第六章 4)塔の医務室
「アビュ! この塔に医者はいるかい?」
「医者?」
アビュはまだバルコニーにいた。
もしかしたら事の成り行きが気になって、私が戻ってくるのを待っていたのかもしれない。
しかしまさかこんなふうに戻ってくるとは予想していなかったようで、私が抱えているフローリアを驚きながら見つめている。
「えーと、お医者さんならミオンおじさんがいるけど、どうしたの、この人?」
「大変な熱があるみたいだ。すぐにそこに案内してくれ」
北の塔のバルコニーの近くに医務室はあった。
かなり粗末でみすぼらしくあったが、設備自体は街の医院とそれほど変わらないようだ。
棚にたくさんの薬が並んでいる。
ベッドも清潔できれいなシーツがかかっている。
私はフローリアをその医務室のベッドに静かに横たえ、部屋の照明器具に火を灯した。
白いシーツに横たえて初めて、フローリアの纏っている服がいかに汚れているのか気づいた。
これまで、どれだけ悪条件の中で暮らしていたのか、それが示しているようである。
アビュはそのミオンおじさんという医師を呼びに、彼の部屋に行ってくれている。
おそらく医師は既に眠っていたのだろう、起すのに手間取っているようだ。
私は二人が早く来ないかと焦りながら、フローリアの様子を見守った。
彼女は酷くうなされていた。
しきりに首を振って、苦しみと戦っている。
額に浮き出た汗を拭ってやることくらいしか私には出来なかった。あとは精々、頑張るんだと声をかけてやることと。
実際にはそれほど待ちはしなかったのかもしれないが、ようやくアビュが医師を連れてやってきてくれた。
私は彼らが到着してホッと胸を撫で下ろしかけたが、ミオンおじさんという医師を見てそれまで以上に不安になってきた。
足取りは覚束なく、腰が曲がっていて、吹けば飛んでいきそうな小さい老人だったのだ。
昔は優秀な医者だったかもしれないが、今、ちゃんとした思考力を有しているのか不安になるほどだ。「どれどれ、急患は君か?」と私を診察しようとしてきたのだから。
しかし私の助手のアビュは彼を信頼しているようなのだ。
その医師に任せるしかないだろう。
「うむ、かなり熱があるようだな」
医師はフローリアの額に手を当てて言った。かと思うと、いきなり彼女の胸をはだけ始めた。
すぐに白い豊かな乳房が現れたのに気づき、私は慌てて眼を逸らそうとしたが、思わずその美しさに釘づけになってしまった。
だって医師はただ当たり前の処置を行っているだけという手つきだし、それにそれは本当に美しくて、私は頭に血が上ってしまい、少しボーっとした状態になってしまったのだ。
「ちょっとボス? 何、ジロジロ見てるのよ」
アビュが私の脇を強めに小突いてきた。
「えっ? いや、別に」
それでようやく私は目を逸らした。
「しばらく外に出ててよ!」
バカじゃないの。信じられないわ。ここぞとばかりに、女の人の裸を見ようとするなんて。
こんな変態だったなんて! 私も気をつけないとね。
心底軽蔑するような眼差しで、悪態をついてくる。
私はフローリアの様態が気にかかって仕方なかったが、逃げるように医務室を出た。




