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私の邪悪な魔法使いの友人  作者: ロキ
シーズン1 魔法使いの塔
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第三章 6)フローリアという少女

 私は牢獄の鍵を開けた。

 彼らはまだ恐々としていたが、勇気を振り絞るように外に出てきた。

 おそらく凶々しい記憶を思い出しているのかもしれない。この牢獄から出た順に、人体実験をされたという事実を。


 「生き残っている怪物たちは一人残らず焼き殺せ。あんな姿で生きるのは酷な話しだ」


 プラーヌスが手の空いている召使いにまた新たな命令を発した。それから私に言った。


 「シャグラン、僕はもう疲れた。魔法でかなりの体力を消費したようだ。それにもうそろそろ本格的にあれがやってくる頃だ」


 「え? あれって?」


 私は尋ねる。


 「言ってなかったかな? 僕は普段から、とんでもない頭痛に苦しんでいるんだよ。これくらいの時間になるとやってくる。もうそろそろ薬を飲まなければいけない時刻だ。本当に凄まじい頭痛でね。その激痛で発狂しそうになるくらいなんだ。周りに誰かいると、殺してしまうかもしれない。そういうわけで全ての後始末は君に任せる。先に寝室に引き下がらせてもらうからね」


 「あ、ああ、任せてくれ」


 プラーヌスが苦しそうに息をしていることはずっと気になっていた。魔法を使うと、かなり体力を消耗するようなのだ。

 しかし頭痛の話しは初耳だった。頭痛で発狂するなんて大げさだと思うけど、魔法使いのプラーヌスが頑健なわけもない。

 嫌になるくらい神経質で過敏。少しの身体の不調に苛々する。それが魔法使いという生き物だ。

 その中でも特に優秀なプラーヌスである。彼に持病の一つや二つあっても驚くべきことではない。

 しかも周りに誰かいると殺してしまいそうとまで言ってるのだから、むしろ早く部屋に帰って欲しいくらいだ。


 「お待ち下さい、新しい塔のご主人様」


 しかしそのとき、我々に最初に声をかけてきたあの少女が、部屋から去ろうとしたプラーヌスを呼び止めた。


 「ご主人様、数々のご厚意にはいくら感謝してもしきれません。だけどどうかあの人たちにもご慈悲を」


 「慈悲だと?」


 プラーヌスは足を止め、少し苛立った表情で振り返った。


 「は、はい、どうか焼き払うなどと仰らないで下さい。今はあのような姿になってしまいましたが、少し前までは私たち同じ人間でした。いえ、たとえあのような姿にされようとも、今だって人間です」


 「フローリア、もう余計なことを言うな」先程の白髪の女性が少女を窘めた。


 「これ以上、いったい何を望むというのだい!」


 「だけどおばさま、私たちがこうやって無事なのは、皆が私たちよりも先に犠牲になってくれたお陰じゃないですか。ご主人様!」


 少女はプラーヌスに再び向き直った。「私があの人たちの世話をいたします。最後まで看取らせて下さい!」


 「ほう、なかなか面倒な性格をしているようだな。君はあの怪物たちが気味悪くないのか?」


 ようやく帰ろうとしていたのに引き止められて、最初はムッとしていたプラーヌスだったが、その言葉にいくらか好奇心を覚えたような表情で少女に近づいていった。


 「少しも気味悪くありません、私の父と母もあのような姿にされました。だからあの人たち皆が、私の父であり、母であると思います」


 少女はそう言いながら、少しも臆することなく、まっすぐな視線でプラーヌスを見つめている。

 利発そうな瞳だ。しかもその目は、純粋な優しさで満ち溢れているようであった。


 私はその純粋そうな瞳を見ながら、何だか不思議に思った。

 この少女はこの牢獄で、口にするのもおぞましい残虐行為を目にしてきて、自らだってその被害者になろうとしていた。

 その健康的な若い身体を、魔法使いに踏みにじられる寸前であったのだ。

 それなのに、どうしてそんな優しさを宿し続けられるのだろうかって。


 普通、とんでもない悪を前にしたら、心は荒むものじゃないのか? 少なくとも余裕を失って、自分の身の安全しかしか考えられなくなるものだと思う。どうやら、他の人質たちはそのようだ。

 しかし彼女の心にはまるで特別な囲いがあって、どんなものにも汚されることがない仕組みになっているよう。


 「君の名は?」


 プラーヌスも私と同じような感想を持ったのだろうか、少し感心するような表情でそう尋ねた。


 「フローリアです」


 「フローリアよ、彼らの面倒を看るなど簡単に口で言うが、それは想像を絶するほどの苦行であろう。この悪臭は耐えがたいし、ほとんどの者が手も足もないものばかり、糞尿の始末も大変だ。しかも、どいつもこいつも性器だけは元のまま残されている。食欲同様、性欲も消えずにあるという証しであろう。そんな生き物を、君のこの細い腕だけで面倒看るなど不可能だ。悪いことは言わない。手厚く葬ることは約束する」


 「しかしご主人様、さっきも言わせて頂いた通り、私がまだこうして息をしていられるのは、先に犠牲になったあの人たちのお陰です。その恩はどうやっても返せそうにありません、せめてその最後は安らかに」


 「困ったな、シャグラン。君はどう思う?」


 「え? 言うまでもない。君と同じ意見だよ」


 「僕と同じか・・・」


 プラーヌスはその少女の言葉に説得されたというよりも、彼女の真摯な眼差しに心動かされていたに違いない。


 「わかった、フローリア」


 渋々とではあったが、仕方ないと言った感じで頷いた。「面倒なことではあるが、君のその風変わりな望みを叶えることにする」


 全ての召使いに通達せよ。哀れな姿をしたこの者たちは呪われた種族でも、罪を犯した幽鬼でもないと。決して手を掛けることを許さぬ。


 プラーヌスは黒いローブを翻しながら振り向き、周りにいる全ての召使いに号令した。


 「ありがとうございます!」


 「シャグラン、生き残りはどれくらいいると思う?」


 プラーヌスがまた私に尋ねてきた。


 「さあ、確かなことは言えないけど、少なくとも五十体はいただろうね」


 「フローリア、五十体もいる彼らをこの塔の外に出すわけにいかない。彼らを看取るまで、君はこの塔に軟禁することになるけど?」


 「かまいません」


 フローリアはプラーヌスを見上げたまま、力強く頷いた。


 「よし、それならこの塔でしばらく暮らすがいい」


 どこでもいい、この塔の中で彼女と彼らが静かに暮らせる部屋を設けるんだ。

 この命令は、まだこの塔に不慣れな私に適さないと判断したのか、プラーヌスは近くに控えていた召使いにそう命じた。


 「しかし僕も、塔の住人たちも、もう二度と彼らの姿を見たくない。決して部屋から出さないと約束しろ」


 プラーヌスはフローリアに厳しい口調でそう言い渡した。


 「もちろん、お約束します」


 「君の記憶はしばらく残そう、しかしこの塔から出るとき、必ず僕の前に来るんだ。君も例外扱いにはしない」


 以上だ。

 プラーヌスはもう何も言われても聞き耳は持たぬと言った感じで、断固としてそう言い放ち、出口の階段に向かって歩いていった。


 プラーヌスが部屋から去ると、ずっと頭上近くを飛び交っていた蝙蝠の大群がどこかに飛び立ってくれたような感じで、緊張感がふっと緩んだ。

 どうやら真夜中に塔を騒がせる事件が起きたという事実よりも、苛々しているプラーヌスと一緒にいることのほうが私を気疲れさせていたようだ。私は思わずホッとしてため息を吐いた。


 しかし部屋は目も当てられないくらいの惨状である。

 あのグロテスクな生き物たちが足下をうろついているし、さっきまで囚われの身だった生き残りの人たちは皆、これからどうすればいいのか問い掛けるような表情で立っている。


 てきぱきと指示しなければいけないことが山ほどある。それが今、全て私の肩に圧し掛かっているのだ。

 しかもプラーヌスの前ではキビキビと動いていた召使いたちも、私と同じように気が緩んだようで、見るからにだらけ始めていた。

 何もかも明日に引き延ばして、さっさと部屋に帰りたかった。しかしそれは許されない。

 私は自分も奮い立たせるように手を叩きながら、だらけ始めた召使いたちを急き立てた。アビュの通訳に協力を仰ぎながら、細かい指示を言い渡していった。


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