夏休みのとある日、邑田邸に集まって宿題をしていたメンバーのうち、来宮くるみがまず宿題を終えて両腕を天井に向かって突き上げ、そのまま後ろへ倒れた。
「終わった-!」
そう言ってその場でゴロゴロと身体を転がしているくるみの横で真白がノートを閉じる。
「私も終わりっと」
「私も-」
「私も」
真白の次にあかりがノートを閉じ、続いて静佳がノートを閉じて持ってきていたポテチの袋を開いた。
「これであとは三馬鹿だけね」
そう言ってあかりが別テーブルで宿題をしていた三人に目を向ける。
「三馬鹿って言うなぁ」
「くそっ、悔しいけど何も言い返せないっ」
「我はこれでも頑張っているのだぞ!大体国語で我の後塵を拝したくせに偉そうに言うでない!」
全教科赤点すれすれのみつきと和希、国語のみ満点でのこりは赤点のえりが悔しそうに勉強できる組を睨む。
「ほらほら、とりあえず解答欄埋めれば連れて行ってあげるんだからさっさとやっちゃいなさいって」
そういってあかりがポンポンと手を叩くと、三人は悔しそうに唇をかみながら再び課題にとりかかった。
JC組の親睦を兼ねての合宿という名の旅行前日、戦技研が費用と宿を負担する引き換えの条件として都が出したのが、全員が夏の宿題を終えていることだった。
最初に終わった四人はもともと計画的に進めるほうだったため、全く問題がなかったが、問題は和希だった。みつきとえりはできないなりに四人と一緒に進めていたが、和希が完全に夏の宿題と都を舐めていた。
「どうせ宿題終わってなくても連れて行ってもらえるんだろ」
そう思ってこの二週間全く手を付けていなかったが、それを聞いた都が激怒。正解不正解はともかく、まじめに取り組んだ跡がみられなければ、和希は宿題が終わるまで外出禁止、ネット禁止、テレビ禁止という厳しいペナルティを課した。そのため、和希は今必死に課題に取り組んでいるというわけだ。
「でもさ、静佳は本当に行かないの?」
「ん?まあ、やることあるし」
「せっかく課題終わらせたのにもったいないなあ」
あかりはそう言いながら静佳のポテチに手を伸ばす。
「静佳のやることって?」
「部活」
「いや、だからこれが部活でしょう。バスケ部のほうが抜けられないタマや、夏休みだと思っていたら実は教師は出勤しなきゃいけなかったっていう夏樹さんと違って静佳は他の用事なんて…」
言いかけて、あかりは静佳には今現在、彼氏がいて静佳は彼の母親との関係も非常に良好であるということを思い出した。
「くっ……爆発しろぉっ」
俯きながらそう言って両拳で机を叩くあかりを真白がなだめる。
「まあまあ、あかりちゃん」
「どうせ部活だとか言ってあれでしょ、イチャつくんでしょ?彼の部屋で」
「彼の家におじゃますると、だいたいお母さんが私にべったりだから残念ながらそれはないよ」
「自慢か!うう…本当はその位置に私がいたかもしれないのに」
あかりとしては、静佳の彼である井上くんは恋愛対象ではないが、旦那さんとして見た時にはいいなと思うくらいには気になっていたという過去がある。
「いや、それはないと思うな。和幸にあかりの事聞いたら『邑田さん?いい子だと思うよ。真面目に学級員の仕事をやってくれるし。え?好きかって?クラスメイトとして好きだよ』って言ってたから。というか『中学生なのに旦那さんとかは重いかな…』って困っていたし」
「男子にそういう余計なことを言うなよ!」
「まあまあ、あかりちゃん。静佳ちゃんはあかりちゃんが井上くんにちょっかい出すんじゃないかって気になっているだけだから」
「ちなみに静佳はなにか彼との間に良いことあったの?」
今までゴロゴロしていたくるみがおもむろに起き上がって静佳にそう尋ねる。
「いいことって?お菓子はいつも貰ってるけど、そういうの?」
「いやいや、彼氏彼女なわけでしょ?いくら静佳が食欲の権化って言っても、そっちのほうもしたりするんじゃないの?食欲と性欲は裏表って言うじゃん」
「そういうのはないかな。まだ中学生だし、和幸真面目だし。あ、でも二人でケーキは作った」
「いやらっしいっ!」
そう言ってあかりは両手で頭を抱えて左右にブンブンと振る。
「どうせあれでしょケーキ作った後に『綺麗にデコレーションできたね』『うん、でも君の方が綺麗だよ』『嬉しい…今度は私にデコレーションして』とかなんとか言って女体盛りならぬ女体ケーキ台になるんでしょ!ムキー!」
「えっと……あかりちゃん、欲求不満なの?大丈夫?」
「とりあえず、あかりが兄のほう並に変態なのはわかった」
「なんでよ!朱莉さん関係ないでしょ!」
「そうよ!あのバカ兄貴よりはマシよ!」
「なんで真白まで…というか真白のほうが先に怒るの?」
「え!?あ、いや…その…」
「まあまあ、静佳。いくらなんでもあの朱莉さんとあかりを一緒にするのはないって。それはそうとこの後私達は水着買いに行くんだけど、静佳も来るでしょ?だって、この夏の間にプールに行くかもしれないんだし、その時にスクール水着じゃ井上くんだってがっかりしちゃうわよ」
くるみが静佳をなだめながらマシンガンのようにそう言って真白の失言をフォローをする。
(来宮さん…)
(大丈夫よ、同志真白。あなたの気持ちは誰にも知られないように死力をつくすわ)
真白の視線に、くるみはウインクをしながらサムズアップをしてみせ、それを見た真白はホッと胸をなでおろした。
(…そう、誰にもね)
くるみは真白が自分から目をそらしたのを確認してから心のなかでそうほくそ笑んだ。
『合格』
結局水着を買いに行くこともままならず、徹夜で課題をやりきった和希は、出発当日の朝、都のその言葉を聞いて気を失うように眠りについた。
「あんたの犠牲は忘れないからね、安らかに眠れ、和希」
「いやいや、連れて行ってあげましょうよ」
和希の屍を前にして手を合わせるあかりに、真白がそうツッコミを入れる。
「こんなに安らかな顔で眠っている和希を起こすなんてこと私にはできないっ!」
「パイセンってほんとカズキンのこと嫌いだよね。なんか理由あるの?」
自分の荷物を運び終えた里穂が寮のエントランスまで戻ってきてそう尋ねる。
「昔ちょっとね」
「ああ、そういえば元カレだとか言ってたっけ。納得」
「え?あかりちゃん、そのことちゃんと覚えていたの?」
里穂の言葉を聞いて真白は驚いてあかりのほうを見る
「うん。それで昔ちょっと迷惑かけちゃったことがあったんだよね……まあ、それ以上に迷惑かけられたことのほうが多いんだけどさ…っていうかむしろ真白ちゃんが知ってることのほうが驚きなんだけど」
「私は和希から聞いただけ、和希があかりちゃんは覚えてないだろうって言ってたからそれでちょっと驚いちゃったのよ」
「そっか」
そう言ってあかりは意味ありげに笑いながら和希を肩に背負う。
「ま、いいや。真白ちゃんの希望でもあるわけだし、今回は特別に連れて行ってあげよう…っとと、里穂、手伝って」
「はいはい」
あかりと里穂が二人がかりでエントランスを出て行ったのと入れ替わりに、今回引率を買って出てくれたチアキが入ってきた。
「後は真白と和希の荷物だけだから早く積んじゃって」
「…あ、はい」
「何か悩み事?」
「悩み事というか、なんというか…」
「はっきりしないわね」
「なんか漠然とした不安が心の中にあるんですよね。今回の旅行で何か起こるんじゃないかって…」
「起こるなら起こるでいいじゃない。夏なんだし」
チアキはそう言って今日の空のような脳天気な笑顔を浮かべたが、真白の心のなかはスッキリとしない曇り空だった。
しばらく水着回です。というか海回です




