魔法少女狩り 3
異動の話を聞いたときから薄々気づいてはいたことだったが実際現場に出たときにこんなに深刻なことになるとは思っても見なかった。
え?何がかって?
なんだと思う?
戦力不足?
いやいや。そんなものは俺とひなたさんがいればなんとでもなる。これは自惚れではなく、紛れもない事実だ。実際今日も俺とひなたさんだけで圧勝だった。
ちなみに、全体実力三位で強いはずの精華さんは必殺技を出す寸前に石につまずいて転んでた。
華がない?
バカ言っちゃいけない。
おとなしそうな顔立ちに似合わない精華さんの爆乳。
活発な性格の体育会系桜ちゃん。
我が恋人正統派美少女柚那。
中身はともかく見た目は小悪魔系腹黒美少女のひなたさん。
そしてご存知男気溢れる魔法少女邑田朱莉こと俺。
これだけの面子で華がないとは言わせない。
実力もあるしメンバーに華もある。そんな俺たちが唯一抱えている致命的な問題。それは色だ。
現在の関東メンバーのイメージカラーは赤、赤、緑、緑、緑。一昔前のコント番組なら敵の怪人に説教されてしまうような組み合わせなのだ。
幸いにも変身後に五人揃ってポーズをとるようなことがないため普段はあまり目立たないのだが、それでも見る人が見ればバランス悪いと思うだろう。
しかも赤ではなく地味な緑の方が多いとか、俺が視聴者なら組み合わせ変えろよとテレビ局に抗議をするレベルだ。
そして当然そういった声は内部からも出てくるわけで。
「じゃあ、MCISの第一回ミーティングを始めます。それで今日の最初の議題は誰がイメージカラーを変えるかということなんですが…」
司会の柚那がそういってメンバーの顔を見回すが、皆押し黙ったまま口を開こうとしない。
ちなみにMCISは魔法少女犯罪捜査班(Magicgirl Criminal Investigative Service)の略だ。
「俺は嫌だぞ」
誰も口を開かないのを見て、最初にそう口火を切ったのはひなたさんだった。
まあ、実際俺も変えないですむなら赤のままいきたいところだ。
色変えは前例のないことではないが、その前例の一人であるひなたさんが「やる!」と言い出さないのがそのハードルの高さを物語っている。
ハードルが高いといっても色変え自体は自分で意匠変更することもできるし、面倒くさければナノマシンのプログラムをちょちょいといじれば完了するのでそう難しいことではない。
難しいというか面倒なのはその後だ。
俺たち魔法少女はテレビ番組という体裁を保つためと活動費の一部に充てるためにグッズ展開をしている。その種類はステッカーやタオル等の小物からからコラボPC、果ては各メンバーの劇中での自室を再現した内装一式のリフォームプランまでと幅広い。色変えをしたところで内装一式は変わらないがリフォームプランに含まれる販促品や、その他のグッズに使われている写真は全て撮り直しになる。その撮影がとにかく面倒なのだ。
「だから後輩が変えるのが道理だと思う」
「そうね」
ひなたさんとアイコンタクトを交わしていち早く攻勢にでたのは精華さん。
「いやいやー、精華さんは緑をやって長いじゃないっすか。ここはイメージを一新するためにも変えてみたらいいんじゃないですか?やっぱりゴスは緑より黒ですよ!精華さんだって本当は黒ゴス好きでしょ?撮影がちょっとくらい面倒でも理想の自分になれるなら軽いもんじゃないですか」
「う…確かにちょっと魅力的、かも」
桜ちゃんが放ったジャブはどうやら精華さんの心にクリーンヒットしたらしく、精華さんの目が泳ぎ出す。
「じゃあ精華さんは黒。漆黒の堕天使って感じで決めちゃってくださいよ」
「わ、わかったわ。がんばる!」
桜ちゃんの勢いにのせられて精華さんは胸の前でぐっと拳を握ってうなずいた。
桜ちゃんがうまいのか、それとも精華さんがちょろいのか。はたまたその両方か。
いずれにせよ緑は桜ちゃんと柚那。赤は俺とひなたさんの一騎討ちということになった。
「桜ちゃんはさ、桜って名前なんだからピンクがいいと思うな」
「いやいやー、あたしはピンクって柄じゃないでしょ」
「そんなことないよ。私知ってるよー、桜ちゃんが意外と乙女チックなの。下着だってパジャマだってピンクなんだしもうイメージカラーもピンクにしちゃいなよー」
ふんわりとした柔らかい口調で話してはいるが、柚那の目元は鋭い。あれは本気で相手を潰しにいっているときの顔だ。
「ぐ…今ここでそれを言うか」
「ほんとは気付いてほしいのに気付いてもらえないってさみしいよねえ。あ、もちろん下着とかパジャマの事じゃないよ」
「な、何を言う気よ」
「何かなー、何をいうことになるかなー」
「……わかった。私はピンクでいい」
「…ふふん」
黒いなあ。精華さんじゃなくて柚那がブラックのほうがいいんじゃないか。
「さて、じゃあ後は赤だけど。俺でいいよな?朱莉よりも実績あるし」
ひなたさんの言葉に司会の柚那が首を振る。
「それだと後々遺恨を残しますし、多数決がいいんじゃないでしょうか」
「多数決か…まあそれでもいいけど。どうせ俺の勝ちは見えてるしな」
ひなたさんからしてみれば、自分の票と、結果的に黒に変更になったとはいえ一度は共闘した精華さん。それに基本的にひなたさんの味方である桜ちゃんの票を加えて3票で勝てるつもりなんだろう。
だが、その考えは正直甘い。
「はい、じゃあ朱莉さんが赤でいいと思う人」
上がった手は俺を含めて4本。
「なんっでやねんっ!桜!精華!」
「あ、やっぱり…」
現状を理解できず思わず関西弁が出るひなたさんと、予想通りの展開にホッとため息を漏らす俺。
「だってひなたさんだけ現状維持とかズルいじゃないっすか!」
「関東に編入されたのは私たちなわけだし、朱莉と柚那を尊重するのがいいと思うわ」
いつの世も人の足を引っ張るのは常に人だ。自分たちの利益が確保できなかった以上、桜ちゃんか精華さんのどちらかはひなたさんを裏切るだろうとは思っていたが、まさか二人ともとは。ひなたさん人望ないなあ。
「じゃあ、ひなたさんは黄色っていうことで」
柚那がそう言ってホワイトボードにデカデカとイエロー・ひなたと書き込んだ。
「黄色っ!?よりによって!?」
「まあまあ、ひなたさん。カレーって美味しいし、良いじゃないっすか」
「神保町に美味しい店があるらしいから今度みんなで行ってみましょう」
「うわああっ着々と外堀が埋められてる!カレーキャラにされてしまう!」
「あ、戦隊ものより魔法少女らしくお菓子と紅茶のほうがいいですか?でもそっちは…多分死にますよ」
「そうね、そっちはわたしもあんまりお勧めしないわ。十中八九死ぬし」
「だからなんで黄色なんだよ!」
ああ、いじられないっていいなあ。
元いじられキャラの俺としてはこのままひなたさんがいじられキャラになってくれますようにと願わずにはいられない。
「じゃあ、色変えの話が一段落したところで本題、いきましょうか」
柚那はそう言ってホワイトボードをクルリとひっくり返すとまっさらな面に『魔法少女狩りについて』と書き込んだ。
「じゃあ、まず捜査班から報告をお願いします」
柚那はそう言ってひなたさんを見るが、ひなたさんは頭を抱えてうつむいて「あああ…」とうめいていて話が自分に振られていることに気が付かない。
「あー……じゃあ、ひなたさんのかわりに私が」
桜ちゃんが小さく手を上げてそう言ってから立ち上がる。
「私たちが調査したところ、何名か魔法少女狩りの可能性があるメンバーが見つかりました。ただ、まだ容疑者と言えるほど証拠が固まっていないので、あくまで参考人ということで聞いてください。まず、神鷹イズモ」
神鷹イズモちゃんは中国地方の魔法少女で、変身後の姿が巫女服、武器は薙刀という大和撫子魔法少女だ。戦闘能力で言えば中の上。平均よりもやや下で、普段の俺よりもちょっと強いくらいだ。ちなみに精華さんとひなたさんは全魔法少女で5本の指に入るくらいなので実は誰が敵でもまず問題はない。
「二人目が笑内寿、三人目が能代こまち」
「あらら…」
二人目と三人目の名前を聞いた精華さんがため息交じりに声を漏らす。
寿ちゃんとこまちちゃんは北海道から東北、北陸までを見るチームの魔法少女で、もともと精華さんのチームの人間だ。
「三人が三人とも魔法少女狩りの仲間というわけではないと思うんですけど、この三名は行動にやや不審な点が目立ちます。イズモに関してはフラっといなくなって所在不明になるくらいなんですが、笑内、能代に関しては二人で行動した後にその痕跡を消すような行為が見られます」
「関西から北海道にまたがってでしょ、たった二人でよく調べたわね。」
精華さんの言葉に桜ちゃんが自信満々に胸を張る。
「元々ひなたさんが三人を疑っていたので、正式な捜査になる前から私が使い魔を付けていましたからね」
さくらちゃんは徹底したサポートタイプ。攻撃力はほぼ皆無で、使い魔を使った偵察や調査。それに限定的ではあるものの予知を得意としている。
「なあ桜ちゃん。あえて三人に使い魔をつけていたっていうことは、参考人はその三人だけってことでいいの?」
「はい。今のところは…ただ、イズモについては本当にどこで何をしているのかわからなくてクロだっていう証拠もシロだっていう証拠もないんです」
「使い魔を付けていたのになにをしていたのかわからない?」
「私の使い魔は私と同様、戦闘能力が皆無ですから。気付かれて攻撃されると簡単に壊されちゃうんです」
「でもわざわざ攻撃してくるってことはやっぱりクロなんじゃないの?」
「まあ…でもイズモはものすごく神経質なんで、使い魔がくっついていればそれが味方のものでも平気で叩き切ると思うんです。だから使い魔を壊されたこと自体はイズモとしては普通の行動なんで、それをもとにイズモが魔法少女狩りの件でクロだっては言えないんすよ」
被疑者の性格ゆえの行動で、イズモちゃんが使い魔を壊すのも、俺がエロゲーをやるのも柚那がヤンデレるのも変わらない個別の通常行動っていうことか。
「それに、イズモは使い魔が私のだって気付いてると思うんですけど、特に私に何か言ってくるようなことはないんですよね。イズモと喧嘩するような予知もこないんで、将来的にも突っかかられるようなことはなさそうですし」
「イズモについてはわかったわ。うちの…寿とこまちについては?」
「何かを探しているっていうんでしょうか。東北支部だとか北海道支部で倉庫とかロッカーとかを漁っているんすよね。で、毎回綺麗に元に戻すんです」
うーん…それだけ聞くと、限りなくクロっぽいなあ…
「……」
俺と同じ感想を持ったのか、精華さんは黙ったまま険しい表情で唇をかんだ。
「あ、でもまだ決定的な証拠があるわけでもないですし、魔法少女の中に裏切り者がいるって決まったわけじゃないんで、そんなに深刻にならなくても」
精華さんの顔色が変わったのを見て、桜ちゃんが慌ててフォローをする。
「そう、ね」
桜ちゃんのフォローを聞いているのかいないのか、精華さんは思いつめた顔でうなずく。
「ただ、もしもの時は私自身がケリをつけるわ。それが、あの子たちの隊長だった私のけじめだと思うから」
そう言って精華さんは窓の外へと視線を移した。
「まあ、そういうわけで、私たちの捜査は継続。最終的な結果はもう少し待ってくださいっていう感じです。ちなみにみなさんは何か見たり聞いたりってことはありませんでした?」
「ごめん。特に見たとか聞いたじゃなくてただの質問なんだけど、狂華さんとかチアキさんって容疑者だったりする?」
「いえ、特には。あの二人に何か怪しいところがあったんですか?」
「そういうことじゃなくて、参考人が絞れているんだったら、二人にもそれとなく見張っててもらったほうがよくない?狂華さんならイズモちゃん後を尾けるのだって簡単だろうし」
「朱莉さんは今の狂華さんが戦力になると思ってるっすか?」
「……」
うわあ、なんも言えねぇ。
「桜の言う通り狂華は役に立ちそうもないけどチアキには協力してもらったほうがいいでしょうね。私のほうから寿とこまちのクセも合わせて伝えておくから桜とひなたはイズモのほうに集中してくれて大丈夫よ」
「助かります。二人のほうに割いている使い魔も合わせて全部イズモのほうに集中すれば彼女がどこで何をしているのかくらいは判明すると思うんで、それが終わったら二人のほうに回しますから」
「よろしくね。ただ、焦ってずさんな捜査はしちゃだめよ」
「了解っす」
桜ちゃんはそう言って小さく敬礼をして笑った。
ちなみに捜査主任であるはずのひなたさんは会議が終わってからも、しばらくの間何かブツブツ言っていてまったく役にたたなかった。




