第一章 3)魔法使いの宝石
馬車は森の中を、揺ら揺らと進み始めた。
外から見る限りでは、木々が密生していて、歩く道もないのかと思っていたが、途中までは馬車で行けるらしい。
近くの村人たちもその森で狩りをしたり、シャテニエの実やマロニエの実、ハマナスやサルナシを採ったりしているようだ。
しかし途中までしか馬車で行けないということは、この樹海のどこかで馬車を乗り捨てなければいけないことになる。
馬は手で曳いていくとしても、ワゴンのほうは無理だ。
そこにしばらく放置せざるを得ない。
しかしこれは借り物である。ちゃんと借りた相手に返さなければいけないもの。
そもそも、このような樹海に馬車で乗り込んだこと自体が間違いだった気がする。
とはいえ、私はこんなにも不気味で薄暗い樹海を歩く気になれなかった。
木の上から、山蛭がいつ降ってくるかわかったものではない。
沼にはアンコンフォルがウヨウヨいる。下手したらブーツの中に、アンコンフォルが入ってくるかもしれない。
そんなことになったら最悪だ。少しでこの馬車に乗っていられるのならそれがいい。そのあとのことは考えていられない。
だいたい、もし私が借り主に馬車が返せないとすれば、それはプラーヌスのせいだ。
こんな僻地に住んでいるプラーヌスが全て悪いに違いないのだ。
しかし、魔法使いの塔が、これだけ不便な場所にあるのには理由がある。
何も、邪悪な魔法使いが街の人間から恐れられ、このような僻地に追いやられているわけではない。
魔法を使うには宝石が必要である。
詳しいメカニズムは私の知るところではないけれど、魔法使いは宝石の中に秘められているエネルギーを糧にして魔法を使う。
宝石のエネルギーと引き換えに魔法は発動されるが、その度に宝石は割れていく。
すなわち一回の魔法は、宝石と同じ価値。
非常に高くつく、この世の高級品なのだ。
だから魔法使いは、限られた回数しか魔法を使うことが出来ない。
まあ、そのおかげで、魔法使いなんかが、この世界を支配してしまうという悲劇から免れているのであろう。
確かにこの世にはろくでもない国王たちが多い。
民から重税を絞り取ることしか考えていない王、自らの野心と名誉のために、民のことを顧みず領土拡張のために戦ばかり起こす王など。
しかしそんな王たちであっても、魔法使いたちよりはましだ。まだ我慢出来るに決まっている。
魔法使いが支配する世の中なんて!
そんなこと考えるのも恐ろしいことだ。
そのようなことになれば、どれだけ暗い世界になってしまうであろうか。
しかし宝石を消費しないでも魔法を使うことの出来る、限定された場所がある。
それが世界各地に散在している魔法使いの塔の中だ。
どうして塔の中だと、宝石の力を借りずに魔法を使えるのか?
その理由は単純だ。その塔の聳え立つ地盤の地下に、ダイヤモンドやエメラルドなどの巨大な鉱床が存在しているからだ。
魔法使いは地下に眠る、宝石の原石の力を借りて、思う存分、心置きなく魔法を使えるらしい。
だから優秀で高名な魔法使いの多くが、多大なる借財を背負ってでも、塔に住もうとする。
私の邪悪な魔法使いの友人、プラーヌスが塔を手に入れることが出来て、こんなに喜んでいるのはそれが理由なのである。
彼はおそらく塔に閉じこもり、好き勝手に魔法の研究に明け暮れているはずだ。そしてその成果を誰かに自慢したくて仕方ないのだろう。
私はおそらく、彼の唯一の友人。
そういうことで運悪く、私に白羽の矢が立ったに違いない。