私がモテないのはどう考えても仲間達が悪い
放課後のクラヴ・マガ部室で備え付けのコンロで沸かしたお湯で紅茶を入れていると、ショートホームルームの後、ちょっと用事があるからと一人でどこかに行っていたみつきがドアを開けて入ってきた。
「はぁ…なんでこう懲りないんだろう」
みつきは憂鬱そうな表情でそう言うと、荷物を放り投げてソファに腰を下ろした。
「先週末に断ったばっかりなのにまた告白してくるとかどういうことなんだろうね」
『なんだみつき、ケンカ販売か?買うぞ、いくらだ?』などとは言わずに、私は苦笑しながら自分の紅茶を淹れるついでに淹れたミルクティをみつきの前に置く。
ちょっと勢い余って中身が出てしまったが、カップが割れていないので大丈夫だろう。
「みつきはもてるからたいへんだね」
「え、なにその抑揚のないしゃべり方」
「なんでもないよ」
抑揚を抑えて喋りでもしないとトゲトゲしたしゃべり方になってしまうのでこうしているのだ。そのあたり察してほしい。
「他のみんなは?」
「霧香と夏樹ちんは職員会議で、真白は静佳と図書室行くって言ってた」
「えりと和希は?」
「裏庭で見かけたよ」
「察した」
うちの学校の裏庭はいわゆる告白のメッカというやつで、裏庭に行く=告白をする、もしくはされるいうことであると認知されている。なので、二人が裏庭にいるのであればそういうことだろう。
ちなみにタマちゃんはクラヴ・マガ部に所属はしているけどバスケ部兼任なのであまりこっちに顔を出すことはない。その存在感のなさがどうたらこうたらと言われて、転校してきた初日にスカウトされたらしいが、そうは言っても六人目らしいので多分補欠だろう。
「はあ…それにしても三人ともモテるよね」
「それって、私と和希とえりの話?」
「そう」
みつきはかわいいからわかる。えりもやや痛い子だけどかわいいのでわかる。だけど和希だけは納得がいかない。あいつ中身は男子なのに。
「別に私たち三人だけがやたらモテるわけじゃないでしょ。静佳もクラスのお菓子作りが得意な男の子と仲いいらしいよ。彼のいい匂いにつられて家までついていっちゃったらしくて、それで娘がほしかったっていうその男子のお母さんに気に入られて、もうすでに何回か遊びにいってるらしいよ」
「なにそれ、全然知らないんだけど。ていうか、お菓子作りが得意な男子って誰?」
「あかりの相棒の井上くん」
「マジでか!?」
私と一緒に学級委員をやっている井上くんは決してイケメンではないし、動きや見た目もややもっさりしていてスポーツも得意ではないがとても穏やかで、いい旦那さん、お父さんになってくれそうな雰囲気を持っている。私内ランキングでは付き合いたい人ランキングにはランクインしないものの、結婚するならランキングでは結構上位に入る男子だ。
「そっか…井上くんは静佳ちゃんか…はは…」
別に彼を本気で狙ってたとは言わないが、まったく狙ってなかったとも言えない私としてはちょっと複雑だ。
「真白も図書室で告られたらしいよ」
「みんなおかしい!まだ転校してきて一週間くらいなのにいくらなんでもモテすぎじゃない!?」
「中学生の恋愛だし、ふられたとしてもたいして傷が深くならないからみんなアタックするだけしてるって感じなんじゃない?私たち一応芸能人ってことになってるし、記念告白みたいのもあるんじゃないかなあ」
だからみつきは何故私対して積極的にケンカのセールスをしようとするのか。大体芸能人枠だからというのであれば、私だって芸能人枠のはずなのに一切告白などされないし、こっちから告白してみたところでまったく相手にされない。
みつきと私、いったいどこで差がついたのか。
「じゃあなんで私だけ告白されないわけ!?」
霧香さんはヤンキーに人気があるし、全くうらやましくないけど深谷さんは年上の先生から大人のお誘いをうけたりしているらしい。タマちゃんもバスケ部で人気があると少し前に小耳に挟んだ。
「……見た目じゃない?あと雰囲気とか」
先ほどから部室のすみっこで私たちのやりとりを黙って聞いていた里穂がそう言って顔を上げると、ちょっと大きめの栞を挟んでハードカバーの本を閉じて机の上に置く。
「あかりパイセンは華がない…って、クラスの男子が言っていたわ。あと、なんか卑屈そうとか、あと…ちょっとこれは私からは言えないようなことも」
「ちょっと、私のどこが卑屈だって言うのよ!」
ろくに話したこともないような二年生男子に一体私の何がわかるというのか。あと里穂は私のことパイセンって呼ぶのやめてほしい。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。だったっけ?良い言葉よね。実際あかりパイセンにやってみてもらってみつきパイセンに見てもらった方がわかりやすいと思うんで、シミュレーションしてみようか…まあ、残念ながら褒めることにはならないと思うけど」
里穂は少し小馬鹿にしたような顔で私を見た後で私が一番最近ふられた男子に変身してみせる。
「さあパイセン、この間ふられたときのように私に告白してみて。みつきパイセンはそれを見てジャッジを」
「わかった」
「いや、勝手に話を進めないでよ。私やらないからね」
私は私の意思を無視して勝手に話を進めようとするみつきと里穂にストップをかける。
「やらなければ一生ふられ続けると思うけど、それでいいのね?」
「う……」
「いいんだね?邑田さん」
里穂が念を押すように顔を近づけるが、その顔はつい最近まで私が好きで、今もまだちょっと引きずっている彼の顔なわけで。
「か、かかか顔近づけないで」
こんな至近距離で彼のアップなんて見たらのぼせてしまって正気なんて保てるわけがない。
「どうしたんだい、そんなに顔を赤くして」
「だから真剣な顔を近づけるな!」
「さて、下ごしらえはこんなものかな。それじゃパイセン…いや、邑田さん。用事ってなにかな?」
「え…う…本当にやるの?」
「やらないなら別に良いけど」
芝居にはいった里穂に一応確認すると、里穂は面白くなさそうに肩をすくめると元の姿に戻ってしまった。
「あ…」
「残念そうな顔するくらいならちゃんとやる……大丈夫、僕は邑田さんのことが大好きだよ。ちゃんとオーケーするからやってみて」
一瞬で再び彼の姿に変身すると里穂はにっこりと笑ってそんなことをのたまった。
こいつ、宇宙人のくせにうちの部の誰よりも人心掌握に長けているんじゃないだろうか。
「パイセンがチョロいだけでしょ」
「チョロくない!っていうか人の心を読むな!……こほん。あのね、山口君」
やばい、緊張してきた。いやいや、でも里穂はオーケーしてくれるって言ってたし、この間のような悲しい事にはならないだろう。
……というか、なんかオーケーがもらえると思うと俄然やる気が出てくるし、何よりも楽しくなってくる。
楽しい気分なのに加えて、目の前には愛しい彼の顔。思わず私の口元も緩むというものだ。
「ふ、ふひっ、あのね山口君。わ、私とその……」
里穂の変身した姿だと言うことがわかっていても、これは正直たまらない。だって好きな人が100%オーケーしてくれるんだよ!?今までどんな選択肢を選んでもバッドエンドだったのが、100%ハッピーエンドになるんだよ!?そんなの今後のことを色々想像してしまうじゃないか!
「わ、わたしとその……はふっ、ふふぇっ……おおおおおおおつつきあいをしてくださいっ!」
「…みつきパイセン、感想どうぞ」
「あかりキモい。どのくらいキモいかというと、いきなりお兄ちゃんの部屋に遊びに行ったときにたまたまエロゲーやってた最高に気持ち悪い状態のお兄ちゃんのざっと三倍気持ち悪い」
「そんなに!?いやいや、確かにちょっと照れはしたし顔は赤くなってたと思うけど、私は普通に告白しただけでしょ?」
普通に告白した女の子をキモいと言うなんて非常にデリカシーがない発言だ。男子だったら袋だたきだし、女子だったとしても許されることではない。
「いや、マジでヤバいよ。そんな顔で告白してたんならそりゃあ絶対オーケーなんて出ないって」
みつきはそう言いながらスマホを操作すると、私に画面を見せてきた。そこにはなんとも言えない赤ら顔で目線が泳ぎ、口元はニヤニヤしているという、酔っ払いか何かの中毒者にしか見えないようなかなりヤバい顔の人間が写っていた。というか私がそのやばい顔の人間だった。
「ね?お兄ちゃんの三倍キモいでしょ?」
「……三倍は言いすぎだと思うけど、同じくらいキモいとは思う」
これは認めざるをえないだろう。
いいだろう認めよう。確かに今の私は気持ち悪い顔で告白してくる華のない女子だ。芸能人枠だったとしても汚れ女芸人枠だ。
「わかったなら何より。次から気をつければオーケーもらえるんじゃないの」
里穂はそう言ってパイプ椅子に腰を下ろすと再び本を開いた。
「私、里穂のことを誤解してたかも!ありがとう、これで私にも恋人ができる気がする」
私はそういったところで里穂のそういう話は聞こえてこないということに気がついた。
なんだ、この子実は私サイドの人間なんじゃないか。そう思ったらだんだんかわいく見えてきたぞ。
「ふふふ……」
「パイセンキモい」
思わず漏れた私の笑いに、里穂がそんな言葉を投げかけるが今の私は気にしない。
そう、わたしは同じモテない属性…いや、元同じモテない属性のパイセンとして名実ともに里穂のパイセンになれたのだから。パイセンはそんなことでは怒らないのだ。
「里穂も頑張ろうね」
「……なにを?」
里穂はめんどくさそうにため息をつきながら顔を上げるが。それが照れ隠しだと言うことをパイセンはわかっているよ。
「里穂も一緒にモテるようになろう!私が手伝うから!」
彼女の手を取って最高の笑顔でほほえみかけた私に里穂は心底面倒そうな、迷惑そうな表情を向けた。
「なに勘違いしちゃってるんだか…」
大きなため息をついて私の手をふりほどくと里穂は本のあいだから先ほどの大きな栞を取り出して私のほうに差し出した。
「日に五通ペース」
そう言って里穂が差し出した栞はかわいらしいハートのシールがついた封筒だった。
「パイセンってとんだピエロだよね」
…どうやら仲間だと思っていた里穂はあちら側の人間だったようだ。
っていうか、やっぱりこいつ性格悪い!




