私の後輩がこんなにかわいいわけがない
最近学校や通学路で視線を感じる。
最初はまたバカ兄貴が私やみつきや真白ちゃんを見守るとかそんな名目で和希でも貼り付けているのかと思っていたが、和希と一緒にいるときにもその視線を感じるのでお兄ちゃんの仕業ではないようだ。
とは言っても・・・・・・
「ああもう!気になる!」
「パイセンうるさい」
放課後私が部室にやってくると、いつものように先にやってきていた里穂がパイプ椅子をつなげて作ったベッドから迷惑そうに起き上がって本を閉じた。
最初こそきちんと椅子に座って本を読んでいたものの、日に日に里穂の部室でのくつろぎレベルは上がっていき、夏樹さんに聞いた話だと真白ちゃんを騙してリクライニングチェアを部費で買おうとしたらしい。そんなこともあって最近私はむしろこの子こそが真の怠惰なんじゃないかと思っている
「あんたも気にならない?なんかこっちを見ているような視線」
「誰かに見られているなんて、そんなの別にいつものことだし・・・・・・あっ」
「わざとらしく『私ったら先輩の触れちゃいけないところに触れちゃってごめんなさい』みたいなリアクションしなくていい!」
本当に性格悪いなこの子。
「はあ……あんたじゃ話にならないわ、タマちゃんは?」
「バスケ部」
タマちゃんは最近ほとんどこっちに顔ださないし、もう完全にバスケ部の子だよなあ。
彼女の場合、学校だけではなく寮のほうでも里穂や静佳ちゃん。それにえりの警護があるので別に放課後くらい好きにして良いとは思うけど、せっかく近くにいるんだし、もうちょっと仲良くなりたいなとも思う。
ちなみにえりと和希とみつきは中間試験の成績がかんばしくないにもほどがあるという出来だったのでここ数日放課後に補習を受けている。
えっ?静佳ちゃん?リア充爆発しろ!
「むしろ真祖パイセンは?」
「なんかメールが来てすごい勢いで早退してった」
私もこの間やったばかりなのでとやかく言えた義理ではないがそれでも真面目な真白ちゃんがいきなり飛び出していってしまったのにはちょっとびっくりした。
「ふうん…で、パイセンは視線が気になるんでしたっけ?」
「なんか最近誰かに見られているような気がしてさ」
「あかりパイセンの自意識過剰とかじゃなくてですか?」
「自意識過剰ってあんたねえ…」
「いやいや、誤解しないで。見られていると思っていることが自意識過剰って言っているんじゃなくて。例えばえりとか和希パイセン、それにみつきパイセンに対する視線をあかりパイセンが自分に対するものだと勘違いしているとかそういう可能性は?」
いや、誤解する言い方よりもむしろ失礼なこと言ってるだろお前。
「それはないと思う。今だってこの部室に来るまでずっと気配を感じていたんだから」
この部屋は色々と機密情報なども話すのでオートロックの完全防音になっている。そのため廊下の声などは入ってこないが、放課後のこの時間帯ごったがえしているとは言わないけど廊下の人通りは多い。なので振り返ってみても犯人を特定できるわけもなく、私はなんとなく気持ち悪い思いをしながら部室までやってきたのだ。
「と、いうことは……パイセンにもついに春が!?そんな、まさか!」
そうだとしても白目むいてショックを受けるほどのことではないと思うんだけど。一体この子は私のことをなんだと思っているのか…ていうか
「たとえそうでもストーカーなんて嫌すぎる!」
「いやいや、ここはストーカーだろうがサイコパスだろうが妥協しておかないと一生相手に巡り会えないかも知れないよ」
「……」
一理ある。
いやないない!ないって……ないといいな。
「まあ、そんなに気になるならちょちょいと探し当てちゃうからちょっとだけブレスレッド外して」
そう言って里穂は私にむかって左手を差し出した。
「ダメ。あんたのことを信用しないわけじゃないけど、それを外していいのは本当にどうしようもない場合のみって言われているでしょ」
里穂もえりも静佳ちゃんも普通の学校生活を送るために普段は魔力を封印されていて使える魔力はかなり制限されている。その封印の役割をしているブレスレッドを外せるのは夏樹さんと霧香さんと都さん。それに私と真白ちゃんとタマちゃんだけだ。だけだ、などと言っても一カ所に固まっているせいで多く感じてしまうが全国で私たち6人だけが封印を解けると考えるとそんなに多くはない。
なんと言っても関西のイズモさんも東北の寿さんも、なんだかんだで都さんの信頼厚いお兄ちゃんでさえも持っていない権限だ。これはかなり責任重大な権限だし、だからこそおいそれとブレスレッドを外すことはできない。
「パイセンは頭固いよね。ま、私に頼らず自分でなんとかするなら別に良いけどね」
里穂はそう言ってパイプ椅子ベッドに横になって再び本を読み出した。
補習が終わって部室にやってきた和希とみつきに問題の視線について相談したところ、和希は「あかりにストーカーねえ……」とか言いながら視線を私の頭のてっぺんからつま先まで何度か往復させてため息をつく。
「……気のせいじゃね?」
言外に『お前にストーカーなんてつくわけないだろ』と言われているような気がして私はとりあえず和希の顔面にパンチを一発お見舞いする。
「気のせいじゃないっての!…みつき、あんたは最近変な視線感じなかった?」
「えー?視線なんて普段から……はっ!ごめんあかり」
「うん…もうそれさっき里穂にやられて慣れた」
里穂の場合は悪意しかないが、逆にみつきは悪意がないので、みつきにやられる方がダメージが大きい。
「そういえばえりは?」
「再補習だって」
あの子、勉強できない組のなかでもずば抜けて勉強できないからなあ…
「じゃあとりあえず今日集まるメンツはこれで全部か」
全員集まったからといって何があるわけでもないが、全員集まらないのはちょっと寂しい。
「じゃあ何して遊ぼっか」
「いや、遊ぶとかじゃなくて私のストーカーの心配をしてよ」
「でもパイセンは変身できるし、最悪なんとでもなるじゃない」
「その最悪が起こらないための施策が必要なのよ」
「俺が送ってくってのじゃダメなのか?」
「えー……和希かぁ」
和希が一緒にいることは嫌でもないしダメだとも言わないが、私は和希に守られるのはちょっと抵抗がある。
もう右腕のことは恨んでいないし、ニセ七罪として私たちの前に立ちふさがったことについても、今更追求する気はない。だが、それでもこいつに借りを作るのはなんとなく嫌なのだ。
「まあ、和希パイセンと一緒にいたくないってパイセンの気持ちわからなくない」
「わかってくれる?」
里穂が私に同調してくれるなんて珍しい。みつきや和希よりも少しだけ早く事情を知ったせいだろうか。
「うん、わかるわかる。せっかくついたストーカーが和希パイセンに鞍替えしちゃったら大変だもんね」
「そういうことじゃねえよ!」
やっぱり里穂は里穂だった。
「それはそうと花札ってやつ教えてほしいんだけど」
私の気持ちを知ってか知らずか、制服のポケットから取り出した花札を机の上に置きながら里穂がそう言った。
「あ、花札ならチアキさんに習ってたから私得意だよ」
「ああ、チアキさん得意そうだよな。さらし巻いた着物姿で片方だけ脱いで花札とかサイコロとかやる姿が目に浮かぶ」
「ごめん。その例え、よくわかんない」
鼻息あらく言った和希の言葉を、みつきがため息交じりに一刀両断にした。
「ええっ!?時代劇とかであるだろ、女博徒とかさ」
「和希さあ、最近男性魔法少女組合で楓さんとかとしょっちゅう会っているせいか、趣味がじじ臭いよ。ねえあかり?」
「そ、そうだねっ」
なんでや!時代劇楽しいやろ!
「それはそうと、私のストーカー対策をさ……」
「でもさ、里穂の言うように変身までしなくても同級生とかなら自力でなんとかできるでしょ」
「そりゃあできるけど」
一応クラブ活動なので建前で何度かやったクラヴマガ研修。練習中に霧香さんに筋が良いといわれて気に入られ鍛えられてしまったので、不本意ながら今の私はその辺の同年代の男子よりも強くなってしまっていたりする。
「できるけどそうじゃなくてさ」
「めんどくさいなあ、じゃあパイセンはどうしたら満足なわけ?そのストーカー男子を捕まえてキャトルミューテーションでもすれば満足するの?」
恐ろしいことを言う里穂の手元にある本は宇宙人に関係する本だった。
「いや、そこまでしてほしいわけじゃなくてね。なんというか、みんなであかりちゃんをストーカーから守ろうとかそういう」
「ああ、つまりお姫様扱いしてほしいんだ。はあ、まったく…滅多に脚光を浴びない人に色恋のイベントが起こるとすぐこれだ」
いや、あんた告白はされるけど全部無視してるからイベントらしいイベントは起こってないだろうといいたいところだが、私のほうが先輩なので我慢する。
「そういうのだったら、えりにでも相談すれば?あの子なら喜んで話にのってくれるんじゃない?」
「そうだよね…っと、青丹」
「たった3ターンでとか、みつきは引きが強すぎるだろ!」
「へっへっへ。まあね」
「だから…もうちょっと真面目に聞いてよ!」
まさか本気で誰も心配してくれないとは思わなかった。
寮住まいのみんなは校門を出た後しばらくして普通にいつものところで別の道に行ってしまうし、家に帰れば帰ったで、ママとお母さんは私におつかいを押しつけてきた。
ストーカーがついている年頃の女子をもう日が沈もうかという時間に一人で外に出すことの無謀さを説いてみたが、二人は逆に「私の若い頃はそういうのを片付けるのも日課だった」とか言って笑う始末。彼氏にエスコートされて帰ってきた上の妹からは「ああ、お姉もやっとそういう年になったんだね」とか言われるし、下の妹からは「姉ちゃん強いから大丈夫だよ」とか言われた。
ちなみにちゃんと私の心配をしてくれそうなパパとお父さんはまだ帰ってきていない。
「そんなに暗くはないけど、怖いなあ……」
外にいるせいか、感じる視線は学校の時ほど強くないように感じるが、ちょっと薄暗い公園の並木道で感じる視線は強さよりも不気味さが際立っているだけなのかもしれない。
歩きながら何度か後ろを振り向いてみても犬の散歩をしているお爺さんや完全装備でランニングをしている年齢性別不詳の人などがちらほらいるくらいで怪しい学生風の人影は見当たらない。
とは言え、家まではもう三分ほど。一気に走り抜ければ一分もかからないだろう。
荷物が少し重いが走り抜ける覚悟を決めて前を向く。と、
「…大丈夫?」
「うわっ、びっくりした!」
いきなり声をかけられて横を見るとタマちゃんの顔がすぐそこにあった。
「……えっと、タマちゃんは今学校帰り?」
制服を着ているのだから聞くまでもないが、私の問いにタマちゃんは黙って頷く。
「バスケ部が忙しくて、マガ部のほうに顔出せなくてごめんなさい」
「いいって。こっちは別に活動らしい活動やっているわけじゃないからさ。今日なんてみんなは花札やってたくらいだし」
結局あの後、時間下校ギリギリまで花札をやって帰っただけになってしまった。霧香さんがいないとやることがない(危ないので生徒だけでクラヴマガの練習はしてはいけない)現状をなんとかしたいと真白ちゃんと話しているのだが、筋トレとかそういうのは里穂があれやこれやと策を弄して邪魔してくるので実現していない。
「楽しそう」
「楽しいけど、こっちよりもバスケ部のほうが充実した青春を送れると思うよ」
「確かに充実している」
そう言ってタマちゃんはグッと拳を握ってドヤ顔をして見せた。彼女の顔をあまりしっかり見た事はなかったが、彼女の普段のイメージからするとこういう表情や仕草は珍しい気がする。
「でもバスケやってていいのかな、私は一応里穂達の護衛っていうことでこっちに来ているのに」
「今は平和なわけだし、あんまり魔法少女のことばっかり考えなくてもいいと思うよ。学校は私やみつきや真白ちゃんもいるんだし、学校でくらいは好きにしていいって。何かあったときはあったときで、みんなでやれば大丈夫だよ」
「先輩やさしい」
タマちゃんはそう言って私にきらきらとした視線を送ってくる。
「……里穂もタマちゃんくらい素直でかわいければもっと優しくできるんだけどなあ…」
「先輩、里穂の事嫌い?」
「嫌いではないけど苦手かな。意地悪ばっかりしてくるし嫌なこと言うし」
「……ああ確かに」
タマちゃんも思い当たることがあるのかそう言って納得したように頷く。
「でも里穂は先輩のこと好きだと思う」
「あれはツンデレとかじゃないからね。まったくデレがないんだから」
「……口止めされているから絶対言わないでほしいんだけど」
「なに?」
「実は里穂に頼まれて先輩の後をつけていた。偶然を装って話しかけたけど、実は…」
つまり、私が感じていた視線はタマちゃんということのようだ。
あいつ、いったいどこまで性格が悪いんだろう。
「あ、違う。そうじゃなくて、部活していたら里穂から『パイセンにストーカーがついた。もうすぐ学校出るから後をつけて調べてあげて』っていうメールが来たの」
私の顔色が変わったのを見て焦ったのか、タマちゃんは慌ててそう言ってわたわたと身振り手振りをつけて説明する。
「えっと、つまり…?」
「私を先輩の護衛につけたのが里穂」
「嘘だ!」
あの性格最悪の里穂がそんなことをタマちゃんに頼むわけがない。
「本当。なんだかんだ言ってもあの子はみんなの事大好きだから」
たしかにあの子はみつきや和希とは割と仲が良いと思うし真白ちゃんにもなついている。
さらに大人の前では従順なので霧香さんや夏樹さんとの関係も悪くない。
「パイセンはイジリ枠だけど、大切な存在だって言ってた」
ちょっと気になる部分があるけど、言われて嫌な言葉ではない…多分。
むしろちょっとかわいく思えてくるくらいだ。いや、ちょっとじゃない。あのツンケンした態度がすべて私への好意の裏返しにすら思えてくる。
「面倒くさいと思うけど、仲良くしてあげてほしい」
「…わかった。里穂に明日お礼を言っ…ちゃ、ダメなんだよね」
「うん、バラしたってバレたら私が怒られるから」
「じゃあそれとなく仲良くできるように歩み寄ってみるね」
「お願いします」
そう言ってタマちゃんはぺこりと頭を下げた。
まあ、そんな約束をしたものの、顔に出やすい私が妙に洞察力のある里穂に嘘をつくなんて事ができるわけもなく、タマちゃんが護衛の件を漏らしたことは翌日中にあっさりとバレてしまい、なぜか私までタマちゃんと一緒に里穂に怒られた。
あかりはチョロい位の感じがかわいいと思っています。




