RISING SUN RISE 2
「おーい、柚那、愛純、朝陽。そろそろ終わりにしなさい。里穂ちゃんも決着つけたいなら後日でも……」
「「「ひっこんでてください!」」」
「は、はい」
三人娘に怒鳴られて俺は反射的に情けない返事をしてしまった。
「ていうか、朱莉さんはなんでのんびり座って話をしてるんですか!?」
「どうせまたあの子もたらし込んで仲間にする気なんですよ!」
「私たちが戦っているのに最低ですわね!」
お、おう…なんかご機嫌斜めだな三人とも。
「お前ら何怒ってんの?」
「朱莉さんが早々に降参するからでしょう!」
「まさか私たちが見てないと思ってたんですか?」
「必殺技一発打ったくらいでお茶を濁せるとでも思っているんですの!?」
だって仕方ないじゃないか。
聖の魔法はいわゆるワームホールというやつで、穴と穴を好きにつなげることができる。
先制攻撃とばかりに放った俺の必殺技はダメージを与えるどころか聖を一歩も動かすことすらできず、あさっての方向へと飛んでいった。ちなみにさっきから聖がジュースを出してくれているのもその技の応用で、魔法が維持できなくなるのでワームホールを自分で通り抜けることはできないが手を差し入れて向こう側にある物を取ってくるくらいならできるということらしい。
まあ要するに俺にとって聖は相性が悪すぎたというわけだ。というか、おそらくどんな攻撃もあさっての方向に受け流されてしまうので、彼女に対して相性の良い魔法少女なんて存在しないと思う。
「三人は誤解していると思うんだけど、別に俺はヘタレて戦いを放棄したんじゃないんだぜ。戦いの無意味さというか、そういう物に気がついて拳を交えるよりも対話をしようと考えた結果、あそこで聖と二人でお茶会をしていたわけだ。だからサボってたわけじゃ…」
「またいつの間にか名前とか聞き出して!」
「あ!そういえばさっきあの子の名前も呼んでましたよ!」
「まったく節操がないというか、見境がないというか!」
これはまずい。三人とも全く怒りが収まる気配がないぞ・・・というかこれは。
「・・・もしかして里穂ちゃん、三人に何かした?」
「ふふん、ご名答。貴方と聖さんが仲良くしている事に苛ついていたみたいだから、たった今魔法で少し三人の背中を押してあげたのよ。不満とか嫉妬心が爆発するようにね」
「うわぁ・・・マジか」
里穂ちゃんは俺の反応に満足したのか、ドヤ顔をして「自分の仲間から攻撃される苦しみを味わうが良いわ!」とか言っている。
柚那は前々からユウをはじめ他の子とのやりとりに関して俺に一言あるんだろうなと言うのは感じていたし、愛純は愛純で柚那をほったらかしにしているようにも見える俺に対して不満があると言っていた。
「今日という今日は絶対許しませんから!」
「泣いて謝るまで許しません!」
「朱莉さんだけジュース飲んでいてずるいです!」
「泣かす!」
「ぶちのめす!」
「奢らせる!」
・・・・・・なんか一人だけ怒りの矛先がズレてエスカレートしているような気がするけどまあいいや。
「悪いけど、危ないからちょっと寝ててくれな」
「え?」
俺は里穂ちゃんの後ろに回り込んで魔法を使い、彼女の意識を絶った後で彼女の身体を抱えて大急ぎで聖の側に降りた。
「悪い。ちょっとドンパチするからこの子が怪我しないように見ててくれ」
「変な奴だね君は」
「お互い様だろ」
とかなんとか言ってると・・・・・・
「全く反省しないんですね!貴方は!」
最初に突っ込んできたのは一気に距離を詰めるのが得意で、接近戦が得意な愛純だ。
「反省しなきゃいけない事なんてないんでね」
初手の正拳を捌くと、その捌いたエネルギーを利用して愛純は縦に回転し、上から踵が降ってくる。
だがこれは組み手で何度となく見た技だ。それこそ何十、何百と見たことがある。
「死ねぇ!」
「お姉様に向かって物騒なこと言ってるんじゃねえ!」
踵落としなんていうものは踵が当たる位置にボーッと立っていなければ有効打にはならない。
俺は前に出て愛純に対して先ほど里穂ちゃんに使ったのと同じ魔法を試みるが、もちろんそれをそのまま食らってくれる愛純ではない。愛純は器用に身をよじると俺の腕にしがみついて関節を決めに来る。
「黙って撃ってきたのは褒めてやるよ、朝陽」
俺は後ろから襲ってきた朝陽の雷を魔法で打ち消し、力任せに愛純をふりほどくと上空へと飛び上がる。
直後、地面を突き破って何本もの植物が俺を追うように上空に向かって伸びてくる。間一髪で逃れて箒で上昇して雲を抜けると、そこには直前までの特訓で愛純や楓さんと同じ飛び方を会得した柚那が仁王立ちで待ち構えていた。
「来ましたね」
「かわいい彼女が待ってるんだ。そりゃあ来るさ」
「はっ、どの口でそんなことを言うんだか」
俺の軽口に柚那がそう応えてステッキを構えると普段は杖の形をしているステッキの先が伸びて弧を描く。
愛純に接近戦で杖を使うように言われて柚那が編み出したバージョン2のステッキ。それがこのデスサイスだ。
「朱莉さん、覚悟はいいですか?」
「一応説得しとくぞ。お前はちょっと感情の制御ができなくなってるだけだ」
「私が自分の感情を制御できていない?」
「ああそうだ。お前も愛純も朝陽も里穂ちゃんの魔法でだな」
「だから・・・だから、その辺の女を名前で呼ぶのをやめろって言ってんだろぉっ!」
「しまったああああああっ!」
柚那に何度となく言われてたことなのに、またやらかしてしまった!
俺が火に油を注いだ形になってしまい、柚那はデスサイスを大きく振りかぶって突っ込んで来て大きく横に薙ぐ。間一髪鼻先をかすめるかかすめないかでかわしたが万が一かすっただけでも一大事だ。なにしろこのデスサイスの問題は、柚那の戦闘技術や切れ味ではない。問題は―
「塵となれぇ!」
問題は、このデスサイスの刃には寿ちゃんの魔法が組み込まれていると言うことだ。
「やめろ柚那!当たったらマジで洒落にならん!」
「うるさいうるさいうるさい!朱莉さんのばかぁ!」
柚那はそう言っておもちゃを買ってもらえない子供がだだをこねるようにデスサイスを振り回す。
「バカはお前だ!そんなもん当たったら死ぬだろ!」
寿ちゃんは当たっても即死はしないとか時間が掛かるとか言っていたので、彼女の魔法とはちょっと違うのかもしれないが、そんなものは即効性の毒か遅効性の毒かの違いでしかない。結果が同じならどっちでも同じ。はっきり言って今この場にいる誰を相手にするよりも命がけだ。
なんてことを柚那と二人でウダウダやってるうちにまた愛純がやってくる。
「邑田朱莉!柚那さんに死んで詫びろやぁ!」
そう言ってつきだしてきた愛純の拳にはこれまたバージョン2の彼女のステッキ。メリケンサックから四本の棘がつきだしているというパッと見アメリカンヒーローのような狂気の凶器が。
「お前ら元アイドルのくせに物騒すぎんだよ!」
一か八か、俺は左手で柚那のデスサイスの柄をつかみ、右手を犠牲にして愛純のメリケンサックを受け止める。
「・・・・・・ごめん、ちょっと痛いかもしれないけど、二人とも強くなりすぎてて手加減してられねえんだわ」
一応そう謝ってから俺はステッキを壊して二人が気絶するぎりぎりの魔法を直接たたき込み変身の強制解除と気絶をさせて二人を抱えて地面へと降りる。
「聖、この二人も頼む」
「君さあ、別に良いけど私一応敵方の人間だよ?」
「それでも今の朝陽よかマシだ」
「あの子そんなに強くて凶暴なの?」
「元々嫉妬心が強くて地球版のニセ七罪にキャスティングされてた奴だぞ。そんなやつの嫉妬心をあおったらどうなるか考えてみろって・・・のっ!」
話している間にも電撃。さっきのように魔力を放出して打ち消すことができず、力業で上にはじき飛ばすが、先ほどの愛純の一撃と合わせて右手がかなり悲惨なことになっている。
「…どうして貴方は、私のことを無視し続けるんですの?」
そう言ってゆっくりとこちらに歩いてくる朝陽は思ったよりも冷静そうに見えたが、帯電しているのか身体のあちこちでバチバチとスパークが起こっている。
「別に朝陽のことを無視した覚えはねえんだけどな」
再び電撃。だが、今度は正面からだったので直撃を食らう前に魔法を使って相殺することができた。
「嘘つき!あなたはいつも私の気持ちを無視しているじゃないですか!」
うぬぼれではなく、ここ一年ほど、俺はモテるようになった。それがモテ期なのか、自分にある意味自身がついた事による効果なのかはわからないが、誰かに想いを寄せられてそれに気づかないほど鈍感じゃないつもりだ。
だから武闘会の時の愛純の気持ちについて彩夏ちゃんから突っ込まれたときはすっとぼけたし、その前もその後も朝陽が朝陽なりにアタックしてくれていることも気づいていながら黙殺したし、『騙されずに済んだ』なんて言ってた朝陽の言葉に甘えてもいた。ただ、それは無視とは違うつもりだった。
『おいしいものが食べたい』『奢ってください』はどちらも朝陽なりの遠回しな愛情表現だったんだろうということは気づいていたし、そもそも好意を寄せてもいない相手を親が誤解するような言い回しで紹介したりはしないだろう。なんとなく普段の感じで間抜けな印象を持ってしまいがちだが朝陽はそこまでバカな子じゃない。
そうやって遠回りしてくれていた朝陽とまさかこんなタイミング、こんな場所で決着をつけなきゃいけなくなるとは思っても…いや、アホか俺は。自分の半分くらいしか生きていない女の子に何を期待してるんだ。
「…面倒だけど手助けしようか?三人を守ってるほうが面倒だしさ」
「悪いけどもうちょっとだけ頼むこれは俺と朝陽の問題だから、ちゃんと決着つけないと」
見かねたらしい聖の申し出を断ってから、俺は朝陽に向かって一歩踏み出した。
「ごめんな、朝陽の気持ちに気づいてなかったって事はないんだ。でも俺はやっぱりお前の気持ちにこたえることができない」
「そんなに柚那さんの事がいいんですか!?」
「ああ。俺は柚那がいい。朝陽のことも愛純の事もセナのことも大事だし妹みたいに思っているけど、それでもやっぱり俺は柚那が良い」
「……」
「お前はどうだ?俺以外の誰かは俺の代わりになり得るか?」
「わかってますよ、そんなこと。わかっているから……わかっているから辛いんじゃないですか!」
そう言って朝陽は電撃を乱射する。しかし、狙いも定めずに無茶苦茶に撃った電撃はまるですべて俺を避けるかのように見当外れな方向へと飛んでいく。
「じゃあ!じゃあ、もし私が柚那さんを―」
「姉子!……もし、はない。俺は柚那が大事だし柚那のことを一番に考えたい。俺はバカだから柚那のことを怒らせることもあるだろうけどそれでも柚那と一緒に生きていきたい。だからな朝陽。柚那を悪意を持って傷つけようとする奴がいたら、俺はそれがたとえ朝陽だろうが都さんだろうが絶対に許さない」
朝陽にそんなことをするつもりがないのはわかっている。わかっているけどそんなことを口にするのはダメだ。俺は自分にできる精一杯の意思を込めて朝陽をにらむ。
「じゃあ、私はどうしたらいいんですの?気持ちに応えてもらうことも、可能性に期待することもするなっていうなら、私はどうすればいいんですか!」
「……すまん。俺から言えることは何もない」
心の整理をつけてくれなんて俺が言って良い言葉ではないし、かといってバレンタインの時の愛純のように俺のことを割り切れていない今の朝陽が俺を殴ったところですっきりすると言う話でもないだろう。同じ歳の友達でもいれば相談できて良いのだろうが、あいにくと身近で一番年が近いのは愛純。次が柚那で、下に目を向ければあかりたちも柚那と同じ程度の離れ方だがそっちに相談するのは難しいと思う。朝陽には本当に申し訳ないがこればかりは自分でなんとかしてもらう他ない事なのだ。
「冷たいんですのね」
「みんなが俺を買いかぶりすぎなんだよ。俺は仕事もそこそこ、趣味もそこそこ、女性の扱いはてんでダメっていう奴なんだよ。言うほど誰にでも優しくなんてないし、みんなの気持ちを大切にできるような人間でもない。だからこそ、俺はこんな俺なんかを最初に選んでくれた柚那を大事にしたいとおもうんだ。だからゴメン、朝陽の事は大事だけどそういう風には見られない」
俺が言いたいことは全部言った。これで朝陽がわかってくれなければもう朝陽の気が済むように痛めつけるなり軽蔑するなりしてもらうしかない。
「………はあ、もういいですわ。真っ正面から堂々と惚気られてすぎてやる気も執着心も失せてしまいましたから」
しばらく黙っていた後で朝陽がそう言って変身を解除してこちらに歩いてくる。
そして―
「痛いんですけど」
朝陽は完全に油断していた俺の鼻っ柱にグーパンチをくれた。愛純と違い魔法が乗っていない分マシだがそれでも痛覚を切ってなかったので普通に痛い。
「やる気と執着がなくなってもムカつくものはムカつくので」
「これで気が済むならいつでもいくらでもどうぞって感じだ」
「あら、そうですか。じゃあお父様と優陽にも後日一発づつ殴らせる方向で」
そう言って朝陽が良い笑顔で笑うが、パンチが朝陽と同じ威力である優陽はともかく蛇ヶ端大使の一発は結構洒落にならない気がする。スーツの上からでもわかるくらいかなりがっちりした体型をしていたし、あれは学生時代は絶対にスポーツをやっていた身体だと思うので本気で殴られたらラボに入院して成形しないといけなくなってしまう。
「いやいやいや、優陽はともかく大使関係ないだろ!?」
「ふっふっふ。覚悟なさってください、私は蛇ヶ端家の中でも―」
「はいはい、最弱なのな」
ドヤ顔でいつもの口上を始めた朝陽の先回りをしてみる。
「ちょ、途中で言わないでください!」
まあ、でも自分から『蛇ヶ端家の中でも』なんて言えるようになったなら、この子は多分もう大丈夫だろう。最初の頃は家が嫌い、自分が嫌い、父親が嫌い、継母が嫌い世界が嫌いと言っていた彼女だが、多分もう大丈夫だ。最近優陽が出てこなくなったのもおそらくこういうところが関係しているんだと思う。
「何をニヤニヤしていますの?」
「いや。朝陽も大人になったなと思ってさ」
「え!?」
さっきの今で自分のことを棚上げしてこんなことを言うのは申し訳ないが朝陽がこうして成長して自分の出自について誇るとは言わないが納得してくれたのは本当にうれしいし、そういう成長をしてくれた朝陽のことが素直に愛おしい。
「短期間ですごく成長したよな」
「え!?え!?」
「俺は朝陽のことを誇りに思うぞ」
俺は精一杯の笑顔で朝陽に笑いかけるが、何故か朝陽は顔を青くして後ずさった。そして―
「ゆ、柚那さん!愛純!起きてください!わ、私朱莉さんに褒め殺されてしまいます!起きて!おーきーてー!朱莉さんが変なんですのよ!」
そう言って朝陽は二人の身体をゆさゆさと揺する。
「おいおい、そんなにパニクられたら俺が普段朝陽のことを褒めてないみたいだろ」
「だってその通りじゃないですか!」
「いや、そんなことないよ。褒めてるよ。普段から俺は朝陽の事を超褒めてるって」
「褒められた覚えがありませんわ!いつも馬鹿にされていた気がします!」
気づかれていた…だと…?
「まあ…じゃあこれからはもっとこう褒めのアベレージを上げていくよ」
「本当ですか」
「ああ、うん。ほんとほんと」
からかう方のアベレージを下げるとは言ってないけどね。
「とりあえず帰ろうか。聖から聞いた話もあまてらすと共有しなきゃいけないし、二人の処遇も一応都さんに確認取らないといけないしさ」
「そうですわね。じゃあ私が愛純を抱えますから、朱莉さんは柚那さんをお願いしますわね」
「ああ。サンキューな朝陽。聖、行くぞ」
「ほいほい」
聖は必要なときには駄々をこねるつもりがないのか、そう言って立ち上がると俺達の後をついて歩き出そうとした……里穂ちゃんを置いて
「…聖」
「ほいほい」
「里穂ちゃん運んで」
「だが、重いので断る」
「いや……じゃあ備品倉庫にワームホールつなげてよ。とりあえず放り込むから」
自分で言っててちょっと酷いかなとも思うけど、ここに放置していくよりはいくらか人道的だろう。
「営倉入りって奴だね」
「いやそれは違うけどな」
食料と飲み物がそろってて食べ放題飲み放題の営倉とかただの極楽だし。
「んじゃ、魔法使い続けるのもしんどいんで、その子ちゃっちゃか放り込んじゃってよ」
聖はそう言ってワームホールを開くと里穂ちゃんを指さして悪びれる様子もなく笑った。




