第三章 4)地下の実験室
プラーヌスの放った魔法の炎は、お互いの身体をむさぼり合うことに夢中になっていた怪物たちを、一瞬にして焼き尽くした。
今は床に灰が薄く散り積もっているだけとなった。
肉の焼ける匂い、そして白い煙がもうもうと立ち込めている。
私たちはその煙の中、プラーヌスの後に続き階段を下りていった。
プラーヌスは灰を踏み締めながら、部屋の奥の地下室の入り口の扉があるほうにさっさと向かっていく。
しかし彼の足元は何だかおぼつかないようであった。
強力な魔法を使ったせいか、体力をかなり消耗したようだ。一歩歩くごとに呼吸が荒くなっていき、目当ての魔法の扉の前に辿り着く頃には肩で息をするまでになっていた。
しかしまだまだ、その壊れた扉の残骸の隙間から、あのグロテスクな生き物たちが溢れ出てこようとするのが見えた。
プラーヌスは心底からうんざりした表情をこっちに向け、召使いたちに指図し始めた。
召使いたちはプラーヌスの命令通り、松明の炎で怪物たちを威嚇した。怪物たちは炎を恐れて隅のほうに逃げていき、私たち一行のために道を開けた。
魔法の扉の向こうにも階段があって、うねうねと曲がりくねりながら、はるか下まで続いているのが見えた。
塔の整備された階段とは違い、段差もまちまちで、崩れかけている箇所もあるようだ。
私たちはそんな階段を、滑らないように足を踏み締めながら、ゆっくりと下りていった。
石と石の間に苔が生えている。側面の岩壁はところどころ茶色の水に濡れ、まるで不治の皮膚病にでもおかされ、膿が滲み出ているかようだ。
どこもかしこ真っ暗で、不気味な塔であるが、今下りている歩いているこの通路と比べるとずっと清潔で、非常によく整備されていたことがわかった。
魔法の扉の奥、この階段の通路は穴を掘っただけの坑道と変わりなく、自然が剥き出しで、鼠や蜘蛛や、名前もわからないような虫がうようよいる。
私の神経はもう限界だ。黴と腐臭の合わさった匂いも更に強まってくる。やがてそれがもう我慢しきれないぐらいまで達した頃、ようやく部屋に辿り着いた。
その部屋はかなり広いようだが、天井の高さがかなり低いせいか、圧迫感を感じた。
私はどっちかというと背は高いほうなので、屈まなければ歩けないほどだ。私より少し背の低いプラーヌスも、窮屈そうに歩いている。
しかしそんなことよりも、私はその部屋の、あまりのおぞましい光景に言葉を失っていた。
部屋の目立つところに木製のテーブルがあった。その隣の台にはメスやハサミ、斧やのこぎりや縄など、人体実験に欠かせない道具なのであろうか、そういうものが並べられている。
部屋の隅の棚や、あるいは床のいたるところに、透明の液体の入った瓶が無造作に置かれていた。
その瓶の中には、人間の手首から先だけとか、各種の内臓とか、馬の首とか、様々な大きさの脳みそが浸けられている。
「酷い・・・」
アビュが言った。
私も沈痛な面持ちで頷いた。
その部屋の奥のほうに、鉄の柵で区切られた広いスペースがあった。
その牢獄の柵はすさまじい力でねじ曲げられていた。
おそらく、そこにあのグロテスクな怪物たち、いや、人体実験であんな姿にされた人間たちが閉じ込められていたようだ。
まだ少し残っている怪物たちが、今も床をうろうろと這っている。
そのとき突然、召使いの一人が恐怖に満ちた声をあげた。
私もその悲鳴の主と同じくらいの恐怖を覚えながら振り向いた。すると一体の怪物がまるで人懐っこい小動物のように、その召使いの足にすがりつこうとしているのが見えた。
召使いは持っていた松明をその怪物の顔面に押し付けるが、そいつはなかなか逃げようとしない。
「だ、誰か助けて!」
召使いは恐怖に満ちた声を上げながら後退する。しかし背中が鉄の柵にぶつかり、逃げ場がなくなった。
プラーヌスが面倒そうに、すぐ隣にいた召使いに合図した。
彼は手術台の横に置かれていた斧を取り、それを怪物に向かって振り落とそうとする。
「やめてください!」
そのとき若い少女の声がした。プラーヌスは斧を振り上げた召使いをさっと制しながら、声のほうを向いた。
私も、その声がどこから聞こえてきたのか、探す。
「お、お願いです、この人たちを殺さないで下さい」
格子の向こうに、そう言って声を上げている少女の姿が、松明の光に照らされた。
「何者だ、君は?」
プラーヌスはそう言いながら、その少女のほうに向かってゆっくりと歩いていく。
みすぼらしい格好をした少女だ。しかしこちらを、しっかりとした眼差しで見つめてくる。私も彼のあとを続いて、その少女のほうに歩みを進める。




