魔法少女はじめました~if~ ①
「ゆあさーん」
後ろから聞こえた声に下池ゆあが振り返ると、同じアイドルグループTKO23に所属している後輩の宮野愛純が両手にハーフサイズのペットボトルを持って走ってくるところだった。
「撮影お疲れ様です。これ、差し入れです」
息を切らせながら愛純が差し出したペットボトルを受け取ると、ゆあは苦笑しながら愛純の頭をなでた。
「なにも愛純がこんなことしなくても、マネージャーとか研修生の子にお願いしてもいいのに」
「いえいえ、私がゆあさんに渡したかったんです。一番尊敬する先輩ですから」
そう言って愛純はニッと白い歯を見せて笑う。
「この後ってお暇ですか?よかったらどこかに食べに行きません?プロデューサーがおいしいところに連れて行ってくれるっていうんで、暇な人全員集めろって言ってましたけど」
「ああ…ごめん、今日両親の結婚記念日なんだ。また誘って」
ゆあはそう言って申し訳なさそうな表情を浮かべ、胸の前で手を合わせて謝った。
「ゆあさんのところって家族仲良いですよね」
「そうだね。まあ、この歳で親離れできてないってプロデューサーに時々嫌みを言われるんだよね」
「それって良いことだと…あ!プロデューサーってひょっとしてゆあさんのこと好きなんじゃないですか?絶対そうだ!私前からずっと怪しいと思ってたんですよ!」
「や、やめてよ。確かに仲は良いと思うけど、お兄ちゃんみたいな感じで……」
「アイドルって彼氏のことお兄ちゃんっていいますよね」
「べ、別にあの人は彼氏じゃないし」
愛純に指摘されてゆあは顔を赤くして目をそらす。
「私応援しちゃいますから、もしデートのカモフラージュに必要だったりしたらいつでも声をかけてくださいね!」
そんな感じで二人が廊下の真ん中でわいわいやっていると、二人の清掃員が軽く会釈をしながら通り抜けていく。
「あ、すみません、これも良いですか?」
ゆあがそう言って飲み終わったペットボトルを見せると、太めの清掃員が「どうぞ」と口の奥でもごもご言いながら、押していたワゴンにくくりつけてあった袋の口を開いた。
「ありがとうございます!お仕事頑張ってくださいね」
ゆあがそう言ってにっこりと笑うと、清掃員は照れたように会釈をしてそそくさと去って行った。
「……って!俺完全にモブじゃん!」
夏も近づく八十八夜も過ぎた頃。嫌な夢を見た俺は汗びっしょりで目を覚ました。
「なんですかぁこんな時間に大きな声出して……、」
迷惑そうに目をこすりながら隣で寝ていた柚那がこちらを向く。
「いや…嫌な夢を見てさ」
「あー、はいはい。かわいそうかわいそう」
そう言って柚那は俺の頭を抱えるように抱きしめると再び目を閉じる。
うむ。顔を両側から柚那の柔肉に挟まれて俺はとても満足…じゃなくて。
「あの、柚那さん」
「もー…なんですかー……くー…」
「悪夢の話とか聞いてくれないでしょうか」
せっかく変な夢を見たんだし。誰かに話したい。
「明日の朝にしてくださいよぉ、今何時だと思ってるんですか」
「いや、外は大分明るいぞ」
もぞもぞと顔を動かして時計に目をやると時刻はすでに6時を回っていた。
「ほら、もう六時過ぎだし起きようぜ」
「…うう…六時はまだ夜です」
柚那はそう言って体勢を変えると枕にしがみつくようにして顔を埋める。
「完全に朝だよ馬鹿野郎」
うちの彼女さんは低血圧であらせられるので、早朝はだいたいこんな感じだ。
「朱莉さんの人でなしー」
布団を剥いだ俺に対して抗議の声を上げながら柚那はかわいいおしりを揺らして足をバタバタする。
「そんなことされたら色々とこう、もよおすじゃないか」
「…朱莉さん。心の声が口に出てますよ」
「なんてこったい……で、いいかな?」
「良くないです、っていうか今日って土曜日じゃないですか。もうちょっとしたらあかりちゃんたち来ますよ」
だんだん意識がはっきりしてきたらしく、柚那は「うーっ」と声を上げて一伸びすると、勢いをつけて起き上がった。
「中学生に実技を見せつけるのも一つの教育じゃん?」
「そんなのアダルトビデオでも見せとけば良いんですよ」
自分で言っててアレだなと思ったけど、柚那の答えも相当な物だった。もちろん俺達はあかりたちの前でそんなことをするつもりなど毛頭ないしそんなもの見せるつもりもない。
「で、なんですか。悪夢って」
「ゆあと愛純が俺のことを華麗にスルーしてキャッキャウフフしてた」
「意味がわかりませんよ」
「だからな、夢の中では柚那は下池ゆあのままで、愛純と一緒にアイドル続けてたんだよ。で、俺はそんな二人からゴミを回収していくモブみたいな存在で、なんか無性に寂しくなったと」
「悪夢っていうほどでもなくないですか?」
「でもゆあはプロデューサーとつきあいかけていて、愛純はその後押しする気満々だったぞ」
「悪夢だ……」
柚那はそう言って絶望感あふれる表情で頭を抱えてうなだれたが、すぐに何か思い立ったような表情で顔を上げた。
「…ああ、でもそっか。もしも色々なことがなくてアイドルを続けていたらそういう未来もあったんだ」
いまでこそ柚那は小崎プロデューサーのことは親戚のお兄ちゃんくらいにしか思っていないが一時期恋愛感情を持っていた時期もある。もしもそのタイミングで小崎プロデューサーが、ゆあの想いに答えていたら。そうしたらさっき俺が見た夢のような展開もあったかもしれないのだ。
「イフって奴だな」
「もしかしたらなんていうことをいくら考えてみても実際にそうなるわけじゃないですけど、でも、そういう可能性もあったのかってアレコレ考えるのは結構楽しいですよね」
自分のおかげだ。などと言うつもりは全くないが、柚那がこうして過去のことを否定するだけじゃなく、思い出したり考えたりすることを楽しいかもしれないと言ってくれるようになったのは少しうれしい。
「なんです?ニヤニヤして」
「いや。俺は今この世界に存在していて良かったなって思ってさ」
「もしかしてデレてます?」
「俺はいつだって柚那にデレデレだぞ。素直じゃないだけで」
「素直にデレてくれれば受け入れやすいんですけどね」
「努力する」
俺達はなんとなく流れで軽いキスをする。
「あ、これってもしかしてラジオの新コーナーとかに使えないですかね。もしもの可能性とかそんな感じで。リスナーの体験談を募ってもいいですし、クローニクのストーリーであのときこうだったらみたいな感じにしても面白いかも」
「柚那って、実は結構仕事熱心だよな」
「それほどでもないですけどね。で、どう思います?」
「確かにちょっと面白いかもな。今日って撮影で結構人数いるし、みんなのいろんなイフを聞いてみるか。それで面白い切り口になりそうなのがあったらラジオの企画会議で提案してみようぜ」
「そうですね。でも全員は無理だと思いますし、何人か候補を絞りましょうか。誰か話を聞いてみたい人っています?」
「狂華さんと都さん」
二人はまだ休暇中だが昨日旅行から戻ってきた。一応今日の撮影をして、その後はまたゆっくりとサボるらしい。
「別に今日じゃなくても聞けるじゃないですか」
「でもなんか一番興味あるかも」
「はあ……朱莉さんてほんと都さんのこと好きですよね。狂華さんがいてよかった」
「え?何?」
「なんでもないです。他にはいます?」
「俺が聞きやすいのは寿ちゃんとかイズモちゃんとか、あとはセナとかの二年生組かな。まあ、イズモちゃんの場合魔法少女になってなくても楓さんと一緒だったんだろうけど」
「じゃあ私は一年生組に聞いてみますよ。それで今夜聞いた話をまとめましょう」
「そうだな。そのほうが効率が良いだろうし、そうしようか」




