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私の邪悪な魔法使いの友人  作者: ロキ
シーズン1 魔法使いの塔
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第四章 3)黒猫と鴉

 さて、市場は夕暮れ間近で閑散としていた。

 まだ物売りの姿も散見出来たが、花や野菜などは朝市でしか買えないようで、私が目当てにしていた商人たちの姿はなかった。

 そういうわけで花は明日、私だけ朝早く起きて買い集めることにした。

 プラーヌスは旅でも自分の生活のペースを保つつもりらしく、朝に寝て夕方に起きるサイクルを変える気はないようだから。


 やむを得ずというわけでもないけれど、私たちは古道具屋を探して街を歩いた。

 プラーヌスは古い家具や装飾品に興味があるようだった。まだ見せてもらったことがないが、彼の部屋はそのようなもので溢れているらしい。

 しかも塔という新しい住居を手に入れたのである。それを機会に、更に新しい家具を購入したいらしい。


 街の中心部から、路地裏の方向に歩を進める。

 古道具屋などが軒を構えているのは、表通りよりも路地裏に多いらしい。プラーヌスはそんなことを私に説明しながら、ぐんぐんと歩き進める。


 「ねえ、そこ旅のお兄さんたち。蝋燭いらない? この蝋燭は、そんじゃそこらの蝋燭より、段違いに長持ちするんだ。ほら、見てよ!」


 そのとき、そんなことを言いながら、私たちに声を掛けてきた少年がいた。

 声変りもしていない甲高い声で、怒鳴るように話しかけて来たかと思うと、私たちの間をするりと通り抜け、ぴょんぴょん飛びように後ろ歩きしながら、商品を必死にアピールしてきた。


 「本当に良い蝋燭なんだ。しかも安い。西の王宮でも使われているらしい。絶対にお得だよ」


 器用にも歩きながら蝋燭に火をつける。


 「ほら、きれいで強い炎でしょ?」


 「蝋燭か」


 あまりにも熱心なものだから、私は返事をしてやる。確かに蝋燭は塔に必要だ。あの真っ暗な塔を明るくするために大量に。

 塔にどれくらい蝋燭のストックがあるか知らないが、別に腐るものでもない。数本ぐらいなら買ってもやってもいいかな。


 私がそんなことを思っていると、プラーヌスが言った。


 「よし、君の持っている蝋燭を全部買い取ろう」


 プラーヌスはそう言うと、ふっと息を吐き、少年の手元の蝋燭の炎を吹き消した。


 「え?」


 私と少年は同時に声を上げる。


 「全部?」


 「ああ、そうだ」


 「ほ、本当に?」


 「ああ、しかし条件がある。黒猫と鴉を二、三匹捕まえてきて欲しい。それが出来たら、蝋燭をあるだけ買ってやる。更に金貨一枚もおまけであげよう、どうだ、やるか?」


 「き、金貨一枚? や、やるよ、もちろん!」


 少年は突然舞い込んできた幸運を逃して堪るものかといった表情で、今にもプラーヌスにしがみ付かんばかりに言ってきた。


 「よし、出来れば明日中に捕まえて来るんだ。僕たちが泊っている宿は、シャグラン、どこだっけな?」


 「えっ、えーと、確か『三匹の羊亭』だったっけ」


 プラーヌスはどうしてこんなことをこの少年に依頼するのか、不思議に思いながらも答えた。


 「そう、その宿屋の一番良い部屋に泊っている。そこに捕まえた黒猫と鴉を持ってくるんだ。ただし黒猫も鴉も生きたままに」


 「わ、わかった、お安い御用さ!」


 「ああ、待っているぞ」


 蝋燭売りの少年は建物の庇に降り立った鴉を見つけ、早速それを追いかけて走っていった。

 子供の力で生きたまま鴉を捕まえるのは簡単ではないだろうが、金貨一枚のためなら知恵を絞って必死に頑張ることだろう。

 それだけの大金があれば、しばらく働かなくても暮らしていけるぐらいなのだから。

 しかしどう考えても、金貨一枚というのはチップとして高額過ぎる。


 「素直な子供だ。僕が約束を守らないかもしれないなんて疑う素振りもなかった」


 プラーヌスが少年の後ろ姿を見つめながら言った。


 「まさか彼が持ってきても、金貨を払わないつもりなのか?」


 「いや、ちゃんと約束は守るよ。明日までに黒猫と烏が手に入れば、金貨五枚渡しても惜しくないからね。かなり利発そうな少年だった。確実に役目を果たしてくるだろう。僕は一目見て、彼を見込んだんだ」


 「ああ、確かに賢そうな子供だった」


 「だけど釣り合わない好条件を頭から信じるなんて、やはり子供だよ。大人だったら逆に誰も受け合うまい。それに見合った謝礼を言い渡さなければいけないし、なぜ黒猫や鴉を僕が欲しがるのか余計な忖度をしてくるだろう」


 「ああ、それはそうかもしれない。プラーヌス、僕がまさにその余計な忖度をしたがる大人だよ、いったい黒猫とか鴉なんて集めてどうするつもりだよ?」


 プラーヌスに、黒猫や鴉なんて動物を愛する趣味があるなんて聞いたこともない。


 「拡張子として使うんだよ」


 プラーヌスが私の質問にそう答えた。


 「何だい、それは。聞き慣れない言葉だけど・・・」


 「いわば魔法の道具さ。黒猫や鴉が、僕の手先のように勝手に働いてくれると説明すればわかりやすいだろうか」


 「わからないな、それでも」


 「黒猫や鴉も、バルザ殿を仲間にするために必要なのさ」


 「黒猫や鴉が?」


 「ああ、これまでも既に何匹か拡張子を放っている。今でもそれらは、僕のために頑張って働いているはずさ」


 そのとき初めて、私はプラーヌスが何度か繰り返し言っていた、「バルザ殿を仲間にするという言葉」に、どことなく邪悪な響きも込められているような気がした。

 だって普通に仲間にするのに、このような魔法の細工が必要だろうか? 

 プラーヌスは何か良からぬことを企んでいるような気がしたのだ。


 「プラーヌス、そこのところ、もうちょっと詳しく話してくれないだろうか?」


 私は足を止めて彼にそう言った。


 「うん?」


 プラーヌスは私の真剣な表情に気づいて、肩をすくめた。「まあ、君も少しはわかっているだろ? バルザなんて大物が、塔の番人を喜んで勤めるはずがないことを」


 そんなこと当たり前だ。名だたる騎士が魔法使いの塔の番人など、どれだけ金貨を積まれてもやりたがりはしない。

 まして相手は世界に勇名の轟くバルザ殿である。わざわざプラーヌスから教えられるまでもないことだ。


 「だけど僕は、バルザ殿を嫌々引きずり込むつもりもない。彼が心から塔の番人を勤めたくなるように仕向けるのに、幾らか細工を施す必要があるってことだよ。別に悪いことじゃないさ」


 プラーヌスは立ち止まっている私を放って、さっさと先に歩いていった。


 「何も知らないまま、悪の片棒を担がされるのは嫌だよ」


 私は慌てて彼の後を追いながら言った。


 「ああ、君に悪が似合わないことは僕もよく知っている。何も心配することはないさ」


 私はもう少しこのことを追及しようと思ったが、プラーヌスはもう聞く耳を持たないといった態度でぐんぐんと歩いていった。


 結局、それでこの話題は終わってしまった。

 どうやら上手く誤魔化されたようだ。それにかねてからバルザ殿のことを話すとき、プラーヌスは本当に楽しそうにしているので、そういう意味でもこのことを執拗に追及する気になれなかった。

 しかし私が釈然としない気分を感じたことは事実である。


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