私の後輩がこんなにかわいいわけがない2 後
「くっ…戦わずしてアビーとカチューシャを奪われるとは。聞いていたとおり姑息な人ですね、邑田あかり」
ベスは忌々しそうな、それでいてどこかうれしそうな顔でそう言って私を睨む。
睨まれても私は別に自分のことを姑息だとは思っていないので、名誉毀損も良いところだ。
「違う違う。姑息なのは兄の方。私は正攻法で話し合いをするだけだから」
そう、私は正攻法で理詰めにしていく。ノリと勢いだけで説得をする誰かさんと私とではそこの部分が決定的に違う。
「いや、あかりもあんまり朱莉先輩の事言えないよなあ」
「だよねえ」
外野がちょっとうるさいけどとりあえず無視することにする。
…お仕置きは後でまとめてしてやる。
「さて、ベス。えり達異星人組に対する接し方だけど」
「接し方なんて聞いていません、調査させるのかさせないのかそういうことを聞いているんです」
「それならさせない。以上、話はおしまいよ。とっとと帰ってあんたの上司に報告しなさい。力尽くでくるなら、こっちもきっちり受けて立つから」
アメリカはジャンヌさん、ロシアはユーリアさん、中国は小花さん。あとはインドの連絡将校とは面識があるが、イギリスからきているはずの連絡将校の人とは面識がない。しかし、この子の様子を見るにあまり性格は良くなさそうだ。
まあ、とはいっても万が一イギリス組が強硬手段に出たとして、さっきの電話でジャンヌさんとユーリアさんの協力は取り付け済みなので、この学校の中でも霧香さん達を入れれば九対一。上司が出てきても二だ。まず負けることはないだろう。
「くっ……」
ベスは悔しそうに下唇を噛んできょろきょろとあたりを見回し、何かを見つけたようにパッと明るい表情になると向こうの方へ走って行った。
そして戻ってきたベスは
「決闘を申し込みます。交渉なんて最初から試みるべきではありませんでした。なぜなら私たちは魔法少女、もめ事は魔法で解決するのが本筋!さあ、邑田あかり。私の挑戦を受ける勇気があなたにありますか!?」
とかいいながら屋上に落ちていた風雨にさらされてドロドロの軍手を私の顔に投げつけてきた。
思いもよらぬ宣戦布告に私は軍手を避けることもできず。もろに顔面に食らってしまった。
一言で言えば不快。二言で言えば超、不快。
えもいわれぬ匂いとべちゃっとした感触の軍手が私の顔に文字通り泥を塗りながら屋上へ落ちる。そして軍手が落ちると同時に私の中の何かのスイッチがカチっとオンになるのを感じた。
「あ……」
「……上等だ一年坊!やってやんよ!オラァ!さっさと変身しろやぁっ!」
「え、ちょ……」
「魔法だろ?いいよ、やってやるよ、さっさと変身しろ」
「い、いえ。ですから」
「変身しろっつってんだよ!」
私はそう言いながら変身して、SサイズのMフィールドを展開させる。
「は、はい」
自分からケンカを売ってきたくせに、ベスは何故か半泣きで変身してステッキを構えてみせるが、ここのところ霧香さんに訓練を受けてきた私からみれば隙だらけでまったくなっていない構えだ。
「ここと、ここと、ここと、ここに隙があるんだよ!なめてんのか?お前私のことなめてんだろ?」
「な、なめてません!」
私が叩いたところを正して構え直すが、やっぱりなっていない。
「今度はここががら空きなんだけど。何?誘い受け?」
「さ、誘い受けってなんですかっ?」
「口答えすんな!さっさと直せ」
「ごめんなさいっ」
そう言ってもう一度構えを直すベスの目からは涙がこぼれ、腰も引けているし心なしか膝も震えているように見える。
「まあまあ、あかり。あんたちょっと大人げないよ?実戦経験者で先輩なんだからさぁ、もうちょっと優しく大人の対応をね。見てみなよ、超怖がってるじゃん」
「う……」
「みつきの言うとおりだぞ。俺らは三年生なんだから一年生の悪ふざけくらい大目に見てやらないと」
「うう…そう…かも…」
まさかのみつきと和希からのお説教に頭に登った血が引いていくのを感じる。
「そうそう。子供のやったことなんだからさぁ」
「みつきと和希はともかくマリカに言われるのは納得いかない!」
なんでこいつはへらへら笑いながら元々私たちの仲間でしたみたいな顔でいるのか。
「よ、よろしいでしょうか、あかり先輩!」
振り返ると、アビーはぷるぷると震えながら私とベスの間に立つようにして敬礼をして立っていた。
最初から気がついていたことだけど、この子達は私たちより遙かに弱い。多分深雪ちゃんよりも弱いだろう。
「…何?」
「ベスは私たち見習いの中でも一番弱いんです。ですので、先輩方とまともに戦うような実力はまったく持ち合わせていません」
「だったら最初からケンカを売るべきじゃないでしょ。なんであんな事したの?」
「……ベス、話していい?」
「う……いや、その…」
「話しなさい」
なんだか知らないけどまだ悪巧みをしているなら先に潰しておきたい。もう面倒ごとは
こりごりだ。
「じ、自分で話すから……あ、あの…あかり先輩は私の憧れなんです」
そうモジモジしながら話すベスはかわいいけれど……なんだろう。酷く面倒くさい予感しかしないぞ、この話の流れ。
「憧れ?会って間もないし、憧れられるような所はないと思うけど」
それこそ私が絶世の美女というのならわかるが、あいにくと私は中の上くらいの一介の美少女だ。
「ここに来る前にみなさんの資料映像を見せていただいたのですが、実力はないのに口先だけで卑劣な宇宙人を説き伏せて降伏させるあかり先輩の手腕がすごいと思いました!」
誰が実力のない口だけの魔法少女だ。それじゃまるでお兄ちゃんじゃないか。
「それで、私も説き伏せられたいなって」
うん。この子、すごい変な子だ。
「だからあかり先輩にケンカを売れば説得してくれるに違いないって思ったんです!」
やだもう、この子すごく面倒くさい。
「あかりあかり」
「何よみつき」
「モテ期到来だね!」
「うるせえ馬鹿野郎」
それがグッと親指を立てながら私に言うことか。
「大体モテ期って言ったって、先輩として憧れられるとかそういうのはモテとは違うでしょ」
モテ道はなんというか、もっと救われてなきゃいけないと思う。
「いやいや、でも最近はストーカーもついてるじゃん、モテモテじゃん」
「マジで?すごいじゃんあかり」
そっちのことはすっかり忘れていた。やっぱり一般人のストーカーくらいだと差し迫って危険があるわけではないせいか、そっちの事はなんとなくおざなりになってしまう。
「これはもう完全にモテ期だね」
「モテあかりんの誕生だ」
みつきに同調してマリカも騒ぎ出す。
「話が進まないからちょっと黙ってて……ベスは何?」
みつきとマリカを止めようとした私の制服の裾をベスがちょいちょいと引っ張る。
「ちゃんと私にかまってくださいっ、横入りはずるいです!」
なぜか半泣きで口をキュッと結んでこっちを睨んでいるベス。
「モテてるねえ」
みつきはしみじみと。
「モテてるなあ」
マリカは感慨深そうに。
「よかったな、あかり」
和希は涙を浮かべながら。
「うるせえ三バカ!……というか」
ベスがどういう形であれ実は私のことを好きだというのならば、もしかしたらこの子が犯人なのかもしれない。
「もしかしてあんたがストーカー?」
「違います!私はちゃんと対価を払ってます!タダでつけ回すなんてことしません!」
……対価?まあいいや。
「本当にあんたじゃないのね?」
「違います!したいですけど!」
「したいのかいっ!」
ああ、もう本当に面倒くさい。できれば私も全部放り出して柵のところで深雪ちゃんとカチューシャと一緒に雲を見ていたい。っていうか自由だな二人とも。
「じゃあ一体誰がストーカーなのよ……」
「それならもう捕まえた」
「うわぁっ、びっくりしたぁ!……え?タマちゃん捕まえてくれたの?」
っていうか、相変わらず影…じゃなくて神出鬼没な子だ。
「ん。私じゃなくて真白先輩がダッシュで追いかけていったから捕まえてくれていると思う」
……捕まえてくれたのはうれしいけど、ぐんぐん迫ってくる真白ちゃんの本気ダッシュはちょっとしたホラーなので少しだけストーカーに同情してしまう。
「それでちょっと困ったことが」
「困ったこと?」
「さっきの変身を見られてた」
「……それは、深雪ちゃん達の?」
タマちゃんはふるふると首を横に振る。
「先輩とそっちの子の」
「あちゃあ……」
このことをネタにお兄ちゃんに弄られるのはいいけど、柿崎さんに迷惑掛けちゃうのは申し訳ないなあ。
「困ったことになったっていうことは一般の生徒なんだよね?じゃあ真白ちゃんが戻って来る前に報告上げて柿崎さんに来てもらわないとだね」
「それは私がやっておいた…」
「さすがタマちゃん。仕事ができる子」
「…けど、朱莉さんがよくわからないからあかり先輩から連絡するようにって」
おしい!
「じゃあ、私の方から連絡しておくね。ありがとうタマちゃん」
「心配っていうのはあったけど、私はお菓子で一週間雇われただけだから」
「雇われたって誰に?お兄ちゃん?」
「ううん。里…むぐっ」
「やあやあパイセン。ストーカー捕まった?どれがストーカー?てか真祖先輩は?」
階段の方から走ってきた里穂がそう言ってタマちゃんにチョークスリーパーをかけながら屋上を見回す。
「人がせっかくかばったのに、あんたが出てきちゃ意味ないでしょうが!……まあいいや、深雪ちゃんもカチューシャもちょっとおいで。この子が異星人の一人。宍戸里穂。まあ、この子に対しては何しても良いから」
「ちょ、パイセン。何してもってなんの話?」
「あんたに逆キャトルミューテーションしたいっていう子がいるんだ」
「なにそれ怖い!」
里穂はそう言って慌ててタマちゃんを解放するとパッと私の背中に隠れる。隠れるが、私の後ろには今も私の服をつかんで離さないベスが居る。
「ど、どいつがその猟奇的な考えの奴なの?」
「あんたの隣にいる子」
「ぎゃあああっ!」
普段飄々としている里穂がこういう大きなリアクションを取るのは非常に珍しいので、思わず口元がにやけてしまう。
「なに?パイセン私のこと売るの!?酷くない!?」
「いや、どう考えてもあんたの普段私に対してしている態度の方が酷いでしょうが、これにこりたら少しは反省しなよ」
「……仲がよろしいんですね」
「さっきも言ったでしょ。彼女たちにはちゃんと人格もあるし、性格はともかく人間味もある。それを研究だなんだかんだっていうのは人としてだめでしょ」
「わ、私が言っていることはそういうことではなくて」
ベスはそう言って口をへの字に曲げてモゴモゴと口の奥で何か言うが、良く聞き取れない。
「おお、あかりがモテてる」
「ああ、モテてるね」
「うんうん。おめでとうあかり」
「だからこういうのはモテてるって言わないって言ってるでしょ!」




