第三章 9)硬くて尖った雨
森の中から次々に、蛮族たちが出現してくる。プラーヌスの予想通り、蛮族の数は百ぐらいだろう。
裸馬に跨っている者や、徒歩の者などが、隊列を組むわけでもなく漠然と入り乱れ、角笛を鳴らし、奇声を発しながら、塔の唯一の入り口に向かって殺到してきた。
プラーヌスは、彼らが突撃して来るその行き先の真ん前に、突然ふっと現れた。
まるで最初からそこにいたように、何かの障害物のせいで私の視界に入ってなかっただけのような、あまりにも自然な現れ方。
蛮族たちも突然出現したプラーヌスに驚いたふうもなく、彼を取り囲むように二手に分かれていきながら、進撃を止めた。
どの蛮族も、弓や棒きれのような槍ぐらいでしか武装していない。
防具は更に粗末で、寒さを防ぐくらいしか役立ちそうにない毛皮をまとっているだけ。
しかしその数は圧倒的である。そして全身から漲る殺気は旺盛で、士気もかなり高いよう。
「なぜ敵わない相手に、こうやって無益な襲撃を繰り返すんだ?」
プラーヌスは蛮族たちをゆっくりと見回しながら、大声で言った。「それともまだ勝てる見込みがあると思っているのか? 今すぐ去れば命だけは助けてやってもいい。しかし一歩でも動けばどうなるか」
その言葉が通じなかったのか、あるいはプラーヌスの脅しなど蛮族たちには空々しく響いたのだろうか、彼らは一斉にプラーヌスに襲いかかっていった。
それを見て、プラーヌスは傘をサッと広げた。
その瞬間、プラーヌスの姿が再び消えた。
かと思うと蛮族たちの上、彼らが槍を突いてもギリギリ届かない辺り、まるでアルファベットの上のアクサンテギュの位置に、傘を差したプラーヌスは浮かんでいた。
空に浮かんでいるプラーヌスに気づいた蛮族たちは、武器を弓矢に切り替えた。しかし矢は何か見えない壁に阻まれて、プラーヌスに届かなかった。
プラーヌスが宝石を掲げて、何か唱える。
彼の手の中で宝石が粉々に砕けた。
と同時に、晴れ渡っていた空が黒くかき曇り始めた。蛮族たちは天候の急変に驚き、空を見上げる。
空は曇り出しただけでなく、風も強まり始めた。強烈な雷の音が鳴り響く。
それに続いて雨も降り始めたようだ。蛮族たちが降り始めた雨に驚き慌てている。
雨? 雨くらいで彼らがこれほどに慌てるだろうか?
私は蛮族たちの様子を見ながら思った。
違う。これは雨じゃない。
空から降っているのは雨でも雪でも雹でもなかった。
何かもっと硬いもの。おそらく鉛か鉄か鋼か、そのような硬くて尖った金属が、大量に振り注いでいるようだ。
その硬くて尖ったものは、蛮族の身体に容赦なく降り注いだ。
彼らは必死にそれからの逃げようとするが、大量に降ってくるものから逃げる術はない。
その尖ったものは、蛮族の身体に突き刺さっていく。
あっちこっちから悲鳴が上がった。蛮族の身体が次々と血に染まっていく。そして倒れて動かなくなったものは多数。
プラーヌスの上にも、その硬くて尖ったものが降り注いでいた。しかし差している傘に弾かれて、彼の身体には一片も当たらない。
刃の雨は、あっという間に蛮族たちの戦力を無化した。
全身から血を流し、多くの蛮族が倒れ伏している。その死体に向かって、更にその雨は降り注ぐ。
無傷の蛮族はほとんどいなくなったようだ。いたとしても、もはや心は傷だらけで、戦う意欲が喪失したのは間違いないはず。
やがて雨はやんだ。わずかに生き残った蛮族が、呆然とした様子で空を見上げている。
「この塔にいったい何の用なのだ?」
プラーヌスがその蛮族たちに向かって言った。蛮族たちは酷く怯えた様子で、プラーヌスのほうを振り仰ぐ。
「二度とこの塔に近づくな、もしまた近づけば」
彼はそう言って、宝石を取り出した。雲が再び不穏な唸りを上げ始める。
蛮族たちはさっきの攻撃が繰り返されるのを予感し、算を乱して逃げ出そうとしたが、恐怖で足がもつれ、氷の上を滑っているかのようだった。




