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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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二人の入院患者


 命あっての物種とはいうが、それまで健常者だった思春期の女の子が腕を失うという事はどのくらいの衝撃か。

 メンタル的な問題はもちろんだが、突然腕を失ったことにより、物理的、時間的な制約というのもでてくるだろう。

 例えば、自分でできていた着替えや洗濯などの家事が困難になったり、食事や、字を書くときの利き腕の矯正なども貴重な青春時代の時間を使ってしなければいけなかったりもするだろう。


 そういう意味で言えば、あかりはついていたといえるのかもしれない。


 あかりの腕が切断された翌日。

 俺とチアキさんがあかりの病室に入ると、あかりは昼食の真っ最中だった。

 大手術があった翌日とはいえ、消化器系への損害はなし。

 現在(・・)の利き腕も既に問題なく動くとあって、人目がない分、昨日のレストランでのランチよりも勢いよくモリモリと食べているほどだ。


 俺は食事の邪魔をしないように一緒に来たチアキさんと二人で病室の入り口でしばらくその様子を見守った後、食べ終わったあかりに声をかけた。


「食いすぎだぞ、あかり」

「ああ、お兄ちゃん……と、チアキさん!初めまして、兄がいつもお世話になっています」


 そう言ってあかりはベッドの上で頭を下げる。


「……初対面できちんと挨拶してもらえるだけで妙に新鮮だわ」

「まあ、みつきちゃんはあんなだし、柚那も慣れるまでは人見知りするタイプですしね」

「なんで他人事みたいに言ってるのかしら」

「え?」

「朱莉も相当ひどかったわよ…あ、ごめんなさいねあかりちゃん。改めて、鷹端チアキです。よろしくね」


 チアキさんはそう言ってあかりのベッドサイドにある椅子に腰を下ろした。

 でも、よろしくってなんだ?あかりはこの後記憶を消されて家に帰されるんじゃないのか?それなのによろしく?


「さて、あかりちゃん」

「はい」

「あなたのしてくれた提案、上層部は可決したわ」

「本当ですか?やったあ!」

「なんですか、あかりの提案って」

「うーん…どこから話したらいいかしら」

「どこからって、最初からお願いしますよ」

「どこが最初かわからないから難しいんでしょうが…昨日、あかりちゃんが手術をしたのは覚えてる?」

「ええ、すごく長い手術でしたよね」


でしたよね。とは言っているが、気を張りすぎたのか、戦闘の疲れからか、俺はその手術が終わるのを待っている途中で眠ってしまい、目覚めた時には寮の自室に寝かされていた。

 今だって寝起きでまだ目が覚めきったとはいいがたいコンディションの俺をチアキさんが無理やり引っ張ってきたのだ。


「そうね。誰かさんがついつい寝ちゃった位長い手術ね。その手術の後、昨日の夜中、目を覚ましたあかりちゃんに狂華が改めて事情を話したのよ。あなたのこととか、ナノマシンの事、それに敵性宇宙人のことをね」


 狂華さんかあ…なんとなくあかりと相性が悪いような気がするんだよなあ。

 面倒見はいいが、その分気持ちをまっすぐ口に出して言葉を尽くすあかりと、面倒はみるが基本的に放任主義で口数少なく『空気を読め』を地で行く狂華さん。どう考えても二人が仲よく楽しく話をしている図が思い浮かばない。


「で、まあそこで、狂華が迂闊な一言を言っちゃったらしくてね」

「迂闊な一言?」

「『みつきのせいで巻き込まれて、君も災難だな』だって。バカじゃないのあの人」


 チアキさんがこたえる前にそう言って、あかりはプイッと窓の外に視線を向けた。


「だから言ってやったの『私は自分の思う通りに好きにして、その結果巻き込まれたんだ』って」

「相変わらずはっきり言うなあ・・・」


 はっきり言うのはいいが、自分から巻き込まれたなんて事はあまり胸を張って言うことではないような気がする。


「まあ、口で言っただけだったらよかったんだけど、クラスメイトのみつきをバカにされたと感じて激昂したあかりちゃんが狂華の顔をぶん殴ったのよ。新しい右手でね」

「ああ、それで……」


 話を聞いて、俺は今朝、寮のリビングで何か言いたげにこちらを見ていた狂華さんの顔にシップが貼られていたのを思い出した。

 その時はてっきり昨日の戦闘でケガをしたのだろうと思ったのだが、犯人はあかりだったというわけだ。


 結局あかりの右腕は切断面がズタズタで接合は不可能と判断され、俺と柚那、それにみつきちゃんの身体を構成するナノマシンを少しづつ使って修復された。おかげであかりは普通の接合手術の術後と違い、リハビリもなし、その後の治療もなしで先ほどのように利き腕で元気にご飯が食べられている。

 また、本来俺たちの体を構成するナノマシンは普通の人間のパンチでは傷つけることもできないが、右手だけとはいえ、俺たちから受け継いだナノマシンの身体を持つ今のあかりならば、狂華さんに効果のある攻撃を繰り出すことも可能というわけだ。


「わたし、悪くないもん」

「いや、まあ俺もその気持ちはわかるけどさ」


 たしかに俺も狂華さんのみつきちゃんを敵視する様子は少し常軌を逸していると思うし、いい加減にしろよと思うこともないわけではない。


「でも、今度狂華さんに会う機会があったら謝っとけよ。暴力はよくないからな」


 たとえ、そんな機会があったとしてもあかりは忘れているだろうが。

 だが、考えてみればこうして叔父であり兄である邑田芳樹として、俺があかりと話しをするのはこれが最後なのだ。少しでもそれっぽいことを言っておきたい。


「こうしてみると朱莉ってお兄ちゃんなのねえ」

「余計なお世話ですよ」


 俺の心を読んだのだろう。ニヤニヤと笑っているチアキさんに俺はビシッと言う。


「あんまりビシッと言えてないわよ」

「だから人の心を読むのをやめてくださいって」

「まあ、そういうわけで、あかりちゃんと相性の悪い狂華の代わりに今日は私が来たっていうわけ」

「昨日の夜に何があったかはわかりました。でもまだ肝心のあかりの提案ってやつを聞いてないんですけど」

「さて、ここで問題!あかりちゃんの提案とは何でしょう。間違えたら今日のお昼は朱莉のおごり」

「だからわかんねえって言ってんだろ!」

「何いきなりキレてんのよ!今どきのキレる若者のつもり?あたしとそんなに変わらないのに若者ぶってんじゃないわよ!?」

「別に若者ぶってるわけじゃなくて、キレる若者は元々俺たちの世代なんですよ!…って、そんなことはいいから早く教えてくださいよ」


 団塊世代は老人になったし、麻薬の常習者の多い世代も高年齢化がすすんでいく。つまりそういうことだ。


「もともと、朱莉があかりちゃんに会いに行ったのって、みつきが学校で浮いていたからよね」

「ええ。その状況が改善されるなら、ダシに使われてもいいかなって」

「まず、その状況はみつきの勘違い。浮いているは浮いているんだけど、周りの子たちは別にみつきを仲間外れにしていたんじゃなくて、どうしていいかわからなかっただけ。まあ、はっきり言っちゃえば、最初にパニック起こして周りを拒絶したあの子のせいってわけ。で、みつきは考えた。クラスの輪に溶け込むために、まずクラス委員であるあかりちゃんを懐柔しよう」

「ああ、それはみつきちゃんが自分で言っていました」

「それは別にいいし、そういう手段も人付き合いの一歩って言えばそうなんだけど、毎回毎回そんなことになっても手間だし今回みたいなことになって巻き込んじゃっても厄介だしで、みつきを学校に通わせるのをやめようかっていう話になっていたの。朱莉だって毎週毎週違う女子中学生の相手をするのは面倒でしょう?」

「嫌ではないですけど、確かに面倒は面倒ですね。でも、だからってみつきちゃんを学校に行かせないっていうのはちょっと乱暴なんじゃないですか?」

「そこで、狂華をぶん殴った後であかりちゃんがした提案が、みつきの学校生活のサポートと、クラスでのチューター的な役割の請負い。報酬は記憶の保持と右腕の定期メンテナンス」


 チアキさんの言葉を聞いた俺はおそらく苦虫を噛み潰したような顔をしていたと思う。

 ぶん殴ったあとで条件出したなら、それはもう交渉とか条件とかそういうのじゃなくて、立派な脅迫だし。


「お前なあ、狂華さん脅すってどういう神経…」

「まあ、狂華は褒めてたけどね。殴られたのはともかく、朱莉よりあかりちゃんのほうが交渉事とかもめごとをまとめるのが上手なんじゃないかって」

「物事を拳でまとめるのが理想的ってわけでもないでしょう。大体俺はフェミニストだから女性を殴ったりしないですよ…あれ?でも承認されたってことは…」

「うん、これからもずっと一緒だよ」


 そう言って笑いながら、あかりはベッドサイドのワゴンに載っていたお見舞いのケーキの箱に手を伸ばし、手元に引き寄せる。

 あれ?目の錯覚か?あかりの位置からあの箱までは結構距離があったような……


「午前中にみつきちゃんが来てくれて持ってきてくれたんです。お兄ちゃんとチアキさんも食べます?」

「ううん、私はこの後朱莉にランチをごちそうになるからいいわ。遠慮せずにあかりちゃんが食べて。お腹すいているんでしょう?」

「じゃあ失礼して」


 あかりが俺の事を知っていてくれて、これからも会うことができる。それは素直にうれしいんだが…


「…あかり。あのな…」

「ん?ふぁに?」


 口いっぱいにケーキを頬張り、口の周りにクリームを点々とつけたあかりがこちらを見る。


「いろいろと言いたいことがあるんだけどさ」

「そりゃあ、お客さんの前ではしたないとは思うけどなんかお腹が空いてしょうがなくて」


 俺も魔法少女になりたての頃はナノマシンの制御がうまくいかなくてすごい量のカロリーを消費していたので、今のあかりのお腹の空き具合は理解できる。

 チアキさんだって経験しているはずなので、そこについては今更何とも思わないだろう。だが、問題はそこではない。


「お前、なんでいきなり腕を使いこなしているんだよ」

「え?普通じゃないの?」


 人差し指を文字通りフォークの代わり、いやフォークの形にしてケーキを食べていたあかりは手を止めてチアキさんを見るがチアキさんは苦笑しながら首を横に振った。


「普通じゃねえよ!なんだよその見事なフォーク!俺なんていまだにそんな器用に体の形を変えたりできねえよ!」


 というか、そんなに器用に身体の形を変えられるのって関東だと狂華さんくらいじゃないか。


「…いやあ、ほら。私って昔から天才型じゃん?今朝お医者さんから説明受けてやってみたらできちゃった」


 でた、天才型。

 確かにあかりは自分で言う通り天才型というやつで、身近な例で言えば家で予習復習をせずともテストで満点を取るタイプだ。

 しかし、自分でなんでもこなせる反面、物わかりの悪い相手になにかを説明するということを苦手としている。

 説明するのが苦手な分、言葉を尽くして話すのだが、相手からするとそれは時として理詰めで詰問されているように感じられることも多く、脳みそまで筋肉である末っ子の沙織とは余計な衝突をすることもしばしばだ。

 まあでも、そのあたりは同じ天才型でありながら自分でやればいいやと諦めてしまっている狂華さんとは対照的だと言える。


「すっごく便利なのはいいんだけど、どうせなら両腕ともナノマシンにしてもらったほうが便利だよねえ。片腕だとナイフとフォークを同時に使えないからさ」


そう言ってあかりは人差し指はそのままに親指をスプーン、中指をナイフ、薬指と小指で鋏を作って見せた。

なんて言うか…


「右ぃみたいだな」

「ライダー男のアタッチメントみたいね」


 図らずもチアキさんと同時に感想が口から飛び出したが、ここについてはちょっと世代が違ったようだ。


「なにそれ」

「あのね、昔々仮面…」

「いいですから」


 あかりに至ってはどっちも知らないし。

 まあ、それはさておき。


「器用なのはわかったけど、うっかり学校でやるなよ。そんなの中学生が目撃したらトラウマになっちまう」

「はーい」

「…ねえ、あかりちゃん。あなたもしかして変身できる?イメージとしてはナノマシンの形を変えるんじゃなくて、自分の表面を覆い隠すように薄く膜を張るような…」

「いやいや、チアキさんさすがにそんな無茶なことできるわけないじゃないですか。使ってるナノマシンの量も違いますし、俺や柚那だって結構な期間練習してやっとできるようになったんですからそんな簡単に…」

「できました」

「あ、できちゃうんだ…」

「変身したら右腕なくなっちゃいましたけど」

「なくなるんかい!」


 あかりの姿は赤いフードをまとった、赤ずきんのような姿に変わっていた。よく見るとたしかに右腕が消失してるが、フードのついているマントが長いためあまり目立たない。


「……ライダー男というよりはG3マイルド…?」

「いや、その例えは、いまどきの子供にはかなりわかりづらいっすよ」


 とはいえ、チアキさんのたとえはなかなか的確だ。少ないナノマシンでの変身ゆえにあかりから感じる魔力は、柚那やみつきちゃんなどと比べてかなり少ない。実際に敵性宇宙人と戦ったとしたら戦闘員との戦闘が1対1でなんとかこなせる。くらいのものだろう


「もう少し強ければなあ…」

「これ以上あかりを巻き込むのはやめてくださいよ」

「もちろんこれ以上は巻き込まないわよ。…というより巻き込めないわ。いちばん最初に狂華があかりに魔法少女になるかどうかを聞きに行ったときに、適性の話をしたでしょう?あの適性っていうのは、その人に使えるナノマシンの上限の話なの。今現在魔法少女になっている人間はナノマシンの割合が75%~85%。現在のあかりちゃんは20%ってところで、検査してみたらあかりちゃんの上限は35%。上限いっぱいいっぱいまで移植して、それを完璧に使いこなしたとしても、あかりちゃんは完全な魔法少女にはなれない。かなり頑張ってやっと半人前ってところね」

「割合がわかってれば大体予想つくじゃないですか。なんで変身させたんです?」

「私の趣味、設計なしで変身するとどうなるんだろうなって思って」

「殴りますよ」

「ちょっと、フェミニストはどこに行ったのよ!……まあ趣味っていうのは冗談だとしても彼女が戦力になりうるかを見ておきたかったのよ」


 チアキさんは、あかりが戦力にならなさそうだったことにがっかりしたのか、少し残念そうな表情でそう言った。


「…でも、まだ割合を増やせるんですよね?だったら増やしてください。限界ギリギリまで」

「あかり!?」

「別に進んで戦う気はないですけど、万が一巻き込まれちゃったときに自分の身は自分で守れるようにしておきたいんです」

「いや、頼むから巻き込まれないようにしてくれよ」

「お兄ちゃんはちょっと黙ってて」


 なんかすごい顔で睨まれてしまった。


「たとえば学校でみつきちゃんと一緒にいた時なんかに、昨日みたいに巻き込まれたりしたら、今のままじゃ足手まといになっちゃいますよね?でも半人前でも雑魚を倒せる人間が一人いればみつきちゃんも戦いやすくなるんじゃないですか?」


 考えたくはないが、現在の予報の不確実さを考えるとありえないとは言い切れない想定だ。


「そうね……朱莉はどう?」

「どうって…」


 ここで俺に話を振るか。


「本人の希望だし、コントロールも天才的だし、多分この提案はまた通ると思うわ。でも、事情を知っているあかりちゃんの保護者として、賛成?反対?」


 この人は本当に厭らしい。ここで反対すれば俺はあかりから多少なりとも恨みを買うことになるし、賛成すれば責任は全部俺だ。


「さあ、どうする?」


 やっぱりこの人は大天使なんかじゃなくて、悪魔だと思う。


「…賛成です。記憶があって自分が戦えるっていうことをわかっているあかりを中途半端以下の状態で放っておくのは危険ですから」


 例えばクラスメイトが怪人に襲われていたら、あかりは負けることがわかっていても戦うだろう。

 だったら少しでも戦闘力を上げておくのが良策だ。


「決まりね。じゃあ今日はいったん退院よ。さすがに連日みつきのところにお泊りっていう言い訳は通らないだろうし、明日は学校もあるしね。後でみつきと、みつきのお父さん役の人がくるから、一緒に車で帰ってもらって、提案が通ればまた来週来てもらうことになると思うわ」

「わかりました」


 あかりはそう言ってベッドから降りるとチアキさんのほうへ向きなおり深々と頭を下げる。


「兄ともどもご迷惑をおかけしますが、これからもよろしくお願いします」

「ええ。よろしくね、あかりちゃん」




「別に俺が送って行っていってもいいのに・・・って顔してるわね」


 あかりの病室を出て廊下に出たところでニヤニヤしながらチアキさんが話しかけてきた。


「…顔っていうか、心を読むのやめてくださいって」

「まあ、そう拗ねなさんな。みつきの保護者とあかりちゃんの保護者の面通しをしておくのは朱莉のためでもあるんだから」

「俺のため?」

「休みの日にみつきがあかりちゃんを連れ出そうとしたときに、朱莉の両親は顔もわからない相手に大切な娘を預けないでしょ?こっちがあかりちゃんを預けてもらえるくらいに信頼を得ることができれば、たとえば長期休暇の時に寮に泊まりに来てもらうとか、一緒位旅行にいくとか、そういうこともできるでしょう」


 なるほど、それで俺のためか。

 昨日もめた相手のために狂華さんが動いてくれるとは思えないし、もちろん柚那にもそんな権限はないだろう。


「あの…チアキさん」

「ん?」

「その…すみません。なんか、俺チアキさんのことを誤解していたかもしれないです」

「そうね。朱莉が魔王だと思っていたチアキさんは実は大天使だったってわけね」

「……やはりご存知でしたか」

「別に聞きたくなくても本音が聞こえてきちゃうんだから我ながら難儀な身体よね」


 顔で笑って心で嘲笑って。

そんな相手の本音がダダ漏れで流れ込んでくる。考えたくもない話だが、チアキさんはそんな一種の地獄のような世界に身を置いている。

 自分で身に着けた能力だからと、ここに来る車の中で笑っていたが、常に聞こえてくる建て前と流れ込んでくる本音の奔流は常人では耐えられるものではないだろう。


「まあ、朱莉はもちろん、狂華や柚那。それにみつきも本音と嘘を使い分けようとしないから一緒にいて、すごく楽だけどね」

「はは…俺としては、大天使が大堕天使でないことを祈るばかりですが……」


 求められる見返りは果たして俺に払いきれるものなのか。


「話が早くて助かるわ。今回の件の私の要求は、ボランティアの件を内緒にしてもらうこと」

「あ、じゃああの件って本当だったんですか?


 俺はみつきちゃんの言っていたチアキさんのボランティアの話を思い出しながら訊ねる。


「半分本当で半分は大げさなデマ。私はボランティアには行っているけど、それほど寄付はしてないわ。みつきがアルバイトって言っているのは、まあ……一応お給料ももらっているしアルバイトっていうのは間違いじゃないわね」

「チアキさんの友人って誰なんです?」

「まあ、ぶっちゃけちゃえば黒須よ」

「……そういう仲なんですか?」

「ああ、違う違う。そういうんじゃなくて、彼はもともと私の店の常連でね。で、黒須はウチの組織から私の勧誘を委託されたの。で、結果的に私の勧誘に成功した黒須のところには、そこそこの金額のお金が入って、そのお金を元手にして彼の奥さんが児童養護施設を開いたの。私がボランティアに行っているのはその施設」


 でもそれって、黒須さんがチアキさんの命と引き換えに奥さんに貢いだお金っていうことなんじゃ……


「あるものは使えばいいのよ。そもそも私自身色々あって余命半年とか言われていたからちょうどよかったし」


 そう言ってチアキさんは笑う。


「でも…」

「詮索禁止。やるなら朱莉一人の時にして」

「…ですか」

「不器用でまっすぐな朱莉のために一つ言っておくと、世の中や人間同士の関係っていうのはあなたが思っている以上に複雑なのよ」


 そう言って笑うチアキさんの笑顔は何もかもを割り切った大人の笑顔だった。


「長く生きてきて人生経験豊富なチアキさんが言うならそうなんでしょうけどね。…それはそうと俺たちはどこに向かっているんですか?出口とは逆方向な気がするんですけど」

「もう一人の入院患者のお見舞いよ」


 チアキさんがそう言って指さした病室の患者名の書かれたプレートには『宇都野 都』と書かれていた。


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