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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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昨日までの話 明日からの話

 『付き合う友人は選ぼう』


 比較的よく聞くフレーズだが俺はいまだかつてこの言葉の意味をそんなに重くとらえたことはなかった。

 いや、重くとらえる必要がなかったのだ。

そのくらい俺は友人に恵まれていた。

 多少クセのある柿崎君にしても、そこまで厄介な存在ではないし、魔法少女になってからできた仲間たちは言わずもがなだ。

 言わずもがなだと思っていた……

 ただ、その恵まれた環境は、これまでたまたまツイていただけなんだから、今後友人を作るときは細心の注意を払おう。

 現在目の前で繰り広げられている状況は、俺にそう決意させるのに十分な状況だ。


 チアキさんとともに宇都野都さんの病室へ見舞いに行った俺は、病室に入るなり身柄を拘束された。

 説明を求める俺に、チアキさんはにっこりと笑って『一番余裕があるんだから我慢して』と言い放ち、ニコニコ笑うだけでその後一切の質問に答えてくれなかった。

 なんの余裕だよとか、我慢しなきゃいけない人に対してあんまりな仕打ちじゃないかとか色々考えているうちに、医者らしい白衣の男性に酸素マスクのようなものを付けられた俺はあっという間に意識が遠のいた。

 今考えてみれば、おそらくあれは酸素マスクではなく、麻酔かなにかだったのだろう。


 俺が次に目覚めた時には、意識不明だったはずの宇都野さんが隣のベッドで身体を起こしてチアキさんと談笑していた。

チアキさんいわく「お疲れ様」宇都野さんいわく「ありがとう」

その言葉と、前日に感じたのと同じ疲労感で俺は自分が何をされたのかを悟った。

 こいつら、また俺の体からナノマシンを移植しやがった。


 そこからはとんとん拍子で宇都野さんの検査が行われ、即日退院。

みつきちゃんに会いたがる宇都野さんの意向で結局俺の運転で邑田家へ出向く羽目になり、あかりと遊んでいたみつきちゃんを回収して寮に帰ってきたというわけだ。 


 そこまでは別に良い。

別に俺と宇都津野さんは友達じゃないが、困っている人がいたらその人が困っている人なのか困った人なのかはともかく、助けてあげるのはやぶさかではない。

 チアキさんが一切運転を変わってくれず鼻歌交じりに助手席でずっとスマホをいじっていたのもこの際言及するのはやめよう。

 みつきちゃんが「狂華のこと全然恨んでないよー」と言っていたのを忘れてしまったかのように宇都野さんにあることないこと吹き込んで泣きついていたのも別にいい。

 問題は、寮に帰ってからだ。


(あの狂華さんがもらわれてきた子猫のようになっている・・・だと?)


 ソファーの前の床にじかに正座させられた狂華さんがうつむいたままプルプルと肩を震わせている。

 その正面に座った宇都野さんは、足を組んだまましばらく何も言わず、爪の手入れをしていたが、すべての指を磨き終えたところで顔を上げて口を開いた。


「あのさあ…私の言いたいこと、言わなくてもわかるわよね」

「はい…」

「事故にあったのは?あなた?私?」

「都です」

「誰のせい?」

「それはみつきの―」

「ん?」

「都を守り切れなかった僕のせいです」

「そうよね。あなた昔、私の事を絶対に守るって言っていたものね。それで?どうして約束を守れなかったあんたの怒りのとばっちりがみつきに行くのかしら?」

「いや、だってみつきは、その気になれば都を守れたのに守らなか―」

「あ?」

「八つ当たりですっ!」


すごい、あの狂華さんが小さくなっている。いや、もともと小さいんだけど、今日は体だけじゃなくオーラまで小さく見えるぞ。


「そうね、よくできました。でも年端もいかない女の子に八つ当たりするような人には、罰が必要よね」

「あ…いや…その…都さん?何をするつもりですか?」

「みつきとチアキさんに聞いたわよ。あなた最近新人相手に、ずいぶんと偉そうにしているらしいじゃない」

「いや、それは。私がこのチームの隊長なわけだし、威厳をもって……」

「口をつつしみなさい。隊長が隊員に八つ当たりするの?それってパワハラじゃない?」

「う…」

「パワハラよね?」

「はい…」


 すごいすごい、狂華さんが一言も言い返せないでいるぞ。それどころか涙目の狂華さんって、ちょっとかわいいぞ。 

 これは前に柿崎君が狂華さん派だといっていたのもうなずける。いや、柿崎君は狂華さん派というよりはちっぱい派だったか。


「朱莉ちゃーん、ちょっとおいでー」


 いきなり名前を呼ばれた俺はまさかこっちにとばっちりが来たりしないだろうなと警戒しながら宇都野さんの後ろに立った。


「これね、狂華が高校生のころに文化祭でメイドの格好をした時の写真なんだけどさあ、ちょっと見てあげてよ」


 宇都津野さんはそう言って懐から取り出した携帯を操作すると、裏向きにして俺のほうへ差し出した。

 そういえば、俺は狂華さんが狂華さんになる前の顔も名前も知らない。罰ゲームというからには、メイクがひどいとか、すごいエロい構図で取られた写真だとかそういうものなのだろう。

 一緒に風呂に入る仲とはいえ、ただの全裸とは違う、普段隙のない狂華さんのそういう写真。興味がないかと言われれば俺は全力で首を横に振る。


「朱莉、見たら私がお前を殺す」


 そう言って俺をにらみつける狂華さんの目は血走っている。


「大丈夫よ。そうしたら仇は取ってあげるから」

「それ、俺は結局死んでるじゃないですか」

「細かいことはいいのよ。見るの?見ないの?」


 やだなあ、見たら特訓と称してまたスレンダーマンをけしかけられるんだろうなあ。

 そんなことを頭の中で考えながらも、俺は宇都野さんが差し出した携帯を受け取る。


「拝見します」

「…あ…ちょ…やめて朱莉」


 追いつめられすぎて、立ち上がって俺から携帯を奪い取るという発想すらできないのか、狂華さんが両膝をついたままこちらに懇願するように手を伸ばす。もちろん表情は半泣きだ。

 これはたまらない。

 これは眼福だ。

狂華さんには悪いが、これは宇都野さんがいじめたくなるのもわかる気がする。


「本当にやめて…ぇ」


 消え入りそうな声で懇願をする狂華さんの顔をみて思わず表情が緩みそうになるのを気合で抑え込む。

 そして、カードオープン


「おおおおっ!美少女だああああああああっっ!」


 改造前の狂華さんの顔立ちは今のようにキツめの顔ではなく、よく言えば柔和。悪く言えばやや締まりがない垂れ目が本当にかわいい、男好きする美少女だ。

 パフェの載ったトレーを両手に持っている狂華さん(改造前)が振り向いているという構図で、極ミニのメイド服のスカートがめくれてかわいらしい縞パンがあらわになっている。


「………あれ?」


 写真を上から下までなめるように見ていた俺は、ある違和感に気が付いた。

 後ろに写っている他のメイドがやけにゴツイのだ。そして、逆に執事の格好をしている男子生徒たちは細身で薄化粧をしているのが多い。


「いやいやそんな……」


 俺は一瞬頭の中をよぎった考えを振り払うようにして首を振り、もう一度写真をよく見る。

 そして、狂華さんの姿に一か所不自然なところを見つけた。

 縞パンの中央が、後ろから見てもはっきりわかるくらいに脚の間で不自然に盛り上がっているのだ。


「あの、宇都野さん」

「フランクに都でいいわよ。朱莉ちゃんのほうが年上なんだしなんだったら呼び捨てでもいいわ」

「じゃあ都さん。一つお伺いしたいんですが、これを撮ったのはいったい…」

「私よ」

「その時、都さんはどんな格好してました?」

「執事の格好をしていたわ」


 謎はすべて解けた!…まあ一応答え合わせはしていくが。


「…こちらのメイドさんのお名前は?」

「家式恭弥くん、17才。今から10年前の写真ね」


 なんだよ、狂華さんも元男かよ……


「えーっと……」


 言葉に困って狂華さんを見ると、狂華さんの状態はもう半泣きでは済んでいなかった。


「だって…それ、みやちゃんが無理やりやったんだろぉ…メイド喫茶だって無理やり『私が見たいからそれでいいじゃない』とか言って学級委員権限で決めちゃうしぃ…」


 ボロボロと涙をこぼして文句を言う狂華さんは、もうすでに凛としたいつもの己己己己狂華ではなかった。

 だが、多分これが素の彼女…いや、素の彼なのだろう。

 そして、なんだかんだと言いながらも、都さんは、狂華さんが素の自分を俺や柚那の前で出せるように、こういう芝居をうったということ―


「あいかわらずよく泣くわね、男だった頃は鬱陶しいだけだったけど、女の子の姿になってるから、そういうのもそそるわ」


 ――前言撤回。こいつ悪魔だ。

 泣いている狂華さんを、舌なめずりでもしそうな恍惚とした表情で見ている都さんに思わずツッコミをいれそうになったが、ターゲットがこちらに移っても面倒なので俺は必死に言葉を飲み込んだ。




 あの後都さんに連れ去られた狂華さんを見送ってから部屋に戻った俺は、みつきちゃんと一緒に部屋でゴロゴロしながら漫画を読んでいた。


「狂華もミヤちゃんもお互いのことが好きなんだろうしチアキさんも多分黒須さんのこと好きだよね。なのにみんな素直じゃないっていうか…はっきり言って面倒だよね」

「あの人たちに限らず、オトナなんてみんな面倒なものだよ」

「お兄ちゃんもそういう面倒なオトナなの?」

「そうかもね」


 そう答えたものの、俺には狂華さんにとっての都さんや、チアキさんにとっての黒須警視のような面倒な人間関係などは一切ない。

 それは面倒な人間関係に煩わされることがないというメリットがあるとも言えるが、逆に言えばさみしい人間だとも言える。

 もしかしたら俺はそのさみしい心の隙間を埋めるために、柚那を利用しているのかもしれない。


「なんか真面目なこと考えてる?」

「いや。どっちかっていえば不真面目なことかな」

「ふーん…ちなみにお兄ちゃんは誰との関係が面倒な感じなの?」

「それを口に出して言えたら面倒じゃないだろ」

「あ、そっか。じゃあこれは私の勝手な想像なんだけど、お兄ちゃんの好きな人って―」


 みつきちゃんが言いかけた時、タイミングよく部屋のドアがノックされた。


「みつきー、送っていくから帰る準備しなさいー」


 ノックの後、部屋の外から声をかけてきたのは都さんだった。

 みつきちゃんと一緒に部屋の入り口まで行きドアを開ける。


「お楽しみ中だった?」

「兄妹の団欒という意味であれば」

「兄妹、ね」


 都さんは意味ありげにそう言ってクスクスと笑った。


「私は少しだけ朱莉ちゃんとお話があるからみつきは先に車に行ってて」

「ん、わかった。いつものアルファだよね。エンジンかけておく?」

「お願い」


 都さんがそう言って投げた鍵を見事にキャッチするとみつきちゃんは「じゃあ、お兄ちゃん、またね」と言って去っていった。

 少し寂しい気もするが、今度の週末にはまたあかりと一緒に来るんだろうから、一週間の我慢だと自分に言い聞かせる。


「話ってなんです?」

「今回、朱莉ちゃんにはみつきのことでも狂華のことでも私のことでもお世話になっちゃったから、改めてお礼を言っておきたくて。本当にありがとうね」

「別にお礼を言われるようなことはしてないですよ」

「お礼するかどうかは何かをした側が判断することじゃないわ。された側が感謝を込めてするものよ」

「…都さんって、意外にまともなんですね」

「これでも渉外担当だからね。それなりの常識と人付き合いスキルが必要なのさ」


 そう嘯きながら都さんは白い歯を見せて笑った。


「で、お礼なんだけど。何か欲しいものとかある?」

「いや…特には」


 魔法少女になってからというもの、欲しいものを色々買っても結構お金が余っているので何かあればすぐに自分で買えてしまう。そのせいで逆に物欲がなくなってしまった。


「そうだよねえ。私が身体で払うっていう手もあるけど、周りに若い子がいっぱいいるのにこんなオバサン相手じゃ嫌だろうし」

「いや、全然オバサンって歳じゃないと思いますし、嫌じゃないどころか、飛び跳ねちゃうくらいうれしい申し出ですけど、あとで俺が狂華さんに殺されそうなんでやめておきます」

「大丈夫よ、狂華なら疲れて眠ってるから、今だったらなにかしても黙ってればバレないわ」

「寝てるんですか?疲れて?」


 今日は特に戦闘もなく、狂華さんは病院へも行っていないのに?


「うん。私が寝ている間に狂華にしてあげられなかったことを徹底的にやったからね」


 それ、してあげられなかったことじゃなくて都さんがしたかったことだろ。


「朱莉ちゃんからもらったナノマシンのおかげで、身体も色々形を変えられたりできるようになって便利になったし色々できてたのしかったわ。いやあ、まさか、私の腰に形も感度もあんなにリアルな―」

「聞きたくないんで話さなくていいです」


 俺は上司の、しかも元男のベッド事情など知りたくない。

 いや、興味がないわけではないが、そんなことを聞いてしまうと今後色々やりづらくなるだろうし、さっき都さんにやり込められてた様子を見た感じだと俺がそういう話を都さんから聞いたと知ったら狂華さん恥ずかしさで絶対泣くだろう。

 ていうか、むしろ男だとわかってからのほうが可愛く感じるのはなんなんだろうか。俺にそっちの気はないはずなんだが。


 まあ、とりあえず、俺の性癖の話は置いておくとして、気になっていることを確認しておこう。


「結局、都さんって狂華さんの恋人なんですか?」


 普段の冷静で冷徹クールというイメージが演技であったことは先ほどのことでなんとなくわかったが、それでもあそこまでみつきちゃんを敵視するほどの関係というと、俺の貧相な想像力では恋人という言葉が一番しっくりくる。


「うーん…昔はそうだったけど、今はお互いの心の隙間を埋めあって体を慰めあうだけの冷めた関係かな」


 ドヤ顔でそんなことを言われても反応に困るんだが。


「昔って、狂華さんが恭弥君だったころですか?」

「さてね。でも朱莉ちゃんはどうしてそんなことを……まさか狂華が好きなの!?駄目よ!あれは私の大切なおもちゃなんだから!」

「おもちゃって言っちゃったよ!」

「ああ、おもちゃは言いすぎたかも」

「ですよね」

「かわいいペットね」

「たいして変わらねえよ」


生き物な分マシ…なのか?


「あはは。まあ、でも大切な存在なのは間違いないからね。もちろん狂華だけじゃなくて、みつきもよ」

「…みつきちゃんもペットですか?」

「みつきをペット扱いなんてするもんですか。あの子かわいい妹ね」


 狂華さんが可哀想すぎる!


「だからさあ、朱莉ちゃん。いや…芳樹君」


 そこで言葉を切ると、都さんは歩み寄ってきて俺の耳元に顔を寄せる


「みつきに手を出すのは許さないからね」


 さっきまでと同じ明るいの声なのに、ナイフを首筋に押し付けられたような冷たさと暗さを併せ持つ声で、都さんがそうささやく。


「君と柚那ちゃんがどういう関係を築こうと、彼女をどうしようが勝手だけど、みつきを傷つけたら私が許さないから」


 そう言って耳元から離れた都さんは、先ほどまでと同じく明るい悪魔の微笑みを浮かべていた。


「まあ、どうしてもムラムラしちゃったら狂華を使っていいからさ」

「使っていいって、そんな狂華さんを所有物みたいに……いや、所有物だとしても大切な存在なんでしょう?好きになるなとか言ってたし」

「わかってないわね。あの子は泣き顔が最高にそそるのよ。愛のない朱莉ちゃんの行為でボロボロにされて泣いている狂華を想像するだけで正直たまらないと思わない?」

「あんた本物の悪魔だよ!」

「たとえ悪魔と呼ばれても狂華をキャンキャン泣かせたい!」


 グッと握った拳を突き上げて都さんが叫ぶ


「…なんていうか、都さんってチアキさんとひなたさんのハイブリットみたいな性格ですよね」

「ひなた、ねえ……」


 俺にはひなたさんの名前を聞いた都さんの表情が一瞬曇る。


「ひなたさんがなにか?」

「ん?あはは。なんでもないよ。そう言えば朱莉ちゃんは誰と仲がいいの?」


 何でもないような質問だが、俺はその質問に少しだけ違和感を覚えた。

 ひなたさんの話から持っていくには少しおかしな質問に思えたからだ。


「えーっと…東京組とは仲良くさせてもらっていますけど。あとはまあ地方組だと、ひなたさんと…何を考えているのかよくわからないですけど精華さんも色々世話を焼いてくれますね。あとは東北のこまちちゃんとか」

「へえ、こまちとねえ。連絡将校組は?」

「ジャンヌさんとか小花ちゃんですか?まあ、悪くはないですよ。最近は昼食を一緒に食べることもありますし」


 アメリカのジャンヌ・F・ケネディさんと中国の李小花ちゃんは非常時に国家間での連携が円滑にとれるようにアメリカと中国からやってきている軍人さんで、二人とも階級は大尉。テレビ版の設定では留学生という設定で番組にも出演している。

 一応同級生なので敬称を付ける必要もないのだが、迫力と威厳のあるジャンヌさんにはさん。人懐っこい小花ちゃんにはちゃんとつけてしまう。


「ロシアとインドは?」

「イリーナさんとララさんですっけ?あの人はクラスが違うからあんまり接点ないですよ」


 二人はチアキさんと同じ三年生の設定だ。そのため柚那と同じ一年生組にいるヨーロッパ組同様、俺とはあまり接点がない。


「そうなんだ。その二人と特別仲がいい子っている?」

「いや、詳しくはわからないですけど…なんなんですか?いきなり」

「別になんでもないよ。気にしないで」


 都さんはそう言って笑うが、どうにも引っかかる。これじゃまるで連絡将校やその周囲にスパイがいるとでも言っているかのようにも取れる。


「あの、都さん…」

「ああ、まずい。そういえばみつきを待たせているんだった。じゃあ朱莉ちゃん。お礼の話はまたの機会にでも。また近いうちに来るね」


 都さんはそう言ってわざとらしく時計を見るとパタパタと走って部屋を出ていってしまった。


「あ、ちょっとまって一つだけ確認したいことが―」


 俺が都さんを追いかけて部屋のドアを開けると、ドアの外にはすごい顔をした柚那が立っていた。

 帰ってきたばかりなのだろう。外出用の服を来てハンチング帽を目深にかぶったままの恰好だ。


「また浮気…」


 柚那よ。そのつぶやきには胸を張ってNOと言わせてもらうぞ。なぜなら俺は柚那の恋人ではないからだ。

 いや、それよりも。


「…柚那、顔が怖い。誤解があるようだけど、俺はあの人とはなんでもないからな」

「もう…本当になんなんですかね。朱莉さんってなんなんでしょう。女の人を誑す機械かなにかなんですかね。もうなんか、近づいてくる泥棒猫みんなやらないとだめですかね」


 うつむき加減にぶつぶつと言っている柚那の表情が目深にかぶったハンチング帽のせいで見えないのが、逆にものすごく怖い。

 っていうか、やるってなに?なにをやるの?


「べ、別に俺はどこにもいかないし誰ともなにもしないから」

「嘘だっ!」


 え!?何?柚那はなんとか症候群なの?それとも俺がかかってるの?


「……いや、嘘じゃないぞ。というか、そうやって疑われるのはあまり気分のいいものじゃないな。俺の事を信じられないというのなら、俺も柚那との付き合い方を考えさせてもらう」


 ここはあえて突っぱねることでやり過ごそう。

 引いてダメなら押してみろだ。


「気分がよくないのはこっちのほうですよ!今日はあかりちゃんのお見舞いに行くっていうから信じて送り出したのに、信じて送り出した朱莉さんが都さんの変態調教にドハマりするなんて!」

「してねえよ!」


 たしかにあの人変態調教とかしそうだけど。


「じゃあこれから私が調教します!」

「なんでだよ!今まで通り普通に友達付き合いしてくれよ」


 柚那の調教……まあ、まったく興味がないといえば嘘になるけれど。


「友達付き合いなんてまどろっこしいこと言っていないで……そうだ!朱莉さん、もういっそ手足とか切っちゃいましょうよぉ、食事からオムツまで全部私が面倒見てあげますから。ね?」

「いい顔でとんでもねえこと言うんじゃねえ!」

「もう!なんで朱莉さんには私の好きだっていう気持ちが伝わらないんですかぁ!」


 いや、伝わらないよ。そんなプンプンと擬音がしそうな表情で頬をふくらまされても、言っていることがそれじゃ恐怖心しか湧かないよ……だがまあ。


「伝わってはいるんだぞ。ただ、俺としては柚那の事が大事だから自分を大切にしてほしいっていうか、もっとふさわしい人がいるんじゃないかって思ってさ」

「そう思っているなら朱莉さんがふさわしい人になって大切にしてくれればいいだけじゃないですか」


 ド正論だ。恐ろしいことを考えていながらも、意外に柚那は冷静であるらしい。


「朱莉さんも、ほかに大切なものや大切な人ができたら私を捨てるんですか?」

「いや…その…な」


 捨てる気なんてない。

 だが、果たして俺は柚那に対して胸を張って好きだといえるのだろうか。


 現在俺の周りにいる女性は柚那、チアキさん、みつきちゃん、都さん。一応狂華さんもいれるとして5人。


 そのうちチアキさんはおそらく黒須警視。都さんと狂華さんはなんだかんだ言いながら好きあっている。みつきちゃんはそもそも俺の事を恋愛対象としては見ていないし俺も彼女をそういう目ではみていない。

となると柚那しかいない。


 「しかいない」という消去法で柚那。

 

それは、柚那にとってはどうなのか。


「さっきはふざけているような流れで言っちゃいましたけど、改めてちゃんと言いますね。私は朱莉さんのことも芳樹さんのことも好きですよ。朱莉さんのことは、研修の時から近くで見てきたつもりですし、あかりちゃんから芳樹さんだった頃のことも色々聞きました。そのうえで私はあなたが好きです。あなたはどうですか?」

「いや、俺には…そういう資格が…」

「え?恋愛に資格がいるんですか?どこで取れるんですか?」


 少し大きな声で俺の言葉を遮った柚那は満面の笑みで俺を見ながらそう言った。


「……今日はなんか、グイグイくるな」

「あなたはそういうほうが好きなんだと思ってましたけど」

「ああ、好きだな……そうやっていつも俺のこと考えてくれて、俺の好みに合わせてくれて。ありがたすぎるぜ」



「答えになっていませんよ」


 少しの間をおいて、柚那は少し意地の悪い笑顔を俺に向けてそう言った。


「だからその……俺も、柚那が好きだよ」


 



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[気になる点] 二ヶ所ほど宇津野さんに。
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