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第六話 アストの影[1]

「……冗談じゃないよ」

 炎天下の中、アル=シュケイム=レイトは鍬を片手に呟いた。その顔には僅かな疲労、恨めしげな表情が浮かんでいる。

「何コレ? ナニこれ? 何で僕がこんな肉体労働しなくちゃならないワケ!? ソレもここ、外だよ、外!! 屋外だよ!?」

 甲高い悲鳴のような、人迷惑その他を一切考慮しない、けたたましい叫び声。

「確かにここは砂漠じゃないし、鍬や鋤で耕せないくらい固い地面でも無いけどさっ!! どうして非肉体派の僕がこんなことしなくちゃならないワケ!? コレならカエンの方がよっぽど適任だよ!!」

 嘆き喚くアル=シュケイムは、274カラム基地の責任者セドル支部長他の人々が、彼以上の悲嘆と後悔に暮れている事など知るよしも無い。

「文句を言うな! とっとと働け!!」

 アル=シュケイムの教育係に任じられた男、シュヴォルク=レイデンが激昂する。

 赴任してからのここ二、三日でアル=シュケイムの株は下がりっぱなしだ。

 役立たずを送って来たレントリアス本部への罵倒や怨嗟の声まで、アル=シュケイムの耳に聞こえてる程の有様である。

 だが、アル=シュケイムは、気にしない。

 そもそも、本部にいた時から、彼は周りの目を気にするという事がないのである。

 当然周囲に気を配ったり、配慮したりすることもない。

 アル=シュケイムは、相棒ラナス=キウトの助力と、レントリアス本部長官カスケイム=リヤオスの庇護が無ければ、ただの役立たずであり、厄介者である。

 それは、本部の方では周知の事実であったが、常に定期連絡等を怠らないとは言え、サランテスワースの各地に点在する支部にまでそういった声が届くことはほとんどなかった。

 本人についての情報は皆無で、その功績だけが広く知られており、そのため期待しただけに、失望度合いも深かった。

 これならば幼児を十人拾ってきた方がマシだとまで酷評されても、アル=シュケイムは全く気に病まなかった。

 相変わらずのマイペースで、隙あらばサボろうとするので、シュヴォルクは教育係のはずがいつの間にか監視係・お守り役になってしまい、アル=シュケイムから一瞬たりと目が離せないために、全く自分の仕事ができず、苛立っていた。

 文句や愚痴を言いたいのはこちらの方だ、と思うシュヴォルクの心情など、アル=シュケイムは知らない。

 だから、せいぜいで小言がうるさい男だな、程度の認識しかしていない。

 双方にとって不幸な事だった。

 そもそも、人事に問題があり、こうなることは、本部の誰もが予想していた事であり、間違いなく懲罰人事だろうと思われていた。

 何も知らなかったのは、274カラム基地の面々であり、彼らは被害者だった。

 そしてほぼ全員が二度と人員要請など申請しないと、幾度も心の中で呟いていた。

 アル=シュケイムは、274カラム基地内のいずれの部署でも役立たずだった。

 あまりに酷いので、本人に特技を聞いてみたところ、

「機械いじりと数値計算とハッキング、かな?」という答えだった。

 だが、274カラム基地は辺境で、施設も小さく、設備も貧弱なため、機械技師もコンピューター技師もほとんど仕事が無い。

 まず、エネルギーを十分確保できないために、ほとんどの仕事は人力である。

 事務仕事も他のレントリアス支部では考えられないほどのアナログなので、読み書きはできても、あまりに汚く綴り間違いが多い上に、暗号としか見えないアル=シュケイムの筆跡では、事務仕事も無理そうだった。

 誰がどう考えてみても、これは不適切な人事・配置である。

 いっそ元の場所に送り返せないのかという声も最近聞こえてきたのだが、セドル支部長が何故か

「それだけはできない」と一人反対しているために、実現していない。

 そういった噂は、相棒のラナス=キウトの超感覚のおかげで、いつものマイペースで過ごすアル=シュケイムの耳にもちゃんと届いてはいたのだが、彼にはそれを改める気は毛頭なかった。



《お前という奴は、常識どころか良識すら持ち合わせていないのか?》

 昼休み。食事に夢中でがっつくアル=シュケイムに、ラナス=キウトが嘆息するように言った。

「俺のせいじゃないもん。リヤオスのせいだもん」

 相棒の厳しいたしなめに、子供のような拗ねた口調で、アル=シュケイムはうそぶいた。

《まだそんなことを言っているのか。子供じゃあるまいし》

「子供じゃないけど、遊びたい盛りのピチピチの若者だからねっ。でもこんな僻地じゃ遊べない〜。退屈〜死んじゃう〜」

 じたじた、とアル=シュケイムは椅子の上で、足をばたつかせた。

《ならば、死ね》

 冷酷にラナス=キウトは言い放つ。

「冷たいよ、ラナス=キウト」

 そういう言葉の割には、口調にも表情にも危機感が全くない。

《お前が愚かでどうしようもないやつだからだ。本当に、お前とは縁を切りたい。つくづく愛想が尽きた》

「本当?」

 何故か嬉しそうにアル=シュケイムは言った。

《もちろんだ》

 ラナス=キウトは苦々しい口調で答えた。

「じゃあ、俺の目論見通り、成功だな。……じゃ、なんで何も俺、言われてないの? お目付役じゃなくて、上司にさ」

 けろっとした口調でアル=シュケイムは言った。

《どういう意味だ。何が言いたい?》

「つまり、俺は上司や支部長と話がしたいわけ。だけど面会申し込んでも断られたり逃げられたりするし、正攻法が無理なら搦め手でってことで……」

《そのために仕事をサボったり、態度を悪くしたりしていると言うのか?》

「うん。単に本当にサボりたいのもあるけど」

《……やはりお前は害虫だ》

 ラナス=キウトは呆れた。

「えっ、虫!? 俺、虫なの!?」

《そこはとりたてて気にするところじゃないだろう、アル=シュケイム》

 ラナス=キウトはそう言った意図の方を気にして欲しいと思うが、アル=シュケイムには通じない。

「いや、気になるよ。気になるってば!!」

 真顔で言う。

《虫というのはたとえ話だ。重要なのはそちらではない。私が言いたいのは、お前の価値や存在意義が虫以下だという事だ》

 ラナス=キウトがそう言うと、

「なーんだ」

 と明るく軽い口調で言って、アル=シュケイムは昼食の残りを平らげた。

 そんなアル=シュケイムに、ラナス=キウトは心底呆れる。

《お前は周りに迷惑かけているという自覚はあるのか》

「あるよ?」

 アル=シュケイムはケロリとした顔で言った。

 ラナス=キウトは二の句が告げない。

「とりあえず判ってるのはねぇ、僕がこの274カラム基地に転属されたのは、表面的な理由だけじゃないって事さ」

《……どういう意味だ》

「たぶん僕に何かを期待してるのさ。おそらくリヤオスか、セドル支部長あたりがね」

《何故そんな事が言える》

「話を聞いてる分には、支部長はこんな役立たずの僕の再転属に反対しているようだし、他の人達は明らかに不満そうで、それを隠してもいないし。たぶんリヤオスが何か企んでいるのさ」

 アル=シュケイムは、薄く笑みを浮かべ、さらりと言う。

《一応バカなお前でもそれなりに考えてはいるようだな》

「僕はむしろ天才だよ?」

 真顔で言った。

《…………》

 ラナス=キウトは沈黙した。

「ん? どうしたの?」

《……いっそ熱射病で死んでしまえ》

 ラナス=キウトの言葉に、アル=シュケイムは唇を尖らせた。

「やだよ。何のためにだよ?」

 ラナス=キウトは答える代わりに、沈黙した。



 アル=シュケイムがマイペースで周囲(ラナス=キウトを含む)に迷惑と心労をかけている頃、274カラム基地の責任者セドル支部長は、レントリアス長官カスケイム=リヤオスに泣きついていた。

「どうしても彼を、配置転換するわけにいかないのですか?」

 セドルは上と下に挟まれ、神経性胃炎で死にそうな顔色と化していた。『すまんな』

 あまりすまなさそうには聞こえない声で、リヤオスは言った。

『たぶん、近い時期にそちらで起こると予想される事態のために、彼が必要なんだ』

「近い時期とはいったいいつなんですか?」

 セドルの泣きそうな顔を見ながら、リヤオスは答える。

『……それは相手次第だからな。なんとも言えん。たぶん半年から一年まではかからん筈だ。こちらの調べではな』

 リヤオスの答えに、セドルは更に胃が痛そうな顔になった。「半年から一年以上待てとおっしゃるんですか!? 冗談じゃありませんよ。とても保ちません。何より皆の士気が落ちてしまいます」

『そんなに酷いのか?』

「酷いなんてものじゃありません。彼はいったいどういう神経の持ち主なんですか。まともな神経だとは思えません。皆な総スカン食らって針のむしろ状態にある筈なのに、ケロリとして、人の数倍食べるんです」

 セドルの言葉に、リヤオスは苦笑を漏らす。

『……まぁ、あれの神経が鋼鉄性なのは確かだが、君は彼に何か言ったかね?』

「何をです?」

『どうも俺の指示だとバレているようだ。これ以上気を揉ませて、被害甚大にしないために、俺が直接話そう』

「本当ですか!?」

 セドルは文字通り飛び上がって喜んだ。

 そんなセドルにリヤオスは苦笑する。

『だが、呼び出す理由を告げる際に、俺の名前を出さない方が良い』

「何故ですか?」

『あれは口先と計算だけは良く回るんだ。基本的にはバカなんだがな。あと、勘が鋭い。だから、事情を知らない君の部下を通して呼び出す事をお勧めする』

「とてもそうは見えませんが」

『……たぶんサボりはわざとだ。君が俺に泣き付いて、俺が動くのを待っている』

 セドルの頭は一瞬真っ白になった。

「まさか」

『たぶん呼び出しには笑って応じるよ。ただし、俺の気配を感じたら、笑わないかもしれないが。だから、直接そちらへは行かない。行けばきっと感付くだろうしな。ところでセドル、彼女の様子はどうかね?』

 セドルは神妙な顔で頷いた。

「彼女は毎日、早朝から例の村周辺を探っています。こちらで護衛を付けようとしましたが、足手まといになると拒まれてしまいました。しかし、アストの学徒達に見つかれば、大変な事になってしまいます」

『心配無用だ。彼女はその道の専門だ。潜入捜査も得意だ。いざという時は、アル=シュケイムもいる』

「お言葉ですが、彼がいったい何の役に立つんです?」

『格闘戦や銃撃戦には向いていない。だけど魔との戦闘については、我がレントリアス随一だ』

 リヤオスの言葉に、セドルは蒼白になった。

「……まさか」

『今のところ、砂嵐の発生や魔の出没は確認されていない。だが、おそらく一年内には現れるだろう』

「そんな……!」

 セドルは絶望的な悲鳴を上げた。

『安心してくれ、セドル。アル=シュケイムがそこにいる限り、施設にも人員にも被害は出ない。あれはバカだが、それだけは信頼できる。傍若無人でわがままだが、人嫌いではないんだ』

 しかし、セドルは安心できなかった。

「ですが、長官、彼が自分の仕事をサボって職務を全うしなかったら」

『それはないね』

 リヤオスはきっぱり断言した。

『少なくとも彼の相棒はそんな怠慢を許さない』

「相棒……?」

 セドルは怪訝な顔をした。リヤオスは苦笑する。

『あれが信頼できないなら、俺を信頼してくれ、セドル』

 その言葉に、不承不承ながらセドルは頷いた。

「判りました。長官を信頼致します」

『有り難う、セドル』

 リヤオスは微笑んだ。

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