決戦後夜
深夜の病院、薄暗い病室の中。ボクと彼は見つめ合っていた。
いや、見つめ合っていたなどというロマンチックなものではない。
彼の上に乗って睨み付けながら首を絞めているボクを、彼は無表情でただ見つめ返していた。
「ボクは君が大嫌いだ」
「……そっすか」
そう言って彼は抵抗する気がないとばかりに目を閉じる。
「お前がいなければ…お前がいなければあんなことにならなかったんだ…!」
真白に連れてこられた朱莉が提案した作戦は荒唐無稽な物だった。
あまてらすに積まれているナノマシンを使って敵巨大怪人に突撃、しかる後内部から攻撃を仕掛けるというもの。
それ自体は別に良かった。成功するにせよ、失敗するにせよやらないよりはマシだっただろうし、後になって考えてみればあれ以外に方法はなかったと思う。
問題は、大容量のナノマシンの変化と形状固定をするために、普段から外付けユニットの制御になれている都をつれていくのが必須になってしまうということだった。
「お前が来なければ、お前があんな作戦を立てなければ!」
ボクの心配は的中し、突入後の混乱の中、敵の攻撃を受けた都は意識不明の重体になってしまった。
「……」
ボクは首を絞める力を強めるが、彼は抵抗する様子もなく目を閉じている。
「お前が……お前がぁっ!」
朱莉が来て作戦を提案しなければ、ボクらはジリジリと消耗し、いずれは負けていたか本土に到達されて甚大な被害がでていたかしていたかもしれない。
朱莉がいなかったとしてもいずれは都が同じ作戦を思いついていたかもしれないし、もしもそうなっていた場合に、都をかばった朱莉がいなければ彼女は死んでいた。
そんなことはわかっている。
わかっているが、それでもボクは―
「なんでお前なんだ、なんでいつもいつもお前が都を救うんだ!それはボクの役目だ」
「……狂華さん」
わかっている。ボクは都の心配なんてしていない。ただ自分のことばかり考えている身勝手な人間だ。ボクの台詞にあきれたのだろう。目を開けてボクを見つめる彼の目はボクを軽蔑している。
「返せよ、ボクの役目を!ボクの居場所を!ボクの都を返してよ……」
彼に何か言えば言うほど惨めになってきて、ボクの視界がだんだんとぼやけてくる。
「狂華さん…」
「―そうして、俺は泣きじゃくる傷心の狂華さんを抱き寄せ、夜の狂華さんのかわいいところをじっくりと堪能しましたとさ。めでたしめでたし」
僕たちと一緒に戻ってきた後、結局同じ旅館に一泊することになった朱莉がそう言って話を締めくくると、ニアとシノから「ここから盛り上がるのに」だの「もっと描写を細かく」だのと注文がつくが、朱莉は「まあまあ、それは第二部で」なんて言っている。
だが、第二部も何も、朱莉が言っていることは全くの作り話だし、ボクは夜の顔を朱莉に見せた事なんてない。
「根も葉もない事をいわないでよ、あのときは―」
「まあまあ、狂華さん。いいじゃないっすか。そういうことで」
「いいわけな――むぐっ」
「いいんすよ、それで」
あの夜、ボクと朱莉のいざこざに巻き込まれて、今の話がまったくの作り話だと知っているはずの彩夏がそう言ってボクの口を手で塞ぎながら笑う。
あの日の真相はこうだ。
全く抵抗しようともしない朱莉に対して癇癪を起こしたボクは朱莉を外に放り出して八つ当たりにもならないようなケンカをふっかけた。
当然大けがをしている朱莉にボクが負けるわけもなく、結果はボクのワンサイドゲームになったが、そこに現れたのがあらかじめ朱莉に呼び出されていた彩夏達東北チームと、魔法で自分の周囲の時を止めたり、対象範囲の時間を少しだけ巻き戻すことができる総務部の時計坂蒔菜だった。
イライラしていたボクは東北チームと蒔菜に対してもケンカを売るが、一瞬だけ精華がその気になりかけただけで、六人はボクを無視して、蒔菜と病院の守備についた。
「女の子に八つ当たりするなんて最悪っすよ、狂華さん」
柚那謹製の回復飴をゴリゴリと噛みながら立ち上がってきた朱莉のそんな安い挑発を受けて激昂したボクは再び朱莉をぶちのめした。
数えるのもやめてしまうくらい、何度も何度も立ち上がってくるあかりを倒しつづけたボクがふと東北チームのほうを見ると。六人はまるでボクらが戦っていることなど見えていないかのような様子で、病院と蒔菜を守るように立っていた。
そして蒔菜は、そんな六人に守られながらボクと朱莉の戦闘のとばっちりで壊れた施設を淡々と直していく。そしてまたボクの後ろで朱莉が立ち上がり、ボクを挑発する。
そんなことを小一時間ほど繰り返したところで、ボクはついにボロボロの朱莉に捕まって抱きしめられたところでボクの八つ当たりは終了した。
ボロボロになった朱莉の腕に抱きしめられて「ゴメン」と謝られた時に、彼に対する理不尽な怒りが消えるようになくなってしまい、ボクの中には、朱莉に対しての申し訳なさだけが残った。
「まあ、本当のことなんて、どうでもいいんじゃないっすかね。それにあのときケンカをふっかけた狂華さんに対する朱莉さんからの罰はさっきの朱莉さんがした話で狂華さんが笑いものになることなんです。なので、ここで狂華さんが真相を語ったら朱莉さんに対して借りが残っちゃいますよ」
ボクを部屋の外に連れ出した彩夏は旅館のロビーに設置されたソファーに腰掛けながらそう言って笑った。
「でも、ボクはちゃんと始末書も書いたし、みやちゃんだって知っているはずなんだから、いまさらそんな隠すようなことをする意味ないと思うんだけど」
「始末書は時計坂さんのとこで止まっています」
「……え?」
「あの都さんが狂華さんの不始末とはいえ、まったくおとがめなしなんてことする訳ないじゃないですか。書類は全部時計坂さんが止めて、ニアさんにすら渡ってないですよ。もちろんウチの大ボスも知りません」
「どうしてそんな…蒔菜も彩夏達もボクをかばう必要なんてないじゃないか」
「時計坂さんも私達も、朱莉さんには色々と借りがあるんで、それを返しただけですよ」
「借り?」
「うちのお姉様と大お姉様とこまちさんが去年やらかしたっていうアーニャさんの件。いまさらですけど、あれを引っ張り出してきたんですよね。で、お姉様も大お姉様もまともに謝ってないもんだから、ぐぬぬ…ってなりながらOKせざるを得なくなって。あとは燈子さんの件とか、精華さんの料理の話とか私とセナの……っと、これは関係ないですね」
彩夏とセナのなんだろう。むしろそれだけ知らないだけに非常に気になる。
「とにかく。そういう諸々の精算として、朱莉さんは私達に病院の死守と原状回復。それに情報操作を依頼したと。そういうわけです」
「その締めくくりがさっきのあれっていうわけ?」
「そういうことです。で、私の役目はこうして狂華さんを引っ張り出して事情を説明するアシスタントってわけですね」
「でも今日たまたま敵が襲ってきたからこうして彩夏達が合流してあの話をする流れになったけど、もしもそうじゃなかったら、あの日何があったかはずっと朱莉と東北チームと蒔菜の胸のうちだったわけでしょ?たまたまこういうことになったからボクに対する罰が執行されただけで、もしかしたらずっと罰せられることはなかったかもしれないじゃない」
「それは朱莉さんの事を買いかぶり過ぎというか、朱莉さんに対して性善説を唱えるような物ですよ。考えてもみてください。私と朱莉さんがたまたま二人で日光にいるなんてことあると思いますか?思いませんよね?だとしたら理由はなんでしょうか。柚那さん抜きで私と朱莉さんがしっぽりと日光へ旅行…さてどういうことでしょう」
「えっと……もしかして朱莉の浮気?」
「いやいや違いますって。っていうか、私柚那さんと桜さんには恨まれたくないんで、朱莉さんとひなたさんだけは絶対にないです。というか冗談でもあの二人がらみでそういうこと言わないでくださいよ」
「ああ…まあ確かに柚那はともかく桜は怖いよね」
「柚那さんも恐ろしいですけどね」
そうかなあ……
「実はですね、朱莉さんの指示で、私がわざとうちのビッグボスに聞こえるように『入院していたときに朱莉さんが狂華さんを抱いた』って噂を流したんですよ。そうしたらもう入れ食い…って言っても一人ですけど、まあ私達に聞いて回る聞いて回る。で、うまく釣り針に食いついてくれたんで、今回の四人の旅行にサプライズゲストとして呼んでくれるなら、東北チームで一番朱莉さんと仲がいい私が、朱莉さんにそのときの話をして貰えるように段取りしますよと。そう言ったんですよ。そうしたら二つ返事でOKでした」
シノはいくらなんでも頭が悪すぎるだろう……
「さらにそれを聞きつけたニアさんが、当日まで都さんにも黙っていることを条件に私の高速料金やらガソリン代やら宿代まで出してくれて。で、最初の段取りではちょっと遅れてこの旅館にくるはずだったんですけど、例の武蔵大和氏の登場で段取りがグチャグチャになっちゃったと」
ニアもなんでそういう悪ふざけに乗っちゃうかなあ……
「あ、ちなみに柚那さんは全部知ってて許可ももらってるんで、今日こうして朱莉さんと同じ部屋に泊まるのは問題なしというわけです」
「話はわかったけどさ……なんというか……」
不愉快な話だなあ。
「まあ、愉快な罰なんてないってことで」
ボクの心を読んだらしい彩夏はそういって苦笑いを浮かべた。
「……だね」
「狂華―!どこー?」
ボクと彩夏の話が一段落したところで、ボクらの泊まっている部屋のほうからみやちゃんの声が聞こえてきた。
「ごめん彩夏。ちょっとみやちゃんの所に行くね」
「はいはい。良かったら私と朱莉さんの部屋を使ってください。私達は四人部屋で寝ますから」
そう言って彩夏は自分達の部屋の鍵を放ってよこす。
「……ありがとう」
「気にしないでください。この計らいは不愉快でちょっと重い罰に対する朱莉さんからのおつりですから」
彩夏はそう言ってフロントでタオルを借りると、大浴場の方へと消えていった。




