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私の邪悪な魔法使いの友人  作者: ロキ
シーズン1 魔法使いの塔
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第一章 4)蛮族襲撃

 奇妙な叫び声と馬蹄の響きを聞いたのは、馬車の振動に慣れてきて、ようやくウトウトしかけていたときであった。

 しばらく私は夢心地でその音を聞いていたが、これは明らかに異常なことが起こりつつあることに思い至り、慌てて飛び起きた。


 私は幌から身を乗り出して、運転席にいる案内人の村人に叫んだ。


 「何事ですか、これは?」


 「み、見つかってしまいました。この辺り、彼らは余り出没しないはずなのに!」


 案内人はそう言いながら、必死に鞭で馬を叩いて、馬車のスピードを上げようとしている。


 「見つかったって?」


 「蛮族ですよ。私たちはもう終わりだ」


 弓矢が馬車の幌を突き破り、さっきまで私がもたれていた馬車の柱に突き刺さったのはそのときだ。

 少しのタイミングのずれで、この矢は私の心臓を貫いていたのかもしれない。


 私はぞっとしながら、弓矢の飛んできた方向に恐る恐る目を向けた。

 上半身裸の逞しい身体をした男たちが、馬に跨ってこっちに向かって走ってくるのが見えた。


 確かにその村人の、気弱な意見に同意せざるを得なかった。

 その男たちの面構えは見るからに獰猛で、まるで飢えたケルベロスかオルトロスを連想させた。

 捕まれば殺されるだけでなく、私たちは生きながら丸焼きにされ食べられてしまうかもしれない。


 「あれは人間なのか、それとも魔物なのか・・・」


 私は呆然とつぶやいた。


 「さあ、わかりませんが言葉が通じないことは事実です。逃げるしかないですよ」


 村人は私を怨むような声でそう言ってきた。


 「いや、もう逃げても無駄か」


 蛮族の男たちは馬を見事な手綱さばきで乗りこなし、木々がせまり合った林の中を抜け、私たちの馬車の前に回り込んできた。

 馬車馬はそれに驚き足を止めた。その急ブレーキのせいで、私も村人もバランスを崩し、同時に馬車の外に転がり落ちた。


 落ちた衝撃で胸の辺りを強打して、息が出来ないことも確かだった。

 しかしそれ以上に私は恐怖で顔を上げることが出来なかった。

 何を言っているのかわからないが、蛮族たちの話す声が少しずつこっちに近づいてくるのだ。

 それだったらまだ、「こいつの足は俺が喰うから、お前は腕をやるよ」とか、「脳みそはみんなで仲良く分けよう」などとはっきり言ってくれたほうがましである。これから何をされるのか、把握出来るのだから。


 私は恐怖のあまり、同じように隣で丸くなっている村人の手を握りながら祈りの言葉をつぶやいた。


 「ルヌーヴォの神よ、これからは一切嘘をつきません。老いた母も大切にします。だからお願いします。どうか命だけはお助けを!」


 しかしそんな私の敬虔な祈りを蹴散らすように、蛮族たちの足音が近づいてくる。

 そして鞘から剣を抜く、乾いたあの金属音も聞こえてきた。


 それでも私は必死に祈り続けた。

 どうか命だけは助けて下さい。まだ妻も娶っていませんし、人生の楽しみの半分も体験していません。だからどうか慈悲を。

 いや、その願いが贅沢だと言うなら、もういっそ殺されても構いません。

 しかしせめて苦しみなく、ひと思いに殺して下さい。


 私は自分の胸にぶら下げているペンダントに向かって祈った。

 鎖の先に指輪を引っ掛けている。正確に言うと、その指輪に向かってであるが。


 この指輪、別に教会ゆかりの物ではない。偉い聖者のイコンでも何でもない。ただの指輪だ。

 しかしこの指輪は、私にとって魔除けの護符のようなもので、昔から何か祈るときはこの指輪に向かって祈ってきた。

 この指輪は何度か、私の人生に奇跡を起こしてくれたことがあるのだ。


 「ああ、神様、憐れな私をどうかお助け下さい!」


 そのとき、薄暗い樹海の中が一瞬、明るく瞬いたのだった。

 何事が起きたのかと思い、私は恐る恐る顔を上げた。

 まるで正午に窓を開けたかのように、私の視界は強い光に包まれた。


 光に慣れてきて、ようやく何が起きているのか理解出来た。

 七、八人もいた蛮族たち全員が炎に包まれ、のたうちまわっているのだ。


 こっちにも熱風が押し寄せてくる。

 その熱の中、つむじ風が起こり、蛮族たちは炎に翻弄され、踊り狂っているかのようだ。

 肉が激しく焼ける音が聞こえる。人間であったはずの原型が溶けるように変化し出して、一回りも二回りも縮まっていき、ただの肉片のようになっていく。


 私はその光景を、ただ息を殺して見つめていた。

 キラキラと輝く細かい粒のようなグリッターが、炎の周囲に舞っていた。それは魔法の証拠ではないのか。


 やがて蛮族たちは黒い灰に成り果て、最初からそこに存在していなかったかのように、完全に燃え尽きて消えていった。


 すると背後に何かの気配を感じた。


 「この辺りはもう、塔のテリトリーじゃないようだ。宝石が必要みたいだった。君のせいでサファイア、オパールを三つずつ使ってしまったよ」


 私は身構えながら、さっと振り向いた。

 すると黒いローブを着て、とても長い傘を持った若い男が、そんなことを言いながらこっちに向かって歩いてくる姿が見えた。


 蝋のように白い膚、吸いこまれるように真っ蒼な瞳。

 銀色の髪が額にかかっているのが見える。


 美しい男だ。

 喉のところに印象的な傷があるが、それは彼の美しさを台無しにするどころか、むしろその美しさを引き立てる飾りになっている。

 あるいはただその程度の傷と引き換えにして、十全なる美を手に入れた契約の印のよう。


 その男の手の平からキラキラした粉がこぼれ落ちていた。

 おそらく壊れた宝石の細かい破片だろう。

 その手からこぼれる光のきらめきと相俟って、少し物憂げな足取りでこっちに歩いてくる様は、まるで天界に住む翼人の一族のようだ。


 しかしこの男こそ、私の邪悪な魔法使いの友人、プラーヌス。


 「プラーヌス! 君のせいで危うく死ぬところだったんだぞ!」


 私は思わず彼に叫んだ。


 「それが命の恩人に言う言葉か、シャグランよ。僕は君の様子をずっと見守っていたさ」


 彼の柔らかな唇が開き、そう私に言ってきた。


 「はっ?」


 「ほら、君は何を握っているんだ?」


 彼の言葉に、私は自分の手を見た。私の手はなぜか木で出来た人形を掴んでいた。

 確か恐怖の余り、私は祈りの言葉をつぶやきながら、案内人の村人の手を握っていたはずだ。

 それなのに、その村人はどこにもいなかった。その代わり、赤ん坊ぐらいのサイズの木の人形がそこにある。


 「どういうことだ?」


 「単純だよ、シャグラン。もともとあんな村人はいなかったんだよ。あれは僕が魔法で作り出した幻さ」


 「何だって?」


 「あんなに都合の良い案内人がいるものか、僕が君のために用意をしておいたに決まっているだろ」


 私を馬鹿にするようにそう言いながら、プラーヌスは持っていたその傘の先で、地面に堆積する朽葉をかき分け、馬車の周りに大きな円を描き始めた。


 「戦利品は馬が八頭か。この程度では割に合わないな。でも仕方ない、シャグラン、その馬たちを出来るだけこの円の中心に集めてくれ」


 「え?」


 「失った宝石の代わりに持って帰るのさ」


 どういうことなの把握出来なかったが、私は彼の言う通りに馬を集める。

 その様子を見届けると、プラーヌスは懐から革製の小さな袋を取り出した。

 その袋の中に指を入れて、きらめく宝石を二つほど出してきた。


 「ダイヤモンドかい?」


 私はその美しさに見惚れながら言った。


 「そうさ」


 私のペンダントの先についている指輪の、小さな石よりはるかに大きい。

 かなり高価そうな宝石だ。この宝石を見て、私は自分の指輪に感謝のキスをするのを忘れていたことを思い出した。

 プラーヌスのお陰で助かったわけだけど、彼が現れたのはもしかしたら指輪が起こした奇跡かもしれない。

 私はその指輪に、感謝の口づけをする。


 プラーヌスが私の行動を見咎めるように言ってきた。


 「大切なペンダントなのかい? なかなか素敵なペンダントじゃないか」


 「ああ。大切なのはペンダントというよりも、その先に着けた指輪のほうなんだけど。女性モノのようで、僕には小さ過ぎてね。こうやって身に着けているんだよ」


 「旅に出る前、恋人から貰ったのかい?」


 「違うよ。残念ながらそんな相手はいない。ただこれを身に着けていると、良いことがありそうな気がするんだ。実際、その指輪を手に入れてから、何となく人生が上手くいき始めたような気がする。プラーヌス、君はこのような考え、嫌いかもしれないけど」


 「縁起担ぎみたいなものかな」


 「そうだね。どこで手に入れたのか、まるで覚えていないんだけど。だけどそれが尚更、神秘的で、何か不思議な効果をもたらしそうだろ?」


 「ああ、わかるよ。宝石はダイヤモンドだね。小さいけど良い石だ。しかし魔法を使えば、そんな大切な宝石でも一瞬で粉々になってしまう。感謝の儀式はもういいかい? 興味深い話しだけど後で聞こう。では飛ぶぞ」


 「飛ぶ?」


 「ああ。馬車馬と併せて馬が九頭、幌つきの馬車、人間二人、それだけいれば最低でもダイヤモンドが二つは必要だ」


 プラーヌスは持っていた傘をバッと広げた。


 「シャグラン、もっと僕に近寄るんだ。塔まで瞬間移動するよ」


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