開戦
あまてらすに向けて都さんと狂華さんがヘリで旅立ってから約半日。
日本時間午後三時、ついに奪還作戦が開始された。予定では作戦時間は開始、侵攻、制圧までで二日。
ここからの二日間は、例えば俺達が全滅するようなことでもなければ教導隊やそのフォローについて行っているご当地魔法少女達はこちらに戻ってくることはない。
俺が衛星回線で各国の行政府や軍施設に配信されている作戦の様子を本部の司令室でニアさんと一緒に見ていると、特訓上がりでボロボロの格好をした柚那と愛純。それに朝陽がやってきた。
「はじまりました?」
「おう。アメリカさんとオーストラリアさんはさすがって感じだな。敵も出てきたみたいだけど、戦線をぐいぐい押し上げてるよ」
佐世保、舞鶴、中国の姜哥庄から出港した各国の艦隊が海側からしっかりと包囲を固めぐいぐいと戦線を押し上げていく様子は衛星カメラの超望遠映像からでもはっきりとわかる。
加えて各国艦隊の周りを飛ぶドローンによる中継も行われているので、カメラを切り替えることでいろんな国の魔法少女が見放題で、その中にはつい先日までこの国で連絡将校をしていた子達も映っている。
「やるなあ、ジャンヌ」
切り替えたカメラにたまたま写ったジャンヌはアメリカチームの先頭を切って突っ込んでいく。その様はまさにジャンヌダルクのようだ。特に今日は体の所々にアーマーをつけているのでさらにそれっぽく見える。
ちなみに、なんでその名前なのにフランスじゃなくてアメリカの魔法少女なんだということは突っ込まないでおいたほうが賢明だ。
詳しい話は聞いてないが、ちょっと小耳に挟んだ話だと名前がかぶったらしくて昔フランスの子とちょっともめたらしい。しかもヨーロッパ勢はみんなフランスの子の味方だったらしく、そこでアメリカは歴史が浅くてとかなんとかいうことを言われてかなりの屈辱を受けたとか受けていないとか。なので余計なことを言うと多分思い出し八つ当たりをされる。
「内陸側もありますけど見てみます?」
ニアさんがそう言ってコンソールを操作すると中国の小花が丁度必殺技で敵を一掃するところだった。
普段は近接しかできません、近接だけなら無敵なんです。みたいな顔をしているくせにその気になれば広範囲攻撃もできる。いやはや本当に敵じゃなくてよかった。
ニアさんは他にもかちかちとカメラを切り替えて、俺達と顔見知りの子達を画面に映し出していく…って。いくら何でも俺達の知っている子ばっかりピンポイントで映し出しすぎだ。
「ニアさん、これ一体、どうやってるんですか?たまたまジャンヌや小花が映ったわけじゃないですよね?」
「もちろん。艦隊の他、全魔法少女の横に超小型のドローンが飛んでいるので確認したい魔法少女のコードを入れるとすぐに状態が確認できるんですよ」
そういってニアさんがコンソールをたたくと、今度はメインモニターいっぱいにやや不機嫌そうな都さんの顔が映し出された。
「ちなみにこれは あまてらすとのダイレクト回線ですけどね」
「いきなり何?」
「機嫌悪そうですね司令。どうしたんです?」
空気が読めない。いや、空気を読まないニアさんはこうして不機嫌モードの都さんにも平気で突っ込んでいく。
「暇。他の国が強すぎてこっちに敵が回ってこないわ」
いや、それは喜ぶところな気がするんだけど。
「いいじゃないですか、楽できるんだから。そんなに働きたがっていると、怠惰の魔法少女の名が泣きますよ」
「便宜上名乗ってた名前なんて泣こうがわめこうが関係ないけどね。というか、そもそも便宜上も名乗ったことないし」
そう、結局なんかうやむやなうちに正体が発覚してしまった都さんは結局怠惰の魔法少女としての名乗りを上げることはなかった。ていうか、少女じゃねえし。
とは言え、ニアさんの軽口で少しリラックスしたのか、都さんの表情はついさっきまでのイライラとした余裕のない表情から、いつもの表情へと変わっていた。
と、少しだけ雰囲気が明るくなったのもつかの間、司令室に警報が鳴り響くと同時に都さんの顔はサブモニターへと移動し、メインモニターには険しい表情の寿ちゃんが表示された。
「出た。行ってくる。万が一次のレベルの警報が出たら引き継ぎよろしく」
寿ちゃんは短くそれだけ言うと通信を切った。
「……出ちゃったか」
「出ちゃったみたいですね」
今鳴った警報は仙台の結界が限界になっていることを表している。次のレベルになる前にMーフィールド内で寿ちゃん達が二人の七罪を打ち倒す、もしくは再封印できればOK。万が一七罪がM-フィールドの外に出るようなことがあれば次の段階の警報が発報され、もう一段階強力なM-フィールドを張った上で基地・寮ごと自爆するようになっている。通常の爆発だけではダメージらしいダメージは通らない可能性もあるが、そこは魔法少女の基地。ナノマシンを爆弾に仕込んだベアリングのように使いダメージを与えられる仕組みがされている。もちろん爆発は寿ちゃん達も巻き込むことになるので、そうなってしまったら彼女たちも無事ではすまない。
寿ちゃんが言った引き継ぎというのはつまり、死なないまでもダメージを受けているであろう七罪の二人にとどめを刺しに行くことだ。そしてその役目は仙台、大阪、東京から少し離れているところに待機しているアーニャ達”D”の仕事だ
「まず、東北か…」
サブモニターの中で都さんがつぶやく。
咬我の話によれば、東北の七罪の一人は色欲。手で触れた相手を自分に惚れさせて意のままに操るという非常に面倒くさい技らしい。ちなみに咬我が思い出したことで発覚したのだが、東北に封印されているもう一人は貪食。こちらは詳しい名前も能力も不明だ。
東北のアラームから五分、関西から警報が飛んできた後、すぐに御殿場からも警報が飛んでくる。
「……聞いての通り。こっちも出たから片付けてくるわ」
そう言ってメインモニターに顔を出したのは非常に不機嫌そうなイズモちゃんだった。
「あれ?楓さんは?」
「楓も喜乃も鈴奈も意気揚々と司令室のドアを蹴破って出てった」
自動ドアが開く時間も待てないのかあの人達は。
「ああ、なんか絵が浮かぶ……大変だと思うけど、頑張って」
「ん。そっちもね」
イズモちゃんがそう言うと、関西との通信が切れ、今度はJC組全員の顔がモニターに表示される。
「ちょ…押さないでみつきちゃんあかりちゃん」
「お兄ちゃん!行ってくるね!」
「そっちも頑張んなきゃだめだからね、柚那さんと愛純さんと朝陽ちゃんのことちゃんと守るんだよ」
「先輩、みつきとあかりは俺が守るんで安心してください!」
「おー、和希頼りになるー」
「っていうか、あんたそんなに強くないでしょうが」
元気だなあ中学生。
「佐須ちゃん、三人のことよろしくね」
「ああ、任せときな。こっちにはいろいろ装備もあるし、もうすぐ日も暮れる。うちのチームの勝ちはほぼ決まりみたいなもんだからさ」
「早く終わったらこっち手伝いに来てよ」
「あはは、余力があったらな。…んじゃ、グッドラック」
「そっちもね」
「あ、ちょっと私まだなにも話して…」
ネギの人が何か言いかけていたが、通信は容赦なく切れた。
「いや、朱莉さんがめちゃめちゃスイッチ押してるじゃないですか」
「……柚那、深谷さんには不幸が似合うと思わないか?」
「満足そうな顔で霧香ちゃんみたいなこと言わないでください」
実は横須賀での一件からちょっと深谷さん弄りにはまっていたりするので柚那の言うこともあながち間違ってない。
「さて、まあそれはさておきニアさん、こっちはあとどれくらい保ちます?」
「30分ってところですね」
「了解。三人ともそんな泥だらけの格好で決戦っていうのも微妙だからザブンと風呂入ってこいよ」
「え?別にこれくらいの汚れ、変身すればすぐに落とせますわよ」
「まあまあいいから行こうよ。せっかく朱莉さんがああ行ってくれてるんだし、お風呂入ってさっぱりしてこよう」
柚那がそう言って後ろから朝陽の肩をつかんでそう言うと、愛純も大きくうなずく。
「そうだよ朝陽。普段全く気を利かせないどころか、気が利かない俺かっこいいくらいに思ってる朱莉さんがせっかく気を利かせてくれてるんだからさ」
気が利かないのは認めるが、ポーズでやっていると思われるのはちょっと心外だ。
「それじゃ、ざーっと体洗って20分で戻りますから。集合は結界のところでいいですか?」
「ああ、よろしくな」
「了解です」
そう言って柚那は渋っている朝陽の肩を押して出て行き、愛純もその後に続いて出て行った。
「……バレてるなあ」
「あたりまえでしょ。鈍感な朝陽はともかく、なんだかんだ行っても柚那はあんたと一番長く一緒にいるし、愛純はあんたの妹分なんだから」
俺が大きなため息をつくと、モニターの向こうで都さんがそう言って苦笑する。
「まあ、でもあの三人の前で泣き言言わなかったのは褒めてあげるわ」
「……正直きついっすよ」
寿ちゃん達の決死の覚悟も、関西組の楽観も、JCチームを戦場に送り込むのも、かわいくて仕方のない三人と一緒に危ない橋を渡るのも。どれも精神的にきつい。
「どうにもあんたはみんなのことを背負い込みたくてしょうがないみたいだけど、みんな歳は若くてもちゃんと大人よ。自分のことは自分でできるわ」
「でも、もし誰かが死んだりしたら……」
「そんなこと気にしてたらあんたが死ぬわよ」
いつもそうだが、都さんの言葉は直接的できつい分すんなりと頭にはいってくる。
「あんたは、絶対無敵のヒーローじゃないし、神様でもない。そこを勘違いしていると仲間どころか自分も守れやしない。もちろんそれは楓だろうが、チアキさんだろうがひなただろうが精華だろうが狂華だろうが同じ。全員が自分のことをしっかりやること、それが全員そろってハッピーエンドを迎えるために必要なことでしょ」
そんなことは頭ではわかっている。でも頭でわかっていると言っても気持ちがついていかない。
「時間が…足りないですよ」
俺だって別にこの休暇を遊んでばかりいたわけじゃない。トレーニングは毎日していたし、用事の合間合間では新しい魔法の開発だってしていた。
「足りない分は、補い合いましょう」
ニアさんは、そう言ってハンカチを俺の頬にあてる。
知らない間に俺は泣いていたらしい。
「私は朱莉さんも柚那さんも、愛純さんも朝陽さんも信じていますよ。もちろんそれはこの本部にいる全員がです。だから私たちにできるフォローは全力でしますし、逃げることも考えていません」
俺はニアさんの言葉を聞いてハッとした。
東北と同じ自爆の仕掛けはもちろん関西にもここにもしてある。つまり、俺達が負けるということはこの人達や各支部のスタッフも巻き添えにするということだ。
「それに信頼しているから、私たちって避難訓練すらしてないんですよ」
「いや、それはしましょうよ」
俺はニアさんから受け取ったハンカチで涙を拭きながら突っ込みを入れる。
突っ込みを入れると、不思議とさっきまで押しつぶされんばかりだった不安は少しだけ軽くなっていた。
責任が大きすぎて、俺の中にある種のあきらめが生まれたのだろうか。それとも…
「もしかしてニアさんも魔法少女なんですか?」
「いいえ。でもなんでそう思うんです?」
「いや……さっきも都さんの緊張をほぐしてたし、今俺も少し心が軽くなったし、そういう、例えば言葉とか言霊の魔法を使えるのかなって」
「だとしたら、多分その魔法は誰しも使えるんだと思いますよ。獣に比べて弱い人類は言葉でコミュニケーションを取ることで生き延びてきた種ですから。もちろん不用意な言葉のせいで争うこともありますけど、それでも私は言葉の根源は人と人が助け合うためのツールだと思います」
いい事言ってくれる。うっかり惚れそうなくらいだ。
「大丈夫ですよ。自分を信じてがんばってください」
「はい」
柚那にしかられるかもしれないけど、この作戦が終わったらニアさんをデートに誘ってみようか。やましい気持ちなしでこの人とはもっと話をしてみたい。
「…なんかすごい鼻の下が伸びてるけど、ニアは人妻だからね」
「べ、べべべべつにそんなこと考えてないですし!」
人妻だったのか…まあ、そりゃあそうだよな。
「動揺しすぎだろ」
都さんの突っ込みで司令室で笑いが巻き起こる。
その笑い声で俺の心はさらに軽くなる。
「……都さん、ニアさん、それに司令室の皆さん。ありがとう、行ってきます」




