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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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月刊少女邑田くん 1

 柚那に振られ、愛純も朝陽もいない寮に一人で残っているのが何となく嫌だった俺は、とりあえず実家に帰って余暇を過ごすことにした。

 うちはおふくろも姉貴も仕事や学校に影響なければあまり生活リズムをうるさく言わない、良く言えば放任主義、悪く言えばだらしないうちなので、本来ならダラダラと昼まで寝ていても誰にも文句言われない環境だったはずの実家は、俺がしばらく帰らないでいた間にすっかり変わってしまっていた。

 何が変わっていたかというと…


「朱莉ちゃん、朝ごはんだよー」

「ぐほっ………」

 しばらく帰らない間に俺の隣の部屋に深谷さんが住んでいたでござる。

 最近なんとなく深谷さんとあかりが仲良いなーとは思っていたんだが、まさか住んでいるとは思ってなかった。本人曰く、あかりの護衛とか何とか言ってたが、姉貴いわくどうせ毎日来るし色々手伝ってくれるから、家に住めばって言ったら本当に住み着いたとのことだ。

 まあ、部屋は余ってるから別にいいっちゃいいんだけど。

「いちいち人の布団の上に飛び乗って起こすのやめてくれませんか。幼稚園から小学校低学年くらいの女児とかならかわいいですみますけど深谷さんくらい重いと洒落にならんのですよ」

「もしかして私が重いって言ってる?ひどくない!?」

「あんたは重いし酷いことも言ってねえよ」

 実家に戻って三日目の朝。昨日の朝も言ったのに改善しようとしない深谷さんに俺はややギレする。

「だって紫さんが『あいつはこういうシチュエーションが好きだ』って言ってたよ」

「それはあくまで女子高生の幼なじみとかそういうのがしてきたらいいなっていう話だよ!このアラサー女子!」

「酷っ!…まあ、いいや。あかりちゃんも学校行っちゃったしそろそろ起きろって紫さんが言ってたよ」

「はいよ」

 俺は深谷さんの下から抜け出すと、チェストから服を取り出す。

「着替えるんで出てってください」

「何をいまさら」

 研修生時代に同室だったし、たしかに今更感はあるんだが、じっと見られているとやっぱり気になる。

「つーか深谷さんも休暇でしょ?どこか行ってきたらいいじゃないですか」

 柚那達がいないと、実家に帰ってきてゴロゴロするくらいしかやることない俺も大概だが、この人もずっと家の中にいた。

「んー、今日は友達とちょっと出かけるよ」

「の、割にはあんまり楽しそうじゃないですね」

「え?そんなことないよ」

「いやいや、あんた楽しみな用事の前は年甲斐もなく『やっぷー、今日は出かけちゃうにょろー、おみやげ買ってくるから楽しみにしててほしいニャん』くらいテンションになるじゃないっすか」

「そんな愛純ちゃんみたいなテンションにならないよ!」

「さりげなく愛純ディスるのやめてください!」

 確かにアイドルモードだとそんな感じになることあるけど。

「まあそれはそれとしてどこ行くんですか?」

「秩父にお花見」

「へえ、楽しそう。友達ってどんな人なんです?まさかとは思いますけど彼氏とかですか?」

「霧香」

 佐須ちゃんかよ。

「だったらなんでそんなに微妙な表情してるんです?」

「私、霧香に隠し事があるじゃない」

「いや、知らないですけど。隠し事ってなんです?」

「私って、魔法少女である前に公安の捜査官でしょ。そのことを霧香に話そうかなって思ってるんだけど、霧香ってコソコソ嗅ぎまわったりするの嫌いっぽいし、嫌われちゃうかもな-って思ってさ」

 どんな重大な悩みかと思ったら十代レベルの友人関係の悩みだった。

「別に嫌われやしないんじゃないっすか。深谷さんの趣味とかじゃなくてひなたさんの命令ってのが大きいんだし」

 それにそもそも佐須ちゃんは深谷さんの正体知ってるし、知った上でさらにうまく隠せてない深谷さんを見てニヤニヤしてるくらいだし。

「そうかな?」

「そうっすよ」

 返事をしながらパジャマをベッドの上に投げ捨てて部屋を出ると、下から味噌汁のいい匂いが漂ってきていた。

「何時頃に待ち合わせなんです?」

「待ち合わせっていうか、9時半に霧香が迎えにくるんだー」

 俺が太鼓判を押したことで機嫌が急上昇した深谷さんはそう言って鼻歌交じりに階段を降りる。

「九時半って、もうあと10分くらいしかないじゃないですか」

 そんな段になってグダグダ言ってたのかこの人。

 俺達がそんなやり取りをしていると、家の前に佐須ちゃんの愛車が停まる音がして、玄関のチャイムが鳴った。

「ウダウダしてたから佐須ちゃん来ちゃったじゃん。その格好でいくつもりなの?」

「え?霧香の車じゃなくない?」

「いや、佐須ちゃんのポルシェだろ」

 そんなに車にこだわりがあるわけじゃないが、彼女の真っ赤なカレラの音くらい俺にもわかる。

「いや、別の車だって」

「つったって、他にポルシェ乗ってる知り合いなんていないけどな」

 俺と深谷さんが玄関口に出ていくと、すでに姉貴が玄関に出て応対していた。

「ああ、丁度よかった。あんたに用事だってさ」

「俺?深谷さんじゃなくて?……って、彩夏ちゃん!?」

「ども。柚那さんに聞いたらこっちだって教えてくれたんで、勢いで来ちゃいました。すみません、いきなりで」

「暇だったからそれは別にいいんだけど、いったいどうしたの?」

「ちょっと朱莉さんにお手伝いをお願いしたいことがありまして。あ、これ皆さんでどうぞ」

 彩夏ちゃんはそう言ってケーキ屋の箱を差し出した。

「お願いって…激しく面倒ごとの予感しかしないんだけど」

 俺の言葉を聞いた彩夏ちゃんは「えへへ、実はその通りでして」なんて言いながら笑う。

「でも、彩夏ちゃんも休暇だろ?厄介事って一体何?」

「朱莉さん、今手を怪我してるとかそういうの無いですよね?絵かけますよね?」

「彩夏ちゃんも知っての通りちゃんと勉強したわけじゃないから、あんまり本格的なのは無理だぞ」

 俺ができるのはせいぜい決まった構図で美少女キャラを描くくらいで、マンガとかは描けない。

「それで十分です」

「それっていつもの?」

「いつものプラスαです」


 いつもの。で通じる程度には俺は何度か彼女の創作活動を手伝っていた。

 手伝ったと言ってもベタを塗ったり、トーンを貼ったりと、大学時代に友人の所属していたサークルでお手伝いしたことがある作業と、穴埋めにイラストとコメントをつけるゲストページくらいなのだが、それでも彩夏ちゃんは血走った目で「助かります」と言ってくれた。

 それに気を良くして、俺は頼まれれば彼女の部屋で俺の部屋で場所を問わず作業に勤しんだ。

 一度柚那が見学とお手伝いという名のチェックに訪れたが、しばらく俺と彩夏ちゃんの様子をみた後、俺達が作業に没頭している間にコンビニで買ってきてくれた栄養ドリンクをそっと置いて帰った。

 作業の様子を見て、これは浮気なんてしている余裕はないだろうと判断したのか、その次からはノーチェックになった。

「そういえば、さっき言ってたプラスアルファって何?」

 東北自動車道をひたすら北上する彩夏ちゃんの黄色いカレラの助手席で尋ねると、彩夏ちゃんは「うーん…」と唸ってから口を開いた。

「寿さんが同人誌に興味を持ってしまいまして」

 彩夏ちゃんによる寿ちゃんオタク化計画が着々と進行しているのは知っていたが、まさかそんな段階まで来ていたとは思わなかった。

 先月東北に出張してた間にも自室でアニメを見ている寿ちゃんに遭遇していたりしたので、わりとアニメが身近にあることが日常になりつつあるのは知っていたが、それでもちょっと驚きだ。

「で、自分も出したいということで、描き始めたと……でも寿ちゃん絵描けるの?」

「あの人、戦闘センスはないですけど何故かそっちのセンスはバッチリなんですよね。2、3時間練習したら線画はバッチリかけるようになっちゃいました」

「ああ、それで寿先生のアシスタントが必要と」

「朱莉さんは話が早くて助かります。何人かで合同誌を出そうって言うことで、私も自分の作業があるのであまり余裕がなくて」

「なるほどね」

 彩夏ちゃんは少し面倒くさそうな素振りを交えてそう言ったが、彼女のその素振りとは裏腹にその表情はどことなく嬉しそうにも見える。

「なんでニヤついてるんですか?」

「いや、別に。寿ちゃんのやりたいことに付き合ってあげる彩夏ちゃんはいい子だなって思っただけ」

 自分の休暇を潰してまで寿ちゃんの趣味に付き合ってあげるとか本当に人がいいと思う。

「私も作りたかったんでそれは別にいいんですよ。イベントも申し込んでいましたし」

「ちなみにジャンルは?」

「魔法少女クローニク」

「……えー…」

 要は自分たちのコミカライズをセルフでやるってことか。まさか寿ちゃんに限ってアダルトじゃないと思うけどどんなの描くんだろ。

「私としては、別のジャンルにしたかったんですけどね。寿さんがどうしてもクローニクでやりたいって言うもんですから」

「ま、やりたいならしょうがないな。で、いつまでに本を作ればいいんだ?」

「今週末の土曜日夕方までに入稿です」

「………4日しかないが」

「4日しかありません」

「ちなみにプラスアルファって何?」

「二人分のアシスタントです」

「それプラスアルファじゃねえよ。アルファに加えてブラボーとチャーリーそれにデルタくらいまで入ってるよ!」

 作業量が二倍になった場合に、単純に手間が二倍かというとそんなことはなく、例えば俺と楓さんの髪色は同じような赤系統だが、トーンの番号指定が違っていたりする。しかもそのトーン番号も人によって違ったりするので、そういった細かいところをしっかりやろうと思うと、その管理工数は結構かかってくる。

「さすが朱莉さん。ウィットに富んだジョークですね」

「ほめても何も出ねえぞ。っていうか彩夏ちゃんさ、なんで作業環境を電子化しないの?」

「うーん、色塗りとかならいいんですけど、モノクロはやっぱり手作業のほうがなんかしっくり来るんですよね」

「いや、せめてアシスタント環境はデジタルにするとかさ」

「私弱いしあんまりスコア良くないんで、お金ありませんよ」

「嘘じゃん。彩夏ちゃんめちゃめちゃ稼いでるじゃん」

「う……スコア低いのは嘘だけどお金ないのは嘘じゃないですよ」

 怪人クラスに対するスコアは確かにあまり良くないが、彼女の魔法は雑魚を一掃するのに適してるのでチリも積もればなんとやらで、実は彼女は東北の稼ぎ頭だったりする。

「って、いうか彩夏ちゃん結構稼いでるのに一体何に使ってるの?」

「実家が小さな印刷工場なんで、印刷機入れたりしてたらなくなっちゃいましたねー。多少景気は良くなってきてるみたいで、一昔前よりはいいんですけど、今度は逆に対応できないくらい仕事が入ってきちゃって、それで機械やら人件費やら。まあ、将来継ぐつもりなんで先行投資ですね。ちなみにこの車は設備入れたら爺さまがお礼だってくれました」

「みんないろいろ考えてるんだな。俺なんて何にも考えてないからなあ」

 朝陽は大検の勉強始めたし、愛純は着々と柿崎くんの外堀埋めてるし。

「あはは、もし世界が平和になって朱莉さんが路頭に迷ったら雇ってあげますよ」

「そりゃ嬉しいね。まあ、今後のことは一旦置いておいて、目の前の課題だけど、寿ちゃんはどういう話描くとか言ってた?」

「全年齢向けの百合らしいですよ」

「まあ、俺達じゃどうしたって百合にしかならないだろうけどさ、カップリングとかは?」

「朱×ですね」

 俺かい。っていうか、相手の名前が聞こえなかったんだけど。

「俺と誰だって?」

「いや、合同誌のテーマが朱莉さんと誰かっていうテーマなんですよ」

 なにその嫌な予感しかしないテーマ。

「ちなみに彩夏ちゃんは?」

「私ですか?私は王道で朱×柚ですね」

「おお、彩夏先生に描いていただけるとは」

 彩夏ちゃんは話の組み立てもしっかりしてるし絵も上手い。さらには原作の設定や雰囲気を壊したりしないので、万が一見られても柚那がへそを曲げるようなことはないだろう。

「あとは、チアキさんが――」

「チアキさん!?」

 あの人マンガとか描くのか。

「はい。チアキさんが、朱×狂で」

 なにその都さんが喜びそうなの。

「イズモさんが朱×楓」

 だからさあ、イズモちゃんはそんなに好きなら楓さんと仲直りしなさいよ。

「あかりちゃんが朱×和」

「ちょ、ちょ、ちょ。一応聞くけど一般向けだよね?」

「……一応は。それで、寿さんが朱×こ、と」

「こ…寿ちゃん?こまちちゃん?」

「こまちさん」

「なんだろう、デッドエンドしか思いうかばない」

 まあ、劇中ではこまちちゃんは天然おっとりキャラだしむやみにその雰囲気を壊したりはしないだろうけど、一歩間違えると阿鼻叫喚の地獄絵図みたいな話になるぞ。

「まあ、寿さんの場合、こまちさんが描きたかったけど自分を相手にするのは嫌だったみたいなことらしいんで、そんなに深く考えなくてもいいんじゃないですかね」

「公式として出すなら、あんまり深く考えないでいいってわけにはいかないと思うんだけどな」

「公式のつもりはないんですけど、公式になっちゃいますかね。当日は寿さんと私は変装して行くつもりだったんですけど」

「なっちゃうんじゃない?一般向けならなおさら」

 初版は即売会でいいかもしれないけど

 そのうち他に何名か作家を加えて公式アンソロジーとかにすることになるんじゃないだろうか。

 多分普通に書店で売っても売れるし、売れれば予算も増えるし。

「まあ、どうしても嫌っていうなら多分都さんは見逃してくれると思うけど」

 誰かがどうしても嫌だっていうことはしないのがあの人のいいところだ。

「すみません。それ、朱莉さんからも口添えしてもらっていいですか?できれば寿さんには最初売れない感じとかそういうのも体験して欲しいんで。いや、売れないって決めつけてるわけじゃないんですけど、最初から企業ブースみたいなのってなんか違うじゃないですか」

 マンガに対して真面目というか、寿ちゃん思いというか。

「わかったよ。まあ、もしも都さんがどうしても出したい、商業的にやると言っても今月末の奪還作戦が終わってからになるだろうし、寿ちゃんの即売会デビューを邪魔するようなことにはならないと思うよ」

「良かった…」

 そう言って彩夏ちゃんはホッと胸を撫で下ろした。

「……なんだかんだ言って、彩夏ちゃんが寿ちゃんとうまくやってくれててよかったよ」

「最初は仕事上の付き合いだけのつもりだったんですけどね、寿さんって変に真面目だし仕事人間だし、こまちさん大好きだし、私に興味なんかないだろうと思ってから。だから趣味の方は絶対一緒にできないんだろうなって思ってたんですけどね。朱莉さんが手伝いに来てくれたりしてるの見てて、なんかムカついたんですって。それで手伝ってあげるからやり方教えてなんて言って、寿さんが歩み寄ってくれたのがすごい嬉しくて、で、ついつい調子にのってアニメ見せたり、マンガ貸したり」

「これ、寿ちゃんに口止めされてるから絶対言わないで欲しいんだけど」

「はい、なんです?」

「先月俺が東北にいた時、寿ちゃんが漏らした本音なんだけど『私は彩夏が恋しい』て言ってたんだよね」

 まあ、あれは俺が仕事を手伝わないから忙しくてという意味合いを含んでいたような気がしないでもないけど、彩夏ちゃんが恋しいっていうのも本音だろう。

「……うわぁ…今からでも寿さん合同にしたい。寿さんと私で描きたい、なにあの人、超かわいいんですけど。やばい、なにこれ恋?今すぐ抱きしめて頭ナデナデしたい」

 描いてもいいから高速道路で真っ赤な顔してハンドルに顔うずめるのをやめてくれ。

 

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