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私の邪悪な魔法使いの友人  作者: ロキ
シーズン1 魔法使いの塔
28/91

第四章 2)吟遊詩人プラーヌス

 私たちは念のため旅の吟遊詩人の格好をしている。

 まあ、私は画家だから、いつもの格好とほとんど変わりがないが、魔法使いのプラーヌスはそのままでは目立ち過ぎるということで、よそ者であっても滅多に怪しまれることのない吟遊詩人の扮装を選んだ。


 いつもの黒いローブを脱ぎ、その代わり羽飾りのついたつばの広い帽子をかぶり、ひざ丈のキュロットを履き、裾の長いジャケットを着ている。

 おまけにリュートを背中に背負っているから、誰が見ても吟遊詩人にしか見えないだろう。

相変わらずいつもの傘を持っているが、それが魔法と関係あると思う者はいないはずだ。

そういうこともあって、私たちは安々と街に入ることが出来た。


 まず街に到着した私たちは、おそらく街で一番大きくて豪華な宿屋に部屋を取った。

 もちろんこの宿を選んだのはプラーヌスである。こんな贅沢な旅は、魔法使いと一緒でなければ到底出来ないものだ。

 まあ、貴族や成功した商人などは、そもそもこのような街の宿屋に泊らないものだから、私が泊まることになった部屋も大したものでもないかもしれない。

 所詮、旅人向けの庶民的な部屋に過ぎないだろう。

 しかしそれでも貧乏画家の私にとっては充分過ぎる贅沢である。

 私が一人旅で泊るような部屋は、大概見知らぬ人と相部屋だから。

 だけどプラーヌスは贅沢なことに、私にも個室を取ってくれた。まあ、その理由はただ単に、彼は誰かと一緒だと眠れないからのようだけど。


 彼は最低でも一日に一回は湯浴みをしなければ機嫌が悪くなるようで、部屋に湯浴み用の桶を持ってくるよう主人に言いつけた。

 この宿には女性の客も泊まるようなので、桶は幾つか用意してあった。

 彼は早速、そこにお湯を注ぎ込んで、身体を洗ったようだ。

 時間に余裕はない。一刻も早く、街を散策して、必要な物を買い入れなければいけないのに。それなのに悠長に入浴とは。


 一緒に旅をする相手としては、何とも面倒な男である。

 しかしプラーヌスの機嫌が悪くなるよりはましだった。私はしばし、彼の湯浴みが終わるのを自分の部屋で待った。


 「待たして悪かったね」


 そのような言葉もなく、やがてプラーヌスは私の部屋にやってくる。

 それどころか、「時間がない。何をのんびり座っているんだ。さっさと出発するぞ」そう言って、私を急き立てて来た。


 まあ、最近、それがプラーヌス流の謝り方ではないかと思い始めている。

 私を待たせたことを詫びる気持ちがあるからこそ、あえて逆のことを言ってくるわけだ。彼は本当に素直ではない。


 とにかく、私たちはエリュエールの街を散策に向かった。


 エリュエールは美しくて、清潔な街と言っていいだろう。街路は石畳に整備され、その両脇に同じ様式の家が建ち並んでいる。

 私の故郷の港町とそれほど距離も離れていないせいもあって、驚くような街並みではないけど、私の住む街に比べると、行きかう人の数も建物の数もずっと多い。


 大聖堂の尖塔を目印にしながら、私たちは街の中心に向かった。

 そこに近づくに連れ、物乞いや浮浪児の姿が目に付くようになっていた。

しかし他の街と比べて、それほど多くはないだろう。

傷痍兵の姿は一切目に付かなかった。戦の影が差し込んでいないのも、この街の豊かで安定している原因なのだろう。


 ところで街をプラーヌスと一緒に歩いて気づかされたことがあった。

 それはすれ違う女性たちの多くがプラーヌスに見惚れているってことだ。

 中には振り返っている女性もいた。あるいは咄嗟に色目を使ってくる女性も。


 プラーヌスは慣れているのか、いちいちそんなことに気を留める素振りを見せなかった。

 まるでそういうのは当然のことといった傲慢な態度で、自分の美を賛嘆してくる女性たちを街路に並ぶ並木か、店の前の看板程度にしか感じていない様子。


 確かにプラーヌスは美しい男だと思う。

 背は高いほうではないが、均整が取れたスラリとした体形をしているし、やけに瞳が青くて、それにじっと見られると不気味だけど、パッと見には海みたいに奇麗な目をしていると勘違いされることであろう。

 細い鼻や、少し尖った顎はどう考えても神経質そうな性格を連想させ、いざ付き合うとどれだけ面倒なタイプか思い知るに違いないが、女性のように真っ赤な唇は肉感的で、逆に第一印象は人懐っこい印象すら受けるかもしれない。


 まあ、人目を惹く魅力に溢れていることは間違いない。

 更にこのとき、いつもの暗黒の魔法使いのローブではなく、緋色のジャケットをまとった吟遊詩人の格好をしている。

 これでは見るなというほうが無理だろう。

 プラーヌスはこの街に降り立った、売れっ子の吟遊詩人という趣で街を闊歩している。


 だから私も、そんなプラーヌスと対抗するつもりなんて少しもない。

 そんなの滅相もないことだ。

 だいたい私は私だし、この世にたった一つあるはずの、永遠の愛さえ見つけられればそれで満足で、あらゆる女性の注目を集めたいなんて思わない。

 むしろプラーヌスみたいに生まれなくて良かった。こんな容姿だと始終、自分の格好に気をつけていなくてはならないだろう。あれはあれで、きっと大変だと思う。


 しかしである。しかしこうやってあからさまに区別されると、同じ男として悔しいというか何というか、やはり嫉妬を覚えざるを得ないことも確かだった。


 だってこうやって隣を歩いていると、完全に私が引き立て役なんだから。

 いや、すれ違う女性たちは、誰も私を見てもいないかもしれない。

 見ないということは、下手すると引き立て役どころか、女性たちの眼中にも入っていない。


 このままでは本当に悔しいから言わせてもらうが、私だって容姿を褒められたことがないわけではないんだ。

 母にはよく言われたものだ。女には気をつけなさいと。お前は女を虜にする不思議な魅力があるからね。

 まあ、姉はそんな母を笑っていたけれども・・・。


 「明るくて、いい雰囲気の街だね」


 プラーヌスがすれ違う女性のウインクを当然のように無視しながらも、満更でもなさそうな表情で言ってくる。


 「そうかな? 何だか軽薄な連中ばかりじゃないか」


 一方、私は不機嫌をあらわに言い返す。

 もうこれきりにしよう。プラーヌスと一緒に街を歩くのは。

 本当にみじめになる。自分のささやかなプライドがずたずたにされるこの感じ。


 「どうしたんだよ、シャグラン、久しぶりに街に来たというのに機嫌が悪いね」


 「別に。そんなことないさ」


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