第三話 レントリアスの午後[2]
「……全く。噂には聞いていたが、本当に見境無いな」
「ちょっと!! その噂って何!? それかなり誤解・偏見混じってない!?」
「ほう。何処がどう誤解なんだ? 説明してみろ」
「だから僕はカーラ一筋なんだって!!」
リヤオスは右手で顎をゆっくり撫でさすった。
「……ほぉう? じゃあ、シェリル=レザンもフィラ=クレソンもサーデュ=ウェイもセラ=リンもユナ=ラクスも全てデマ、とそういう訳か?」
「…………」
何でそんなに知ってるんだ、とアル=シュケイムは汗水ダラダラになった。
「ちなみに彼女らはここ二週間でお前と関係した、とされている女性なんだが他にも上げてみせようか?」
「……ごっ……ごめんなさいっ……!!」
アル=シュケイムは観念した。
「お前、精力余ってるようだしな。仕事をやろう」
ガーン!!!
アル=シュケイムは真っ青になり、潤んだ瞳でリヤオスを見上げる。
しかしリヤオスは一向に気にしない。
歯を見せて明るく笑いながら言う。
「明日から274基地勤務だ。仕事はキツイから余計な事考える暇無くて良いぞ。こき使ってやる。今夜中に荷物まとめろ。明朝、転送装置で送ってやるから感謝しろ。砂漠を歩いて行くのは辛いだろ?」
「そっ……そんなあぁぁっっ!!」
アル=シュケイムは泣き声のような声を上げた。
しかし、はっとする。
「待てよ!! リヤオス!! 『特別任務』あったらどうするんだ!! 物資とか機動力とか情報とかさ……っ!!」
するとリヤオスは人の悪い笑みを浮かべる。
「安心しろ。ちゃんと俺様直々に連絡してやるぞ。物資も情報もしっかり送ってやるから心配要らない。嬉しいだろう? 差し障りなど何一つ無いぞ?」
「リッリヤオス〜っ!!」
アル=シュケイムは情けない声を上げた。
「敬語を使え。以上、下がって良し」
「リヤオス様許してっ!! お願いっっ!!」
「下がれと言ったら下がれ。それとも無理矢理放り出されたいか? 医務室好きか? ん?」
にやりと笑って言われて、アル=シュケイムは諦めた。
「……退出します」
アル=シュケイムは涙目だった。
実際、部屋から出た直後には泣いていた。
それを隣室のミラーガラス越しにカーラが目撃していた。
「……どうして泣いてるのかしら?」
思わず呟いたカーラの背後で、リヤオスが溜息をついた。
驚いてカーラは振り返った。
いつの間にか入室したリヤオスが苦笑をしている。
「全く奴は子供だ。その癖起こす問題と来たら……」
苦々しげな口振りとは裏腹に、何処かリヤオスは笑っている。
楽しんでいるようにも見えるのは、カーラの気のせいだろうか?
カーラはリヤオスを見つめた。
「……すまなかったな。そこへ座りたまえ。報告と、それから少々個人的に聞きたい事がある」
「はい」
カーラは瞬時に有能な研究員の表情になる。
「まず、こちらが報告書です」
と、書類の入った封筒を渡す。リヤオスはその封を開け、ざっと目を通す。
「……成程。アストはそんな辺鄙な村にまで手を伸ばしているのか」
「私も驚きました。しかし、事実です」
「そうだな。君が『見た』というなら事実だろう。あそこは丁度274基地の管轄だな。何が眠っているのか、アストが何を狙っているのか調べさせよう。……しかし……」
リヤオスはくすり、と笑った。
「……何か?」
「……いや、面白い偶然だと思って。274基地から先日、増員の要望が来てね。アル=シュケイムを送る事にした」
「え!? でも彼は……!!」
「慣れない重労働に音を上げるだろうな。それもまた一興」
「私も行かせて下さい!!」
叫んだカーラにわざとらしくリヤオスは眉を顰めてみせる。
「……何故? 君もあの馬鹿者とは距離を置きたいだろう? それに何よりあそこには女性職員が一人もいない。そんな処へ君みたいな美人が飛び込んだら、どんな騒ぎになるやら」
「冗談をおっしゃってる場合ではありません!! 知りたいんです!! アストが何故関係するのか!! 狙いが何か!!」
「結果は追って連絡するよ」
「でも!!」
「……それとも君はアル=シュケイムに襲われたいのかな?」
カーラは絶句する。リヤオスは笑う。
「いや、失敬。随分失礼な事を言ったね。申し訳ない」
「……彼は、とても可愛いんです」
「いや、それは判るよ。本当に貴重だ。こんな殺伐とした世の中ではな。しかし、それが奴の武器かも知れん」
リヤオスは諭すような口調で言った。
「……私は……心配で……」
カーラの言葉に、リヤオスはゆっくりと首を振る。
「確かに、庇護したり構ったりしたくなるタイプだろうな。危なっかしくて見ておれん。だが、あれで結構しぶとくて強かだ。君の心配には及ばんよ」
「……弟のように思ってるんです」
カーラが真剣な顔と口調で言うと、リヤオスは真顔で言った。
「『弟』はそう思ってないようだがね。本人に言ったら傷付くぞ」
「…………」
カーラは黙り込んだ。リヤオスは苦笑する。
「……何にせよ、今は距離を置いた方が良い。あいつも男だから勘違いする。……それとも勘違いじゃないなら、俺の出る幕じゃない。どうしたいかね?」
「……行かせて下さい。ただし、彼に気付かれないように」
リヤオスは大仰に肩をすくめた。
「つまり『勘違い』しないように?」
「……すみません」
リヤオスは溜息をついた。
「……後悔しないようにしたまえ。俺は君じゃないからね。忠告するくらいしか出来ん。……『特殊メイク』は知っているかね?」
「……『古代遺産』……ですか?」
「そう。君達が……いや、失敬。アストがそう呼ぶところの。俺にとってはそうとも言い難いんだが……それは致し方あるまいな」
「……長官は、現在のこの状況をどう思われますか?」
「……専門外だよ。すぐには判断できん。アル=シュケイムは良いな。何も考えてない。あるがままを素直に受け止め、受け入れる。……『過去』の姿に戻そうというのは、案外暴挙かも知れんな」
「……長官は、このまま枯渇すれば良いとお思いですか?」
カーラの瞳に強いものが宿った。リヤオスはゆっくりと首を振る。
「思わないから、『レントリアス』を創ったんだ。君のような優秀な人材も集めてる」
「……出過ぎた事を申し上げました」
カーラは素直に詫びた。
「いや、良い。……君の決心の程が知れて少し救われた。時折、自分がひどく無駄な事をしているのではないかと不安に陥る。サランテスワースはあまりにも変わってしまった。俺の知っていたサランテスワースは、こことは別の世界なのかも知れん。俺の古い知人もおらん」
「……長官」
「……長生きはするもんじゃないな。知り合いが死ぬのは、未だ慣れる事が出来そうにない」
リヤオスは遠くを見た。カーラの奥の壁より、ずっと遠い先を。
「……長官。それでもあなたは……あなたが存在する事は……」
リヤオスは笑った。
「……アル=シュケイムが羨ましい」
「……ええ」
「やはりバカが一番強い。自覚してないのが一番恐いが。……あいつは根っからのカーソワール商人だからな。奴は損得勘定は得意なんだが……どうももっと広い分野の知識、と言うか世界観、という奴がいまいち……まあ、あいつにそれを求めるのが間違ってるんだろうが」
苦笑しつつ言うリヤオスに、カーラは微笑んでいた。
「……しかし、あいつの死に顔だけは見たくないもんだ……」
「……長官……」
「……いや、これは愚痴だな。忘れてくれたまえ」
リヤオスは、静かに笑った。
その頃、アル=シュケイムは文字通り泣きながら荷造りしていた。
「おっ? どーしたぁ? 何泣いてる? 仕事か? 小言か? 転勤か?」
「うるっさいなあ!! あっち行ってろよ!! カエン!!」
泣きながら、アル=シュケイムはカエンに肘鉄を食らわした。
まともに食らって、カエンはぐぇっと叫んで腹を折った。
咳き込むカエンを振り向きもせず、黙々と涙だけを流しながら、荷をまとめる。
咳き込み終わったカエンが、アル=シュケイムを見て、眉根を寄せた。
「失恋か〜? 慰めてやるぞ〜? 俺の胸で」
「いらんっ!! あっち行け!! 喋るな!! 鬱陶しい!!」
こりゃ、重症だな、とカエンは肩をすくめた。
泣いていて見た目は可愛らしいが、何か空気が殺伐としている。
『何かありました』と思い切り顔に身体全体に書かれているようなものだ。
(ああ……カーラ……)
アル=シュケイムは涙と鼻水を一緒に拭う。
ねと〜っと糸を引いて気持ち悪かった。
その辺に投げ捨ててあったタオルで拭う。
たぶんそれは先程アル=シュケイムが、半ば自棄っぱちに衣類ケースの中味を放り投げた一部だろう。
ごしごしと顔が赤くなるくらいそれで拭った。
カエンが何か言いたげに見ているが、アル=シュケイムは見向きもしない。
レントリアス施設では、女性は個室を与えられるが(絶対数が少ないのだ)男性は二〜五人の同室だ。
アル=シュケイムは二人部屋。ルームメイトはカエンのみ。
男性のみ共同トイレで共同シャワー。風呂などは無い。
ちなみにこの部屋には簡素なキッチンがあるが、アル=シュケイムの記憶では使われた試しが無い。
カエンの前はリヤオスが同室だった。リヤオスの部屋は他と別格でトイレも付いていた。
それが十五歳になった年から、カエンと同室にされた。
何の前置きも無く。
あの頃は泣き喚いて抵抗して、リヤオスに怒られた。
リヤオスに捨てられたのだ、と思った。
今となっては笑える話だが。
リヤオスは『お前を大人として扱うためだ』と言った。
確かにあのままではリヤオスばかりを頼り、他からも特別視されるだけだったろう。
今なら判る。
あの頃は駄々をこねて暴れただけだったが。
そしてラナス=キウトにまで呆れられた。
じわりと涙が滲んだ。
(リヤオスのバカ)
「……お〜い、何で泣いてるんだよ。説明くらいしろよ。同居人に。訳判らないだろーが」
「カエンには関係ない」
きっぱりと言うと、カエンは意地悪な笑みを浮かべた。
「……おお、そうでしょうとも。無理矢理吐かせてやる」
言うが早いか、カエンはアル=シュケイムを強引に引きずり倒し、組み伏せ、ねじ伏せ、関節を締め上げる。
「ぎゃああっっ!! やめろっっ!! 死ぬっ!!」
数十秒で音を上げる。
呆れたようにカエンはアル=シュケイムを見た。
「……本当お前根性無いな」
「お前と一緒にすんなっ!! 僕はデリケートなんだよっっ!!」
その時、コールが鳴った。
「……誰だ? こんな時に」
渋々カエンが、アル=シュケイムから退く。
アル=シュケイムは警戒しつつ距離を取る。
カエンは音声通話機を取る。
「はい、こちら1079室。……ああ、カーラ? 何?」
(カーラだって!?)
アル=シュケイムは固まる。
カエンの視線にぶるぶると首を振り、ご丁寧に手でも駄目出しをする。
「……ごめん、今あいついないんだ。俺じゃ駄目な訳? ……へ? 俺? 俺で良いの? ……ああ、俺が一番適してるってか。それはどうも」
アル=シュケイムは予期しない会話の流れに、そろそろとカエンの元へと近付いてくる。
会話内容が気になるらしい。
だったら居留守使わず出れば良いものを、とカエンは思わずにいられなかった。
「……えっ!? 274基地!? そりゃ随分な配置転換じゃないか!?」
その声にアル=シュケイムはどきりとして身を固める。
カエンがちらりとアル=シュケイムを見る。
とても何か言いたげな目で。
「……うん。それで? ……ああ、成程。それで俺が適任と。結構。数あるレントリアス職員の中でもこのカエン=タルウォークを選んだ君の鑑識眼は素晴らしい。正に俺に打ってつけの役目だね。目の付け所が違うよ! 流石はレントリアスが誇る屈指の研究調査員!! ……いや、おだててないよ。本気だって。是非こそ盛大に派手にお祝い……え? 違う? ヤだな、こういう場合は思い切り盛り上げないと。盛り上げ方ならこのカエン=タルウォークにお任せあれ。レントリアス一のお祭り男との異名は飾りじゃない。張り切ってやらせて貰いましょう。楽しみにして頂きたい。会場も人集めも企画もプレゼントも全部やりますよ。ああ、そうだな。司会の片割れだけお願いしても良いかな? そう。やはりこういうのは綺麗所がいないとイマイチ。万事皆俺に任せて貰えりゃ全て万全。大丈夫、大丈夫。安心してどーんと任せて下さいな。決して後悔させません。んじゃどうも」
そう言って切るとにっこり笑ってカエンはアル=シュケイムに向き直った。
「……あ〜る〜しゅ〜け〜い〜む〜れ〜い〜と〜く〜〜〜ん」
厭な予感を感じて、アル=シュケイムが逃げ出そうとしたところを、タックルされて押し倒されて、羽交い締めにされる。
「ぐふぅっっ!! やっ……やめっ……!! ……くっ……苦しっ……!!」
「ははは、274基地に転勤かぁ!! 暫くこうやってお前とも遊べなくなるなぁ!! 楽しいか!? 楽しいだろ!! 楽しいなぁ!! つーかそういうのは最初から言え!! 俺の心臓はそんなに強くないんだぞ!! 俺のカワイイ心臓を一瞬凍らせた報いを今!! 与えてやる!! 俺の愛だ!! 素晴らしき友情だ!! 嬉しかろう!? 嬉しかろうて!! ふはは!! 楽しいだろう!! アル=シュケイム!! 楽しいか!? 楽しいか!! もっと楽しくさせてやるぞ!!」
「……げふっ……やっ……やめてっ……しっ……死ぬっ……!! 馬鹿力っ……!! ……しっ……死ぬっ……!!」
アル=シュケイムが悶え苦しむ。
涙流して暴れ苦しむ姿を見て、カエンはようやくすっきりした顔でアル=シュケイムを解放した。
身体が自由になった途端、先程までの苦しみようが嘘に見えるくらい元気に飛びすさり、安全圏まで逃げてからアル=シュケイムは怒鳴った。
「酷い事するなよ!! 死ぬかと思うだろ!!」
カエンは怒るより呆れた。
「そういう事はもっと近くに来てから言え」
しかしアル=シュケイムは距離を詰める様子はない。
カエンはわざとらしいくらい大きな溜息をついた。
「ま。とにかく。……今夜はお前の『お別れパーティー』するから」
「何でっっ!!」
アル=シュケイムは涙目で叫んだ。
「……当たり前だろ? 恒例じゃん。今回の幹事は俺とカーラ。嬉しいだろ? アル=シュケイム。お前は世界一の果報者だ」
(……リヤオスのバカ!!)
カエンの台詞などすっ飛ばして、アル=シュケイムは物凄い瞬発力と脚力で走り出した。
呆気に取られるカエンの事など気にも止めずに、猛ダッシュで駆け出し部屋の外へ飛び出し、猛然と疾風のように施設内を駆け抜ける。
(リヤオスのバカ、リヤオスのバカ、リヤオスのバカ……っ!!)
エレベーターすら使用せず、階段を二段飛ばしで駆け上がり、五階長官室へ機密式ドアのボタンをガン、と殴りつけてだん、と乗り込む。
「リヤオスぅぅぅっっ!!!!」
真っ赤な顔で乗り込んできたアル=シュケイムを見て、何かの報告書に目を通していたらしいリヤオスが、驚いた表情で顔を上げた。
「リヤオス!! カーラに言っただろう!!」
「……ドアを壊す気か? 弁償させるぞ?」
リヤオスは真顔で言った。
しかしアル=シュケイムはまるで聞いていない。
「折角カーラとデート出来そうだったのに!! リヤオスのバカぁっっ!!」
「…………」
リヤオスは額を押さえた。眉間に皺も寄せる。
「……お前、な」
頭が痛い、という顔で。
「……たぶん『あの時点』でそれはキャンセルされていたぞ。そんな事態は。少なくとも俺はそう見る」
「バカ!! バカバカ!! リヤオスのバカ!! 僕のデート!! カーラとの貴重なデート!! くそぉくそぉくそぉ大っっ嫌いだバカバカバカバカバカっ!! リヤオスなんか大っっ嫌いだぁぁあぁっっ!!」
リヤオスは耳を指で塞いだが、そんなもので済むような叫び声では無い。
呆れたようにアル=シュケイムを見遣り、溜息をついた。
「……カーラが送別会の幹事をやってくれるそうじゃないか。それはお前の事を嫌ってない証拠だろう?」
カーラに忠告を与えた自分が何故、当人にこんな事を言わねばならないのかという矛盾と疑問に悩みながら、リヤオスは言った。
「僕は最初から嫌われてなんかないよっ!!」
だったら何故泣いてるんだ、と言いたくなったが、リヤオスは指摘しない事にした。
「だったら良いだろう。……別に一生会えない訳じゃない。274基地に行っても休暇くらいはやる。だがタダ飯食らう事だけは無いと言っておこう。何なら長官権限で転送装置を使用する許可を出してやっても良い。事前に連絡は必要だが。……電力がそうある訳でも無いから週に一回か二回が限度だがな」
我ながら甘いと思いつつ、リヤオスは言った。
ぐしぐしと泣きじゃくりながら、アル=シュケイムは可愛らしく(としか見えない仕草で)首を傾げ、
「……本当?」
と泣き濡れた目で言った。
騙されてるかも知れんな、と思いつつもリヤオスは頷いた。
「いつでも許可できるとは限らんがな。可能な限りは考慮しよう」
アル=シュケイムは涙を拭い、リヤオスを見た。
その瞳はまだ濡れてはいたけれど、明るい笑顔になっていた。
リヤオスは溜息をついた。
「……お前は本当、厄介な奴だな」
「へ?」
怪訝そうにアル=シュケイムは聞き返す。
リヤオスはそれには答えず、ぽんぽんと軽く頭を叩いた。
「……ま、送別会は俺も楽しみにしてるから。カエンが妙に張り切ってたぞ。異様なくらいにな」
「………………」
「タオルだ。熱い湯で消毒してある」
ほかほかと暖かいタオルを出され、素直にアル=シュケイムはそれで顔を拭った。
水は貴重である。
レントリアス施設内では水は循環されて使用される。
飲み水などは限定されており、一般職員の使用は食堂内だけに限られている。
他は蒸気や排泄された水分までも回収して作られた再利用水だ。
電気は太陽光と風力で主に作られる。
施設は広大な砂漠の真ん中に、地下湖を拠点に様々な部門に別れて運営されている。
限られた資源を最大限に有効に利用する。
施設管理部門で計算された数字によれば、現状維持のまま本部運営すると、あと五十年で地下湖は枯渇するという。
だが、リヤオスはそれまで保たない、と判断していた。
他に新たな地下湖を発見して施設を増やし、救済した人材を派遣したとして、そんな物で誤魔化される筈がないのだ。
枯渇は世界に渡っている。
そして、世界を照らし続け夜以外は隠れる事も無い陽の光が確実に人間を追い詰めて行く。
水は、人が手を加えなくとも減るのだ。太陽光によって。
世界は枯渇する。
いずれは何処の水も涸れ果てる。
何処にも水が存在しなくなった時、人は存在しているだろうか?
それまで人としての理性を保つ事が出来るだろうか?
出来はしない、とリヤオスは思っている。
今はまだ良い。
まだ人間はそこまで追い詰められていない。
……希望を現実にするために、努力しようとする人々が存在する。
そして、リヤオス自身も。
アル=シュケイムはきょとんとした顔で、リヤオスを見つめた。
「主役が顔を泣きはらしてたんじゃ、様にならないぞ。夜までに何とかしておくんだな」
そう言って自分を撫でる大きな手の平を見上げ、アル=シュケイムは頷いた。子供のようにみえる青年。……やはり騙されているな、とリヤオスは感じた。それでも良かった。今、現実に感じてる想いだけは、間違いでは無かったから。
「くそぉくそぉくそぉ、全部全部全部リヤオスのせいだっっ!!」
相棒が呆れているのに気付きながらも、アル=シュケイムは毒づいていた。
何かの、誰かのせいにしなければとてもやってられない気分だった。
《……その件については誠にリヤオスの言う通りだと私も思うぞ》
「うるさいっ!! 知ったこっちゃないよっっ!! とにかくリヤオスが悪いのっっ!! それで良いんだから口出ししないでよっっ!!」
《…………》
ラナス=キウトは心底呆れたようだった。それ以上何も言って来ない。
アル=シュケイムは憤然として歩いていた。
泣くだけ泣いて、すっきりしたらやっぱりムッとするのだ。
でも怒りのぶつけようが無いので、この際だからリヤオスに全て責任を被って貰う。
それはこれまでのアル=シュケイムの習慣で、たぶんこれからもそうだろう。
「おっ! アル=シュケイム!! 今夜食堂行くからな! 頑張れよ!! 主役!!」
そう声掛ける同僚も無視してひたすら歩く。
「あら、アル=シュケイム。残念ね、転勤するんだって? また機会あったら遊ぼーね?」
その聞き覚えのある声にギクリとして思わず立ち止まる。
愕然として見つめた先には、悩殺ボディの金髪美人。
色っぽくウィンクして、少し鼻にかかったような甘い声。
とても魅力的だが、現在のアル=シュケイムにとっては鬼門とも言えた。
「……フィ……フィラ……っっ!!」
その美女の名はフィラ=クレソン。
アル=シュケイムの転勤の原因の一つになった女性である。
今一番顔を合わせたく無かった人だ。
アル=シュケイムの心情は即座に表情に現れたらしく、フィラは微かに眉間に皺を寄せて、それでも魅力を損なわず、遺憾の意を表明した。
「やぁだ。会いたくなかったって顔してる」
「……あっ……いや……そのっ……」
焦るアル=シュケイムにフィラはその長く細い腕を絡め、その豊満な胸をさりげなくそっと押し付けた。
アル=シュケイムはどきん、とする。
「ま、そういうストレートなところも結構気に入ってるんだけど♪」
フィラはアル=シュケイムの反応を見ながらにっこり微笑んだ。
「あの、マズイよ。フィラ。誰が見てるか判らないしさ……」
「マズイの? ここじゃ? じゃあ私の部屋来る?」
アル=シュケイムはカッと顔に血の気が昇った。
「だっ……駄目だってば!! そういうの!! あっ……あのっ悪いけど、そのさっ……あの日の事なんだけど……っ!!」
「……あの日? ああ、デートした日の事? そうね。ちょっと残念だったわね。噂通りなら良かったんだけど」
フィラの言葉に、アル=シュケイムは眉を顰める。
「……へ?」
怪訝な顔のアル=シュケイムに、フィラは目を丸くした。
「……えっ!? やだっ!! まさか覚えてないの!?」
信じられない、といった声を上げる。
「なぁんだ。じゃあ言うんじゃなかった」
「ちょっ!! 待ってよ!! ソレどういう事!? まさかあの日僕何も……っ!?」
フィラは大仰に肩をすくめた。
「……だってアル=シュケイムったら折角イイ雰囲気になったところで酔い潰れちゃうんだもの。私、結構ショックだったのよ? こんなイイ女目の前にして普通寝る? 仕方ないからその隣で寝るくらいしか出来無いじゃないの。……本当に覚えてないの?」
恨みっぽくそれでも魅力的に語るフィラの言葉に大きくアル=シュケイムは頷いた。
呆れたように、フィラは肩をすくめた。
「忠告してあげるわ、アル=シュケイム。酒は飲んでも呑まれるな、よ。記憶怪しくなるまで飲むなんて、常識外よ。私は許してあげられるけど、そうそう心の広い人間ばかりじゃないのよ?」
「……ごめん、フィラ。本当申し訳ない……」
「別に? ベッドで支払って貰えたらそれで十分だけど?」
「えっ!? そそそそそりゃマズイよ!! それこそマズイって!! 駄目だよっ!! わわわ悪いけど他で埋め合わせ出来ない!?」
慌てふためくアル=シュケイムに、フィラは一瞬目を丸くし、それから意地悪な笑みを浮かべてにっこりと微笑んだ。
「それって随分失礼な話ね」
「……ごっ……ごめんっ……あのっ……そのっ……だって……っっ!!」
半分泣きかけでアル=シュケイムが弁明の言葉を探していると、諦めたようにフィラは大きく溜息をついた。
「……何だかこっちがイジメてる気分ね。ヒドイ話。……まあ、あなたをイジメてみるのもそれはそれで面白そうだけど」
「……フィ……フィラ……?」
おそるおそるフィラを見るアル=シュケイムに、フィラは苦笑した。
「……それで? 他のコとはしたの?」
「えっ!? ……さっ……さぁ……ちょっと良く判らなくて……」
記憶がないので、どうとも言えない。
フィラに射すくめられて、どぎまぎしながら答えると、フィラは失笑した。アル=シュケイムはびっくりしてフィラを見つめる。
「えっえっ!? なっ……何っ!?」
フィラは笑い、目尻に浮かんだ涙を拭いながらアル=シュケイムの目を見た。
「……本当『ぼーや』ね。で? まさか『まだ』な訳?」
「……いや、さすがに違う……」
もごもごと言いにくそうに言うと、フィラはにやりと魅力的に笑った。
「どうせ無理矢理教えて貰ったんでしょう?」
図星突かれて口ごもるアル=シュケイムを見て、満足そうにフィラは笑った。
「……その、ごめん」
頭を下げたアル=シュケイムに、フィラは肩をすくめた。
「別に良いけど。貸し一つ、ね。覚えておいてよ?」
「……あ、でもその、身体はちょっと……」
「ふうん?」
フィラはにやっと笑う。
「ま、これからは『ぼーや』と呼ばせて貰うわ。良いわね?」
確認と言うより宣告、と言った口調で。アル=シュケイムは二の句が告げない。硬直したアル=シュケイムに小悪魔的な笑みを向けて、フィラはバイバイと手を振る。
「また後でね、ぼーや」
アル=シュケイムは固まり、一時的に人形と化した。
(……女性ってコワイ……)
立ち去るフィラは今更ながらとても魅力的だった。
「嬉しかろう!? 嬉しかろうて!! ふはは!! 楽しいだろう!! ○○!! 楽しいか!? 楽しいか!! もっと楽しくさせてやるぞ!!」
は私が実際に旦那とケンカもしくはレクリエーション(?)の最中に、旦那が妻を押さえつけながら言った台詞です(←オイ)。
ちなみに新婚時代はしょっちゅう取っ組み合って(というよりは私がキレて、旦那がからかい笑いながら、怪我しないように、力ずくでねじ伏せる的に)いました。
後から思うと、よくあんな器用なことできるなぁと感心しますが。
腕相撲でも指相撲でも、問答無用で叩き伏せる上に、卑怯な手段(例えば冗談カマすとか、妻を動揺させるセリフを口走るとか)を取って確実に勝ちを取りにくるので、妻の方でも旦那をくすぐったり、色仕掛け(?)をカマしてみたりしました(引っかからなかったので物凄く悔しかった)。
たぶんはたから見たら、アホ夫婦ですが。
新婚時代は、いつか絶対に勝ってやる!と燃えていました。
今はそんな気かけらもないですが(勝ち負けなどもはやどうでも良い)。