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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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ハナコトバ 4

 結局芽依さんはもちろん那弥さんの押しもあり、断り切れずにイズモちゃんの特訓に付き合うことになった俺はその日のうちに再び電話をかけて柚那に電話で謝罪をした。

 するとあら不思議、次の日の朝には柚那が出雲邸にやってきているではないですか。

 ……いや、まあ来るだろうなとは思ってたし、那弥さんにも了解は取ってあったんだけど、まさか朝一でたどり着くとは思わなかった。

 

 そして柚那も加えて特訓すること三日。俺は特訓中に喜乃ちゃんと段取りをしておいた、鈴奈ちゃんとイズモちゃんの試合のために関西支部に戻ってきた。

「あ、そうだ。俺ちょっと忘れ物しちゃったから二人とも先に行っててくれる?」

「忘れ物ですか?私取ってきましょうか?」

「いいよ。俺の物だし俺が取ってくるから」

 というか、わざと忘れたのに柚那に取ってきてもらったんじゃ意味ないし。

「さて……と」

 建物の入り口で柚那とイズモちゃんと別れて駐車場に戻る途中、俺は道路脇の桜の木を思い切り蹴った。

「うわっ……」

 するとびっくりしたような小さな悲鳴の後、ばさばさと音を立てて今回の事件のもう一人の当事者である松葉が落ちてきた。

 最初こそ姿勢を崩して枝から落ちた松葉であったが途中で体勢を整えたらしく、きっちり足から着地して見せた。

「……なに?」

「いや、何?じゃねえよ。なんでお前はこの三日間ずっと俺達をつけ回してるんだ」

 平静を装っていた松葉はそこで『こいつなんで知ってるんだろう』って顔で俺を見る。

 まあ、気がついたのは俺じゃなくて芽依さんなんだけどね。『庭の木の上に松葉ちゃんがいるみたいだよー……目障りだから落としとく?』って笑顔で聞かれたときはちょっビビったが、芽依さんに言われて以降、よくよく気をつけていると確かに松葉がちょろちょろしているのがわかるようになった。

「何の用だよ」

「………」

 松葉はむすーっとした表情で顔をそむけたまま質問に答えようとはしない。

 むすっとしているとは言っても、これは別に怒っているとかではなく、言い訳を考えているときの表情だということを俺は知っている。

「……朱莉をストーキングしていた」

「嘘こけ、俺じゃなくてイズモちゃんだろ」

「な……っ!」

 な……っ!じゃねえよ。

「大体、お前は脳筋だけど自分でリーダーやりたいとか言って周りを困らせるような奴じゃないだろ?というか、そもそもご当地でリーダーなんて……」

 言いかけた俺の頭の中でネギの人がピースしていた。

「……いるけど。松葉は自分で好き勝手やりたいって感じだろ。大体リーダーになってみんなの面倒なんて見られるのか?」

 まあ、楓さんがみんなの面倒を見ているかどうかはこの際おいておこう。

「見たくない」

 いつもは三点リーダー付くのに、それもつけずに即答で胸張って言い切っちゃったよこの子。

「だったら、なんでイズモちゃんに喧嘩売るようなことしてたんだよ」

「それは……」

「それはあたしから話す」

 そう言って松葉が落ちてきた木から、楓さんが現れた。

「楓さん!?え?全然気がつかなかった」

 かなり思い切り蹴って相当揺れたはずなのに落ちるどころか声も上げなかったのかこの人。

「当たり前だろ。気配くらい消せるっつーの」

「いや、俺そういうの全然できないんでそれを当たり前と言われても。というか、松葉の乱入に楓さんが関わってるんですか?」

「ああ。こいつはあたしが抜けた分を埋めるために来月から関西に編入されるからその関係でいろいろ面倒見てるんだけど、そこでちっとな」

 そう言って楓さんは松葉の頭をガシガシなでる。髪型は乱れるが、もともとややボサボサな松葉としてはあまり気にならないのか、嫌がるどころかむしろ気持ちよさそうに目を細めている。

「ちょっとってなんです?」

「関西中部のご当地で何人かイズモに対して不満を持ってる奴がいるんだよ。それを松葉から聞いてイズモをなんとかしなきゃなと思ってさ。それで松葉に一芝居打ってもらって奮起してもらったと。イズモの性格からして鈴奈だけだと『じゃあ楓の時みたいにサポートすればいいか』とか考えそうだからな。エースは喜乃でも鈴奈でもいいけど、実質的なリーダーはイズモじゃないとまとまらんだろ」

「それなら直接言えば良いじゃないですか」

「…だってイズモ怒ってるじゃん」

 ヘタレか。

「イズモちゃんはもう怒ってないですよ。それに楓さんのもくろみ通りにやる気出して、ちゃんと強くなって楓を安心させるとか言って張り切ってます」

「マジで?あのイズモが?」

「雅史くんのやりたいことは応援してあげたいから、凪美ちゃんとしては雅史君が安心して前を向けるように頑張るそうです。ちなみに今魔法なしでやったらイズモちゃんは多分鈴奈ちゃんにも勝てると思いますよ」

 これは誇張でも何でもない。この三日間の彼女の追い込みは相当激しい物があり、最終的には俺も柚那もイズモちゃんの間合いに入り込むことはできなくなってしまった。唯一入っていけて最後まで勝負になっていたのは芽依さんだが、それもかなり強引に入り込んでいって競り合いでイズモちゃんの体を崩すという乱暴なやり方になってしまっていた。しかも、それだけやっても今のイズモちゃんから一本取るのは相当むずかしいのが実情だ。

「………そっか」

 イズモちゃんが昨晩の最後の練習の後で言っていた言葉に感じるところがあったのか、、楓さんは少し申し訳なさそうな顔をして唇をかんだ。

「そんな顔するくらいなら、なんであのとき笑ったんです?イズモちゃんに聞いたら二人きりの時はああいうことにはならないし、外でだけああいう感じになるから、もしかしたら楓さんが浮気しててうっかり浮気相手に見られないようにああして外ではふざけてるんじゃないかって悩んでましたよ」

「まあ、見られたくないってのはある」

「え、浮気ですか?最低っすね」

 あんな良い子が恋人なのに浮気とか絶対だめだと思う。

「それ、お前にだけは言われたくない」

 失礼な。それじゃ俺が浮気しているみたいじゃないか。何を根拠にそんなことを言うんだこの人は

「何を根拠にって顔してるけど、お前愛純や朝陽やみつきとのことあたしが知らないと思うなよ?」

「……なんのことやら」

 その三人に関しては本当に手を出してないのでマジでなんのことやらという感じなのだが。やっぱり周りからはそう見えているのだろうか。

「あと、松葉とのことな」

 楓さんの言葉にギョッとして松葉を見ると、松葉は頬を掻きながら顔を背けた。どうやら話したらしい。

「………いや、松葉とのことはまあその…」

 松葉ェ……。いつもは忘れっぽいのにどうしてこういうことだけしっかり覚えてるんだこいつは。

 松葉とは別に浮気ではないし、そもそも柚那と付き合う前のことで深谷さんのネギ尻事件と似たような感じの話なのだが、まあなんと言い訳したところで柚那に聞かれたらいろいろと面倒なことになること請け合いの案件だ。

「でも楓さんだって喜乃くんとか鈴奈ちゃんとか、あと京都の九条ちゃんとかいろいろあるの知ってるんですからね!」

「ぐぬっ」

 まあ、イズモちゃんがなんかそんなこと言ってただけで俺はよく知らないんだけどね。でも言葉に詰まると言うことはなんかしら探られたら痛い腹があるんだろう。

 そのまましばらく俺と楓さんはにらみ合い、退屈なのか松葉は街路樹に這っていた毛虫を落ちている枝にとって遊び始める…って、子供か!

「…話をイズモちゃんのことに戻しましょうか」

「…そうしようか」

 くさい物に蓋をする。先人の知恵は偉大で、俺達は良くも悪くも大人だった。

「浮気をしてない楓さんはなんでイズモちゃんとのラブシーンでふざけるんです?」

「浮気をしてない朱莉ならわかると思うけど、彼女のそういう顔って誰にも見せたくなくないか?」

「なるほど、浮気をしてない楓さんはイズモちゃんのエロい顔を誰にも見られたくないから誰かが見ているとふざけてしまうっていうわけですね」

「そういうことだ、浮気をしていない朱莉がわかってくれてよかったよ」

「ははは…」

「ははははは…」

「二人とも、そんなに『浮気をしてない』ってつけていたたら、逆にしてますって言ってるように聞こえる」

 だからしてないってば。

「でもそれならそれで、イズモちゃんに素直に言えば良いじゃないですか」

「いや……それってあたしがイズモにべた惚れみたいで、なんか恥ずかしいじゃん」

 べた惚れの人間が今更何言っているんだか。

「試合の前に声かけてあげたらどうです?」

「いや、やめとく。余計なこと言ってイズモの集中を乱しても悪いからな。俺は試合終わるまで話しかけないことにする」

 そう言って楓さんは歩き出す。

「いや、でもそっちは武道場ですけど」

「別に観戦しないなんて言ってないだろ」

「はいはい」

 なんだかんだ言って、似たもの同士のカップルなんだよな。楓さんとイズモちゃんって。

 

 

 

 試合は、二本先取で勝利の三本勝負。

 入れ込んでいる鈴奈ちゃんに対して、澄んだ水のように柔らかく静かなイズモちゃんが迎え撃つ。

 喜乃ちゃんの試合開始の合図の後もほとんど動かないイズモちゃんに対して、10秒ほどでしびれを切らせた鈴奈ちゃんが突っ込み、それをイズモちゃんは見事に体捌きでかわして抜き胴で一本。

 続く二本目は突いてきた鈴奈ちゃんの槍を巻き落として、槍のお株を奪う見事な突きで一本を取り無傷で勝利となった。

 一緒に特訓しているときにも思ったが、遠心力の助けもあって薙刀のスピードはかなり速い。武道や武器において何が最強かというのは様々な議論があると思うし、最終的には個人の資質によるという結論になるだろうが、その個人の資質という点において、決して関西の四人の中で劣っている訳ではないということをイズモちゃんはこの試合で証明して見せた。


「そもそもイズモは要領が悪いんだよな」

 試合後、窓から試合を覗いていた楓さんは武道場に入って来るなりそう言った。

「カウンターが得意なんだから、魔法ももっとカウンター狙った使い方をすれば良いのにな」

 至極当たり前のことドヤ顔で言った楓さんにイズモちゃんのグーパンチが炸裂する

「あんたたちがむやみやたらに突っ込むからああいう使い方になるんでしょうが!」

 確かに「とりあえず敵陣の中に突っ込んでいって大暴れする楓さん」と「無数の斬撃をまといながら突っ込んでいく喜乃ちゃん」と「分身して一人で槍衾を構築しながら突っ込んでいく鈴奈ちゃん」

 その三人と一緒に戦おうと思ったらイズモちゃんもカウンター狙いなんてしていられない。というかそんなことしていたらサボってるようにしか見えないだろうし、それはそれでいろいろ言われるんだろう。

「だいたいあんたたちはいつもいつも!」

 イズモちゃんの悩みも事情もお構いなしの楓さんの発言にキレたらしく、イズモちゃんが楓さんはもちろん、喜乃ちゃんと鈴奈ちゃんも座らせてお説教を始める。

「……もう大丈夫そうだな。帰るか」

「え、いいんですか?結局また喧嘩しているような気がするんですけど」

「喧嘩するほど仲がいい。ってな」

 俺はそう言いながら柚那と一緒に外に出て、こっそり逃げようとしていた松葉を捕まえた。

「…なに?」

「関西チームの一員になるなら新リーダーのありがたーいお話を聞いておいた方がいいんじゃないか?」

「ま、まだご当地だし」

「いいから行ってこい。お前も楓さんの片棒担いでたんだからイズモちゃんにはお説教する権利がある」

「うう……イズモの話は小難しいから嫌い」

「いいから行ってこい」

「嫌…」

 俺は松葉に最後まで言わせずに彼女の体を武道場に放り込み、ドアを閉める。

「さて、じゃあマジで帰るか」

「楓さんの片棒って…松葉は何をしたんです?」

「リーダーやりたくないのにリーダーやりたいって言った」

「ああ、リーダーやりたいなんて松葉っぽくないなあと思ってましたけど、楓さんの仕込みだったんですね」

「そういうこと。ちなみに、楓さんがイズモちゃんのことを笑ったりしたことについてなんだけど、楓さんがああやってふざけてたのはイズモちゃんの色っぽい顔とかかわいい顔を他の人間に見られたくなかったからだそうだ」

「それ、後付けでもっともらしいことを言っているだけなんじゃないですか?」

「ひねてるなあ。楓さんはそういう人じゃないよ」

 素直じゃないロマンチストとかっていう七面倒くさい人ではあるけど。

「朱莉さんは今回、いやに楓さんの肩を持ちますよね」

「まあ、あの人面白いからさ」

「納得いきません。その妙な信頼感の理由を教えてください」

 柚那はそう言って俺の前に回り込んで通せんぼのように腕を広げる。

「楓さんの名前の由来を聞いたことがあってな。こういう名前をつける人はイズモちゃんを本気で苦しめる気はないんじゃないかなって思ったんだよ」

「名前の由来ですか?」

「ああ、楓の花言葉はいくつかあるらしいんだけど、その中に大切な思い出っていうのがあるんだって。宮本雅史としての過去のイズモちゃん…凪美ちゃんとの思い出も、宮本楓としてのこれからのイズモちゃんとの思い出も大切にしていこう。そう思ってつけたんだってさ。そういう話を聞いたことがあったから、なんだかんだ言ってもあの人はイズモちゃんを大切に思っているんだろうなって、そう思ってたんだよ」

「…激しく後付け臭い話ですね」

 今日の柚那は本当にひねてるなあ。『素敵な話ですね。私たちもずっと思い出を大切にしていきましょうね』でいいじゃないか。

「イズモちゃんに聞いたから裏は取れてるよ。それより帰りになんか食べてこうぜ」

「いや、ちょっと待ってください。そもそも、イズモちゃんは怒ってなくて、楓さんも素直に謝れなかっただけなんですよね?じゃあ私たちのしたことって」

「全く無意味。だから俺はひなたさんからお小遣いもらって適当に遊んで帰ろうと思ってたのに、柚那が変なところでキレるから」

「ちょ…あれは私だけが怒ってたんじゃなくて、朱莉さんも本気で怒ってたじゃないですか」

「でも俺は柚那の変な噂を全国に広めたりはしてないぞ」

「うぇっ!?」

「女子裏サイトの事、俺が知らないと思ったか?」

 チアキさんに教えてもらうまで全然知らなかったけど。

「……ごめんなさい」

「ん。許す」

「え?いいんですか?あんなに酷いこと書いちゃったし、そのせいで書かれちゃったのに」

 一体どんなに酷いことを書かれたんだろうか。というか、指摘しなかったらその件謝る気なかったよな、柚那。

「まあ、ほら。嘘は書いてないし、あれだけ酷いことを書かれれば俺に近づく子もいなくなるだろうし、柚那も安心だろ?」

 内容は知らないけど、なんか知ってる風にブラフをかましておいたほうが効果的だろう。

「………」

「なに?」

「…嘘は書いてない…?」

 ピクっと柚那が反応した。

「じゃあ松葉との事も嘘じゃないんですね?」

「えっ!?松葉?え?え?なんのこと?」

「松葉が私の書き込みにレスする形で朱莉さんが松葉に何をして、どうだったかっていうことを書いたんですよ。どうせ松葉が適当に話を合わせてくれているんだろうと思ってたんですけど、あれ、本当なんですね?」

「あ…あいつ…いや、違うんだ柚那。実は俺掲示板に何を書き込まれたかって知らなくて、でもハッタリかましたほうが柚那が反省するかなって思ってそれでその―」

「朱莉さん」

「は、はいっ」

「朱莉さんには私が同じ事してあげますね」

「俺にはそういう趣味はない!」

「ああ、やっぱり松葉との事は本当なんですね?」

「しまった!」

「大丈夫、別に怒っていませんから。でも黙っていた罰でしますから、覚悟しておいてくださいね」

「……はい」

 こうなってしまった時の柚那にはもう何を言っても無駄だということを俺はこれまでのつきあいで嫌と言うほど思い知らされている。

「なるべくソフトにお願いします」

「朱莉さん次第ですね」

 そう言って柚那は無邪気な笑顔を浮かべる。

(ああ…これは今夜は眠れない感じだな)

 柚那の笑顔を見て、うれしいやら悲しいやら複雑な気持ちを抱えたまま、俺は愛車へと乗り込んだ。

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