After CARNIVAL
私の放った矢は狙いを違わず貪食の魔法少女の身体に突き刺さった。
しかし敵も然る者。普段戦っている怪人級とは違いすぐに分解消滅とは行かなかった。もちろん徐々に分解は進んでいるのだがそれだけに始末が悪い。
「嫌だよ……死にたくないよぉ…」
徐々に徐々に手足の先から分解されていっている貪食の魔法少女は動くこともできずにただただ意識だけを保ってずっと泣き続けていて、私たちは少し離れたところでその様子を見ていた。
「泣くなって言ってんでしょ!」
本当に嫌だ。なんだこれは。私が魔法少女になってしたかったのはこんなことではなかったはずだ。もちろん自分が正義の味方なんてつもりは最初からなかったし、争うってことは大なり小なり自分以外の意思や命を叩きつぶすということもわかっていたつもりだった。それでもこんな寝覚めが悪くなりそうな結末を迎えることになるなんて思ってもいなかった。
「私はまだ何も食べてないよ!おいしいもの全然食べてない!」
「……こまちの腕を喰ったでしょうが」
あそこで私は腹を決めた。覚悟も終わらせたはずだった。
「寿ちゃん?」
「……なに」
「これ、あげていい?」
そう言ってこまちが私の目の前で振ったのは筒状のパッケージに入っているチョコレート。私が慌てて矢筒の中を確認すると、入れておいたはずのチョコがなくなっていた。
「あんたまたそうやって人のものを勝手に」
「まあまあ。死に水って奴だからさ」
こまちはそう言って少し辛そうに笑うと、もう一度チョコを振った。
「……勝手にしなさいよ」
私の答えを聞いたこまちは「ありがと」と言いながら貪食の魔法少女の側にかがみ込んで蓋を開けると、結構な量のチョコを一気に彼女の口の中に流し込んだ。
「って!雑!かわいそうでしょうが!」
「えー?かわいそう?だって私の左腕を食べちゃった相手だよ?優しくしてあげる義理なんてなくない?」
そりゃあその通りだと思うけれど、それにしたって死人にむち打つような事をしなくても良いだろうに。
「…チョコがかわいそうだからちゃんと食べさせてあげてよ」
そんなんじゃチョコも彼女も報われないだろうから。
「なにこれおいしい!もっと!もっとちょうだい!」
貪食の魔法少女がそう言って全身の口をパクパクと開いたり閉じたりしてみせる。
その様子を見て、こまちが『全部あげてもいい?』と目で話しかけてきたので私は頷きながら『どうぞ』と手を出してそれを了承した。
「こういうおいしいものがある国なんだよ。この国は」
今度は一粒だけ口に放り込んでやりながらこまちが言う。
「知ってる」
「だったらこんなことになる前に降参すればよかったのに」
「……降参したらまたあの変な場所に閉じ込めるつもりだったんだろう?」
「話が通じる相手だったら私たちもそんなことをしないですむんだよ。でもあなたも彼女も最初から没交渉だった」
こまちはそう言って今度は腹にある大きな口に何粒か放り込む。
「それは…みんなで逃げようっていう話をしていたから」
「まあこっちも条件を提示しなかったからそれは悪かったかもね」
「もっと沢山おいしいもの食べたかったな…」
「わたしも食べるのが大好きだからその気持ちはよくわかるよ。…だからあなたのこと、助けてあげようかなと思っている」
そう言って言葉を切ると、こまちは貪食の魔法少女のみぞおちに刺さっている矢を見た。
「やめなさい!死ぬわよ!」
私の制止を聞かずにこまちが矢に手を伸ばす。私の矢は今まで出会った相手や分析した相手の情報を蓄積している。つまり万が一味方が触るとそれだけで消滅してしまうようになっている。
「こまち!」
私はこまちが矢に触れるのを阻止するために走り出すが、私がたどり着くよりもこまちが矢に触れるほうが当然早い。
バチっとスパークのような音がして矢に触れたこまちの腕が消し飛ぶ。だがそれだけだった。それだけで抑えることができた。
「さっすが寿ちゃん。やっさし―」
こまちがへらへら笑いながらそんなことを言うが、私は走っていった勢いも乗せてこまちの頬をグーで殴った。
「……なんかあったらあんたが責任とんなさいよ」
「ふぁい」
私の魔法は一発勝負。外せばアウト、魔法を解除してもアウト。次の矢を作り出すためにはかなりの時間が掛かってしまう。つまりもう私に今日この場でできることは何にもない。私にはもうこの貪食の魔法少女を殺すことはできない。
「それはそうと、起こしてよ寿ちゃん。両腕がないから上手くバランス取れないんだよ」
「自分で勝手に起きなさいよ」
「両腕がない私に対してその発言!鬼畜で素敵!」
「同情なんてしないわよ。あんたが勝手に矢を抜こうとしたりするからそんな目にあってるんだからね」
「あはは、おっしゃるとおりです。ゴメンね、勝手なことして」
いや、こまちが勝手なことをしてくれていなければ私は後悔していただろう。なまじ言葉が通じてしまう、意思の疎通ができる相手をあのまま殺してしまっていたら私は絶対に後悔していたはずだ。またこまちに救われてしまった。研修生の時からずっとこまちには助けられたり救われてばかりだ。
「そうそう、名前を教えてくれるかな?これから先『貪食さん』じゃ色気がないでしょ。主にベッドの上とかで」
……一瞬でも感謝した私がバカだったかもしれない。
「え…?」
「これから先一緒にいるんだから名前くらい知っておかないと。わたしは能代こまち、そっちのおでこがキュートな私たちの隊長さんが笑内寿ちゃん。あっちにいる眼鏡の子が大引彩夏ちゃんで、髪の長い方が小比木セナ。それからショートヘアで胸が大きくてあっちで変身してるのが……セナ!彩夏ちゃん逃げて!」
こまちの切羽詰まった様子に後ろを振り返ると、ワーウルフ形態へ変身した燈子が今まさに二人に襲いかかろうとしているところだった。
二人と燈子の間に圧倒的な実力差があるとは言っても彩夏もセナも素人ではない。二人は残った魔力で燈子を牽制しながら私たちのところまで下がってくる。
「あのバカ…さては触られたな」
明らかに目が正気ではない燈子の様子からおおよそのことが予想できる。おそらく燈子は慢心か油断かその両方か、もしくはなんらかのとんでもなく間抜けな策にはまって色欲の魔法少女の手に触れたのだろう。で、この有様というわけだ。だが燈子がどれだけ間抜けであろうと、元々私たち東北チームの中ではこまちくらいしかまともに相手ができない実力がある上にこっちの四人は魔力がほぼ空の状態。どう考えてもまともにやったら勝ち目なんてない。そう、まともにやったら。
つまり、まともじゃない手段ならないこともないのだ。
「……セナ」
「絶対に嫌です」
セナはこっちを向かずに短くそう答えた。
「やりなさい!」
「嫌です!やったらお姉様も寿さんも私も絶対後悔します!」
後悔する。確かに後悔するだろう。だが、やってもらわなければ私たちは全滅だ。命を天秤にかけるなんてまっぴらゴメンな話だが、それでも燈子一人とこまちとセナと彩夏だったら私は三人の命を取る。
「もう一度言うわよ。渡しておいた弾で燈子を撃ちなさい」
朱莉経由で色欲の魔法少女の能力を聞いたときに一番恐れたのは誰かが操られて同士討ちになることだ。そして何より恐ろしいのは仲間同士で戦ってグダグダになっている間に全滅すること。そのために私はセナに4発の弾丸を渡しておいた。
それぞれ、燈子、こまち、私、彩夏に対してのみ特効の魔法が付与してある魔法の弾丸だ。セナには誰かに何かがあったら即撃つこと。セナは絶対に色欲の魔法少女に近寄らないこと。これをよくよく言い含めた上で渡した。
それぞれ一発ずつ汎用ではなく特効になっているのには、柚那のキャンディの話を聞いて即席で初めて作った試作品だったと言うことと制作期間が短くそんなに凝ったものを作っている時間がなかったからという理由があるが、それでも私は中途半端なものを作ったつもりはない。それぞれ一発勝負だが当たれば燈子だろうがこまちだろうが倒すことができる。
「ねえ、貪食の…」
「静佳」
「静佳ちゃん。あの色欲の子の魔法の弱点、というかぶっちゃけどうやったら無効化できる?」
「左手でかける魔法だから、左手をなんとかすれば多分止まると思うけど……」
「そっか、ありがと…セナ、できる?」
こまちがそう問いかけると、セナは頷いて燈子と色欲の魔法少女に対して構えを取る。
「できるかどうかは問題じゃありません、やります!」
「ん、良い返事。朱莉ちゃん風味なのがお姉様的には気になるけど任せた」
「任されました!彩夏、行くよ」
「はいはい。わかりましたよ」
そう言って彩夏は持っていた柚那の回復キャンディをセナに投げて渡す。
この場で両手が治せないこまちが使うよりも、回復してもたいして強くもない私が使うよりも良い判断だ。さすが私の妹。
カリっといい音を立ててキャンディをかみ砕いたのを合図に、彩夏がマスケット銃を展開し燈子に向かって銃弾を雨あられのように放ち、セナは燈子の横を抜けて色欲の魔法少女に向かって突っ込む。
「もらった!」
セナは銃剣を大きく振りかぶりながら色欲の魔法少女に迫る。あと2m、1m……
「ざーんねん」
「え…」
セナと色欲の魔法少女の間に割って入った燈子がごちそうを見るような目でセナを見ながら口を開けた。
「あんたの相手は私だ!」
銃撃の後すぐに走り込んでいた彩夏が叫びながら逆向きに持ったマスケット銃をフルスイングで燈子にたたきつける。
「慌てなくてもお前もすぐに喰ってやるから待ってな」
燈子は口で受け止めた彩夏のマスケット銃をかみ砕くと、そう言って笑いながら変身の解けた彩夏の頭を無造作に掴み、壁に向かって放り投げた。
「じゃあ、今度こそいただきまーす」
そう言って燈子が大きな口をあけてセナを飲み込もうとした瞬間、燈子が何かを恐れたかのような反応するとセナを食べずに色欲の魔法少女を抱えて後ろに下がった。
「……うちの子達をいじめるの、やめてもらえるかしら」
そう言って現れたのは誰でもない―
「精華さん……?」
「事情があって戻ってきてみればこれだもの。まったくしかたないわね貴女たちは」
そう言って精華さんはセナをかばうように立つと燈子と色欲の魔法少女に睨みをきかせる。
「どうしてここに!?精華さんは最前線にいるはずじゃ」
「まあこんなこともあろうかっていうやつね。ユウと交代して帰ってきたのよ」
こまちの質問に精華さんはドヤ顔でそんな事を言うが、こういう顔をしてシリアスな雰囲気になっているときは大体後ろ暗いことがあったり、隠したいことがあったりするときだと言うことを私もこまちもよく知っている。多分船酔いが酷いとか、魔法で空を飛べない精華さんのための補助デバイスが上手く使えなかったとかそういうことなのだと思うけれど、理由はどうあれこの人が来てくれたなら百人力だ。
「ねえ寿。燈子はもちろん傷つけないとして、あいつを消せば良い?」
そう言って精華さんは色欲の魔法少女を指さす。
「……いえ、彼女の左腕だけを狙ってください。それで燈子も正気に戻るはずです」
「え?こまちも彩夏もかなり手ひどくやられているみたいだけど、それだけでいいの?もっと酷い目にあわせた方が良いんじゃないの?それこそ―」
「左腕だけでお願いします。朱莉じゃないですけど、私も拾える命は全部拾いたいです」
「ふうん……ま、良いと思うわ。私も賛成」
はっきり言ってしまえば精華さんは頭が悪い。運動神経も良くない。
だから私や彩夏のように戦略を立てたり戦術を組んだりするのは非常に苦手だし、セナやこまちのように近接戦闘で活躍することもできない。
だが、彼女にはそんなスキルは必要ないのだ。
「……はい、おしまいっと。燈子、今度こそそいつをしっかり捕まえておきなさいよ」
「え?あ、はい」
正気に戻ったらしい燈子は突然の精華さんの登場に驚いているものの、言われたことに従って、抱えていた色欲の魔法少女の残っている右腕を後ろでひねり上げて地面に組み伏せた。
お人好しでだまされやすく、からかわれることも多いし泣き顔もそそ………これは関係ないか。
とにかく何もできないし、とかくいじられやすい彼女がナンバー3に君臨しているのには理由がある。
彼女の魔法は、神出鬼没で一撃必殺。思ったときにはもう終わっている。そういう魔法だからだ。
戦略や戦術なんて姑息なものを使う必要も、敵に近づく必要もない。彼女が本気を出せば思うだけで勝ててしまう。
それが彼女の必殺魔法、飛揚跋扈だ。
「さ、じゃあこまちの腕を治さなきゃいけないし、報告もしなきゃいけないし早く司令へぶっ!」
せっかくかっこよく決まってたのになんでこの人は一歩踏み出しただけでコケるんだろう。




