By kiss here
魔法少女じゃなかったら即死だった。
聖と里穂ちゃんをつれて本部に帰った俺達を待ち構えていたのは、面白くなさそうな都さんの顔ではなく、攻勢に出た異星人に蹴散らされる各国の魔法少女達の映像だった。
都さんから救援を乞われた俺 (楓さんは無駄に本気を出したせいで魔力がすっからかん、精華さんは空飛べないので海上での戦闘では戦力にならない)は、マッハで文字通り飛んで帰ってきた真白ちゃんにつかまってあまてらすへ向かった。
俺を待ち構えていたのは激戦に次ぐ激戦。そして敵の最終兵器とも言える巨大怪人だった。
狂華さんやひなたさん、それに駆けつけたジャンヌや小花達のおかげでなんとか撃退したものの、俺は巨大怪人から一発もらってしまい、入院する羽目になってしまった。
で。一週間後。
「元気そうで何よりだわ」
「それが俺よりよっぽど危なかった人の言う台詞ですか」
俺の病室に車いすに乗って訪れた都さんに俺は思わずそうツッコんだ。
五日間ぐっすりだった都さんは知らないだろうが、三日も四日も目を覚まさない都さんを心配して隣の病室だった狂華さんが取り乱して俺の部屋で泣き続けたり、泣き疲れてそのまま眠ってしまったり、夜泣きしながらベッドに潜り込んできたりと、まあいろいろあったのだ。ほんと色々とあった。その色々を乗り越えてこの一週間で一つわかったのは、狂華さんは超かわいいということだ。
あまてらすは最終的にとんでもない使い方をしたせいで沈んでしまったものの、クルーは全員脱出して無事。最後まで艦に残っていたユキリンもチアキさんが無理矢理連れ出した。結局、大けがや重傷、一時期重体に陥る人間もいたものの、とりあえず日本から出たメンツでの死亡者はゼロだ。
「ま、そんな時代もあったけどね。私はこうしてピンピンしてるし、うちの国は七罪もすべて引き込めたしで今回の作戦は大成功。万々歳だわよ」
そう言って都さんは呵々と笑った。
「都さんは七罪…っていう呼び名も今考えるとなんか違う気がしますけど、聖達の事はどの程度わかっていたんですか?」
「最初は知らなかったわよ。だから狂華を使って封印したんだもん」
「ってことは、復活の時点ではわかってたって事ですか」
「まあ、もともとの彼女たちの役割がなんであったにせよ、問答無用で封印しちゃった以上は敵意を持っている可能性が高かったからね。殲滅もやむなしっていう命令になったのよ。あんたと楓とこまちと寿のおかげでそうならなくて済んだけどね」
都さんは悪びれることもなく「一回キレちゃったら、こっちが悪くても向こうが泣いて謝り続けるまで殴るのは世界の常識だからね」と続ける。まあ、確かに戦争ってそういうところあると思うけど、考えてみればひどく理不尽で酷い話だ。
「ちなみに情報ソースはアーニャ。あの子、もともとアメリカにやってきた第一次派遣隊の子だからね」
「ああ、あれってアーニャだったんですか。それならなんか納得だ」
最初こそ友好的にしていたものの、結果的に敵対する形になってしまったためアメリカが幽閉していたというのが本当のところなんだろう。そうなると、Dの子達にも第何次かはわからないけど元々派遣隊だった子もいたのかもしれない。
「おや?黙ってたことについて怒らないの?」
「怒らないっすよ。都さんの嘘とか秘密は俺やこの国に害がないですから」
「結果的にそうなってるってだけだけどね」
都さんはそう言って不適な笑みを浮かべつつて肩をすくめてみせるが、多分これは照れ隠しだ。
「結果良ければすべてよしですよ」
「ま、そりゃそうだ。人間自分に利のあることには目をつぶるもんだからね」
「その利って意味だと、こんかいあまてらすを轟沈させちゃったのは結構マズいんじゃないですか?各方面から色々つつかれたりしません?」
「ああ、確かにつっついてきた奴はいたけど……詳しく聞きたい?結果としては誰も傷つかずにハッピーエンドではあるけど、その課程はものすごい胸糞悪くなると思うわよ」
「いや、ハッピーエンドならいいんです」
都さんが言わぬが花ならぬ聞かぬが花っぽい顔しているし。ここは聞かないのが正解だろう。
「まず、陸上幕僚長は尊敬しているしいい人なんだけどその下がね」
「結局話すんじゃん!」
「まあ聞きなさいよ。私もむかっ腹立ってるんだからさ。んで、その下の人間ごときが私に責任を取れと脅しに来た訳よ。わざわざ意識が回復した日によ?だからこっちも前々から用意しておいた書類をたたきつけてやったわけ」
「……辞表とかですか?」
前に仮定したことがあったが、都さんを暗殺しないまでも辞任に追い込むつもりだというのなら、俺達はこの国に敵対するくらいの覚悟はできている。ちゃらんぽらんに見えて彼女がどれだけ考えを巡らし、気をもんで骨を折ってきたかを知らない魔法少女はこの国には居ないからだ。
「いんや。彼の家族構成と、娘、息子、孫を隠し撮りした写真と会社案内、学校案内。あとついでにご両親が入居している養護老人ホームのパンフレットとか」
「脅しじゃねえか!」
俺達が覚悟を決める必要などどこにもないくらい彼女のほうが上手だった。
「失礼なこと言わないでよ!最近物騒な世の中だから大変ですよねーって世間話しただけなんだから」
「それ完全に脅迫や……」
「そしたらあのジジイ何をとち狂ったか、隠し持っていた銃を抜いてね」
ああ、なんだろう。だんだんそのお偉いさんに同情したくなってきたぞ。
「『お前が死ねば丸く収まるんだ!』とか言ってきたから」
「狂華さんに制圧させた」
「不正解。催眠魔法で彼の意識はそのままで自分のこめかみに銃を押し当てさせて……」
都さんはそこで溜めて人差し指と親指で銃の形を作ると「バンっ!」と言った。
「死んでる死んでる。ハッピーエンドじゃねえぞ全然」
「いや、口でバンって言っただけだってば。そしたらそいつ50過ぎてんのに泣きながら漏らしてやんの。うっけるー」
都さんはそう言ってゲラゲラ笑うが、相手にしてみればたまったもんじゃないだろう。
「まあ、悪意を持って私のことを考えるとそのときのフラッシュバックが起こるように催眠かけておいたし、写メも撮っておいたから、もう難癖つけてくることもないっしょ。ちなみに一連の報告をしたら幕僚長からはグッジョブをいただきました」
そう言ってドヤ顔でサムズアップ。なんなんだこの人、寝起きでボーッとしてただろうに無茶苦茶手際が良いぞ。
っていうか、一連の話を聞いてグッジョブって、幕僚長お茶目すぎるだろ。
「じゃあ、心配はいらないんですね?」
「あんたに心配されるほど私もこの組織も間抜けじゃないって」
そう言って都さんは車いすの上でシニカルに笑う。
「あ、そうそう。今日退院するあんたに一つお願いがあるんだけどさ」
「なんです?」
「一月ばっかり司令代行よろしく。私、休暇取るから」
「……は?」
「あんたたちが休んで遊びほうけてる間働いてたんだからそのくらいする権利あるでしょ」
「いや、いやいやいや。年功序列で言ったら―」
「私、年功序列大っ嫌い」
そうだった。この人はありとあらゆる手段で年功序列をすっ飛ばした人だった。
「だとしても、狂華さんやチアキさんがいるでしょ!年功序列じゃなくても二人の方が実績だって―」
「あんた、私に一人で休暇取れっての?狂華が居なきゃからかう相手が居なくてつまらないでしょうが」
「そこは恋人が居ないと寂しいとかにしてやってくれよ!だとしてもチアキさんが―」
「ユキリンをかいがいしく看護してユキリンとご両親に女子力アピールしているチアキさんを邪魔できると?」
「……思いません」
「よって消去法によりあんた」
年功序列よりも酷い理由だった。
「ニアにはおおよその方針、方向性は伝えてあるから個別の細かいところはあんたが決めて」
「個別?」
「そ、個別。色々あるでしょ」
聖達の事とかだろうな、多分。
「俺でいいんですか?シノさんとか小金沢さんとか、それにひなたさんだっているじゃないですか」
「消去法なんて言ったけど、あんたが一番私の代理に向いてるのよ。全部任せるから一ヶ月後に戻ったとき居心地の良い場所にしておいて」
「わかりました。頑張ってみますんで、都さんはゆっくり休んでください」
「できてなかったら死刑ね」
「いや、横暴すぎません?」
「私刑で死刑ね」
なにそれ超痛そう。
都さんと別れラボの玄関を出ると、そこには柚那の愛車のチンクと大型連休中に大型二輪に書き換えた朝陽の愛車であるドマーニが停まっていて、その周りには柚那と愛純と朝陽。それにあかりとみつきちゃん、和希の姿があった……ん?六人?
「退院おめでとうございます!」
そう言って柚那が俺に花束を渡すと、荷物を持ってくれる。
「怪我したって聞いたときは冷やっとしましたけど、たいしたことなくてよかったですよ」
いや、たいしたことあったからラボに入院してたんだけどな。
「なにはともあれ、おつとめご苦労様でした」
うん、それだと別のところから出てきたみたいになっちゃうね。
「うちのみんなも心配してたんだよ。ママが落ち着いたらちゃんと顔出せって言ってたから忘れないでね」
「またそんな事言って、素直にお兄ちゃんが無事でよかったって言えば良いのにぃ」
「みつきうるさい!」
「んごっ」
からかうように言ったみつきちゃんを追い払おうとあかりが振るった裏拳は、もはやお約束であるかのように和希にヒットする。
「うわ、和希大丈夫?」
「一応…」
「ちょっとあかり謝りなよ」
「そ、そんなところにいる和希が悪いんだから」
「確かに俺が悪い。ごめんなあかり」
うんうん。三人は今日も仲良しだな。……なんかこう、色々な矢印が見え隠れしてるけど気づかなかったことにしよう。三人とももう立派に自我のある大人だし。
「……さて。柚那」
「はい、なんです?」
柚那は俺の荷物を車の荷台に押し込むと、顔を上げてこっちを見る。
「多分俺を迎えに来てくれたんだと思うんだけどさ」
「多分って…当たり前じゃないですか。それ以外に何があるんです?」
「チンクとドマーニの定員ってあわせて何人だ?」
「なに言ってるんですか、そんなのチンクが4で…あ!」
気づいたか。というか、なぜ定員一杯満載の状態でここまで来ておいて誰一人気がつかないのだろうか。
もちろん六人とも是非とも退院する俺のことを迎えに来たいと思ってくれてのことなんだろうし、その気持ちはうれしいんだけどね。
「はぁ…タクシーか……」
魔法で飛んで帰るという手もなくはないが、ラボから寮まではそれなりに距離があるのでできればしたくないし、みんな嫌だと思う。
「いや、つめればなんとか」
「道交法違反だっての」
じゃあタクシーでも呼ぶべかと思ってスマートフォンを取り出したところで、後ろからプップとクラクションを鳴らされた。
振り返るとなんとそこには深谷さんの黄色いビートルに乗った佐須ちゃんが。渡りに舟、地獄に仏とはこのことだろう。
「どうしたんだ、そんなところでわらわら集まって」
「いや、それが……今日退院だったんだけど、俺の荷物が多すぎて乗れなくなっちゃってどうしようかって話してたんだ。よかったら途中の駅とかまででもいいんで、乗っけて行ってくれない?」
「いいぜ、どうせ夏樹連れて本部に報告書出しに行かなきゃいけないしな。夏樹を引き取ってきちゃうからちょっと待っててくれな」
そう言って佐須ちゃんはラボの玄関へと消えていった。
ああ、そういえば深谷さんも今日退院だったんだっけ。なんでも真正面からまともに傲慢のルシ子 (うろおぼえ)とやり合ったせいで深谷さんはJCで一番深手を負ったとかなんとか。
…多分あの人のことだから大分誇張して言っているんだと思うけど。
「というか、三人とも完全に深谷さんのこと忘れてたろ」
「まあ……」
「……その」
「そう言えなくもないかもしれなくもなくもないかもしれないっす」
しかたない。この花束は深谷さんに回すか。俺がそう頭の中で考えて柚那に目配せをすると、柚那も同じ考えらしく頷いてくれた。何故か愛純と朝陽まで頷いてたけど、深くは考えないようにしよう。
「三人から渡してあげて」
俺がそう言って花束を差し出すと三人は顔を見合わせてから俺と花束を見る。
「え…」
「でも…」
「これは先輩のですよ。柚那さんが―」
「柚那の了解は取ってある」
三人が確認するように柚那のほうを見ると、柚那はにっこり笑って頷く。
なんだかちょっと感慨深い。去年の今頃の柚那や俺ならこんなこと考えなかったかもしれない。俺は深谷さんの気持ちがどうこうなんて多分考えもしなかっただろうし、柚那は柚那で自分の選んだ花束が俺以外の人間のところに行くなんて許容しなかったと思う。そう考えると俺達は確実に成長しているんだろう。…まあ、この年になってこんなことで成長を実感することになるとは夢にも思っていなかったが。
JC組は戻ってきた佐須ちゃんと深谷さんと一緒にビートルに乗り込み、気を利かせた愛純は朝陽のサイドカーに乗っているので、車の中は期せずして俺と柚那の二人きりになった。
なんだかんだで入院期間中はひっきりなしに誰かしらがお見舞いに来てくれていて、さらに面接時間の規定が厳しく、面会時間外は入院患者以外は外に出されてしまう入院生活だったため、こうして柚那と二人きりになるのは一週間ぶりだ。
「モニターの前で見てて、死んじゃうかと思いました」
何度目かの赤信号。気まずい雰囲気でもなく、しかしどちらが口を開くでもなくなんとなく続いていた沈黙を柚那が破った。視線は前を向いたまま。口はキュッと結んでいる。
「ああ、あまてらすの巨大衝角を巨大怪人にぶち込んだあとに俺が一撃もらったときな。確かにあのときは俺も死んだって思ったよ」
海の水をまとい、外からそれぞれの魔法をぶち込んでもまったく効果がなかった巨大怪人に対して俺達が取った行動はあまてらすに積み込まれていた補給用のナノマシンを使い、巨大なドリルのような衝角を作り、艦をみんなで持ち上げて特攻、しかる後内側から魔法で破壊するという、要するにダイダロスアタックだ。
それでなんとか破壊したものの、最後の最後脱出の段階でミスをした俺は攻撃をもろに食らい、一週間の入院コースを命じられた。
「そうじゃないです。見ていた私の心臓が張り裂けて死ぬかと思いました」
「ごめん」
「愛純も朝陽もニアさんも、みんなみんな、すごく心配しました」
「ごめん」
「だから、次は私もついていきますから」
「いや、でも―」
次はないはずだ。現状宇宙人に抑えられている地上の土地はない。海に適応できるように進化でもされてしまえば別だが、手薄な地域には国連から魔法少女が配備される予定で、今回のような大規模なプラントが作られ、数千、数万人単位で命がけで取り戻さなければいけないというほどの事態にはならないはずだ。
「ついていきます。どこまでも、いつまでも。そうじゃないと心配ですから」
柚那はそう言って助手席の方へ身を乗り出すと、俺の身体を抱き寄せるようにしてキスをした。
「もう、二度と置いていかないでください。それと……お帰りなさい、朱莉さん」
柚那は唇を話すと潤んだ目でそう言ってもう一度唇を押しつけてきた。
「だたいま、柚那」
俺はそう言って離れかけた柚那の身体を抱き寄せ、今度はこちらからキスをした。
後書きとお礼
ここまで読んでいただきありがとうございました。
一応、朱莉のお話はここで一区切りとなります。
今後は事後処理の話で土地をならした後で、オマケというか、日常の話がメインで時間も進まないいわゆるサザエさん時空のような短編。それと今の1章分くらいで終わる中編をちょこちょこ載せていこうかと思っています。
あとはキャラクターがやたら増えたので設定資料なども整理ついたらアップしたいなと。
ああ、あと誤字脱字や文章の推敲なんかも。誤字脱字が直っていたり文章が変わっているのに気がついた時には『あの野郎やっと気づいたか』と生暖かく見守っていただけたらと思います。
って、全然終わってないですね。これ。
一応区切りとはなりますが、まだまだ魔法少女達のお話しは続けていきたいと思いますので、今後もおつきあいいただけたら幸いです。
それと、感想くださった方、本当にありがとうございます。大変励みになりました。
口下手なもので気の利いた返信が考えつかないため、お礼を言わせていただきたいと思います。本当にありがとうございました。




