彼方の日向 此方の暗闇 1
※暗めな部分、グロも可能性あり
気分によってこのシリーズの間に短編掌編が間に挟まるかも知れません。
章で差し込むとズレて面倒なので章分けなしで行きます。(狂ヒ華で懲りました)大体4話構成予定。
「501、出ろ」
鋼鉄製の分厚いドアに開けられている小窓から目だけを覗かせた刑務官はそう言って鍵を開ける。
「おいおい、こんな格好で出られるわけないだろ。とりあえず足くらい外してから言えよ」
拘束衣を着せられ、ベルトで胴体と足を椅子にくくりつけられている彼女は刑務官を睨みつけ、吐き捨てるようにそう言った。
「……一応言っておくぞ、お前の護送には完全武装の5人のチームが―」
「前後左右についてくるし腰紐もつく。さらに隣の棟に向かう間の廊下はばっちりこっちに照準あわせたスナイパーが待機してるんだろ?」
彼女は刑務官の言葉を遮って続ける。
「もう何度も聞いてるし、実際見てるから知ってるよ。ったくこんなかわいい女の子一人におっさん達が揃いも揃って何をビビっているんだっつー話だよ。っつーかここ、本当に日本かよ」
そういって彼女はギャハハハハと大きな声で笑った。
五人の刑務官に付き添われて房を出た彼女は、外に出ると太陽のまぶしさに目を細める。
房にも採光窓はあるし、太陽光に当たっていないという訳ではないが、それでも小さな窓から入ってくる日差しと、遮蔽物の少ないひなたの日差しとでは比べものにならない。
「夏か…」
降り注ぐ太陽の熱と蝉の声を聞いた彼女は空を見上げてそうつぶやいた。
「夏だっつーのに、相変わらず暑そうな格好してるよな、お前は」
5人の刑務官のような緊張感などまったく感じられない、杖をついたスーツ姿の中年男性がそういって彼女の横に並んで空を見上げた。
「相馬…」
「相馬さんな。何度も言ってるけど年上は敬え。房に戻すぞ」
そう言って相馬陽太はついていた杖で彼女の頭を軽く叩いた。
「はーい……それじゃあ相馬サン、今日は一体何のご用でしょうか」
「わざわざお前の夏服を持ってきてやったんだよ。感謝しろよな」
不満げに尋ねる彼女の目の前で陽太が広げて見せたのは、どこかの学校の夏服らしい白のセーラー服だった。
「チッ、嫌がらせかよ…暇なんだな公安は」
舌打ちをしながら言う彼女に陽太はセーラー服を押しつけて笑う。
「はっはっは。残念ながらこんな足でも休まず働かなきゃならんくらいには忙しいんだよ。だからもちろん嫌がらせなんかじゃねえんだな、これが」
そう言って陽太は右足を上げて太ももをポンポンと叩いた。
「あのときはその……悪かったよ」
「気にすんな。怪我まで含めて全部が仕事だ、仕事」
彼女が陽太に逮捕されてから半年。逮捕劇のどさくさで負った怪我が元で陽太の右足は二度と動かせないだろうと診断されていた。
「まあ、悪いと思っているなら今回も協力してくれるよな?」
「……わかったよ。何をすればいいんだ?」
「俺のためにそのセーラー服を着てくれ」
「……」
「いや、違うから。別にお前に対してなにかしようとか、俺が実はセーラー服が大好きすぎる人間で、手頃な子に着せて楽しもうとかそういうことじゃないからな」
彼女の視線を受けて陽太はしどろもどろになりながらそう釈明するが、釈明すればするほど彼女の視線は厳しくなっていく。
「だったらなんでこんなの持ってくるんだよ」
「それはな、君に頼みたい仕事に関係しているんだ」
そう言って、カーキ色の制服を着て、同じくカーキ色の制服を着た秘書らしい女性を連れた人の良さそうな初老の紳士が彼女の後ろで笑う。
(ぜ、ぜんぜん気づかなかった…)
彼女はある特殊な事情で常人よりも感覚が鋭く、筋力や心肺能力も高くなっている。
さきほどから刑務官達が彼女を異常に恐れているのはそのためだが、しかしそんな彼女の感覚をもってしても紳士と女性の気配を感じ取ることはできなかった。
「それでな、ええと……相馬君、彼女のことはなんと呼べばいいかな?」
「現在彼女に名前はありません。501号という番号が名前と言えば名前ですが」
もちろん逮捕される前の名前はあるが、彼女自身がその名で呼ばれることを拒否するため、その名を告げることもできず、陽太は少し迷ってからそう言った。
「501なんていうのは色気がないな。…ふむごーまるいち…ごまいち…こまち。そうだ、こまちなんていうのはどうかな?」
そう言って初老の紳士、五十鈴陸将は彼女、こまちに笑いかけた。
普段独房で出されている食事と比べて格段に味がいい食事を掻き込むように食べているこまちの横で、五十鈴陸将についていた秘書の女性が任務の概要を説明していく。
「以上が今回の作戦です。なにか質問は?」
とても話を聞いているように見えないこまちに対して怒るでもなく女性は淡々と説明を続け、5分ほどで一通りの説明を終えてしまった。
注意はしないが、かといって適当にやっているわけでもなさそうな女性に興味を持ったこまちは、最後のパンを飲み込んでから手を上げた。
「この前来てた相馬サンの相棒…佐倉だっけ?は怒ってばっかだったのに、なんであんたはあたしのこと怒らないの?適当に仕事やってんの?」
「あんた、というのは私のことかしら」
「それ以外にいないっしょ」
「あなたはかまって欲しくて、怒られたくてわざとそういうことをやっているマゾ豚ちゃんなんだろうけど、こっちは聞いてないフリしてきっちり理解してる人間に何回も説明してやるほど暇でも時間をもてあましているわけでもないってこと」
確かに今しがた食事をしながら聞いていた内容が本当だとしたらそんな時間はないだろうとこまちは考える。
「つーか、口悪いなあんた。そんなんでいいのか?自衛隊とかあんまり詳しくないけど、どう考えたってそっちのおっさんは上司だろ?査定とかあるんじゃないの?」
「いいのよ。五十鈴陸将はこのままの私が楽で付き合いやすいって言ってくれているし、私の人事に口出しできない公安職員だの、公安職員に飼われてる工作員だのにどんな印象をもたれたって関係ないんだから」
そう言って彼女はわざとらしく肩をすくめてみせる。
「はっはっは、何を隠そう私も都ちゃんに虐げられたいマゾ豚ちゃんだからな」
「……まあ、老人の戯言は放っておくとして、短いつきあいになると思うけど一応自己紹介ね。宇都野都二尉よ。今回のチームでは女性は私達だけだからよろしくね」
そう言って都はこまちに向かって手を差し出す。
「……よろしく」
ふてぶてしい態度を取ってみせてはいても、周りが男性だらけで少し不安になっていたこまちはふてくされたような顔をしながら都の手を握り返した。
「一応、あなたのパートを復唱してもらってもいい?」
「現在、某学園にてテロリストによる立てこもり事件が発生。あたしの任務はその学園から要人の娘、3名を救出すること」
「微妙に違うわ。救出するために、うっかり校内に残っていて逃げ遅れた生徒のフリをして囮になること。あとは本隊の突入時に三人のガードをすること。それと、人質は三人の他にもう一人、どうやら教育実習生も人質になっているみたいだからそっちも注意してね」
「注意?」
「彼女だけが異質なのよ。人質の価値があるような人間じゃないからテロリストの手引きをした可能性がある」
都の指摘に、こまちは心の中でポンと手を打った。
「なるほど。ちなみに相馬サン、今回の仕事の報酬は?」
「好きな飯一ヶ月と好きなマンガ誌1年分」
陽太の回答を聞いたこまちは手のひらを陽太のほうに突き出して首を横に振る。
「まだまだ、もう一声」
「独房内にもう一個檻をプレゼント」
「……そんなのいらないんだけど」
「そう言うな。独房を強化すればその中で自由に動けるようになるんだからさ。もちろん檻の内側にシャワーとトイレもつけてやるから」
「なるほど、それは嬉しいかも。これからの季節、ずっと拘束衣じゃ蒸れちゃうし、自由にトイレに行けるなら、トイレのたびにおっさんが五人も六人もついてくることもなくなるわけだし」
「そういうことだな……っていうか、ぶっちゃけちょっと女子の体臭とは思えないよな、今のお前の匂い」
「っ!」
顔を真っ赤にしながら繰り出されたこまちのパンチは的確に陽太の顔面を捉え、陽太は綺麗な弧を描きながら宙を舞った。
出発前にシャワーを浴び、念入りに身体を洗った後でセーラー服に着替えたこまちはヘリで隣の席に座った陽太に、気になっていたことを聞くことにした。
「なあ、相馬サン」
「ん?」
「さっき、俺のためにコレを着てくれって言ってたけど、あれはどういう意味?」
こまちはそう言ってセーラー服のタイをつまんでみせる。
「陸自と連携してこの作戦が成功したら俺の評価も上がるからな。そうすれば色々いいことがあるってわけだよ」
「なるほど。公安ってもっと縄張りとかメンツとかを重要視するのかと思ってたけど、ちゃんと協力とかするんだ」
「バーカ、お前の逮捕の時も協力してたっつーの。っていうか、さっきの宇都野二尉がお前に麻酔弾を撃ったんだからな」
「え…だって、あの人すごく普通だったじゃん。悪びれる様子もなければ、得意げでもなかったし」
「…もうわかってると思うけど、今日のメンツで一番怒らせたらヤバいのは、俺でもあのじいさんでもなく間違いなくあの女だからな。ちゃんと覚えておけよ」
「う、うん」
「あと、怪我はすんなよ。お前に怪我されると巻き込んだ俺としてはかなり後味悪くなるからな」
「あいよ」
「それと、お嬢様学校なんだから言葉遣いはもうちょっとおしとやかにな。たとえばあたしじゃなくて私にするとかさ。あとニヤって感じじゃなくてもっとにこやかに笑うとか」
「こうですか、相馬さん」
こまちはそう言って少し首をかしげるようにしてたおやかにほほえむ。
「やればできるじゃん!もうお前そのままのほうがいいって。そのままのお前だったら絶対刑務官にも人気出るって」
「そ、相馬サンはこっちのほうが好きか…ですか?」
「ああ。俺はかわいいこまちのほうが好きだな」
「……うんっ!なら頑張る」
少しの間の後、そう言って頷いたこまちの表情はまるでごくごく普通の女の子の笑顔のようだった。
……
「……今思えばね、私ってチョロかったんだなって思うわけよ。まあ、あのころはひなたさんが大人に見えていたし、っていうか実際そこそこイケてるミドルのおじさまだったわけだし」
こまちはそこで大きな溜息をついて顔を手で覆った。
「お姉様って枯れ専なんですか?」
苦笑いを浮かべながらセナが尋ねるとこまちはがばっと顔を上げる。
「いや、当時のひなたさんってこう、なんて言うんだろうな。ちょっと危ない雰囲気の漂うおじさまだったんだよ。決して枯れているわけじゃなくて。まあ、私が子供だったからそういうのにあこがれたって言うかね。それまで周りにいた大人の男ってアレだったからさ」
ここでこまちが言う男というのは、彼女が辛い体験をして、ひなたの世話になるきっかけとなった事件の時期に周りにいた男のことなわけで、そりゃあろくな物じゃなかったんだろうなとセナは考える。
「だからほんのちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、ひなたさんに褒められたことが嬉しいなって思ったこともあったわけ」
「フゥー、もう付き合っちゃえよ」
セナの横で話を聞いていた彩夏がそう言って囃し立てるが、こまちは少し遠い目をしながら黙って首を振った。
「私、今は百合だから」
「いや。すごいドヤ顔ですけど、こまちさんのはレズっすからね」
最終決戦の後、気が高ぶって片っ端から食い散らかしていく(性的)こまちと、片っ端から食い散らかしていく燈子(食欲)の二大巨頭のおかげで東北支部が機能停止寸前まで陥ってしまい、寿と二人で大変な思いをした彩夏としては、そこを百合なんてかわいい言い方をされるのは我慢がならなかった。
ちなみに戦闘が終わると同時にそこからずっとダラダラ寝続ける(物理)という荒技をかましてくれた精華に関しては特に思うところはない。
「まあまあ、彩夏。それでお姉様。その後はどうなったんですか?」
「ああ、その後はね…」
ということでひなたとこまち話です。
狂華と都のようにカップルじゃないのでまた違った話が書けるかなと。
よろしければおつきあいください。




