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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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Fifth form

 絶望とはなんだろうか。

 『こいつは一人で片付けるから手を出すな』と大見得切った楓が思い切り押されていることだろうか。

 それとも、私たちの前に立ちはだかっているのが楓だということだろうか。

 多分、その両方だ。



 

 楓たちが出会ったのは、憤怒と強欲の七罪だった。

 憤怒はいかにも好戦的といった感じのベリーショートに浅黒い肌でRPGのゲームなどに出てくるような露出の多い黒鎧を着け、刃の幅がイズモの肩幅よりも広い柄の長い斧を持っていた。

 もう一人、強欲は前髪を眉の上で揃え、サイドと後ろの髪を縦ロールにセットしている。こちらはお嬢様然としていてたしかに強欲と言えば強欲なイメージだ。

 そしてそのうち楓が舌なめずりしながら選んだのは当然憤怒。最初こそ楓が一方的に攻撃していたが、それもすぐになりを潜め、防戦一方になったかと思えば、楓はすぐに数度のダウンを喫した。


 一方イズモ達はと言えば……

「無理」

「絶対無理ですって!」

 強欲が召喚した楓そっくりの敵に対して攻撃を仕掛けた鈴奈と喜乃がそう良いながら大慌てでイズモのところに戻ってくる。

「まさか本物…じゃないわよね?」

 本物の楓は憤怒にやられてはいるものの、イズモの目の届くところにいるので操られているというわけではなさそうだ。

「本物よりおかしいですって!だってあいつ背中から手が生えたんですよ!?二刀じゃなくて四刀を相手にするなんて想定も練習もしてませんよ!」

 喜乃が興奮気味にそう言って刀を鞘に収めて絶対領域の魔法を解除する。

「あれは楓様ではないと思う。喜乃が言ったこともそうだが、なんというか…確かに強いのだが、筋の通っていない強さというか、釈然としない強さなのだ」

 鈴奈も槍をくるくる回しながら持論を展開するが、どうにも要領を得ない。

「もう少しわかりやすくおねがい」

「つまりこう…楓さんの人間らしさというか、楽しんでいる感じは受けないです」

「それだな。楓様の強さの根源は楽しむということだと思うのだが、それがない。ただただ機械的に受けて返している。そんな感じを受ける。ただ、だからと言って弱いかと言われるとそんな事もない」

「なるほど……とすると、彼女の魔法は楓に似たちょっと強い分身を戦わせている。つまりうちで言うと狂華さんタイプということか。よし、私が受けてみるから二人は下がって」

 イズモはそう指示をして二人を下がらせてから、カウンター狙いの構えを取って呼吸を整える。すると、ものの数秒もしないうちに、イズモの計算通りに焦れたニセ楓が襲いかかって来た。

 タイミングを合わせて棘を出し、ニセ者を串刺しにしてから面を打つ。が、さすがに喜乃と鈴奈を撃退するだけの強さがある相手。そう易々とは面が決まらず薙刀はクロスした二本の刀で防がれてしまう。

(思った通りか)

 さすがに串刺しにしてすぐの追撃には威力もスピードもなく、イズモは悠々と鈴奈と喜乃のところまで下がることができたが、すでに棘で負わせたニセ楓の傷はすでにほとんど治りかかっている。

(まあ、楓の偽者を語るんだったらこれくらいのことはしてくるでしょうね)

 イズモと同じ予測をしていたのか、イズモ同様喜乃も鈴奈も驚きはしない。

「さて、どうしようか」

「短い時間でよければ、私と鈴奈で二本ずつ押さえられますけど、万が一さらに腕が増えちゃったりとかしたら、かなり厳しいですよね。実質楓さん三人分ってことですから」

「まあ、腕が増えたからってフットワークが三人分になるわけじゃないから別に単純に三倍にはならないだろうけど、かなりきついわよね……鈴奈は何か案ある?」

「え!?…が、頑張って突撃!」

「あんたに聞いた私がバカだったわ。喜乃。鈴奈と二人で抑えをしてもらっていい?足が止まったら私はもう一回行動を封じるからその隙に二人でたたみかけて」

「了解」

「え?え?」

 単純明快な作戦の一体どこに何が引っかかっているのかわからないが、理解できないらしく鈴奈はイズモと喜乃の顔を交互に見比べる。

「簡単に言えば喜乃と一緒に突撃。私が隙を作るから必殺技で決めて」

「了解!!」

 視線を交わしてうなずき合い、一拍おいてからタイミングを合わせて喜乃と鈴奈が同時に左右から襲いかかる。

 ニセ楓は先ほどと同じように背中から二本の腕を生やして二人に対応するがそれに対する反応は二人ともたいした物だった。二人は4本対2本では対応できずとも、2本対2本であれば対応はできる。という事を行動で示してみせる。

 特に鈴奈は5mほどの長さがある槍を両手に一本ずつ持ち、一撃ごとに柄の持つ部分を調整して長短のリーチ差をうまく使って攻めている。

(魔法なしだったとはいえ、はっきり言って自分があの子に勝ったというのが信じられないわね)

 しばらくラッシュを続けていた喜乃と鈴奈が目配せをして同時に飛び退くとイズモはすかさず魔法で攻撃を仕掛ける。

「和魂・荒魂・奇魂・幸魂、出雲四拍っ!」

 イズモは普段は省略している詠唱を加え、これもまた普段は省略している柏手を四つ打つ。するとニセ楓の周りの地面から四本の注連縄が現れ、敵の身体を縫うようにして何度も貫き拘束する。

 詠唱や仕草を楓や朱莉にバカにされるので普段はやらないが、これがイズモの必殺技だ。

「喜乃!鈴奈!」

「はい!」

「任せろ!」

 喜乃がいったん刀を鞘に納めて構えを変えると刀の形も変化する。

 今まで長いだけでそれほどなかった刀の反りが大きくなり、鞘や鍔の装飾もシンプルな物へと変化する。

「南無正八幡大菩薩右恵門烝家盛」

 喜乃は刀の銘を呼ぶと、柄に手をかけ腰を落とす。

 対して鈴奈は器用にクルクルと回した二本の槍を合わせて6mはゆうに超えるだろう一本の槍を作り出すと、今までと違い両手で持って必殺の突きに備える。

「薙ぎ払え」

「貫け」

「花散里」

「澪標」

 小柄な身体を一杯一杯に使って喜乃が大太刀を胴に向かって抜き放ち、鈴奈の槍が頭を捉える。

(勝った!)

 イズモがそう思ったのもつかの間。喜乃が逆袈裟気味に真っ二つにした身体も、鈴奈が貫き衝撃で破裂した頭部も、一瞬で再生する。しかもただ再生するのではなく、顔が二つに増えているというサービス精神旺盛さだ。

「……勝てる気がしない」

「確かにも楓の偽者を名乗るくらいだからもしかしたら半端ない回復力があったりするんじゃないかとか、楓だったら『二人がかりで来られてよく見えなくて苦戦したから、顔を二つに増やしてみたら二人とも相手にできるぜ」とかドヤ顔で言いそうだなとは思ったけどさ。本当にそこまでやらなくても良いと思うんだけど」

 実際に楓がこんな超回復をするとか、顔や腕を増やしてみせるなんていうことかできるかどうかと聞かれればおそらくできないと答えるだろうが、イズモや喜乃や鈴奈に聞けば「できそう」と答えるだろう。

 この偽者は先ほどからそんな風にイズモたちが『もしも楓だったら』と考えるようなことは大体やってみせている。

(逆に言えば私たちと同様、楓のことをよく知っているような…)

「喜乃」

「考えてますけど、他に私みたいに楓さんに執着している人間はいないと思います。魔法少女になってからはどうです?」

「何人かいるけど、そもそも魔法少女になってから執着し始めた人間は七罪じゃないはず」

 七罪が封印されたのは楓が魔法少女になる前。ということであれば元々の楓の知り合いということになるが、イズモの知る限りでも喜乃の知る範囲でもいないということだと相手の素性を探るのは手詰まりだ。

 相手の素性がわかればどの程度楓を神格化しているのかだとか、そういうところからあのニセ楓の強さの幅も予測できそうな物なのだがそれも難しい状況だ。

「そもそも相手は人間ではないのではないのか?私は執着とかそういう事ではない気がするぞ」

「……ああ」

「そうだった」

 イズモも喜乃もまた楓がどこかで引っかけてきた女か男かと思っていたが、そもそも鈴奈の言うとおり今相手にしているのは人間の姿をしているものの、少なくとも地球人ではないのだ。

(こんなこと鈴奈に指摘されるなんて私も喜乃も浮き足立っているということかしらね…でもそれなら一体どうして楓に対してこれだけ私たちと同じようなイメージをもつことができるのだろうか………いや、違う)

「あいつの能力は記憶のスキミングだ!あんた達、技が当たったとき、殺しきれないとかそういうイメージを持たなかった?」

「…持ちました。いくら何でもあっさり決まり過ぎたんで、楓さんならすぐに回復しそうというイメージを」

「私も持ったな。喜乃と二人で掛かっていったときに丁度今みたいに顔が増えて見切られるんじゃないかとか、あと……」

 話をしていたイズモたちのすぐ横を火炎放射器から発射されたかのような勢いのある炎が通り過ぎていく。

「顔が増えたら怪獣みたいに口から火を噴いたりしそうだなとか」

「子供の発想か!」

「それと…」

「もうやめて。あんたは何も考えないで!」

「三人に増えそうだなとか」

「……」

 イズモが嫌な感じを受けて振り返ると偽者の楓が三人に増えていた。

 

 

 

 

「口ほどにもないな。この私を一人で相手すると言うからどれだけの使い手かと思えば他愛もない」

 憤怒の魔法少女が地面に仰向けに倒れた楓に吐き捨てるように言うが、楓には特に感慨はない。

「やっぱりダメなんだよなあ」

「そうだ、貴様はダメだ。貴様の技は通じない」

「いや、そう言うことじゃなくてさ」

 楓は身体を起こして立ち上がり、袴についた砂を払ってから今まで納めたままだった刀を抜いた。

「そういうことじゃない?」

「お前もつまんないな奴だなと思ってさ」

「私がつまらないだと?」

「ああ、つまんないね。なんていうか、こうワクワクしないんだよ。試合じゃないんだから、戦いっていうのはもっと自由な発想でいろんな事してくれないとさ。せっかく魔法まで使えるのにさ」

「何を言っている?」

「要するに、楽勝過ぎてつまんねえって事。お前ちょっとこっちの陣営に来て勉強しろよ。狂華先輩とか、ひなたさんとかその辺の発想を取り入れてもうちょっと強くなれ。そしたら再戦しよう」

「楽…勝……?」

「ああ、楽勝だ。お前はあたしより弱すぎる」

「ふざけるなぁっ!」

 そう叫ぶと憤怒の魔法少女は巨大な戦斧を振りかぶる。

「お前なんか私の攻撃を受けることも避けることもできないくせに」

「だったらなんであたしが無傷なのか考えろよ」

 さっきまでと同様、楓は敵の攻撃が当たる瞬間、『山』…通称第四段階の鎧姿に変身した。

「お前、あたしが変身してたのに全く気づいていなかっただろ」

 楓が先ほどまで一瞬だけ変身していたのをそのままにして、憤怒を見ると驚いた顔をしている。

「どうやら本当に気がついていなかったらしいな」

「な…」

「な…じゃねえよ、ほんとダメだなお前。あとはなんだったっけ…ああ、そうだ。避けられないか」

 楓は鎧を解除して距離を取り、第一段階の『風』に変身し直した後で、一気に距離を詰めて刀を憤怒の喉元に押しつける。

「で?お前はどうよ?」

「っ……」

 憤怒の魔法少女は慌てて後ろに下がるが楓は嫌がらせで鼻先がくっつくかくっつかないかという距離でぴったりとついていく。

「どうだ?今一体どんな気分だ」

「くっそぉ!」

 ブンと音がしてつい一瞬前まで楓がいたところを戦斧が通過する。

「はい、避けられたっと」

「クソがぁっ!」

 憤怒の魔法少女は大声でそう叫びながらまるで竹刀でも振り回すかのように軽々と戦斧を振り回すが、楓から見たら全く怖さがない。

「呼吸がでけえんだよ。お前よりもイズモのほうが動きが読みづらいし、手数で言ったら喜乃の方が全然上だ。面白さで言ったら鈴奈のほうが上かな」

「くそ!くそ!くそ!」

「憤怒、怒りってのは大事だよ。戦うって事においては何よりの動機だろうさ」

 そう言って楓は紙一重の距離を保ってかわし続ける。

「うるさい!うるさい!うるさい!」

「だがな、それも所詮は自分の感情なんだよ。それに振り回されてるようじゃ一人前とは言えないんじゃねえのか?」

「うるさい!」

 渾身の力で振り下ろされた一撃は地面に大穴を開けるが、当然そこに楓の姿はない。

「当たらない、当たっても意味がない。じゃあ次はどうする?」

「うるさいと言っている!」

「次がねえならもう終わるか」

「なめるなぁ!」

 今までよりもより大きな、絶叫とも言える声を上げながら振り下ろされた戦斧を、楓はその場から動かずに第三段階『火』に変身して打ち返す。

「全部合わせて風林火山ってんだ。覚えとけ」

 易々と憤怒の魔法少女が持っていた戦斧を打ち砕いた楓はそう言って笑うと第二段階『林』へと変身すると刀を返して憤怒の魔法少女を気絶させた。

「さてと……向こうはなかなか面白そうな事になってるな」

 楓が三人の方へ視線を向けると、そこにはもうなんだかわからないクリーチャーとそれに苦戦する三人の姿があった。

「というか、イズモはなんでいつも触手につかまるんだろう」

 楓は一つため息をつくと、『風』に変身して一息に距離を詰め、触手を切断して囚われていたイズモを救い出した。

「お前は触手マニアか何かなのか?」

 楓はそう言ってお姫様だっこをしたイズモに視線を落とす。

「はぁ……はあ…なによぉ…遅いじゃない…」

「お前、本気出すとエロいよなぁ……」

 胸元がはだけ、全身粘液まみれで顔を上気させたイズモを見て楓が感慨深そうに言う。

「ま……帰ったら俺が隅々まで洗ってやるから楽しみにしとけ」

「バカ……」

 恥ずかしそうにそう言ってイズモは楓の胸に顔を埋める。

 平手が飛んでくるかと身構えていた楓は一瞬あっけにとられたが、すぐに喜乃と鈴奈の「楓さんたすけてー」「楓様!いちゃつくのは帰ってからにしてください」という言葉で我に返る。

「ああ、悪い悪い」

 楓はイズモを抱えたまま飛び上がると、まず喜乃を。返す刀で鈴奈を救出した。

「んで、これは一体何なんだ?お前らさっきまであたしの偽者と戦ってなかったか?」

「だからこれが楓よ」

「これが楓さんですよ」

「これぞ楓様だ」

「あたしこんなんじゃないぞ!?」

 まずサイズが違う。正体不明のクリーチャーは高さは5mほど、顔は前後左右に四つあり大木のような六本の腕の先に申し訳程度に刀が握られている。さらには先ほど三人を捉えていたのと同じ触手が体中から無数に生えている。

 触手がないのはもちろん。大柄ではあっても2mもなく、腕は二本。当然顔は正面に一つしかない楓とは似ても似つかない。

「あいつの魔法は私たちの頭の中のイメージや記憶を読み取って魔法に反映させるっていうものなの」

「じゃあ三人の中のあたしのイメージってこんなんなのか…」

 楓はそう言ってクリーチャーを見上げると大きなため息をついた。

「…いや、自分で言うのもなんだけど、さすがにもうちっとかわいいだろ」

「仕方ないでしょ、いろんなイメージを次々反映していくもんだからこんな風になっちゃったのよ」

「あの腕は?」

「私だと思います。楓さんってまるで腕何本もあるみたいな動きするじゃないですか」

 喜乃がおずおずと手を上げてそう言った。

「あの顔とかこの大きさは?」

「後ろから襲いかかってもバレてしまうことや、偉大なる楓様の強さを大きさでイメージしてみました」

 そう言って何故か胸を張り、誇らしげに鈴奈が答える。

「ってことは触手は……」

 楓が視線を向けるとイズモは顔を背ける。

「な、なによ」

「……お前、実は好きなのか?あたしも頑張って触手出せるようになったほうがいいのか?」

「ば…っ!違うわよ!怖い物って言われて想像しちゃっただけで別に触手があんたに生えてたらいいなとかそんなことは考えてないんだから!」

「ああ……うん。頑張るよ」

「がんばらんでいい!」

 お姫様だっこのままポカポカと楓の胸をたたくイズモを下ろして楓は二本の刀を構える。

「ま…とりあえず倒すかー…」

 楓はそう言って風林火山を順に変身してなぞると、山の状態で気合いを込める。すると、楓の姿が今までとは全く違う男性の姿へと変わった。

「え…?嘘…」

「雅史さん!?」

 変身した楓の姿を見た私と喜乃は同時に声を上げた。

「ああ。俺だ」

 雅史はそう言って、二本の刀を左右の腰へと移動させると前後に足を開き、右手で左腰の刀の柄を、左手で右腰の刀の柄を持ち、独特の型で二刀を構える。

「誰だ?二人の知り合いか?楓様はどこにいった?」

 チームで唯一楓が楓になってからしかつきあいがない鈴奈は目を白黒させている。

「この人が楓さんの本当の姿だよ」

 そう。喜乃の言ったとおり目の前にいるのは宮本雅史。

 楓の本当の姿であるこの姿は最初にイズモと楓が戦闘に巻き込まれたときに捨てた姿だ。

「なんで…?」

「お前らにも前に話をしたことがあるだろ?100%中の100%ってやつ。それがこの格好って訳だ。戦いやすさを追求したら結局この姿になっちゃってさ」

 楓がそう言って笑うと、話を聞いていたらしい強欲の魔法少女が大きな声を上げて笑った。

「あはははは!なるほど……そう、そうなの。貴方の方が宮本楓より強いのね。そう、それは好都合」

(まずい、100%中の100%をマネされてしまったら楓にはもうこれ以上打つ手がない)

「楓、早く決着を!」

 イズモはそう言って楓をせかすが、強欲の魔法少女はニイッと口角をつり上げて笑うと「じゃあ、仕切り直し」と言ってクリーチャーをを一度引っ込めると、今度は雅史を呼び出す。

「そっちの二人の記憶から作った貴方よ。自分と戦うということの恐ろしさをたっぷりと味わいなさい!」

 そう言って強欲の魔法少女は偽物の雅史をけしかける。

「……わりいな」

 雅史は偽物と交錯した一瞬の間に左右両方の逆袈裟から斬り上げて偽物の上半身を四つ切りにしてみせる。

「どうやらこいつじゃ俺の相手をするには役者が不足してる」

 血などついてはいないが、楓は一度血払いのように刀を振ると、ゆっくりと両方の鞘に収める。

「うそ……」

「でもまあ面白い魔法だよな。次はもっと強いの出してくれよな。例えば狂華先輩とかひなたさんとか朱莉とか」

「つ、次…」

「ああ、次だ。出せるんだろ?」

 雅史の質問に、強欲はブルブルと首を横に振る。

「ていうか、明らかにさっきの化け物よりも弱くなってた気がするんだけど、どういうことだ?まるで一般人相手にしたみたいだったぞ?…まさかお前手を抜いたんじゃねえだろうな」

「し、しらないっ、私はその二人の記憶から作り出しただけで……」

「あ、そっか。私もイズモさんも人間の時の雅史さんしか知らないから、出てきた偽者は普通の人間と同じ強さだったんじゃないですかね」

「そういうことか。確かに私も喜乃も今の楓…雅史がどういう魔法を使うのか知らないし、あくまで人間の時の記憶とイメージしかないのよね」

「なるほど。つまり強欲の魔法少女はバカだったというわけか」

「…鈴奈に言われるとか相当なもんだぞお前」

「く……」

「まあ、いいや。さっきの化け物出せよ。あれならもう少し楽しめるだろ」

「だせない…」

「は?ケチケチすんなよ」

「だせないの!今あんたが私の魔法を破壊しちゃったから魔力なんてほとんど残ってないもの!」

「確かにこいつからはもうかけらも魔力を感じないな。多分ちょんと突いたら死ぬんじゃないか」

 鈴奈はそう言って強欲の魔法少女の喉元に槍を向ける。

「く…私の負けよ。殺しなさい」

「どうしますか楓様」

「まあ、とりあえず待て。ちなみに、二度とさっきの魔法はできないのか?」

「魔力が回復すればできるけど、回復までにはかなり時間がかかるから、もう手詰まり。今ここで私にできることはないわ」

「んじゃ、ゆっくり待つか。ほら、お前ら帰るぞ。喜乃と鈴奈は憤怒の奴を担いできてくれるか?気絶してるから大丈夫だと思うけど、一応気をつけてな」

「わかりました」

「了解!」

 そう言って二人は気絶している憤怒のほうへと走って行き、楓もいつもの姿に戻った。

「んじゃ、強欲のお前。お前は歩けるんだから自分で歩いてついてこい」

「待つって…帰るってどういうことよ!」

「いや、時間掛かるんだろ?だったらここでぼんやりしているよりも支部に戻ってゆっくりコーヒーでも飲んでた方がいいんじゃないか?」

「意味がわからない!」

「ほんとお前は鈴奈よりバカだな。あたしはお前の出した化け物と戦いたいから待つって言ってんだよ。一応うちのトップからはお前らを仲間に引き入れる許可はでてるから、本心はどうあれ表向きそうだってしておけばいいだけの話だから」

「だとしても…待ってもらってもどうせ勝てない…」

「そう思ってんなら魔力の量を増やすなり、もっと強い魔法になるように修行しろ」

「修行なんて言ったって、他人の記憶頼りの私の魔法じゃ…」

「だったら、他人に頼らず自分の目で見て自分の頭で考えたものを出せるようになりな。強さが人任せでランダムなんじゃせっかく良い魔法なのに持ち腐れだぜ」

「………」

 強欲の魔法少女は少しだけ戸惑っているような表情で楓をじっと見つめている。

「わかんねえかな。お前はこの先あたしだけを見てろって言ってんだ」

 そう言って楓は強欲の魔法少女に近づくと彼女の顎を持って自分のほうへ顔を向けさせて目を見つめる。

「他の奴なんて見るな。お前はあたしの事だけを見てろ。あたしに任せておけばなんの問題もない」

「は…はい」

 強欲の魔法少女はそう言ってうなずくと、少し顔を赤らめて目をそらす。

「いや、だからこっち見ろって」

「で、できないわよ!」

(また無意識に女の子ひっかけて…)

(楓様ときたら…まるで朱莉のようだ)

(今晩殺すわ)

「まあ四六時中ってのは無理か。とにかく戻ってコーヒー飲もうぜ」

「し、しかたないわね。付き合ってあげる」

「よしよし、そうこなきゃな。ところでお前、名前なんて言うの?」

「こ、この国の名前で当てはめると、刈宿涼花…」

「そっか。じゃあいくか涼花」

 もじもじしている涼花の肩を抱いて歩き出そうとする楓の手をイズモが思い切りつねり上げる。

「ねえ、楓。私の身体洗ってくれるんじゃなかったの?」

「いてててて…ちゃんと洗うって。何怒ってんだよ」

「別に怒ってないし、それならいんだけど」

(いいんだ。チョロいなイズモさん)

(いいのか…チョロいな、イズモ)

 憤怒の魔法少女を抱えて帰ってきた喜乃と鈴奈はそんなことを思って心の中で苦笑いを浮かべる。

「そういえば部屋もなんとかしないとな。もう松葉の荷物が来ちゃってるし…桜のは下手にいじると何されるかわからないからひなたさんの荷物を倉庫に放り込むか」

「いえ、そんな。私なんてあなたの部屋の端っこに間借りできれば文句言いませんから」

「お前はそうでも、憤怒のあいつはそうもいかないだろ。そういえばあいつはなんて名前なんだ?」

「知らない子です」

 涼花はしれっとそう言って楓の腕を取る。

「そうなのか。じゃあ目が覚めたら聞かないとな」

「そうね、そういうのは副隊長で次期隊長の私と一緒にやらないと」

 涼花とは逆側の腕を取ってイズモがそう言って腕に身体を押しつける。

「いえいえ、彼女と同じ星の私が付き添いますよー」

 そう言いながら涼花は楓の身体をぐいっと引っ張る。

「何言ってんのよ、ちゃんと決まるまでは捕虜なんだから捕虜らしくしてなさいよ」

「捕虜ですけど、楓さんの命令で楓さんから目を離せないんですぅ。話聞いてなかったんですかぁ?」

「ぐ…楓!あんたのせいなんだからこの子なんとかしなさいよ!」

「え?あたしなんかした?」

「楓さんは私とこの触手マニアの人とどっちが大切なんですか!?」

「誰が触手マニアよ!ちょっと楓、この子から離れなさいよ!」

「あれ?もしかしてあたし今モテてる?」

「もしかしてなくてもモテてますよー」

「それでは私たちは先に行くので楓様達はごゆっくり」

 喜乃と鈴奈はそう言って三人の横を通り抜けて本部に向かう階段を登り始めた。

 

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