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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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Is the moon out yet?

「くーっくっくっく!わが名は真紅の羽ばたき(クリムゾンレッド)のルシファー!貴様らに絶望を与えにやってきた神であーる!」

 そういって、私たちの相手だと思われる魔法少女は、右ひじをあげて腕を横に倒し、目を強調するように顔の前でピースをして見せた。

 どうやら本人はノリノリのようだが、私達は非常に微妙な気分だった。


 警報が出てすぐに出発した私たちが樹海の中にある七罪の封印場所へやってくると、すでに結界の外にでてきていた彼女が一人でああでもないこうでもないといろんなポーズをとっていて、その姿を見て慌てて深谷さんがM-フィールドを展開した。

 彼女を逃がすことなくM-フィールドにはいれてほっとしたのも束の間。さっきのセリフとドヤ顔のせいで一気に緊迫感がなくなってしまった。

 おそらく彼女のドヤ顔はお兄ちゃんが言うところの国内魔法少女ドヤ顔四天王の精華さん、深谷さん、橙子さん。それに朝陽ちゃんにも匹敵するだろう。さらに加えて今までいそうでいなかった中二病だ。

「なんだ、案外かわいいな……痛ってえ!なにすんだよあかり!」

「あんたがアホなこといってるからでしょうが!」

 私は気を抜きすぎている和希の後頭部を引っぱたいてからレイピア型のステッキを構える。

「ていうか、お前すぐに人の頭たたくのやめろよな……」

「うるさい!ちゃんと働け!」

「はいはいはい、やります。やりますよ」

「あはは、和希も大変だね」

 和希はまだぶつぶつ言っていたが、ステッキを構え直して私の横に立ち、その横にみつきが立つ。。

 こいつはお兄ちゃんや柚那さん。それに愛純さんの前だと優等生ぶっているのに、あの三人がいないと途端に気を緩める。

 だから今日は私がしっかりこいつの手綱を握って気を引き締めないといけないのだ。

「…朱莉ちゃんの妹がこんなに可愛い訳がない!ツンデレ妹最高!」

「なあ夏樹…よくわかんないけど、それって今叫ばなきゃだめなことか?」

 何か感極まった感じで叫ぶ深谷さんと一歩引いた感じで突っ込みを入れる霧香さん。

 うん。正直今私も霧香さんと同じ事思った。

「でもほら。大事だよそういうの」

「いや、だからどういうのだよ」

「だから…」

「貴様ら、この真紅の羽ばたき(クリムゾンレッド)のルシファーを無視するとは良い度胸だなあ…くっくっく良かろう我が力の片鱗ちょびっとだけ見せてやろう」

 息の合った漫才を始めた霧香さんと深谷さんの間に移動した真紅の羽ばたき(クリムゾンレッド)のルシファーはそう言って手首のスナップだけで軽く二人に突っ込みを入れる。

 その突っ込みは本当に軽く。ちょんと触れる程度だったはずなのにもかかわらず、二人はMフィールドを破壊し、それでも勢いを殺しきることができずにものすごい勢いで樹木をなぎ倒して飛んでいく。

「みたか。これぞ必殺 神のツッコミ(シュトラッセンゴッデス)」

 そう言って真紅の…長いからルシファーだけにしよう。ルシファーは妙なポーズを取って見せる。

「ああもう、中二うっぜぇ…」

 おっと。思わず本音が口から漏れてしまった。

「いやあかりも十分中二だと思」

 私は、あらぬことを言おうとした和希の顔にとりあえず裏拳をたたき込んで黙らせる。

 愛純さん直伝なので威力は折り紙付きだ。

「みつきは深谷さん、和希は霧香さんの様子を見にいってくれる?それと必要だったら柚那さんがくれたキャンディで回復してあげて」

「は?お前があいつの相手をするつもりなのか?」

「バカ兄貴のおかげで中二の扱いにはなれているから大丈夫。そもそも私は正面からぶつかるつもりなんてないし心配はいらないよ。それよりもあの二人がいないとMフィールドもはり直せないでしょ」

 間の悪いことにフィールド発生装置を持っているのは彼女たちだけなのだ。さらに私は移動系の魔法があまりとくいではないので、和希とみつきに行ってもらった方が効率が良い。

「わかった。すぐ戻ってくるから」

「…気をつけろよ、絶対怪我なんてするんじゃねえぞ?」

「いや、別に私が怪我したところでたいした戦力ダウンにもならないし、和希とみつきがいれば私は後ろで見てても大丈夫でしょ」

 自分で言うのも何だなあと思うけど、このチームで一番実力がないのは間違いなく私なので、正直私がいてもいなくてもたいして変らない。この勝負のキーマンは他の四人だ。

「ああ…そういう自分について全くわかってないところが、あかりってお兄ちゃんの妹だなって感じだよね」

「は?」

 みつきは一体何が言いたいんだろう。

「なんでもない。じゃあ任せるね」

 そういって走り出したみつきの姿はあっという間に見えなくなった。

「ほら、あんたも行く」

「はいはい。マジで気をつけろよ。それ以上怪我すんなよ?」

「それ以上?私まだ怪我なんてしてないけど」

「左手」

 言いたいことはわかったけど、原因作った奴がいうことじゃないと思う。

 ここでそれを言って喧嘩になっても仕方ないので、とりあえずスルーするけど、これが終わったらこいつには一回こんこんと説教した方がいいかもしれない。

「…わかったから早く行きなさいよ」

「絶対怪我するなよ!?絶対だからな?」

 そう言って何度も振り返りながら念を押すと、和希も樹海の奥へ消えていった。

「くっくっく。これがツンデレというものか」

「は?何言ってるの?」

「貴様、なかなかの萌えキャラではないか」

 クラスメイトにもいるけど、なんでこの手の奴にはこうも言葉が通じないんだろう。ていうか、人を指さしながらそのドヤ顔するのやめろ。

「まあよい。貴様の勇気は認めるが、貴様と我とではいかんせん実力差がありすぎると思わぬか?」

「思うよ。だから今まともな戦力を整えようとしてるってわけ、だから…あ、ちょっとまって」

 私が引き延ばしのためにルシファーと話をしていると、インカムに駐屯地からの通信が入った。

『JCチーム、応答してください』

「こちら、JCチームあかりです」

『こちらでM-フィールドの消失を確認しましたが状況はどうでしょう』

「問題ありません。それと、JCにはM-フィールドの破棄も認められているはずです。私たちの生体反応が残っている間は手出し無用です」

『……了解』

 マイク越しでもいらついているのがわかる短い返事の後、ぶつっという音と共に通信が切れる。まあ、私みたいな子供に言われたらムカつくだろうなっていうのはわかっているけど、こっちとしても余計な犠牲は御免被りたいし、こうして一人で七罪と対峙している以上、話に集中して妙な隙を作りたくもない。。

「おまたせ。何の話だっけ?」

「戦力差の話だ」

「ああ、戦力差ね。確かに戦力差はあると思う」

「くっくっく。そうであろう?七罪最強である高貴なる我が輩と貴様らのような雑草とでは戦力差がありすぎるであろう」

 とりあえず一人称と口調ぐらい統一しろよ真紅の羽ばたき。

「貴様らが我が軍門に降り、お友達になってくれるというのであれば見逃してやらんこともないがな」

「あんたなんかに逃してもらう必要はないし、軍門に降る気もない。あ、でもうちのチームの主力は夜行性だからもう少し待ってもらえると嬉しいかも」

 夜になるとスーパー大人タイム(お兄ちゃん命名)がやってくるので私達の負けはなくなる。

「グスっ…くっくっ…全力の貴様らを叩き潰してこそ我の願いも叶うというものだ…構わぬぞ、貴様らの全力を持ってかかってくるが良い」

 偉そうにふんぞり返ってドヤ顔で手振りなんかまでつけているのはいいんだけど、なんでこの子は涙目になってるんだろう。

「……あんたなんで泣いてんの?」

「泣いてなど…おらんわ…グスっ」

 完全に泣いてるし。

 ルシファーの年齢は多分私やみつき、それに和希と同じくらいだと思う。

 宇宙人にとって年齢という物がどの程度意味を持つのかはわからないし、他の純粋な宇宙人を見たことがないので、これが彼女らの星での成人標準の可能性もなくはないけれど、すぐ泣くところやいわゆる中二な感じのところを見ると、どうしても同年代。下手すれば新潟の深雪ちゃん位にみえなくもない。

「ルシファーはさ」

「ちゃんと真紅の輝きをつけろ!」

 いや、そんなルビーみたいな二つ名だったっけ?

 というかこの子、キャラがブレブレすぎてお兄ちゃんあたりが見たら非難囂々になりそうだ。

「…なんなのだ、我は地球ではこういうのが大人気と聞いて頑張っているというのに」

 別に大人気ではないと思う。

 それにしてもこの子って話していて誰かを彷彿とさせるんだよなあ……あ、そうか。出会ったばっかりの頃のみつきだ。

 今でこそ私たちの調整役とか言ってその費用をお兄ちゃんからお金を巻き上げているけど、出会った頃のみつきの人見知りと挙動不審は酷い物だった。ルシファーはその頃のみつきを彷彿とさせるんだ。

「そうか!わかった!貴様さてはセンスがないのだな?もしくは流行に疎いとか」

「あんたにだけは言われたくないよ!」

 真面目な話、真紅の羽ばたきにだけは絶対言われたくない。

「ひっ……なにも怒鳴らなくても良いではないか」

 うーん…こういう考え方はお兄ちゃんに感化されているみたいで嫌なんだけど…

「ルシファーさ、もしかして私達と仲良くしたいの?」

「ば、馬鹿なことを言うな!だ、誰が貴様らなんぞと仲良く学校行ったり、お弁当食べたり、恋したりしたいものか!」

「いや、思い切りしたがってるように思えるんだけど」

 というか、宇宙人にも学校とかあるのか。

「例えば、例えばよ?もしも学校にも通わせてあげるし、お弁当も一緒に食べるし恋愛相談も乗るって言ったら、ルシファーは私たちの仲間になったりするの?」

「え!?な、なにを言っている。そんなことあるはずがないではないか」

 ルシファーは一瞬うれしそうな顔をした後、すぐに腕を組んで不機嫌そうにそっぽを向くが、口ではそんなことを言いながらもチラチラとこちら見ている。

 やっぱり仲間に入りたいんじゃん……

「だが、貴様が我の下僕になりたいというのであれば我もやぶさかではない」

「下僕はともかく友達なら別にいいんじゃない?」

 都さんからは仲間に引き込めるなら引き込めって言われているし、そもそもお兄ちゃんはずっとそうやってきたんだから誰かに文句を言われることもないだろう。

「と…友達…だと…?」

「不満?」

「下僕の段階を経ずに友達だと…」

 あ、やばい。怒らせたかも。

「よかろう、貴様を我の友達第一号にしてやろう!」

 そう言ってルシファーはステッキを消してこちらに近づいてくると

「くっくっく…貴様がこちら側についてくれること、うれしく思うぞ」

 そう言って手を差し出してきた。

 私はその手を迷うことなく握り返す。こういうときは迷ったらだめだとお兄ちゃんも言っていたしね。

「別に私がそっちにつくっていう訳じゃないけど。それにこっちの文化を体験したいなら、ルシファーがこっちに付かないとだめなんじゃない?」

「おお!なるほど、一理あるかもしれぬな」

 一理も何も、それしかないでしょうに。

「自己紹介がまだだったよね。私は邑田あかりよ。よろしくね。あなたはルシファーっていうのが本当の名前なの?」

「いいや。それは貴様ら地球人に合わせたコードネームのようなものだ。私の名前は#&%&%”&$」

「え?」

「#&%&%”&$だ」

 別に早口でしゃべっているわけでもないのに、まったく聞き取れない。

「ごめん。多分あなたの星の言葉だと思うんだけど聞き取れない」

「そうか。この国の言葉に直すとすると神田えりだ」

 意外に普通の名前だった。

「普通すぎて逆に怪しいんだけど、なんでその名前になるの?直訳したの?」

「我が星においての私の名前の偏差値とこの国の名前の偏差値を照らし合わせた結果がこれだ。我が星では名前は記号でしかないからな。この国のように意味を込めてはいない」

 なるほど、彼女の星では名前の意味とかそういうものはあまり重要視しないのか。いろいろ勉強になるなあ。

「じゃあ、呼び方はえりで良いかな?それともえりちゃん?えりりん?」

「ふぁっ!?神田さんという呼び名すら飛び越えて我が懐に飛び込んでこようというのか。いいぞ邑田さん…いや、あかりよ。貴様のその心意気、あっぱれだ!」

 そう言ってえりは私にハグしてきた。どうやら彼女、友人との距離は近い方がお好みらしい。

「では呼び名はえりり――」

 ハグを終えて離れた言いかけたえりの頭を見覚えのある魔法が直撃した。

「あかりから離れろクソッタレ!」

 確認するまでもなくわかっていたことだが、振り返るとそこには和希の姿があった。

「バカ和希!なにやってんのよ!」

「く……ククククク、そういうことかあかり。貴様、我をたばかったな?」

 煙が晴れて現れたえりの顔は、傷一つないきれいなままだったが、表情は悔しそうにゆがみ、目にはうっすらと涙が溜まっていた。

「ちがうのえり、これは誤解なの」

「えりなどと気安く呼ぶな!一瞬でも貴様を友人だと思った我が愚かであった!」

 えりは私を突き飛ばすと、和希のほうに向き直る。

「死ね、雑草」

 そう言ってえりは深谷さんと霧香さんの時と同じように一瞬で和希の前まで移動すると。大きく振りかぶって右ストレートをたたき込み、その直撃を受けた和希は地面を大きくえぐりながらかなりの距離を飛ばされていった。

「ほう、あれで死なぬか。それなりに骨があるようだな」

 ゆっくりと歩きながらえりがつぶやく。彼女が歩みを進める先には和希がいるはずだ。

「えり、やめて!これは誤解なの!和希は……」

「誤解?ほう、ではこれも誤解だというのか?」

 そう言ってえりが腕を後ろに振ると、霧になって後ろから彼女の首を狙っていたらしい霧香さんが先ほどの和希同様すごい勢いで飛ばされていった。

「違うの!和希も霧香さんも、私があなたと仲良くしているのを勘違いしただけなの!私を助けようとして―」

「助ける?我はあかりになにもしていないだろう!?」

「だから、二人はそこを勘違いしちゃったの!あなたが私に近づいているのをみて、和希は心配しただけ、霧香さんも和希がやられたのをみて思わず手が出ちゃったの!」

「ほう、だったらその二人はどう説明する?」

「え?」

 えりが顎でさした方を振り返ろうとした私の横を、深谷さんが走り抜けていった。

「よくも霧香を!和希君を!」

 深谷さんは普段のネギとは違う、まるで大きな鉄板のような分厚くて長い剣をたたきつけるようにしてえりに向かって振り下ろす。

 えりはステッキを一瞬で取り出し、難なくその一撃を受け止めてみせるが、重さと衝撃で足下が少し地面に埋まる。

「よくも!よくも!」

 深谷さんは何度も何度も剣をたたきつけるが、えりはそのすべてを受け止め続ける。

 『深谷さんは決して弱くないぞ』今ならお兄ちゃんが言っていた意味がわかるし『あの子は誰よりも仲間が好きで仲間思いだから』決戦前、医療魔法の研修をしてくれていた恋さんがそう言っていた意味も理解できる。

 この人は強くて仲間思いだ。

 でもだからこそ、仲間になろうと言ったときにうれしそうな顔をしたえりに攻撃をしているのを見ていられない。

「深谷さんっ!」

「だめだよあかり!近づいたら巻き込まれちゃう!」

「離してみつき!こんなの間違ってる!全部誤解なんだから誤解を解かなきゃ!」

「……誤解から始まったことでも、もう誤解じゃすまないっしょ」

 深谷さんの剣とえりのステッキがぶつかり合う音が止み、土煙がはれるとそこには地面にうつぶせに倒れた深谷さんとダメージはあるものの、深谷さんを踏みつけてまだまだ元気そうなえりの姿だった。

「……あかり、日が沈むまで時間稼げる?」

「やってみる。みつきは和希と霧香さんを。キャンディはまだある?」

「あと三個」

「一個ちょうだい。深谷さんに使うから」

 みつきは持っていた袋の中から柚那さん謹製の回復キャンディを一つ取り出してよこすと「がんばって」と言って再び樹海の奥へと消えていった。

 私たちはなんとしても全員で生きて帰るんだ。

 そしてその全員の中にできれば、えりも入れたい。そのためには大人タイムの前にケリをつける必要があるだろう。

 そこまでにケリをつけて終わらなければ、多分えりは死ぬ。

 つまり説得の期限は日没まで。あと10分あるかないかだ。

「えり!」

「その名で呼ぶなと言っている。なんだ、命乞いか?」

「そうよ。命乞い。深谷さんを解放して」

「解放?そうすると何か我に良いことがあるのか?」

「ある」

「ほう、言ってみるがよい」

「私が友達になる」

「それが利点か?お前を信じた結果、我はこうして傷を負ったぞ。傷つくことが利点か?笑わせるな」

「……友達同士は傷つけ合うこともあるものじゃない?」

 なんでこんな適当な言葉が出てきたのかはわからないし全く的を射ていないのもわかっている。正直答えにつまって苦し紛れに出た言葉だ。しかし……

「たしかにそんな話を聞いたことがあるような…」

 申し訳ないけどえりがバカの子でよかった。

「傷つけちゃったことは謝る、ごめん。だから深谷さんを解放して。深谷さんにもしものことがあったら、私ははもうあなたと友達になれなくなっちゃう」

 えりは一瞬迷ったように視線を動かした後、黙って深谷さんから足をどけた。

「そっちいってもいい?深谷さんに手当てをしたいの。ほら、武器は捨てるから」

 そう言ってから私は追加武装を解除して地面に下ろした。

「…よかろう、来い」

 えりはそう言って一歩引いてくれる。

 深谷さんの身体を仰向けにした私は思わず息をのんだ。

 ちぎり取られたような痕を残して深谷さんの脇腹の肉がごっそりなくなっていたのだ。

 キャンディを砕いて中の魔法を使うと、荒かった深谷さんの呼吸は少しして多少穏やかになったが、早めに本格的な治療が必要だと思う。

「満足したか?」

「十分じゃないけど、今やれることはできた。ありがとうね」

「ふん、友達の頼みだ。しかたあるまい」

 私のことをえりがまだ友達と言ってくれているのは私にとっては光明だ。

「……そういえば、えりはどうやって私たちの文化を学んだの?」

「漫画やアニメ、それに小説だ」

 ああ、やっぱり。

「そっか。そういうのを見て親しみを持ってくれたんだね」

「ああ。この国はきっと毎日が楽しいんだろうなと思ってやってきた……だというのに、変なちんちくりんの魔法少女がいきなり我を閉じ込めおったのだ。おかげで我はたまたま持っていた参考資料の小説を繰り返し繰り返し読むしかなかったのだぞ」

 ちんちくりんっていうのは、もしかしなくても狂華さんのことだろう。

「みてみろ、おかげでボロボロになってしまった。我も小説も酷い目にあった。あのちんちくりんには我と小説、それに作者に謝らせなければ気が済まん」

 いや、あなたの持ってる本はそのちんちくりんの書いた小説なんだけどね。

 でも、とりあえずえりの怒りはひとまず納まってくれたようで、さきほどまでの張り詰めたような緊張感はなくなっていた。

「ねえ、えり。改めて聞きたいんだけど、まだ私と友達になってくれる気はある?私たちの仲間になってくれる気はある?」

「………あかりのことは、好きだと思う。だが…」

 まあ、そりゃあいきなり攻撃してくる和希や霧香さんや深谷さんとすぐに仲良くなれって言っても難しいだろうけど。

「さっきも言ったけど、三人はえりの事を勘違いしているだけ。それと、私を助けようとしたり、えりが和希と霧香さんを傷つけたことに怒ったりしただけなの。ちゃんと話をすれば誤解は解けると思うから」

「ふむ…実はな、我はそのあかりを助けようとしたという話や仲間を傷つけたことに怒ったというのがいまいちわからぬのだ。三人とも明らかに我よりも弱いのに、挑みかかってきた。そのことがさっぱり理解できぬ」

「いや、でもえりだって……」

 ああ、そうだ。この子は宇宙人なんだった。彼女の星にそういう概念がないとしても仕方がないことなのかもしれない。なんといっても名前は記号だと言い切ってしまうほしなのだ。もしかしたら思いやりとかそういう概念が希薄なのかもしれない。

「…そういうのも一緒に勉強していこうか。そうすれば漫画もアニメももっと楽しめるようになると思うよ」

「うむ」

「じゃあ改めてよろしくね」

 これで、都さんに言われたことも達成できたし、深谷さんを助けることもできそうだ。それになによりえりを傷つけずにすんだのは私の中で大きい。

「あら、二人で一体何を和んでいるの?」

 声のしたほうを見ると、そこにはまだここにいるはずのない魔法少女が立っていた。

「嘘!?だってまだ……」

 ほぼ日は暮れたけど、まだ夜ではないはずだ。

「残念。時間だけとっても日没の定義はいくつか種類があるんだけれどね。私にとっての日没は月が出ているかどうかなのよ」

 そう言って、みつきさんは空に浮かんだ月を指さした。



 お兄ちゃん曰く、大人になる魔法は昭和の時代からの様式美だという。

 みつきは漢字で書くと観月。月が出ている時限定で使えるこのみつきの奥義とも言える五年後の自分に変身する魔法は、まさにその様式美をしっかりと踏襲した魔法だと言えるだろう。

 ただでさえ8位の実力を持っている彼女がそこからさらに5年の経験を積んだらどうなるか。お兄ちゃんはふざけて『8を横に倒したら∞になるよな』とか言っていたが、実際彼女は狂華さんより強いので割と的を射ていると思う。

 問題があるとすればこの状態の時のことを現代のみつきは全く覚えていないと言うことくらいだろうか。

 つまり彼女はみつきとは同じ人間でありながら別人で、今のみつきよりも大人なので、今のみつきでは難しい決断を下すことができる。

 例えば、相手にもならない魔法少女を処分するという決断であったりとか。

 

「無駄なんだから、おとなしくしてなさいよ」

 もう何度目になるかわからないえりのラッシュを軽く受け流したみつきさんはそう言って一つあくびをした。

「たいして魔力も残ってないし、目新しい魔法もでてこない。もうあんたの相手をするのも退屈なの」

「ふん、おとなしくしていれば良いと言うだけならばおとなしくもするが…貴様、我を殺す気だろう」

「よくわかってるじゃないの。逃げ回られると面倒だしまずはその手足からいただきましょうか」

 そう言ってみつきさんは指先に魔法を集め始める。

 多分、度重なるラッシュで魔力を消耗した今のえりでは避けることもできないだろうしガードなんてもってのほかだ。

 それでいてあの魔法では一撃で死ぬと言うこともないだろう。みつきさんが言うようにせいぜい手足を無効化するのがいいところだが、痛みを消すことができる魔法少女にとっては動けなくされるのがもっとも残酷な攻撃だ。

 痛くはなくても死ぬのは怖い。

 身体の痛みはなくても心は痛む。

 そして、心が痛むのは見ているこっちも同じだ。

「……どういうこと?裏切るの?」

 私は思わず二人の間に割って入り、みつきさんの魔法からえりを守った。

「裏切らない。裏切らないけど、このやり方は絶対間違ってる」

「あっはっは、なにそれ。敵を倒す。これは当たり前の事でしょ?」

「敵ならそうかもしれないけど、えりはもう敵じゃない!私の友達だ!」

「そう……ああ、そういうことか。なるほど、そういうことだったのか…あははははっ!五年目の真実!なんて酷い現実なんだろう」

 みつきさんはそう言って腹を抱えて笑う。しばらくそうして大笑いしていたが、不意に笑うのをやめて私を射るような視線で見ながら口を開いた。

「……あかり。和希と霧香はこの後、死ぬよ」

「え?」

「夏樹も助からない」

「……」

「私はね、この戦いのあとひとりぼっちになったんだ。目が覚めたらそこには夏樹とあかりとその子の死体があってね。霧香と和希は治療が間に合わなくて、すぐにあかりと夏樹の後を追った。あの時私は自分が間に合わなくてあかりを救えなかったんだって思ったんだけど、実際には私が手を下してたって事みたい」

 なるほど、それは確かに酷い現実だ。

「まあ、いいわ。それなら私が五年前の私にしてあげられるのは、せめてあかりを生き残らせること。歴史を変えてひとりぼっちのみつきを作らないこと」

「だからそこをどけって?冗談でしょ。あんたの知ってる邑田あかりはそんなことをよしとする?」

「たしかに、あかりも朱莉姉さんもそんなことをよしとはしないね」

 そう言ってみつきさんは肩をすくめてみせる。

「とは言っても、私は和希と霧香と夏樹の敵を取らないわけには行かない」

「取らせない。私はここであんたを倒して、みつきとえりと三人で、急いで和希と霧香さんと深谷さんをラボに連れて行く。それで全部丸く収めてみせる」

「無理だあかり。我のことはいい。そいつの言うとおり貴様は生き残れ!」

「うるさい!友達ってのは!……友達っていうのは、間違ったことをしているときはちゃんと止めるし、困っている時にはちゃんと助けるもんだ!」

 ママの受け売りだけど、私もそう思う。

 だから私がえりとみつきの友達として全部救ってみせる、みんなの命も、みつきの心も。ハッピーエンドを、作ってやる。

「いくよ、みつき」

「ははっ、来なよ」

 私はレイピアを持つ右手をみつきに向かって突き出す。

 みつきはそのレイピアを避け……ない?

「…良く止めたね」

 ギリギリのところで止まった切っ先の先でみつきが笑う。

「なんで避けないのよ」

「怪我の一つでもしたら、五年間何にも教えてくれなかったあかりとえりが謝ってくれるかなって思ってね」

「…意味がわからないんだけど」

「さっきのは嘘。和希と霧香はもう状態が安定してるし、夏樹も助かる。ご・め・ん・ね☆」

 そう言ってみつきさんはウインクしながら頭をこつんとたたいてペロっと舌を出す。

 かわいいけどなんかムカつく。

「どういうこと?全部お芝居だったの?」

「うん。ちなみに五年後の世界ではえりも元気だから」

「我も?」

「そ。ちゃんと私たちの仲間になれてるから安心して大丈夫だよ。まあ、しばらくは夏樹がごちゃごちゃ粘着したり、霧香が「殴られたおなかが痛い」とか言っていろいろと雑用を押しつけてくるくるけど、ちゃんと誠心誠意謝ってればそれもそのうちおさまるから頑張って。あとは……まあ、あんまり話しちゃうのも面白くないよね。とにかくJCのみんなは五年後も元気だから安心して…って、おおうっ。なにすんのあかり」

 チッ、かわされた。

「一発殴らせて。それで全部チャラにするから」

「いやいやいや。元はと言えば今日ここでなにがあったのかって聞いても全然教えてくれなかったあかりとえりが悪いんだからね?」

「じゃあ私たちはちゃんとみつきに教えるからあんたを一発殴らせて」

「……あはは……さいなら!」

「あ、ちょっとまてこら!バカみつき!」

 私は五年後のみつきを呼び止めるが、次の瞬間にはみつきはもういつものみつきの姿に戻っていた。

「あれ?終わった?」

「終わった。あんたのおかげというか、あんたのせいというか。霧香さんと和希は?」

「今日はもうダメっぽかったからヘリを呼んでおいたよ。作戦が終わり次第回収に来てくれるはず」

「気が利くじゃん。ああ、そうそう。あらためて紹介するね。この子はルシファーこと神田えり。仲間になったから仲良くしてあげてね」

「ああなるほど…邑田さんちらしい結末というか…」

 余計なお世話だよ。

「根津みつきだよ。よろしくね」

「よ……よろしく頼む」

 えりは一言それだけ言うと私の後ろに隠れてしまった。

「人見知り?」

「ま、そんなところ」

 それもあるだろうけど、五年後のみつきに手も足も出なかったことがトラウマになってるんじゃないかと思う。

「さて、じゃあ深谷さんをラボに運ばなきゃいけないし、さっさと完了連絡しちゃおうか」

 二人が頷いたのを見てから、私はインカムを操作して駐屯地に連絡を取った。


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