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私の邪悪な魔法使いの友人  作者: ロキ
シーズン1 魔法使いの塔
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第二章 3)アビュ登場

 外から見たときは間近に聳えていたので、その塔の全貌がよくわからなかったが、少し中を散策してみて、その構造が何となく把握出来てきた。


 まず中央にメインの塔がある。

 その塔から、北と西と東それぞれ三方に向かって回廊が伸びている。その回廊の果て、それぞれ塔が建っている。


 北の塔が召使いたちの居住スペースや厨房など、東の塔が応接の間や、私が寝ている客間などがある建物だ。そして西にはプラーヌスの私室があるよう。

 私は今、その北の塔の螺旋階段を上っているらしい。


 石壁のところどころに小さな窓が設えられていた。私はその窓から、外の眺望を恐る恐る覗き込んでみる。

 そこには恐るべき光景が広がっていた。地上がはるか遠くにあり、鳥が眼下を飛んでいる。塔の中庭で働いている召使いがまるで豆粒のようだ。

 一瞬、恐怖で身体がすくんだ。思わず窓から離れて、螺旋階段の中央のほうを歩くようにする。


 私が生まれ育ったのは港町である。

 当然、このように巨大な建物はない。画家という仕事柄、小高い山に登ったりして、そこからの眺望を眺めたことはあるが、そのときの光景とは比べようもない。

 この垂直感、はるか遠くに地上が広がっている感じ。窓は小さいからそこから落ちることはありえないけれど、何とも言えない恐怖が襲う。

 まだ階段は上に続いていたが、これ以上階段を上がっていくのが嫌になって、私は次の通路を右に曲った。


 夜になると深刻な闇に包まれ、階段を上ると、切り立った崖に居るような心細さが襲う。

 この塔は様々な恐怖で溢れているようだ。私は額に流れる冷や汗を拭う。

 しかしその通路を歩いていると、決して香ばしいとは言えないが、空腹を刺激するような匂いが漂ってきた。

 どうやら厨房が近いみたいである。もしかしたら、恐怖にやたらと敏感になっているのは空腹のせいなのかもしれない。

 私はそんなことを思いながら、匂いのするほうに歩みを進めた。

 するとすぐに多くの食卓が並んだ食堂に辿り着いた。

 今は無人だが、五十人は一度に食事出来るくらいの大きな食卓がいくつも並んでいる。狭い部屋ではなかったが、そのせいでかなり手狭に感じられる。


 厨房はその奥にあった。

 食器がカチャカチャなる音が聞こえるから誰かいるらしい。そっとそこを覗くと若い女性がいた。

 私はカボチャのバケモノたちを入口の前に残し、咳払いしながらゆっくりとそこに近づく。

 すると彼女も私に気づいてこっちを見てきた。


 「えーと、僕はこの塔の主に招かれたシャグランという」


 私がさっきから繰り返している挨拶をしようとしたら、向こうから先に語りかけてきた。


 「あっ、昨夜到着したお客さんだね」


 「えっ? そう」


 ようやく言葉が通じたというのに、私はその事実にすぐ気づかなかった。その女性も、私やプラーヌスのような白い肌をしていなかったから、異国人かと思い込んでいたのだ。

 しかしよく見ると、さっき階下で出会った召使いたちとも顔立ちが違うようだ。

 髪は黒く、眼の色も黒い。肌は黒くも白くもない。歳は若そうだ。髪は短くて、敏捷な小鹿のような印象。


 「どうだった? 昨夜の食事?」


 私が更に近づいていくと、その若い女性は少しも物怖じしないで語りかけてきた。


 「昨夜の食事? ああ」


 そういえばあれは酷いものだった。その不満を彼女にぶつけようかと思ったが、ふとある予感を感じたので自制した。


 「えーと、まあ、美味しかったよ」


 「そう、良かった。まだ全然慣れなくて大変だったけど」


 女性は胸を撫で下ろして、そう言った。

 やはり料理は彼女が作っていたようだ。

 嘘をついて良かった。せっかく言葉が通じる相手に出会ったのに、そんなことで心が通じなくなるのは避けたいところであったから。


 「でも慣れないって、料理の経験が少ないんだ? じゃあそれまでは誰が作ってたんだい?」


 私はふとそんな疑問を感じて彼女に尋ねた。


 「それはゲオルゲ族の料理人がちゃんと作ってた。でも塔の主が変わってからは、ケチなことに自分たち一族のためにしか作ってないんだ。まあ、そいつも私と同じくらいの腕だったからね、大して美味しくなったけどさ」


 彼女は強がるようにそう言った。そのせいなのか、最初の印象よりも更に子供っぽく見えてきた。

 いや、実際、思った以上に若いのかもしれない。子供っぽく見えるというよりも、本当に子供と呼ぶしかない年齢のようだ。


 「ゲオルゲ族って?」


 そんなことよりも彼女の言葉に引っ掛かったフレーズがあった。


 「ここに住んでいるほとんどがゲオルゲ族なんだ」


 「下にいた召使いも?」


 「うん、そう」


 「彼らが、えーと、何だっけ?」


 「ゲオルゲ族」


 「そう、ゲオルゲ族ね。でもどうして彼らは料理を作るのを辞めたんだろうか?」


 「それは今の新しい塔の主が、舐められているからよ」


 「舐められている? あのプラーヌスが!」


 私は驚きのあまり、思わず大きな声を上げてしまった。


 「うん、だってやけに若い人が主として来たからね。前の主は凄く恐くて、ずるい老人だったから、彼らも渋々従っていたけど。基本的にこの塔で働いている人たちは、何代も前からここで生まれて育ってきた一族だもん、この塔を自分のものだと思っている」


 「なるほど」


 プラーヌスを侮るなんて、なかなか恐いもの知らずの連中だ。

 しかし彼らはその態度を後悔することになるだろう。

 プラーヌスは彼らを追い出すことに決めている。彼らに軽んじられていることを知れば、尚更、情けを掛けることはなくなるに違いない。


 「じゃあ君もここで育ったのかい?」


 とりあえずゲオルゲ族のことは横に置いといて、私は話しを進める。


 「うん、まあ、でも私たちの家族がここに来たのは比較的最近で、お祖父ちゃんの代かららしい」


 「ということはゲオルゲ族だっけ? 君は彼らの言葉はいくらか理解出来るのかな」


 「出来るよ、もちろん」


 「そうか・・・、じゃあ、君か、君の知り合いに頼みたいことがあるんだけど」


 私は手近にある椅子に坐りながらそう言った。「いや、その前にすぐ解決して欲しい問題があるんだった」


 彼女は私と会話を交わしながらも、ナイフで果物をむいたり、竃の炎の調節などをしていた。

 プラーヌスの遅い朝食か、それとも自分たちの昼食の準備をしているのだろうか。いずれにしてもそれを見ていたら、私は自分が空き箱のように空腹であることを思い出した。


 「昨日の夜から何も食べてないんだ。出来ればパンとコーヒーが欲しいんだけど」


 「ああ、そう言えばお客さんの朝食忘れてた!」


 彼女はハッとして口に手を当てた。「ちゃんと用意するように言われてたのに。私ってそういうところあるんだよね」


 彼女はバタバタと動き始めた。どうやらすぐに私の食事の準備に取り掛かってくれるようだ。

 しかし慌てて動いたせいで、棚の上の物を落っことしそうになっている。それは落とさなかったようだが、その代わり床に置いていた樽を誤って蹴飛ばした。

 まるで飛び方を覚えたばかりのカササギガモのような騒々しさだ。


 しかし何だかその様子を見ていると、彼女に好感を抱かないわけにはいかなかった。私は思わず顔をほころばす。


 「じゃあデザートに林檎もおまけしていくよ。昨夜、パパが村から買い入れてきたばかりなんだ」


 彼女は蹴飛ばした樽を元通りに戻しながら言ってきた。


 「ああ、それは嬉しいね」 


 出来ればハキハキと喋って、明るく、この塔の事情に通じている人間、そんな人がいれば是非通訳を勤めて欲しいと思っていたのだけど、どうやら簡単にそんな人間が見つかったようだ。


 私は彼女を見ながらそう思った。

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