RISING SUN RISE 1
正しい戦争なんてない。
子供の頃なら自分が信じるものが正しいと真っ向から反抗できた言葉である気がするが、近頃は『確かになあ』と思う俺がいる。
「実際、戦争なんざ何も生まないわな」
俺はそんなことを言いながら隣に座っている女の子からペットボトル飲料を受け取り上空を見上げる。
「まあ、戦争なんて面倒くさいしねえ」
そう言って隣に座っている少女は蓋を開けて中身を口に流し込んだ後でうつぶせに横になった。
「だったら止めてくれよ」
「えー…めんどくさい」
さすが本家怠惰の魔法少女。彼女は徹頭徹尾動く気がないようだ。
対して上空を忙しく飛び回っているのは柚那、愛純、朝陽の三人娘と嫉妬の魔法少女。4人はまったり進行の俺達と違い、非常に熾烈な戦闘を繰り広げている。柚那と愛純が接近戦をしかけ、隙を見て朝陽が電撃を打ち込む。端から見ている分にはかなり良い連携で『絶対入った!』という攻撃も何度かあったが、嫉妬の魔法少女の周りを飛んでいる透明な物体にはじかれてなかなか有効打にならない。
「他人が戦争している分には私はなんの被害も被らないから別に好きにすればって感じだし」
「そうは言うけど、あの子は君と一緒に長い間閉じ込められていたんだろ?」
「例えば君は隣の部屋に住んでいるだけのアパートの住人のために命をかけられる?しかも隣の住人が勝手にもめ事を起こしただけだっていうのに、その仲裁に入るの?ずいぶんとお人好しだね」
「さっきまで話をするのも面倒くさいとか言っていたのにずいぶんと饒舌に話すなあ。と言うか、彼女を止めたところで君の命なんてかからないだろ」
どう考えても今戦っている子よりも彼女のほうが実力が上だ。
「私は働くと死ぬ病気なの」
そう言って人差し指を立て、ちょっとドヤ顔した後で怠惰の魔法少女は水泳のけのびのようにうつぶせのまま伸びをして「死ぬ-、地球人にこき使われて死んでしまう-」と言った。
「わかったわかった。そんなに嫌なら別にいいよ」
熾烈ではあるが固唾を飲んで見守るというほど四人の戦闘が緊迫しているという訳でもないということもあり、俺はうつぶせに寝てだらんとしている怠惰の魔法少女の横に寝転がる。
「だってさあ、最初に私は一言言って止めたでしょ。それだけで私は彼女に対しての職務上の責任は果たしているじゃない。だからもう関係ないわけよ」
「なるほど、やっぱり君の方が上役って訳だ」
「ヤバい、バレた」
怠惰の魔法少女はたいしてマズくもなさそうにそう言ってごろんと寝返りをうって仰向けになる。
「私が七罪のリーダーであることが、バレてしまったー」
棒読みでそう良いながらまったくリードしてくれそうにない自称敵のリーダーが言う。
「なので、捕虜になったときの扱いは士官級の扱いでお願いしたい。特に―」
「いや、別に君を捕虜にするなんて言ってないだろ」
「しないの?」
「うちの国ではそういう扱いにはならないんじゃないかな。協力を申し出てくれれば捕虜っていうか、オブザーバーとかアドバイザーとかそんな感じの立場になると思う」
「ふーん…月面基地の場所の情報がほしいとか?」
「まあ、それがわかったところでこっちには攻撃にでる手段はないんだけどさ」
宇宙に向けてのミサイル攻撃というのも全く試みなかったわけではないらしいが、ことごとく撃墜されてしまったので現状月面基地への攻撃や、有人での調査というのは考えていないらしい。
なんだかんだ言って俺達地球人類は制宙権を完全に握られている形なのだ。
「例えば、俺達には君らの素性っていうのは知らされていないわけだ。だからそもそも君らって実際なんなの?なんで地球にやってきたの?って話をしてもらうだけでもすごい情報だったりするわけだ」
「私たちは移民希望の異星人だよ。元々いた星がダメになっちゃったから住むことができる星を探しているんだ」
なるほど。バルタン星人みたいなもんか。
「じゃあ月面基地にはアホみたいな人数がいたりするわけ?」
「人数っていう概念が相当するかどうかはわからないけどDNAはかなりの数があるよ。それとナノマシンを掛け合わせることでこうして君たちと同じような姿になれるっていうわけ」
「具体的にどれくらい?」
「ざっと50億」
あかん。受け入れたら地球のキャパを超えてまう。
「まあ、だからといって、全部を受け入れろーなんて無茶なことをいうつもりはないんだよ。もちろんこの星を支配して君たち人類に出て行けなんて言うつもりもない。私たち先遣隊と、あとせいぜい数万人を受け入れてくれれば、今この星で大問題になっているような些細な問題を解決する技術を提供する用意があったの。私たちの目的は全員一緒に暮らすことじゃなくて、少しでも多くの星にDNAをまき散らして種の存続をすることだったから」
過去形か…
「あったってことは今はないっていうこと?」
「月と連絡が取れないからわからないけど、月から攻撃を受けているなら多分もうないんじゃないかな。ああ、でも誤解しないでほしいんだけれど、私たちは今だって別に攻撃したくてしているわけではないんだよ。前に封印されて閉じ込められてしまったでしょ。それが嫌で逃げようということで七人で連絡を取って話し合っていたんだけど、出る前に調べてみれば君たちが逃がすまいと待ち構えていて喧嘩を売って来る気満々。だったら降りかかる火の粉は払わなければって感じで気の短い若い子たちはそれに乗っちゃったっていうのが今の状況」
「じゃあ三人を止めたらあの……嫉妬の子は止まるの?」
「あの子は私たちの中で一番血気盛んだから無理じゃないかな」
「じゃあまあ、成り行き次第って感じか」
俺が三人を止めるのは簡単と言えば簡単だが、それで三人だけが怪我したり、後々遺恨を残したりするのは面白くない。だったら若い子達には好きなだけやらせてすっきりさせてしまうのも手だろう。
「そういえば、名前はなんて言うんだ?君とか怠惰の魔法少女とか呼びづらいから良かったら教えてよ」
「碓田聖」
名字までタイダとは徹底している。
「なるほど、ひじりんだな」
「変なあだ名つけないでよ」
「嫉妬の子は?」
「宍戸里穂」
「二人とも日本名なんだな。宇宙人だからもっと妙な名前かと思ってたんだけど」
「そもそも私たちはこの国に溶け込むためにやってきたわけだしね。名前はこの国の流儀に合わせたし、この国の習慣なんかも一応勉強してきたのよ」
「なるほど、努力家だ」
「やめてよ。私は努力なんて大嫌いなんだから。てか、もうダルい。喋りたくない」
「ダルいところ申し訳ないけど、もう一つだけ聞かせてほしい。聖は先遣隊だっていったよな?でもそれっておかしくないか?君らが来てすぐに封印されたって事は、先遣隊が来る前にもうすでにこの国には魔法少女がいたってことになる」
元になる技術がないのに狂華さんがすでに魔法少女だったとすると、時系列的にかなりおかしな事になる
「ああ、私たちは第三次先遣隊。第一次先遣隊はアメリカだっけ?あそこに行ったのよ。調査した結果によれば世界一影響力があるらしい国だっていう話だったから、一応幹部が行ったんだけど。それで次がロシアに行くはずだったんだけど、そこで降下目標がズレた」
ああ、なるほど。
「そこで揉めて君たちと地球の全面戦争になったってわけか」
「そういうことみたいね。で、そのもめ事でゴタゴタしているあいだに調整が間に合わずにカプセルが放出されてやってきたのが私たち各国七人の第三次先遣隊。これはアメリカから各国に話を通してもらってその国の首脳と話をするための部隊。まあ、メンバーのほとんどは軍幹部じゃなくてその候補生だから半分は社会科見学みたいな物だったの」
「なるほど、そういう役目だったのか。それなら引率役の聖がしっかりしているのにも納得だ」
「……褒めても何も出ないよ」
「別に褒めるのはタダだから何も期待してないけどさ」
そんなことを言いながらも聖は新しいペットボトルを魔法で取り寄せてこっちに差し出す。
「さっきから気になってたんだけど、これどこから取ってきてるの?」
小売店からの盗品とかだったら、さすがにちょっと受け取るわけにはいかないんだけども。
「え?ここの備品倉庫よ」
「最近ジュースやらお菓子やらがなくなってたのはお前が原因か!」
「……ウソウソ、ツキカラモッテキテルンダヨ」
「今更そんな言い訳が通じるか!」
しかも露骨に目をそらしやがって。
「ワレワレハウチュウジンダ ニホンゴワカラナイ」
「いや、日本語でそんなこと言われてもな」
まあ、こういうところも人間らしいと言えば人間らしいのかもしれないけど。
「ちなみに、七人は何で七罪になぞらえているんだ?宇宙人にも同じような教えがあるの?」
「うちらにはこういうのはないけど、人間のやりがちな七つの罪ってことは逆に言えば人間らしいってことでしょ。人は親しみ易い者に好意を抱きやすいから、特にそれらの特性が強い子を選んだ結果、そうなったっていうこと」
なるほど、話の合いそうな人選をしたらそれが七人、七様、七罪とそういうことだったと。
「話をまとめるぞ。第一次先遣隊がアメリカと交渉した君らは、第二次先遣隊の派遣失敗によって地球との戦争状態に突入。地球陣営としてはその対策として第一次先遣隊の技術を使って第一世代の魔法少女を作ったっていうことか」
「多分ね。第二次も最初から揉めてたわけじゃないみたいだし、できるって言ってたことをやらなかったりとか、条件が違っていたりとか約束という約束を反故にされて月面基地のマザーコンピューターが怒ったみたい」
ああ……うん…なるほど…
「もともと最初の一人はアメリカと上手くいっていたみたいなんだけどね」
聖はそう言って肩をすくめる。
「そういう契約やらなんやらに関してアメリカさんは徹底してそうだしね。まあでもなんとなく概要がわかって良かったよ。勢い余って封印したから多分都さんも細かいところまでわかってなかっただろうし大収穫だ。あとは……」
俺が空を見上げると、四人はまだ戦っていた。
まだ本気の本気を出していないとはいえ、実力が上がっている今の柚那達相手に一人でこれだけ戦えるというのは、実はかなりすごいことだったりする。
「ちなみにあの里穂ちゃんの周りを飛んでる透明なのはなに?朝陽の雷をはじいてるみたいだけど」
「水」
「え?水は電気通すだろ?」
「地球のいわゆる自然の水はそうかもしれないけどあの子が使うのは純水だからほぼ電気は通さないよ」
あ、そうなんだ。RPGとかだと雷って水に特効だからそういうもんだと思い込んでたわ。
「これだけ水がある星にいるのに、もしかして知らなかったの?」
「いや、知ってましたぞ」
嘘だけど。
「とりあえず、四人を止めてきて良いかな?あの子達が戦ってると話が進まない」
好きなだけやらせようかと思ってたけど、今聞いた話は早めに都さんにも共有した方がいいだろう。
「行ってくれば?私は特に止めないし逃げないよ」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
俺は箒を出してまたがると四人が激戦を繰り広げている高度まで飛んだ。




