青春ノ光
高校に入学してすぐ、引っ込み思案な僕が自分を変えるきっかけを求めて叩いたのは視聴覚室のドアだった。
中学の時までの視聴覚室とは違い、ちょっとした劇場のような、趣のある分厚くて重いドアの向こうにはそれまで僕にはほとんど縁のなかった、例えあっても年に一度くらい、しかも数分程度というほんのちょっぴりの縁しかなかったお芝居の世界が待っていた。
僕が入った部活動は演劇部。先輩は三年生に一人と二年生に四人ほどしかいなく、二年生はほとんど部活動にでてこなかったけど、同学年の仲間は多く楽しかった。
そしてそんな楽しい部活動の中で出会ったのが宇都野都だった。
彼女は当初そんなに目立つ方ではなく、一年生のうちは部員への連絡がかりや雑用を一手に引き受けて走り回っていたが、二年生になり先輩達が居なくなると、それまでと一変して部の中心人物に成り上がった。
考えてみれば彼女の根回し、人脈作り、上昇志向はこのころから培われていたのかも知れない。
「私さ、加藤に告られたんだけどどうしたら良いと思う?」
ある日の放課後。ちょっと相談があるからと言われて引っ張って行かれた公園でいきなりそう聞かされた時、僕は頭が真っ白になった。
「どうしたらって…」
「あいつを振る以上は、私もなんかしらのペナルティを負うべきだと思うんだけど」
「あ、振るんだ…」
彼女の話を聞いて、どこかほっとしている自分がいた。
「私ね、好きな人がいるのよ。加藤じゃなくて」
「そう…」
ほっとしたのもつかの間、僕の心は再び大きく揺すられる。
「だからさ、例えば私があいつを振った後、好きな人に告白してあいつの目の前で振られてみせるとかさ、そういうペナルティってどう思う?」
それはペナルティなのだろうか。というかそんな脈のない相手を選ばなくても彼女なら選び放題だろうに。
「どうもこうもないと思うよ。別にそれで加藤の気が晴れるっていうわけでもないだろうしっ!?」
「……」
無言でぶたれた。しかも睨まれた。
「痛いよ、宇都野」
「言い方を変えようか、私は自分に対してのペナルティを考えている。それはOK?」
「OK」
「そして今私はあなたに相談している。今自分が考えているペナルティがペナルティとしてふさわしいかどうかを」
「うん」
「つまり…ああ…もう、こいつバカなのかな」
都はそう言って自分の頭を掻きながら僕を睨んだ。
「…私が何を言いたいのかわかんない?」
「え?何が?」
「だからさ、私は告白することがペナルティとして成り立つかどうかをあんたに聞いているのよ。つまりあんたがその…ね?ペナルティになりうるかどうかをこう…」
彼女はそう言って少し顔を赤く染める。
…いやいや、まさか。彼女は部内の人気者で、僕は誤用のほうの意味での大根役者だ。
人数の少ない男子部員だからそれなりの役がもらえているだけで、女子だったらせいぜい通行人Aがいいところの部内ヒエラルキーではかなり下の層の人間だ。
「あのさ、宇都野」
「何よ」
「僕の勘違いじゃないよね?」
「っ!」
再び無言の攻撃。
「バカなの?」
「……バカじゃないつもりだけど」
「だったら早く言いなさいよ」
「…僕はあなたのことが好きです。その…多分」
「………」
僕の言葉を聞いて、少し怒ったような表情で、無言でぼこぼこと僕を殴ってくる宇都野。
でも考えてみてほしい。少し距離があると思っていた人気者に告白を強要されているというこの状況で、小学生が普通にブランコに乗っている横で告白を強要されるというこの状況で、なにより大好きな相手から告白を強要されてしかも殴られているというこの状況で、それでも相手のことを自信を持って好きですと言うことの難しさを。
「ヘタレか!」
好きなだけ殴って気が済んだ彼女はそう言ってニッと歯を見せて笑い、僕に向かって手を差しのべる。
「確かにヘタレかも。女の子に好きなように殴らせちゃっているしね」
とは言っても痛かったのは最初の一撃だけで、それ以降は、悪ふざけのようなポコポコと当てるだけの攻撃だったので、反撃も防御もする必要がなかっただけだ。
「まあ、でも、それは正解よ。万が一反撃してきていたら私が今ここで振った上に部内で再起不能になるようにしていたし」
そら恐ろしい話だが、彼女にはそれだけの人望と人脈がある。
だが僕としてもここで彼女にやられっぱなしで終わるというのは面白くない。
「で?」
「で、ってなによ」
「返事聞いてないんだけど」
「わ、私も好きだよ、文句あっかバカヤロウっ!」
それがボクとみやちゃんの始まりだった。
「なにその都さん!すごくかわいいですわ!」
「そりゃあね、あのみやちゃんにだってかわいい所があったんだよ。朝陽と同じくらいの歳の頃には」
もうここ三週間ほどの恒例となった、みやちゃんとのウイークデー旅行への出発当日の月曜日。
先に起きたボクが、寮のラウンジでみやちゃんが起きて来るのを待っていると、朝食を食べにやってきた朝陽と遭遇し、久しぶりに彼女の朝食を作ってあげることになった。
そして彼女のリクエストであるスクランブルエッグと簡単なサラダ。それにトーストを出しながら世間話をしているうちに、ついついボクはみやちゃんとの馴れ初めを語らされてしまっていた。
今まで誰にもこんな話をした事なかったというのに、朝陽は意外に聞き上手なのかも知れない。
「今の都さんからはとても想像つきませんわ。なんというか、狂華さんに好きだとか愛しているとか言っているイメージがありませんもの」
「うーん…まあ、実際最近は言われてないしね」
最後に言われたのはいつだろう。下手するとクリスマスまでさかのぼるかも知れない。
「そんなんじゃ駄目ですわ狂華さん!」
「うわ、びっくりしたぁ」
朝陽がいきなり大きな声を上げてテーブルを叩きながら立ち上がるのでボクは驚いて椅子ごと後ろに転んでしまった。
「愛は伝え合ってこそのもの、確認をするのは決して悪いことではありません。付き合いが長くなると照れてしまうのはわかりますけれども、どちらかがどちらかの気持ちに甘えている。そんな関係ではいつか楓さんのところのようになってしまいますわ!……と、愛純が前に朱莉さんに言っていましたわよ」
最後の方は聞こえなかったけど、朝陽の言葉を聞いてボクは身体の中に電気が走ったような衝撃を受けた。
「そ、そうかもしれない!」
いや、かもしれないじゃない。確かにそうだ。気持ちを確かめ合う事は大事なことだと思うし、考えてみれば今の関係はボクがみやちゃんの事を信じているというかなり一方通行の関係なんじゃないだろうか。
「おわかりいただけましたか?」
朝陽は少し得意げな顔でふふんと鼻を鳴らしながら笑った。少し癪に障るけど、朝陽の言っていることは間違っていないと思う。
「うん!朝陽の言うとおりだと思う。ボクは最近みやちゃんを甘やかしていたかもしれない」
別に大好きな人を甘やかすのには何の不満もない。でも甘やかすことによってその大好きな人の気持ちがわからなくなってしまうのはとても辛いと思う…それに、ぶっちゃけ楓の所みたいになるとしたらボクがイズモの立場だろうし、そんなのは嫌すぎる。
「うん。今回の旅行ではちょっと厳しくしてみるよ」
「そうですわね。そうすることで愛はより深まる……と、彩夏の漫画に描いてありましたわよ」
「え?」
朝陽の癖なのだろうか。最後の方の声が小さくなってしまっていて、あまり聞き取れない。
「なんでもありませんわ。愛は厳しい物、そして試練を乗り越えてこそ愛は深まる!さあ、リピートアフターミー!」
「愛はきびしい物!試練を乗り越えてこそ愛は深まる!」
「もう一度!」
「愛はきびしい物!試練を乗り越えてこそ愛は深まる!!」
「大きな声で!」
「愛はきびしい物!試練を乗り越えてこそ愛は深まるっ!!」
「ワンモアセッ!」
「愛はきびしい物!試練を乗り越えてこそ愛は深まるっっっ!!!」
「もう大丈夫ですわ狂華さん。今の狂華さんなら都さんに愛していると言わせることができますわ!」
「そ、そうかな?」
勢いで朝陽の言ったことをリピートしたものの、こんなこと位で、あのみやちゃんが『好きだ』とか『愛している』とか言ってくれるとは思えない。
「絶対大丈夫ですわ!さあ、こんなところでモタモタしている場合ではありません。黙っていたって絶対言ってくれるはずの無い都さんのこと。狂華さん自らベッドへ赴いて愛していると言わせるのですわ!」
「が、がんばる!」
「ちょっと待ったー!」
ラウンジを出て行こうとしたボクの前に変なポーズを取った朱莉と柚那が立ちはだかっる。
「え、何?どうしたの二人とも」
「朝陽は高校時代の二人の甘酸っぱい思い出を聞いて、それだけで、今でも愛が冷めていない、まだまだいけると思ってしまっているようだが、俺達大人から見ればそんな認識は甘い!甘すぎる!」
「そう!今愛されてないのであればそれから今までの間に何かあったに違いないです!」
二人とも朝からテンション高いなあ…。
「というか、別に愛されていないとは言ってないんだけど」
「狂華さんは愛されてません!」
「断言された!?」
「もしも愛されているなら、狂華さんの献身に対して都さんがなにも言わないなんてこと、あるわけがないんですから!」
「そうですよ狂華さん。都さんはあれで意外に見るべきところは見ているし、評価もすれば褒めもするんですから」
朱莉に言われるまでもなく、そんなことはボクが一番よく知っているが、柚那の言うとおり確かにボクは最近あまりに褒められなさ過ぎている気がする。
「二人の過去になにかわだかまりのような物はありませんか?」
「え…わだかまりって…うーん…」
そう言われると、わだかまりとは言えないまでもボクが以前した失言について謝ってないことはある。
「その顔、心当たりありと見ました!」
「さあ、俺達に話してみてください!」
二人とも今日は本当にテンション高いなあ…
「なんで二人は朝からそんなにテンションが高いの?」
「さっき聞こえてきた狂華さんの青春話があまりに甘酸っぱかったんで、続きが聞きたいんです!」
どうやら二人のこのテンションはただの野次馬根性から来ているらしい。
自分でもたいして面白くも無いと思うような話でこれだけ盛り上がれるんだからこの二人は人生楽しいんだろうな。
「さて、じゃあ納得したところで、狂華さん続きをどうぞ!」
「さあさあ、紅茶も淹れますし、朝陽秘蔵のチョコレートを奪ってさらに秘蔵したチョコも出しちゃいますよ」
「それは前になくしたと思っていたチョコ!…柚那さんいつの間に!?むしろなぜあの場所が!?」
「甘いな朝陽。共用スペースに置いてあるチョコを、俺が見つけられないと思ったか」
「くっ……確かに朱莉さんならチョコの匂いだけであの場所を見つけたとしてもおかしくありません…秋山朝陽、一生の不覚」
そう言って朝陽は、床に手をついてがっくりとうなだれた。…朝陽も人生楽しそうで何よりだと思う。
「……はあ、話はするけど、みやちゃんが起きるまでだからね」
19/1/5微修正




