魔法少女はじめますか
16/08/19 少しだけ加筆修正
――その日、俺は魔法少女に出会った。
ここ三年ほど世界的に魔法少女ブームが起こっている。
この日本という国の中、それもごく一部だけでそういったマニアックなものやサブカル的なものが流行るのはこれまでにも何度かあったが、世界規模で起こるというのは珍しい。
そしてかくいう俺、邑田芳樹もしっかりと魔法少女にハマっている人間の一人だ。
「邑田さんって、本当にそういうの好きっすよね」
休憩室で魔法少女たちの最新情報をチェックしていると、職場の後輩である柿崎君が俺の携帯を覗いてニヤニヤと笑いながら話しかけてきた。
「そういう柿崎君だって大分ハマっているじゃないか。それ、魔法少女クローニクのストラップだろ?」
「へっへっへ。実はそうなんですよね~。何を隠そう俺は狂華ちゃん派っす」
「でもあのキャラってちょっと頭おかしいだろ?前のシリーズで一番人気だったみつきちゃんが死んだのって狂華が見捨てたせいだしさ」
若干あざといところが見え隠れしていたものの、それでも最年少の根津みつきちゃんは前シリーズの中では抜群のルックスでファンの心を鷲づかみにしていた。
小学生ということであどけなさの残る彼女がまとうヒラヒラの衣装はとても魔法少女らしく俺も前シリーズの中では二番目に好きだったキャラクターだ。しかし仲間であるはずの狂華という魔法少女がみつきちゃんのピンチを助けなかったために彼女は劇中で死亡し、現在は魔法少女を引退。現在はあちこちのバラエティ番組でちらほらみかけるが、元来人見知りなのか、ちょっと浮いている。
問題の狂華は無口でいまいち何を考えているのかわからないキャラクター。
衣装もベレー帽に眼鏡にショートパンツ。魔法のステッキは大きな万年筆と、他の魔法少女に比べるとかなり地味だ。
しかし関東地方で放送されているクローニクの中で、初期からずっと出続けているのは彼女だけなので、もしかしたら世の中にはああいう頭のおかしい、正義の味方としてどうかなと思うようなキャラクターが好きな人間が結構いるのかもしれない。
「何言ってるんですか。そういうクールなところが良いんじゃないですか。わかってないなあ邑田さんは。だいたいあんなの脚本なんだから狂華ちゃんが悪い訳じゃないでしょう」
「わかってないのは柿崎君のほうだろ。俺はああいう捻くれた奴は、設定でも脚本でも大嫌いなんだよ。もっとこう、やさしくしてくれるような。そうだなあ…魔法少女の中で言えば、チアキさんがいい」
チアキは魔法少女たちのお姉さん的な立ち位置で、別の国で魔法少女をしていたという設定の第二シリーズから参入した新キャラだ。ロシアンハーフの彼女は彫が深く大きな青い目と金髪。それにいかにも外国人というような片言のしゃべり方。
衣装はクラシカルでありながら深いスリットの入ったロングのメイド服にニーハイソックス。
スリットから覗く豊満な太ももに忍ばせたホルスターから取り出すカトラリーを投げて攻撃する。その攻撃方法に世の中のお父さんたちは毎週ドキドキさせられているともっぱらの評判だ。
「邑田さん30過ぎて童貞っすもんね。最初はやさしく教えてくれるお姉さんタイプがいいっていう気持ちはわかりますけど…お姉さんタイプって言っても、彼女って邑田さんよりはるかに歳下なんすよ。年下相手にリードされたいってどうなんです?」
「うるさいよ!余計なお世話だよ!大体リードされるかどうかわからないだろ!彼女はきっと処女だ!」
「うわあ、本気で言ってそうで怖いっすね。テレビに出てる子でそんな子いるわけないじゃないですか。枕営業でとっくにそんなの捨ててますって」
「おう、なんだ?君は俺に喧嘩を売ってるのか!?」
「いやいや、喧嘩売ってるわけじゃないっすよ。喧嘩売ってるわけじゃなくて、いい年して処女廚っていうのもどうなんだろうかって心配しているんです」
本気でこちらを心配している様子に腹が立つが、柿崎くんより5つも年上の俺は怒鳴りたいのを我慢して平静を装う。
「別に俺は処女廚というわけではないのだよ、柿崎君。ただ、どうせそういうことをするのなら貞淑な女性のほうがいいだろう?女性だってそうに決まってるじゃないか」
「…一応言っておきますけど、童貞と処女は等価じゃないっすからね」
「童貞童貞言うな!」
「邑田が童貞なのはいいが、お前らいつまでサボってるつもりだ?あと1フロアだからってサボっていていい理由にはならないぞ。さっさと行け」
「うーい」
「行ってきまーす」
休憩室に入ってきた上司に追い出され、俺たちは仕事道具を持ってエレベーターへと向かう。俺たちの仕事はビルの夜間清掃。朝6時までにこのビルの床をピカピカに磨き上げるのが俺たちの仕事だ。
「しかしダルいっすよね。俺もっと面白い仕事したいっすわ。できれば魔法少女の番組の裏方とかそういう役得がありそうな仕事」
「役得って?あまったロケ弁がもらえるとかかい?」
「いやいやぁ、撮影時間になって楽屋に呼びに行ったときなんかに、狂華ちゃんの着替えシーンにでくわしたりとかしそうじゃないですか。というか、その立場だったら、俺はむしろ狙ってやりますけどね」
そう言っていい笑顔で拳をグッと握る柿崎くんを見て俺の口から思わずため息が溢れる。
「…君は本当に欲望に忠実に生きているよな。でもこの仕事にも役得はあるだろう。誰もいないビルの高層階から朝日が拝めるのって結構役得じゃないか?」
そう言って俺はエレベーターに乗ると最後に残していた最上階のボタンを押した。
「クサッ!っていうか、枯れてるなあ、邑田さんは」
フロアの掃除を終え、昇ってきた朝日を眺めながら用具の片づけを行い通勤客満載の満員電車とは逆のガラガラの電車でウトウトと居眠りしながら帰る。俺はその単調な習慣を毎日当たり前に行い、そして今日も当たり前にそれを行うつもりでいた。
いつものようにエレベータを降りれば誰もいないフロアに出る。はずだった。
「なっ…一般人…!?」
フロアにいたのは、まさについ先ほどまで柿崎君と話題にしていた女の子。魔法少女の狂華だった。
「え…?撮影中?」
今までも清掃に入ったビルでドラマや映画の撮影が行われていることはあったが、そういう予定は朝礼であらかじめその旨の連絡がされていた。しかし今日はそういった話はまったく聞かされていない。
「このフロアから出て行け!早く!」
「うおおおっ!コスプレかと思ったけど本物じゃん!」
テレビで聞くよりも甲高い声で狂華が叫ぶが、柿崎君気にせずに興奮気味に狂華のほうへと駆け寄る。
「だめだぞ、柿崎君。撮影の邪魔になるからフロアを出よう」
俺は年上らしくそう言って柿崎君をたしなめるが、目の前で有名人がいるという興奮を抑えきれず柿崎君を止める風を装って彼女に近いた。
こちらが退去するつもりがないことを悟ると狂華は忌々しそうに顔をゆがませてこちらを睨みながら叫ぶ。
「出ていけと言っているんだ!」
「そんなに怒らないでよ。って、いうか狂華ちゃんって意外と喋るんだね。やっぱりあの無口キャラって台本上のことなんだね」
「早く出て行け!邪魔だ!」
「口が悪いなあ。確かに撮影現場に入り込んじゃったのは悪かったけどこっちは一応ファンなんだからさ、もう少し愛想を良くしてくれてもいいんじゃないかな?」
「…こちら狂華。一般人が入り込んでいる。どういうことだ?」
柿崎君の言葉を無視すると、狂華は耳につけていたインカムに向かって短くそう言った。
おそらくもうすぐスタッフなりセキュリティがやってきて俺たちは退去させられるのだろうが、それでかえって柿崎君は開き直ってしまったらしく、しつこく狂華に話かけている。
「ねえ、狂華ちゃん。いったい何ピリピリしているんだい?言ったろう、僕は君のファンなんだ。何もしないって」
そう言ってさらに近づこうとする柿崎君の喉元に狂華が巨大な万年筆を象ったステッキを突きつける。
「警告はした。君たちが生きていたらまた会おう。…生きていたらな」
バチっとした刺激を受けて目を開けると白い石膏ボードの天井が目に入った。
ベッドの硬さや口元に取り付けられている酸素マスクからして、多分病院にいるのだろう。
(…知らない天井ってやつか。)
そんなお約束なことを考えながら体を起こそうとしたが、麻酔がかけられているのか腕や腹にうまく力が入らず、ベッドから起き上がることができず、身をよじっただけで終わってしまった。
その後も何度か起き上がろうと試みるが、腕が動かず足にも力が入らないし、酸素マスクがつけられているので大声で助けを呼ぶこともできない。。
そんなことをやっているうちに病室のドアが開き、見覚えのある少女が入ってきた。
「意外と元気そうだね」
ベッドサイドにやってきた狂華はそう言ってタブレット型の端末に目を落とした。
「邑田芳樹、34歳。職業、清掃業か」
眉ひとつ動かさず、対して興味も持っていないような声色で狂華はそうつぶやく。
「俺は何でこんなところで寝ているんだ?確か俺は仕事中に君にあって…」
「喋れるか。大したもんだ。ああ、君は私にあって、そして死にかけた」
「死にかけた?撮影中の事故か何かか?」
「ちょっと違うな。原因は後で話すが、今の君は生きているというよりは生かされているといった状況。百聞は一見にしかず。自分の目で見てみるといい」
狂華はそう言ってタブレットを操作すると画面をこちらに向けた。画面にはカメラに映った俺の姿が映し出されていた。俺の顔には傷はなく、顔色も悪くはない。しかし、俺の身体にかかっているシーツのふくらみは、俺の身体の大きさから考えるとどう見ても少ない。
「…現在君の身体は、肋骨から下がない。腕も無くした。実のところ今こうして話ができているのは生命維持装置のおかげというわけだ。つまり、こちらがその気になればスイッチひとつで君は死ぬ」
狂華はまったく感情がないかのように淡々と言葉をつむぐ。
「そこで、君に取引を申し出たい」
「取引?」
「君…魔法少女にならないか?」
「…は?」
「魔法少女になってくれるのであれば、私たちは君を全力で生かそう。ただ、魔法少女にならないのであればすぐに機械のスイッチを切ることになる。どちらの場合も、君は事故死扱いになり、ご家族にはそれ相応の保険金が支払われることになる」
狂華はそう言って支払われるらしい金額が表示された画面を俺に見せた。
「…って!ちょっと待ってくれ。俺は男だし、そもそも魔法少女になるってどういうことだ?撮影の事故に巻き込んでおいて魔法少女になれ?もう何を言ってるのかわからない」
「君が男であった時の象徴はもうないのだから男であったかどうかはこの際問題ではないんだ。それに新しい身体はこれから作るから、魔法少女になるのであれば女性の身体を用意する」
「どうやるんだか知らないけど、身体が用意できるんだったら男性の身体を用意してくれよ!そうすれば魔法少女がどうこうなんて話にはならないだろ!」
「それは無理だ。生きるにせよ死ぬにせよ、君が元の生活に戻ることはない。事故とはいえ、君は魔法少女の領域に足を踏み込んだ。そういう人間を一般社会に戻すことはできない」
そう言って狂華は俺から視線をそらすが、心持ち、表情が暗いように見える。
「また魔法少女…なあ、魔法少女って、一体なんなんだよ」
「君が今までテレビで見ていた通りの正義の味方だ。ただ、もちろんテレビの番組の中での話ではない。各国が国家の総力を挙げて用意をする人類の味方の事。各国の最新技術を投入された私たちは、君が襲われたような宇宙からの侵略者に対抗するための存在だ」
「宇宙人だあ?それこそテレビの設定じゃねえか!」
言われて思い出した。あの時、確かに俺と柿崎君は彼女と一緒にテレビで見たような宇宙人の戦闘員や怪人に襲われた。
「そう。全世界の魔法少女番組がすべてその設定。その意味を考えたことはないか?」
「…まさか全世界でお前の言うような荒唐無稽なことが起こっているっていうんじゃないだろうな?」
「正解。大国気取りで『地球人代表だ』みたいな顔をして勝手に宇宙人と交渉していた某国が交渉をしくじって以降、地球は攻撃を受け続けている。だからといって、バカ正直に『宇宙人から攻撃を受けています』なんてことを言えば一般人はパニックになるからな。それは伏せて私たちが随時応戦をしている。今の地球の状況はそんな感じだ」
「…じゃあ、魔法少女ブームって」
「国と広告代理店、それにマスコミの世論誘導だ。あれだけ荒唐無稽な設定のものが流行ってテレビで見慣れてしまえば、いざそういう場面に出くわしても『撮影だった』で納得できるし、パニックにも陥らないだろう。たとえ死んでもまず死体は出ないしな」
その、死体が出ないというのが、宇宙人とやらのせいなのか狂華達がなにかするからなのかは分からないが、背筋が寒くなる話だ。
「確かに慣れていればパニックには陥らないかもしれないけど、俺みたいに事故に遭う人間が増えるんじゃないのか?」
「その辺りは万全を期している。そもそも今回の件はかなりのイレギュラーなのだ。いつもあの時間には帰っているはずの清掃業者がまだ残ってるとは誰も思っていなかったからな。大方休憩室ででもサボっていたんだろうが、真面目に最後までやろうとしたのが災いしたな。自業自得だと諦めてもらうしかない」
そう言って狂華は俺を睨みつける。
「…私にとっても今回の件は大失態で最大の汚点だ。せっかく三年間ノーミスでやってきたというのに、私がこの仕事についてから最初のミスがこんなこととは…まったく、何がミスに直結するかわからないものだ」
「ちょっと待てよ。まず、俺に対してごめんなさいじゃねえのかよ」
「警告に従わなかった君が悪い。あの時点で退去していれば君はそんな姿にならずに済んだんだからな」
「はあっ?どう考えたってお前が悪いだろうが!『巻き込んでごめんなさい』これを聞かなきゃ俺は魔法少女になんかならないからな!」
「それならそれで君が死ぬだけだ。私は別に構わないぞ。大体私は…」
狂華が何か言いかけた時、彼女の持っている通信機らしいものからアラームが聞こえる。
どうやらアラームは着信を告げる音だったらしく、狂華はその通信を受けるために慌てて一度部屋を出て行ったが、すぐに戻ってきてものすごく嫌そうな顔で「ごめんなさい」と小さい声で言った。
「聞こえないなあ」
「…巻き込んですみませんでした」
「目を見て謝れよ」
「巻き込んですみませんでした!」
狂華はそう言って涙目になりながら睨むようにして俺の顔を見て大声で謝った。
謝意があるようには感じられないが、とりあえずは良しとしよう…涙目がすこし可愛かったし。
それにここまで三年間、ノーミスでやって来たと言うことは、彼女はこの仕事に挟持を持っているのだろう。
そして、俺はそれを偶然とはいえ失敗させたのだ。そう考えればこちらにも非はある。巻き込まれてひどい目にあったからといっていつまでも意地を張っていても仕方がないだろう。
何より俺の生殺与奪は彼女、ひいては彼女が報告をするであろう彼女の上司が握っている。これ以上ゴネて心証を悪くした結果「やっぱり死んでいいです」と言われても困るのでこの辺が潮時だと思う。
「こっちも警告に従わなくて悪かった。これからは気をつける」
「これから…と言うことは」
「他に選択肢はないからな。まだ死にたくないし魔法少女でもなんでもなってやるよ」
「…わかった。上にはそう伝える」
「あまり嬉しそうじゃないな」
「そんなことはないさ。失敗を挽回するために受けた君の勧誘の仕事を無事に達成したんだ。嬉しくないことはない。ただ、これでまた足手まといが増えるかと思うと少し憂鬱なだけだ」
「足手まといは酷いんじゃないか?確かに最初からそんなに役に立つとは思えないけど、そのうちきっと役に立てるようになってみせるぜ!」
俺はそう言って今はもうない右手でサムズアップをするイメージでいい笑顔を作るが、狂華はそんな俺を一瞥すると小さなため息をついてタブレット端末に視線を落とした。
「だといいけどな。ではこれから魔法少女としての待遇の説明と、君の新しい身体についてのカウンセリングに入る」
「反応薄いな…」
「時間が押しているし過剰に反応しても疲れるだけだからな。まず待遇だが、給与は年俸1千万スタートで一年更新。これを12月で割ったものを指定日に支給する。それに加えて出来高が一戦当たり5万。撃破ボーナスが兵士クラス1体あたり1万。怪人クラス一体5万。これは末締め、翌月払いだ」
「随分とまあ…」
「安いか?」
「いや、給与体系が普通の会社員みたいだなと思って。金額には特に不満はないよ」
手取りでどのくらいになるのかはちょっとわからないが、それでもいままでよりは断然いいのは間違いないしそこについては本当に不満はない。
「まあ普通の会社員はこんなに出来高に偏らないだろうが、基本的に我々は公務員だからな。給与についてはお役所仕事なんだ。それと、週休は特に定めていない。これは休みがないわけではなく、宇宙人が襲来しない日、それとテレビのドラマパートの撮影がない日は基本的にオフだということだ。身体を鍛えるもよし、魔法の修行に励むもよし。弱いままでは稼ぐこともままならないからな。もちろんトレーニング施設はこちらで提供するからそれは心配しなくていい」
「襲来がなくても基本給はもらえるんだよな?」
俺の質問に狂華は大きく頷いた。
「もちろん。それと宇宙人の襲来は今までの経験則からだいたい週1から二週間に1回くらい。一応予報が2日前には出るようになっているから予報がでなければ短期の旅行に行くことも可能だ。まあ実際には今をときめく魔法少女が軽々しく旅行になんていけないけどな」
「ああ、確かにチアキさんとか目立つし、みつきちゃんとかも人目を引きそうだよね」
現在のお気に入りと、前シリーズの中心人物を思い出して俺はうんうんと唯一動かせる首を動かして頷いた。
「なるほど。君は視聴者の中でもかなり熱心なほういうことか。で、あればファン心理はある程度わかるだろうからここの説明は割愛するぞ」
「いや、でも俺にファンなんてつくのかな」
「つくさ。私にだってついているくらいだからな」
そういえば、柿崎君も彼女のファンだとかって言っていたっけな。
「次に福利厚生だが、生活費は基本的にかからない。寮があるし、寮から近い本部の食堂は無料だからな。それと撮影の時はメイクも服も専任のコーディネーターがつくから、今まで34年間ネルシャツばかりだった君でもしっかり女の子としてやっていけるだろう。食堂で食べるのが嫌な時や外で食べたい時の飲食代や交通費なんかは実費だが、生活する上でお金を使うのはそのくらいだから問題はないと思う」
「え、趣味はしちゃだめなのか?」
俺がそう訪ねると、狂華は驚いたような表情で俺を見る。
「趣味があるのか?君は…なんというか、休みの日はネットに入り浸っていて無趣味。の代表のように見えるんだが…ああ!国内外のアニメは本部のアーカイブにすべてあるからわざわざディスクやデータを買わなくても大丈夫だぞ。もちろんドラマや映画もあるが、君はこっちには興味ないだろう」
「まあ…否定はしないけど。じゃあ、ゲームなんかもあるのか?」
「ああ。一応、寮の共用スペースにはそういうものもある程度揃っているぞ。ボードゲームからテレビゲームまであるが、今、私とチアキがハマっているのは格闘ゲームだな。それとFPS。あれは良い訓練になる」
「いや、その…俺がやりたいのは恋愛シミュレーションゲームなんだけど、そういうのもある?できれば部屋に持ち帰れると嬉しいし、自分のパソコンも買いたい」
「ああ、エロゲーか」
口に出したくなかった単語をオブラートで丁寧に包んだにも関わらず、オブラートを乱暴に破って狂華がポンと手を叩く。
「直球で言わないでください…」
このジャンルのゲームはもう長年連れ添ってきた恋人のようなもので、自分ではかなり開き直ったつもりでいたが、面と向かって女の子に言われるとやはりそれなりに恥ずかしいものだ。しかし狂華は俺の気持ちを知ってか知らずか、さらにど真ん中の直球を投げ込んでくる。
「…なあ、前から聞いてみたかったんだが、君らはシミュレーションばかりしていて一体いつ本番に行くんだ?」
「デリケートな事を直球で聞くのやめてもらえませんか!?」
「ああ、すまん。確かにデリケートな問題だよな」
「その心底同情したような顔がメチャメチャムカつく!」
「魔法使いから魔法少女に転職…か」
「余計なお世話だ!で?他には?」
「まあ、こんなところか。一応年金の設定もあるが聞くか?」
「設定って言っちゃったよ!」
「発足して三年だからまだ貰った人間が居ないんだ。まあ、さっき言ったこと以外は基本的に国家公務員のそれに准じると思ってくれればいい」
「ざっくりだな」
「多すぎてざっくりとしか話している時間がないというのもある。後で研修のときに冊子が配られるからそっちを見て、わからないことがあれば私でも他のものにでも聞いてくれ。それで、君の新しい身体の容姿なんだが…どうしたい?」
「丸投げかよ!」
「人の決めた容姿でいいならこちらにお任せというのもあるがどうする?」
「それは…嫌かな」
とんでもない容姿や、俺の好みの正反対の容姿にされても嫌だ。
「ならば君の希望を聞こう。君はどんな子になりたい?」
「そうだなあ…美少女なのはもちろんだけど、ロングヘアーで胸も結構あって、優しい感じの少しお姉さんタイプだと嬉しいかも」
「なるほど、ステレオタイプな幼なじみ好きか。なにか資料はあるか?もしくは芸能人だと誰といったような。あまり二次元のモデルはおすすめしないが」
「あ、じゃあ俺の携帯のアルバムフォルダ…紫ってフォルダに写真が入っているから、あんな感じがいい」
「わかった。変身した後の髪の色はどうする?関東の場合は私が青でチアキが銀。それと、順調ならあと一人、緑が入る予定だからそれ以外がいいと思う。被ると集合した時にちょっとやりづらいからな。というか、グッズ展開で色々と不都合がでる」
なんだか生々しい事情を語りながら狂華がタブレットを操作していく。
「ピンク…いや、赤…レッドで」
俺がモデルにしようとしている人物には赤が似合う。実際、彼女は昔髪を赤く染めていたこともあるし。
「わかった。よろしくな、リーダー」
「は?」
「前シリーズではリーダー格のみつきの髪が真紅だったろう?基本的に赤は主役扱いだ」
「その前って赤の人いなかったよな?」
番組が3つにわかれた時に、関西に移った「ひなた」というキャラクターが赤になったはずけど、オリジナルメンバーの四人の中に最初赤はいなかったはずだ。
「いないならいないでそれなりにやるが、いるならレッドがリーダーというのは前の長官の方針だ。諦めろ」
「だったらピンクに変更します!」
「30過ぎの男がヒロイン希望か。それはそれで気持ち悪いな」
「く…黒」
「そういう二枚目は君のキャラじゃないだろう。君はせいぜい黄色でカレーを食べているのがお似合いだ」
「黄色を差別するなよ!」
もしかしたらアルティメットピンクの次に魔法少女の才能があるかもしれないだろ!!
……三話で死ぬかもしれないけど。
「と、とにかく黄色!黄色で!」
「すまないが赤で決定してしまった。しかも承認が下りてでロックをかけられてしまったから私ではもう変更できない。…まあ、いいんじゃないか?黄色の魔法少女とか、嫌な予感しかしないし」
……この子もこの子で、意外と造詣が深いようで。
「ていうか、リーダーってこんなことで決めていいのか?」
「しかたないだろう。そう決まってしまったんだから…さて、そろそろリミットだが」
そう言って狂華が腕時計を見るとベッドサイドに置かれている大きな医療機器が一斉にけたたましいアラーム音を立て始める。
「リミット?」
「今つながってい生命維持装置のリミットだ。これからすぐに、君は魔法少女化の手術に入る」
「早く言えよ!大丈夫なのか?間に合うのか?間に合うんだろうな!?」
「間に合わせるさ。そして次に起きた時には、君の姿は邑田芳樹ではなくなっている」
そう言って狂華は少し申し訳無さそうな表情を浮かべた。
「……邑田は邑田のままでもいいが、下の名前を考えておいたほうがいいぞ。自分で決められない時はこちらの幹部が直々につけるのだが、正直それはオススメしない。以前も何度か揉めたからな」
そりゃあ揉めるだろう。俺だってレッド=リーダーなんていうステレオタイプな物の考え方をする人間達に名前付けを任せるなんてことしたくない。「君は今日から『主人公子』略して公子だ!」なんて言われかねない。
「ちなみにこちらに任せると多分公子になるぞ。理由はレッドだから主人公で――」
俺の予想を裏付けてくれる狂華の声を聞きながら、俺の意識は急速に遠のいていき、あっという間に闇に呑まれた。