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私の邪悪な魔法使いの友人  作者: ロキ
シーズン1 魔法使いの塔
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第七章 5)バルザの章5

 夜、中央の塔、謁見の間の階下にある大ホールに、塔で働くほとんど全ての召使いたちが観客として集まっていた。

 そこは塔の中でも最も広い部屋だ。

 バルザもその部屋に足を踏み入れる。


 あの邪悪な魔法使いもその観劇に参加するというのなら、当然すぐにこの部屋を出ていこうと思っていた。しかし幸いにも彼がいる気配はない。

 バルザは一番後ろに座ってその劇を観ることにした。


 バルザはこのような劇に一切興味無かった。

 街の場末か、農村の祭りでやるような出し物だろう。バルザの住む禁欲的な騎士の世界とは無縁なものである。これまでにそのような劇を観たことなど一度もない。

 しかしたまにはこのような庶民の娯楽で気晴らしするのも良いだろう。彼は自分にそう言い聞かす。


 鼻をつく酒の匂いと、バルザが嫌っている、心をくゆらせる薬草の匂いが辺りに立ち込めている。

 ホールはどことなく紫色に煙っていた。

 観客である塔の召使いたちや彼の部下たちも、普段の仕事を忘れるためか、あるいはその劇をより楽しむためか、酒とその薬草で、すすんで理性を緩めようとしていた。


 今にも誰もが裸で踊り出しそうな、だらしのない空気が漂っている。

 バルザがそこに到着した頃には、既に場は最高に盛り上がっていた。

 旅芸人の女たちの騒々しい踊りが、その空気を更に増長させていく。


 派手な化粧を施し、薄い衣だけを身にまとって、扇動的な太鼓の音に合わせ、身体をくねくねと動かしながら踊っていた。

 バルザは眉をひそめてその様子を見ていたが、しかし彼の頑なな心も、ゆっくりと緩んでいった。

 誰もが笑顔で楽しそうに浮かれているのだ。バルザの心にも、彼らの楽しそうな感情が伝染していった。


 やがて踊りの時間が終わった。

 すぐに即席の舞台が設えられたかと思うと、この劇団の座長らしき男が現れた。

 子供のように小さな男であったが、頭だけは大きく、その目つきは鋭かった。

 その座長は奇妙なくらい自信満々の口調で言った。


 「さて、今夜の出し物は何にいたしましょうか、お集まりの皆様方!」


 召使いやバルザの部下たちは興奮したように叫びながら、口々に何かを言っている。

 どうやら、これから観たい劇の名をそれぞれ叫んでいるようであった。


 座長は、観客のその興奮を沈めるように手を振りながら言った。


 「英雄譚なら『少年とドラゴン』、世にも残酷な神々の物語がお好みなら『巨人の足跡』、人知を超えた不思議な魔法のお伽噺が観たいなら『三人のセラフィーヌ』、あるいは涙なくして観ることの出来ない恋愛悲劇なら『悲しきハイネの物語』」


 「ハイネだと!」


 思わずバルザは、ハイネという言葉に反応してしまい、声を張り上げて立ち上がった。

 他の観客たち、顔見知りの召使いたちや部下たちが振り向いて、不思議そうにそんなバルザを見てきた。

 その視線に気づいて、バルザは思わず取り乱してしまった自分に恥じ入りながら座った。


 別にハイネなど珍しい名前ではない。

 これくらいのことに驚く自分も、この場の雰囲気にかなり馴染んでしまって、いつもなら働く理性が緩んでしまったせいかもしれない。


 「そこにおられる逞しい身体をなされた紳士から『悲しきハイネの物語』を希望する声が上がりました。それではそれにいたしましょうか?」


 座長がそう言うと、観客たちから拍手が沸き起こった。

 座長は満足そうに頷いてさっさと消えてしまった。


 「いや、ちょっと待て」


 バルザは慌ててそう声を掛けようとしたが、しかしホールは闇に包まれたかと思うと、美しい旋律が流れ出し、劇の幕が開いた。


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