昼休み
「見ろぉっ!コレが私宛てのラブレターと言うものだぁ!」
「おおっ!マジだった!すげえ!」
昼休みの教室。
私がそう言ってラブレターを持った手を突き上げると、遊びに来ていたマリカはやんややんやと囃し立てた。
「それがあかりの分、これが真白の分!」
そう言いながらみつきは私のラブレターを指さした後、ついさっきくるみに手を引かれてどこかに行ってしまった真白ちゃんの鞄を勝手に開けて彼女宛のラブレターを取り出し、て机の上に置く。
そして―
「そしてこれが、私の分だぁぁぁっ!」
ドンっという音がした。
誇張でもなんでもなく、机の中に入っていた紙の束をただ机の上に置いただけ。
たいして強くたたきつけたわけでもないのにみつきのラブレターの束を置いたときに、ドンという音がしたのだ。
重さも、積み重ねてきた歴史も違う。そう実感させられる差がそこに確かにあった…って、一体何を言ってるんだ私は。
「自慢かい!」
「いや、自慢というか、今日のあかりがあまりにウザくてつい」
「親友が初めてラブレターをもらったっていうのに、ウザいとは何よ、ウザいとは」
「いや、だって毎時間毎時間それを聞かされるこっちの身にもなってよ。さっきなんてわざわざタマの教室まで行って廊下で見せていたでしょ」
「う……まあ、それは」
「まあまあ、いいじゃんみつき。あかりのハレの日に水を差すようなことやっちゃかわいそうだろ」
「そう!マリカが今、良いことを言った!」
「うっざ…マリカにバカにされているのにも気づかないし」
「いや、別に私はバカにしてるつもりはないんだけどね。これでも一応ちゃんと応援してるんだよ」
「見学席とか作ろうとして、夏……浅川先生に見つかった人の言うことじゃなくない?」
「それとこれとは別。気持ちはちゃんと応援しているけど、私は稼げるなら稼ぎたいってだけ」
マリカはそう言って親指と人差し指でお金のジェスチャーをしてみせる。
「それが理解できないんだってば。まあ、理解できないって意味だとあかりのほうも理解できないけど」
「え?私?」
私の一体何が理解できないというのだろうか。
みんなの下駄箱に入るラブレターを見せつけられてばかりだった鬱屈した日々を脱出しただけである私の一体何が理解できないというのか。
「好きになってくれれば誰でもいいわけ?たった一通ラブレターがきたくらいで舞い上がっちゃってさ」
「だって今まで一通も来てなかったんだよ!?そりゃあ舞い上がるよ!毎日毎日1ダース単位で男子を振っているみつきにはわからないだろうけど!」
「だからってねえ!だからって……」
「あ!みつき、あんたもしかして……私に彼氏ができちゃったら遊んでもらえないとか思ってる?そんなことないよ、私は別に彼氏ができたってみつきのことを親友だと思っているし大切にするよ」
パンと音がして、少し遅れて私の頬が熱くなった。
「馬っ鹿じゃないの?」
そう言って私を見つめるみつきの目は冷め切っていて、とても親友を目の前にしてする目ではなかった。
「なんであんたなんだろ…」
「え?」
みつきはうつむいて何かつぶやいてから、突然立ち上がった。
「私もう今日は加須先生に言って帰るわ。マリカ、あとよろしく。万が一なんかあったら真白とか先生達と協力してなんとかして。こいつは役に立たないだろうから」
「んー……まあ、私はみつきがそれでいいならいいけどね」
そう言って手を出すマリカに財布から取り出した野口さんを押しつけるようにして渡すと、みつきは自分の鞄をつかんで本当に教室を出て行ってしまった。
「えーっと、私なにか悪いことした?」
「んや。誰も悪くないんじゃないのかな。まあ、多分霧香ちゃんとこ行ったなら霧香ちゃんがなんとかしてくれるっしょ。あの人あれで結構聞き上手だし」
それは過大評価ではないだろうか。というか…
「……マリカは何か知ってるの?」
「知っているかもしれないし、知らないかもしれない」
「どっちよ」
「予想はつくけど何がどうなってそうなっているかはよくわからない。まあ、いつものように確定するまでは私はなんにも言わんよ」
「なんとかしてくれる?」
マリカは徹底した秘密主義でことなかれ主義だがいつも大方の流れを予想していて、巻き込まれない位置に立って物事をコントロールしてくれることが多いので割と頼りになる。
「あかり次第。今のところ私はみつきよりもあかりの味方をしたいと思っているけど、私があかりの味方をしたくないと思ったら味方してあーげないっ、と」
マリカはそう言って立ち上がる。
「あれ、どこかいくの?」
「ん?ベスのとこ」
「……マリカは私の味方なんだよね?」
ベスにはある種好かれているとは思うけど、好かれているだけにこの件に巻き込んではいけない子だと思う。
「そうだね。ただ、まあ。気になることがあってね」
「気になること?」
「果たしてあかりにラブレターを出した男子は存在しているのか」
「してるよ!タマに確認したし」
彼と同じ二年生のタマがいると言っている以上いるのだ。いるったらいる。いなかったら泣く!
「誰かが彼の名前を騙ってあかりをぬか喜びさせているとか」
「もしもそうだったら本気で凹むわ…」
「もしくは…まあ、これはないだろうけど」
「なに?気になるんだけど」
「…えりや静佳、里穂と似たような存在とかね」
マリカは少し声を潜めてそう言って意味ありげな笑いを浮かべる。
「いや……さすがにそれはないんじゃないかな。モデル校にする前にこの学校の学生は一通り調べたって都さんが言っていたし」
「それらを含めてMI6に力を貸してもらおうかなと。まあセカンドオピニオンだね」
「なにそれ」
「イギリスの諜報機関。霧香ちゃん含めて都さん子飼いの諜報員のみなさんが駄目だとか無能だとかっては言わないけど、何かを見落としている可能性も捨てきれないじゃん?アビーやカチューシャからだと下っ端過ぎて国からの規制食らって怒られかねないし、その前にその上のジャンヌさんやユーリアさんのところでへんなフィルターがかかって情報が下りてこない可能性がある」
「でも、それはベスも同じじゃないの?」
「あの子は直でMI6に所属しているからね。生の情報はよこさないまでも、調べてみて問題があれば間違いなく教えてくれるだろ」
「へえ、イギリスの魔法少女って諜報機関所属なんだね」
「そのあたりは国によりけりなんだよ。あかり達は陸自だけど、アビーとジャンヌさんは海兵隊だし、カチューシャとユーリアさんはロシア空軍。あとわかりやすいとこだとイスラエルなんかはモサド預かりだね」
「……マリカの国にはそういうのないの?というか、マリカはどこに所属なの?」
そもそも、この国の諜報機関が信用できないなら、わざわざ他国に頼むのではなく自分の所の諜報機関を使えばすむことだと思う。
「あはは、私はハーフで日本生まれの日本育ち。んでもって日本担当ってことで本国からいまいち信用されてないのさ。なので、陸軍だけど嘱託扱い。もちろん普通にしているのに支障はないけど、いろんな事件の根幹みたいなものにはまったく触れられないし情報も見られない、経費もあんまりない。まあ、だから外注するのにお金がいるわけ」
そう言ってマリカはみつきから受け取った野口さんを顔の前で広げてみせる。
「ま、そういうことだからちょっと一年の教室に行ってくるね」
そう言ってマリカは野口さんをひらひらさせながら教室を出て行った。
変に生真面目に教師している夏樹さんあたりに没収されないといいけど。
マリカが鼻歌交じりで出ていくのと入れ替わりにタマがやってきてさきほどまでマリカが座っていた席に座ってこちらに顔を向ける。
「さっき廊下でみつき先輩を見かけたんだけど、泣いていたっぽかった」
「え?」
「あかり先輩、何かした?」
何もしてない…と思うんだけどなあ。
むしろ
「ひっぱたかれた」
「…え?みつき先輩をひっぱたいたんじゃないの?」
「私がラブレターの件で浮かれていたら、なんか突然怒り出して人の顔ひっぱたいてもう帰るって言って帰っちゃった」
「ああ…なるほど。その気持ちはわかる」
わかるんかい!
「今日の私、そんなに鬱陶しいかな」
「鬱陶しいというか…この前みんなで老人ホームの慰労にいったでしょ」
「うん、行ったね」
珍しい仕事だなあと思っていたら、夏樹さんがご当地やっていた頃に自分で開拓した営業先だったというオチだったやつだ。
ちなみに夏樹さんは一緒についてきて、霧香さんはロケバスでゲームをしてた。
「あそこでおじいちゃんおばあちゃんが、一緒に撮った写真を遺影にするとか、棺に入れてもらうとかそういう自虐的な寿命ジョークを飛ばしていたでしょう」
「うん、どういう顔して良いかわからなかったやつだね」
「今日のあかり先輩はあれと同じ」
タマはそう言って神妙な顔で人差し指を立ててみせる。
「そこまで酷くなくない!?」
「老人の自虐ジョークとかけて今日のあかり先輩と解く。そのこころは、どちらも言える期間が時間の問題」
と、ドヤ顔でタマ。
前で黒板を消している日直の山田くんにお願いしてタマの座布団を全部取ってやりたいけど残念ながら椅子の上に座布団はない。
「まあ時間の問題と言えば時間の問題かも知れないけどさ。放課後告白を受けて彼と付き合うことになっちゃったらラブレターネタはもう言えないし」
「……ぅっざ」
「え?」
「なんでもない。ちょっと咳き込んだ。コホンコホン」
一瞬タマがすごい顔をしたように見えたが、今はもう真顔なので多分変なところにほこりが入ったかなにかしたんだろう。
「まあ、せいぜい頑張って。里穂がいない日にラブレターが来たのも何かの導きだと思うし」
「そうだよね、里穂がいたらいじわるで邪魔されそうだもん」
「そうだね……じゃあ私は教室戻るから」
なぜか疲れ切ったような表情で一つ溜息をついた後、そう言ってタマは教室を出て行った。




