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私の邪悪な魔法使いの友人  作者: ロキ
シーズン1 魔法使いの塔
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第二章 1)塔、仕事始め

 「我が姉、愛しのエリーサよ、とても面倒なことになってしまったよ。


 てっきりプラーヌスは、彼が購入したばかりの塔を、ただ私に自慢したいばかりに、こんなところまで私を呼び寄せたんだと思っていたのだけど、少し当てが違ったようなんだ。


 なにやら彼は非常に困っているようなんだ。

 私は友人が困っているのを見過ごせるような男じゃない。

 母も姉さんも、私のそんなところを誇りに思っていてくれているのだろ? 

 そういうわけでしばらく家に帰れそうにありません。


 生活費は私の貯えを切り崩して、それに当ててくれて構わない。出来れば早いうちに幾枚かの金貨を送るよ。

 それが無理でも、今の貯え以上の報酬を、プラーヌスから必ず貰う予定だから何も心配することはないさ。

 この仕事が終われば、好きな絵だけを描いて暮らせるくらいの余裕が生じているはずさ。


 とにかく私は、困っている彼の仕事を手伝って上げることにしたのです。

 その仕事はどうやら、彼の唯一の友人である私にしか出来ない仕事のようなので、何も嫌々やらされるわけになったわけじゃないから、そこのところは気にしなくていいです。

 私はこの塔での暮らしを楽しむつもりなんだから。


 だからそういうわけです。

 しばらく会えないかもしれないけれど、お互いくれぐれも身体に気をつけて、この不条理な人生を出来るだけ上手く立ち回ることにしましょう。そのためには少しばかりの我慢も必要なはずだよね。


 母には姉さんから上手く言っておいて下さい。別にこの手紙を直接見せても構いません。

 我が家族に永遠の愛を誓う、シャグランより」


 私は姉についた小さな嘘に心を痛めながら、手紙に封をした。

 いや、もしかしたら案外、嘘をついていないかもしれない。ところどころ思わず本音が出たところもあったかもしれない。

 たとえば、「お互いくれぐれも身体に気をつけて、この不条理な人生を出来るだけ上手く立ち回ることにしましょう。そのためには、少しばかりの我慢も必要なはずだよね」なんてまさにそうだ。

 それは今の自分に言い聞かせるようなフレーズ。


 手紙を書き終えた私は、プラーヌスから依頼された厄介な仕事を少しでも早く片付けるため、早速、仕事に取り掛かることにした。

 プラーヌスに無理やりこの仕事を押し付けられることになったけれど、この塔や、新しいプラーヌスの生活に興味がないわけでもなかった。

 昨日は突然のプラーヌスからの申し出に驚いて、本当にうんざりした気持ちになってしまったが、今は幾分、好奇心のほうが勝っているかもしれない。


 確かにいつまでこの仕事が続くのか考えると不安ではある。

 しかし永遠にこの塔から出られないことはあるまい。


 私は湯浴みだけ簡単に済ませ、意気揚々と扉を開けて、仕事に向かう。

 しかし扉を開けてすぐに、カボチャの頭をしたバケモノが二匹、昨夜と同じように不気味な表情で立っているのが目に入り、驚きで心臓が止まりそうになった。


 やはりこの塔を甘く見てはいけない。

 私は何度か深呼吸して、野ウサギのように飛び跳ねた自分の心臓の鼓動を何とか沈める。


 「ここで待っているんだ、別に僕についてこなくていいから」


 私はバケモノたちにそう言ってから、ふと首をかしげた。


 「・・・いや、でもこの塔に何がいるかわからないよな」


 もしかしたら、こいつみたいなバケモノが他にいて、私に襲いかかってくるかもしれない。

 皮肉なことに今のところ、このカボチャの頭をしたバケモノだけが私の唯一の味方なのだ。


 「・・・やっぱりついて来い」


 私はその二匹のバケモノを従え、塔の見回りを開始することにした。


 回廊は相変わらず薄暗かったが、高窓から差し込んでくる朝の新鮮な太陽のお陰で、ランタン無しで十分歩けそうである。

 しかし少し日が沈むと真っ暗になるだろう。

 この後、またこの回廊を通らなければいけないことは確実なのだ。


 「少なくともこの通路にはランタンか、蝋燭立てを設えてもらおうかな」


 カボチャのバケモノ以外そこに誰もいなかったが、私は声に出してつぶやいた。


 「ここが明るくなれば、いくらかこの暗鬱な塔も愛せるかもしれないし」


 そんなことを考えながら長い回廊を歩いていると、やがて大きな鋼鉄製の扉の前に到着した。

 私は何の躊躇もなく、この扉を開ける。

 その向こうには広大なホールが広がっていた。

 昨夜もここを通って応接の間に到着したはずだが、昨夜はじっくりと観察する余裕なんてなかった。

 私は改めてその部屋を見回す。


 かなり広大な部屋である。

 いや、部屋というより、やっぱりホールと呼んだ方がしっくりくる。

 高い天井を振り仰ぐと、月と星が描かれた天井画が見える。

 四方に聳える石造りの壁は頑丈そうで、冷たく無言のまま聳えている。


 そのホールにはほとんど装飾的な飾りはなく、ただ石と冷たさだけで出来上がったかのような印象だ。

 但し、ホールを囲むように数十もの人の形をした石像が並んでいた。

 しかしそれは部屋を飾るためというよりも、むしろその雰囲気を陰鬱に演出するために存在しているかのよう。


 その石像を拭き掃除している男が四、五人いた。

 暗くて陰鬱な雰囲気な塔であるが、それなりに清潔感はあると思う。

 汚れが目立っていたり、何かゴミが落ちている感じはない。彼らがこうやって頻繁に掃除しているからだろう。

 そういえば、あてがわれた部屋だって悪くなかった。プラーヌスは何やら召使いたちのことが気に入らないようであったが、彼らが一生懸命に掃除をしている証拠ではないだろうか。


 さて、この掃除婦たちが、この日、私が最初に遭遇した召使いたちだった。

 その中に昨日、ランタンを持って居室まで案内してくれた召使いもいるようだ。顔は覚えていないのだけど、足を引きずるように歩く姿に記憶がある。


 「やあ、おはよう」


 私はその召使いに話しかけた。


 「昨夜はよく眠れたよ。僕はどっちかっていうと、旅先なんかじゃ眠れなくて苦労するほうなんだけど、珍しくぐっすりさ」


 私はちょっと不自然なくらい、馴れ馴れしく話し掛けた。

 何といっても私はこの塔の主の客なんだ。

 きっとこれくらい打ちとけた態度のほうが、向こうもリラックスするに違いないと思ったからだ。

 しかし彼のほうは、どうして自分に話しかけて来るんだって感じで、いぶかしげに私を見ている。


 肌は浅黒く、髪の毛はくせ毛で、目が細い。

 おそらく南のほうの出身に違いない。動作がノロノロとしているせいで、もっと年老いているのかと思ったが、近くで見ると顔立ちは若い印象だ。


 「そんなに緊張しなくていいよ。ただ君の名前を教えて欲しくてね」


 私は羊皮紙を取り出し、インク壺を床に置いて、羽飾りのついたペンをそれにひたした。

 早速、仕事に取り掛かることにしたのだ。


 「ここで働いている人たちの名簿を作りたいのさ。・・・えーと、それで君の名前を知りたいんだけど」


 しかし彼はにらみつけるような視線のまま私を見るだけで、何も答えない。


 「・・・あれ、僕の言葉が通じてないのかな」


 問い掛けるようにそう言っても反応がなかった。


 「僕に何か不満があるのか? いや、やっぱり言葉が通じないだけだよな・・・」


 私は黙り続ける彼と、しばらく見つめ合った。だけどやっぱり、彼からは何の反応も返ってこない。


 「仕方ない、君のあだ名は『ダンマリ』にしておく。もう仕事に戻っていいよ」


 私は用意してきた羊皮紙にそう書いて、彼の前を去った。

 そして一応、その他の召使いたちにも近づいた。彼らは作業の手を止めて、私と「ダンマリ」の遣り取りを見守っていたようであった。

 そんな彼らに向かって、私はさっきと同じような感じで話し掛けた。

 しかし彼らも「ダンマリ」同様、こっちを黙って見つめてくるだけ。

 やはり他の召使いたちにも、私の言葉は通じないようであった。


 やれやれ、この調子なら名簿作りですらかなり手間取りそうだ。

 まず通訳を探さないと仕事が一歩も進まないわけなのだから。

 プラーヌスは何という面倒な仕事を私に押し付けてくれたことか。


 私は肺にある全ての空気を吐き出すような、深いため息を吐いた。

 そして仕方なく彼らにも適当にあだ名をつけて、そこを後にした。


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