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私の邪悪な魔法使いの友人  作者: ロキ
シーズン1 魔法使いの塔
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第二章 5)謁見の間

 塔の中央、樹木で言えば幹に当たる部分、その最上階に謁見の間があった。


 おそらく塔の全ての部屋の中で、最も豪奢な部屋だと思う。


 部屋の四方の隅に、劇場の幕のような深紅のカーテンが垂れ下がっている。

 堅固な台座の上に、円形の石材が一つ一つ積み重なって出来た巨大な円柱が、飾りガラスの丸天井まで無数に伸びていた。


 床は黒い大理石で出来ており、まるで星空の上を歩いているかのようで、一瞬、上下の感覚を狂わされる。


 アーチ型の入り口から赤い絨毯がまっすぐ伸びていて、その両脇には篝火が焚かれていた。


 その炎や火の粉が宙高くまで舞い上がっているが、巨大な謁見の間の天井には到底届かない。


 巨大な炎だ。


 しかし私はその燃え盛る炎の盛大さに目を奪われつつも、むしろこの炎を管理する召使いがいて、その召使いがきちんと仕事していることに感心していた。


 それに謁見の間の床もきれいに磨かれているようである。

 プラーヌスは召使いの働き振りが気に入らないようであったが、そうは言っても、自分の職務を忠実にこなしている者も大勢いるようだ。


 部屋の一番奥の石段を三段上がった壇の上に、豪勢な背もたれと肘掛けのある、まるで玉座のような椅子があった。


 待ち合わせの時間である夕方、私はその玉座の前でプラーヌスが来るのを待っていた。


 玉座は少し趣味が悪いのではないかというくらい、様々な装飾が施されている。


 しかし派手な割には、どことなくくたびれていた。

 埋め込まれていたはずの宝石も所々欠けているようであるし、革もすれ、色が変わってしまっている。


 まるで遠い戦場から疲れ切って帰ってきた老兵のようだ。

 タフな戦場で手を失っただけでなく、歯まで抜けてしまったという感じの。


 私はそんなことを思いながら、その玉座を観察していたら、プラーヌスが突然、何の前触れもなくその玉座の上に現れた。


 一瞬、何が起きたのか理解出来なかったが、彼は魔法で瞬間移動してきたのだ。


 「お、驚かせるなよ、プラーヌス!」


 私は無様に尻餅をつきながら言った。


 「おい、シャグラン、ふざけて僕の椅子に座るようなことをするなよ」


 プラーヌスは私が驚いた顔が面白かったようで、悪戯が成功した子供のようにニヤニヤと微笑みながら言ってきた。


 「ど、どうして?」


 「この魔法を使った先に生物がいると、そいつは大怪我を負うことになるからね」


 「・・・あ、ああ、肝に銘じておくよ」


 そんな重要なことは先に言っておいてくれよ。

 そう言おうと思ったが、彼のような人間に真っ当な忠告など無意味に思え、私は口をつぐんだ。


 「しかし酷くくたびれた椅子だろ?」


 さっきまで私が何に注意を奪われていたのがわかったのか、プラーヌスはその椅子を撫でながら言ってきた。「前の主は趣味が悪かったというよりも、そういうのにあまり気を使わないタイプだったようだな。まあ、魔法使いにありがちだが」


 「当然、この椅子も新しいのに取り変えたいわけだね」


 私はお尻を払いながら、さっきの驚きから立ち直るように立ち上がった。


 「ああ、しかし新しい椅子を買いに行く暇もない。この塔を魔界から支配している魔族と、上手く連絡が取れないんだよ。なかなか僕に注意を払ってくれないのさ」


 プラーヌスはその優美な眉を不興げに曇らせ、ため息を吐きながらそう言った。


 彼から詳しく教えてくれたわけではないから私もよく知らないのだけど、魔法使いの魔法は、魔界の魔族の力を借りて発動される。

 魔界に居る魔族と契約を結ぶことで、その力を借り受けることが出来るらしい。


 「一体でいいんだ、この塔と関係している魔族と連絡がつけば、あとは芋づる式に事は運んで、いずれここを支配している魔族にも目通り出来る。それで契約を取り付けられれば、僕の魔法はもっと強力になる。この塔にいる限り、誰にも負けないくらいにね」


 プラーヌスは、はやる気持ちが抑えられないと言った感じでそう言った。


 まあ、プラーヌスが焦るのも仕方がない。

 塔の主になろうと、虎視眈眈とその機会を狙っている魔法使いは多いらしい。

 この塔にもいつ、他に魔法使いが侵入してくるかわからないのだ。


 せっかく塔の主になれたというのに、それをすぐに失ってしまうなど、プラーヌスが望むはずもない。

 他の魔法使いを追い払うため、どれくらい強くなってもなり過ぎることはない。

 そのためには、魔界からこの塔を支配している魔族と契約を結ぶ必要があるのだ。


 「その魔族と契約を結ぶことが出来て初めて、僕は本当にこの塔の支配者になることが出来たと言えるだろう。今はまだ間借りのような状態なのさ」


 なるほど、それでプラーヌスは私に塔の管理の仕事を任せっきりにしているのかもしれない。


 その契約を取り付けることが出来れば、彼にも時間の余裕が出来るわけだ。

 それを期にこの塔の仕事を辞すればいいのではないか。私は合点がいって、一人で頷いた。


 「そんなことより、そっちの仕事の進捗具合はどうなんだ?」


 プラーヌスはこのような趣味の悪い椅子に座っているのは恥ずかしいと言いたげに、忌々しそうに立ち上がり、窓のほう歩いていった。


 「ああ、そうだった」


 私はアビュと話し合ったことや、この塔に対する感想と意見を簡潔に述べた。

 すなわちアビュを助手として雇うこと、そのために、彼女の代わりに新しい料理係を選ばなければいけないことなどを。


 「アビュの前任の料理係がいたらしいんだ。しかし今は自分の仲間のためにしか料理を作っていないようだ」


 「ほう、それはなぜかな?」


 窓のほうに歩きかけていたプラーヌスは、私の言葉に興味を惹かれたのか、ぴたりと立ち止まった。


 「うん、何だかややこしい問題があるようなんだけど・・・」


 私は、ゲオルゲ族の者たちが、プラーヌスを軽んじているらしいということを話そうか話すまいか悩んだが、話しの流れ上、正直に話さない訳にいかなかった。

 それにそもそも彼らをかばう理由も私にはない。


 しかし出来るだけ、ソフトな言い回しにしておいた。

 無暗に彼を怒らせて、私もその怒りの巻き添えになるのは堪らないからだ。


 「ほう、あいつらはそんなことを考えていたのか」


 とはいえ、私は精一杯オブラートに包んでいったつもりであったが、プラーヌスの怒りはそれでも大変なものだった。


 「彼らを追い出そう、これまではまだいくらか迷っていたが、今はっきりと確信したよ。よくやったぞ、シャグラン、見事に重要な情報を引き出した」


 彼は銀色の髪の毛を、神経質な手つきで何度もかき上げながら言った。


 「だ、だけどプラーヌス。ゲオルゲ族の中にも、自分の任務を忠実に果たしている者もいるようだ。それにどうやら、前のこの塔の主人は彼らを上手く仕切っていた。プラーヌスもその気になれば」


 「それは違うね、シャグラン、恐怖で統治するのは簡単だよ。僕だってそんなことをするのは、引き出しの中からインク壺を取り出すのと同じくらい、容易なことさ。問題は、僕がそんなふうに彼を恐怖で統治するのは嫌だってことだ。僕は怯えた眼差しで見られるのが、不愉快で仕方ない性分なのさ。そんなことを親友の君に説明しないといけないとは思わなかった。そもそも君をここに呼んだのもそれが理由じゃないか」


 「はあ、そうなのか・・・」


 よくわからなかったが、私は頷いた。


 「ゲオルゲ族を追い出す、それはもう決定事項だ。まあ、しかし今すぐは無理だ。代わりの召使いを見つかるまでは我慢するさ」


 プラーヌスは自分自身に言い聞かせるように言った。「まだまだ、そんなことをしている時間的な余裕が全くない。その前に魔族との契約も取りつけなければいけないし、騎士バルザの勧誘にも出かけなければいけない。それらが最優先事項だからね」


 しかしゲオルゲ族の料理人は許せない。そいつだけは脅してでも、僕たちの料理を作らせよう。


 プラーヌスはそう言って、玉座のような椅子の肘掛けに置いてあった、金細工の鈴を手に取り、それを振り始めた。


 鈴は手の平サイズの小さなものだったが、魔法が施されていたのか、その音は塔中に響き渡った。


 しばらくすると、続々と召使いたちが謁見の間に集まってきた。

 どうやらこの塔にいる全ての召使いが、この謁見の間に集まろうとしているようだ。


 「そういう決まり事もないんだよ」


 プラーヌスは続々と集まってくる召使いたちを見ながら、呆れたようにつぶやいた。「鈴の音がしたら僕の許に来るよう指示してあるだけだから、全ての召使いたちがここに集まってくる。なあ、シャグラン、至急、そういう決まり事も作っておいてくれ」


 「ああ、わかった」


 とりあえず召使いの中の、代表者的な存在が必要なのかもしれない。

 一度だけ鈴の音がすれば、その代表者だけが来るといったルールを作っておこう。


 謁見の間は、先程まで唾を飲み込む音も聞こえるほど静かだったのに、人が集まるに連れ、街の広場のように騒がしくなった。

 暗くて静かだった塔のどこに、これだけの人が潜んでいたのかと驚いてしまうほどだ。


 プラーヌスの座る椅子は少し高い位置にある。私もその高い段の上にいる。

 そこからだと、集まってくる召使いたちの様子がよく見渡せた。

 その中にはアビュもいるはずだった。しかし彼女を見つけ出すのにも苦労するほど人が多くて、私は探すのを諦めた。


 「ちょうどいい機会だから紹介しておく、僕の隣にいる男はシャグランという。この塔のナンバー2に就任した」


 ナンバー2だって? 


 それは私自身も耳を疑うような事実であったが、ここは黙って聞き流しておいた。


 「これから僕と彼とで、この塔の大改革を行う。数日の内に、この塔の主が変わったということを、君たちは否が応にも認識させられるであろう。文句があるものは去るがいい。誰も止めない。それが嫌なら僕の命令には従うのだ。そして僕の分身だと思って、彼にも仕えるように」


 プラーヌスはおそらく同じセリフを、三つの違う言語で繰り返し述べた。その度に、彼に対する返事が所々から聞こえてきた。


 「話しはそれだけだ。各自すぐに持ち場に戻れ。ただしゲオルゲ族の料理長だけは、この場に残るんだ」


 その言葉もプラーヌスは三度繰り返した。

 その度に謁見の間から召使いたちが去っていく。

 最後にプラーヌスの指示通り、ゲオルゲ族の料理長だけが残った。


 「これまでは塔の主の料理も作っていたのに、今は他の誰かに任せているようだな」


 おっと、この言語は通じなかったね。


 プラーヌスはそう言いながら、そのゲオルゲ族の料理長に近づいていく。


 ゲオルゲ族の料理長は、酒屋の店主のような、どこにでもいる感じの男だった。

 明らかに苛ついているプラーヌスを前にして、まるで草食動物のようにプルプルと震えていた。


 何か企みや反抗の意思があるようには到底見えなかった。

 彼がこれまで非協力的だったのは、ただ単にプラーヌスが訓示するのを怠っていただけのような気がする。

 最初から料理を作るように命じていれば、その命令に服さないようなタイプではない。


 しかしもう遅い。既にプラーヌスの逆鱗に触れてしまったようなのだ。

 もはやプラーヌスの怒りは、簡単に静まりそうにはない。


 「シャグラン、少しばかり手荒なことをする。君も席を外してくれ」


 プラーヌスが言ってきた。


 「・・・あ、ああ、わかった」


 私はプラーヌスの冷たい形相に少したじろぎながら、謁見の間から足早に立ち去った。


 そのとき、ゲオルゲ族の料理長が私に助けを求めるような眼差しを送ってきたような気がしたが、私は見ない振りをした。


 私の告げ口からこのような事態に至ったのだから、いくらか責任を感じないわけではなかったが、私としてはただ彼の危機を感ずる能力の低さを憐れむしかない。


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