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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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魔法少女はじめました~if~ ③

 姉貴…いや姉さん、事件です。

「こまちちゃんには絶対言うなって言ったじゃん…」

「だって、まさかこまちちゃんの過去がそんなに触れちゃいけないことだなんて思わないじゃないですか」

 確かに柚那には軽くしか説明してなかったから柚那が軽い気持ちで聞いちゃったとしても仕方ないと思う。

「べちゃくちゃしゃべってんじゃねえよ!……朱莉さん、いったいどういうつもりなんです?柚那さん使ってお姉様いじめて楽しいんですか!?どういうつもりなんですか?」

 直に床に座らされた俺達がひそひそしゃべっているのを見て、上下黒のパンツスーツ姿にサングラスをかけたセナが俺と柚那のすぐ前の床を竹刀でバシンと叩いた。

 柚那が一年生の教室で喜乃くんやらその他ご当地やらに話を聞いていたところに運悪くこまちちゃんとセナが現れ、そこまで彼女の過去が深刻な物だとおもっていなかった柚那が話のついでのような感覚で聞いたところ、次の瞬間セナが激昂。柚那の首根っこを捕まえて俺と彩夏ちゃんがワイワイ楽しく話しているところへやってきて今に至る。

 うーん、セナってばすっかりこまちちゃんの所の子だなあ…最初なつかれていた俺としてはうれしいやらさみしいやら。

「何和んでるんですか、私完全にとばっちりなんですから誤解を解いてくださいよ」

「ああ。そうだったね」

 セナが柚那を連れてきたときにたまたま一緒にいただけの彩夏ちゃんは俺と一緒にいたという事実だけで一緒に座らされている。

「セナ」

「なんです?」

「彩夏ちゃんは関係ない。解放してやってくれ。彼女はただ巻き込まれただけなんだ。もちろん俺達も面白半分に茶化すつもりなんてなかったけど、彩夏ちゃんはマジで関係ない」

「ふうん…?」

「本当に関係ないんだ。実は彼女が俺と柚那を操っていた黒幕とかそんなことは全然ないんだ」

「え?ちょっ…朱莉さん」

「俺も柚那も彼女に操られていたとかそんなことは全然ないんだ」

「いやいや、やめてくださいよ。そんな言い方したら…」

「……彩夏?」

 俺は関係ないと言っているのに、なぜかセナは疑わしそうな目で彩夏ちゃんを見る。

 ダメだぞ親友のことはもっと信頼しないと。

「違うって!こんなのにだまされないでよ。セナだってこの人がどんだけ口八丁で修羅場を切り抜けてきた人かわかってるでしょ」

 否定できないけどはっきり言われるとちょっとショックだ。

「そうだぞ、俺達はいいからとりあえずボスを解放して…あっ」

「もうあんた黙っててくれないっすか!?違うからね、全然違うんだからね?私はたまたま自分の過去の話をしていただけ。こまちさんもセナも関係ない。ましてや柚那さんを使ってセナとこまちさんに嫌がらせしてもなんのメリットもないじゃない」

「それはまあ……そうだけど」

「セナ、だまされるな!この子がいままでどれだけ口八丁で修羅場を―」

「あんたマジで黙ってろ!」

 マジギレされてしまったでござる。

「あ、いたいたー」

 俺が彩夏ちゃんに怒られてシュンとしている所へ、話題の人であるこまちちゃんが現れた。

 パッと見る限り柚那が聞いたことはまったく気にしていないように見える。だが、この子の場合、そう見えるだけで何を考えているかわからないというのはそれなりに長くなった付き合いでわかっている。

「セナったらいきなり柚那ちゃん連れて出てっちゃうからびっくりしたよ」

 そう言って後ろからセナを抱きしめると、こまちちゃんは右手でセナのあごをこちょこちょとくすぐった。

「だって姐……お姉様。柚那さんが失礼なことを言うから」

 言いかけたのは姐御、姐さん、どっちだろう。どっちでもなんか怖いけど。

「ごめん、実はあのときよく聞こえてなかったんだけど、柚那ちゃんはなんて言ったの?」

「お姉様がもしも魔法少女になっていなかったらって話です」

「ああ、なるほど。それでセナが怒ってくれたんだ……まあ、柚那ちゃんが私にそれを聞いてくるってことは、朱莉ちゃんはしゃべってないって事なんだろうから、そこは評価してあげようかな」

「でも……」

「まあ、今後絡まれても面倒だから柚那ちゃんには話しておくよ」

「いいんですか?」

「柚那ちゃんなら大丈夫だと思うし別にいいよ。じゃあ、ちょっと柚那ちゃんこっちおいで」

 そう言ってこまちちゃんは柚那の手を引いて教室を出て行った。

「よし。じゃあこれで円満に解決ってことで」

 話を聞いた柚那がどんな顔して帰ってくるのかは心配だけど、とりあえずセナの怒りの元であったこまちちゃんが良しと言っているので、セナとしてもこれ以上文句はあるまい。

「いやいやいやいや。ちょっと待ってくださいよ朱莉さん」

「怖い顔してどうしたの彩夏ちゃん」

「どうしたのじゃない!さっき私に全部おっかぶせようとしたでしょうが!」

「……なんのことやら」

 俺は彩夏ちゃんだけでも逃げられるよう努力したというのに酷い言いがかりだ

「しらばっくれてもダメです!」

「そうです。どうせ私と彩夏を仲違いさせてその隙に逃げようとしたんでしょう」

 ギクギクっ

「そんなことねーでゲスよ」

「口調があやしすぎます!」

「そんなことよりセナの過去の話しようぜ」

 こういうときは話を変えるに限る。

「うわぁ…この人まったく懲りてない…」

「私の過去…ですか」

「うんうん、もし魔法少女になってなかったらセナはどんな感じだった?」

「はあ……まあ、いいですけど」

 セナはそう言って携帯を取り出すと、しばらくカチカチと操作してから俺に向かって差し出した。

「これが私の過去です」

 そう言ってセナが見せてきた携帯の画面には、今のおしゃれでスタイリッシュでかわいいセナとは違い、くるぶしまであるような長いプリーツスカートを穿き、上半身は学校指定らしいジャージ。それにマスクをつけてこちらを睨む、あまり艶のないウェーブがかった金髪の少女が写っていた。

 要するに、ザ・ヤンキーだ。

「………」

「………」

 あまりのヤンキーっぷりに、俺も彩夏ちゃんも言葉がでてこない。

「これに懲りたらあんまり人の過去を探ったりしないほうがいいですよ」

「……でもさ、セナのその豆腐メンタルでヤンキーできるのか?」

「と、豆腐って……怒りますよ朱莉さん!」

「言われてみればそうですね」

「彩夏までそんなこと言って」

「大体、元ヤンなら最初からもっと接近戦強いんじゃないか?」

 研修で習ったりこまちちゃんと特訓するようになって大分よくなったものの、最初の頃のセナの接近戦はとても実戦経験者とは思えないお粗末なものだったらしい。

「そうですね。ファッションヤンキーかもしくはコスプレかも」

「……」

 今度はセナが黙る番だった。

「ヤンキーだってんならそれっぽいことやってみてよ」

「お、おらぁ」

 セナは口でそういって竹刀で床を叩くが、さっきほどの迫力はない。

「ファッションヤンキーだ!」

「コスプレだ!」

「そ、そんなことないですし!超不良でしたし!」

「単純に寒くてスカート長くしているだけだったりして」

「っ……」

 セナがギクリと肩を振るわせて目をそらす。

「考えてみれば学校指定のジャージ着てるのもヤンキーとしてはおかしいっすよね」

「そ、それはその…私の学校が超不良校で、ジャージ着てることがステータスだったんです」

「敬語じゃなくていいよ。ヤンキーらしいしゃべり方でしゃべってくれてOKだから…まさかできないなんてことないよね?」

「で、できるに決まってるじゃないですか、オラァ」

 できてないし。

 実際に見てもらわないと伝わらないが、セナの「オラァ」は「オラァ!」ではなく「おらー」といった感じで怖いというよりはむしろかわいらしい。

「っていうか、今思い出しました。このセーラー服、聖プリっすよ。超お嬢様学校の」

 魔法少女一の制服マニアである彩夏ちゃんから、超不良校が聞いてあきれる事実が発覚した。

「あの学校、もともとスカートがかなり長いんで、このくらい長くても大きめサイズを買っちゃたとかで多分通ると思うんですよね。それにこの顔色。日焼けでもしてるのかと思ったんですけどよく見るとこれ風邪引いてる感じに見えません?」

「ああ、確かに」

 言われてみれば顔は日焼けした黒ギャルというよりは土気色といった感じで、ガン飛ばしているように見えた目は熱でうかされてボーッとしているようにも見える。

「他の写真見てみましょう」

「あ、ちょっと彩夏、やめて」

 セナの抗議などどこ吹く風といった感じで彩夏ちゃんはカチカチと携帯をいじると、ニィっと嫌らしい笑いを浮かべて俺のほうに向けた。

「ほらほら、朱莉さん好みの超美少女」

「うおっ、マジだ!」

 写真に写っているのは掃除の最中なのだろう箒を持った制服姿の少女が笑っている写真なのだが、その姿が妙に様になっていてタダの写メではなく、まるでポートレートの様な出来だ。

「うわああ、やめてくださいっ」

「美少女美少女!」

「美少女美少女!」

「やめっ…」

「超絶かわいい!」

「セナちゃーん!」

「二人はなんでこんな時ばっかり息ぴったりなんですかっ!」

 うん、セナはやっぱり涙目に限るな。

「別にこんな時ばっかりじゃないよ」

「そうだぞセナ。俺達はいわば魂の双子!ソウルツインズだからな!」

「はっはっは」

「うわっはっは」

 俺と彩夏ちゃんはガシっと肩を組んで高笑いをする。

「やだもうこの二人、おとなしくお姉様と一緒に行けば良かった…」

「そういえばやっぱり聖プリにも姉妹制度みたいなのってあるの?」

 タイを直したり直されたりとかなんとか様がみてたりとか。

「ありません!普通の学校です!」

「セナってもしかしてハーフだったりする?」

 写真のセナの髪は今と同様蜂蜜色で、写真の中でもその髪の美しさを垣間見ることができる。

「……日仏ハーフです。母がフランス人で多分この髪はその遺伝です」

 セナはそう言って前髪を指でクルクルともてあそんだ。

「そうなんだ。ちなみにもしも魔法少女になってなかったら何してた?」

「さあ、普通に大学行っていたんじゃないでしょうか。それで大学卒業と同時に親が決めた男性と結婚してたかもしれないですね」

「いいところのお嬢さんってわけだ」

「どっちかと言えば成金ですけどね。朝陽の家のように由緒ある家柄ではないですから」

「でもセナはなんだかんだしっかりしているし、良いご両親だったんだろうと思うよ」

 セナはいわゆる成金っぽさがあるとか、金持ち特有の常識知らずっぷりなどはないので、きっとしっかりした両親だったんだろう。

「さ、返してください。そんなに面白くない過去で申し訳ないですけど、この話はこれでおしまいにしましょう」

 深呼吸して気持ちを整えたセナが、そう言って彩夏ちゃんに手を差し出す。

「面白くないなんてことはないけどね」

 美少女だしな。

「俺としては十人十色で面白い企画だったかなと思うよ」

 柚那の言うようにラジオに応用できるかと言われれば非常に微妙ではあるが、仲間のことが知れて良かった。

「そう言ってもらえると過去の恥ずかしい写真をお見せしたかいがあります」

 セナはそう言って少しはにかんだような笑顔を浮かべる。

「さて、じゃあ俺はそろそろ次のシーンの撮影が……」

「ありませんよね、ソウルブラザー」

「………ないね、ソウルシスター」

 くそっ、こいつ俺の予定を完全に把握してやがる

「セナの過去を無理矢理聞き出したのと、私に罪を覆い被せようとした罰に何か奢ってもらいましょうか」

「いや、セナの過去は俺っていうか、どっちかと言えば彩夏ちゃんじゃないか?」

 写真を見つけ出したのも彩夏ちゃんだし。

「こっちは出るところ出てもいいんですよ」

「ちなみに出るところって?」

「都さん」

「全面降伏でお願いします」

 こういう事案であの人が俺の見方をしてくれる確率はほぼゼロ。最初から負けがわかってるなら、負けないで済む方向を選ぶのが正しい選択だ。

「それじゃこまちさんと柚那さんと、あと寿さんも呼んで六人でどっかいきましょう」

「…寿ちゃん関係なくない?」

「だって五人じゃ私だけ一人になっちゃうじゃないですか!」

「ま、一人や二人増えてもいいか。別に朝陽がふえるわけじゃないし」


 そう考えて完全に油断していたそのときの俺は、東北にはもう一人燈子ちゃんという大食らいがいることをすっかり忘れていたのであった。

 

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