ベースボールボール・序 パート3
今回は、グロいです。多分。
さて。そんなこんなで噂の怪しげな『洋館』に潜入することになった俺だが、未だに敷地内に入らず、女々しく外でうろうろとしていた。
……だってさ。入ってすぐのところ、というよりは、庭一面が『墓場』だったりするんだぜ?
こんなとき、女の子と二人きり。なんて展開になればいいんだけど。
ねえんだよ。長谷川帰っちゃったから。『ボールを見つけたら家まで届けて』なんて言い残して。
……前向きに考えれば、女子の家に堂々と行けるというプラス面があるが、どうだろう。嫌がらせにもとれる。さっき聞いた住所だと、長谷川の家は、学校を挟んで俺の家とまったく逆方向だったのだ。
気乗りしねえなあ……と、もう帰ろうとしたとき、ケータイの着信音が鳴り響いた。
「ん。メールか」
ポケットから取り出す。
「? 誰からだ?」
表示されているのは知らないメールアドレス。よくわからないので、そのメールを確認してみた。
《件名:長谷川です》
……え? あれ怖いな。メアド教えた覚えはないんだが。
大変だ。個人情報の流出を確認できたぞ。
情報化社会の危険性を認識しながら、俺はメールの文面に目を通した。
《上手くいったら猫耳メイド服で出迎えてあげるわ》
………………ふむ。なぜだろう。絵文字も使わない、素っ気ない文面なのに。
──俄然、燃えてきた。
いや、俺って、浅はかっつーより単なるバカだな。
気づくと俺は、あれほどためらっていた敷地内への浸入を、いともたやすく達成していた。
そして、探す。野球ボールを、墓場で。
投げ込んだ、と言っていたから、多分そう遠くないところに転がっているはず。そう思ったからだ。
……どこらへんに落ちているはずだ、とかそういうことはきっちり教えてから帰れ。と思わないでもなかったが、しかしそれは、聞かなかったこちらの落ち度だろうな。
突然だが、ここに告白する。俺は噂におびえてはいたものの、まあ、ひどくありきたりな感性だとは思うが──まったく本気にはしていなかったのだ。
だから、塩とか買ったのも、半分以上ジョークだった。ってか残り半分も面白半分、といった感じだった。
まあ、そういうジョークで気をまぎらわそうとした、いわば無駄な努力だな。
本当に無駄だった。
コミカルに外そうが、シリアスで通そうが、
──結局、真実はいつもひとつなのだから。
……そう、真実。
いやこの場合は、『現実』と言い換えた方が適した表現か。
現実を見ようぜ。
っというわけで問題だ。
今、俺の足首は『何か』につかまれ俺は身動きがとれず、そして俺自身も『何か』に囲われ、どちらにせよ動きをとれない状況にある。
『何か』とは一体なんだろうか。
ところで正解発表の前に質問がある。
あなたは、『墓場』と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。……おそらく色々とあるだろうが、俺の場合は──『死体』だ。
『何か』の正体、それは
リビングデッド。
つまり
「ゾ、ンビ……?」
ゾンビ。『バイオハザード』を思い出してもらうのが一番手っ取り早いかもしれない。
しかし、実物は、それよりさらに──酷い。
歯は、溶けてぼろぼろで、皮膚は腐りきっていて。腹からは蛆虫が湧き──
喉が乾上がった。その渇きをうめようと、胃の奥底から強酸性の液が迫り上がってくるのを感じた。
堪えきれず、横を向くと、眼球のない死体がこちらを見て……
「ううううう……」
「~~~~~ッ!」
逃げ出した。足首をつかんでいた、骨まで腐った脆いゾンビの腕を、力任せに引きちぎり、一目散に逃げ出した。
そしてこういうところにも、俺のどうしようもない浅はかさが現れていた。
逃げる方向をミスったのだ。
俺はあろうことか、一番ゾンビの層が厚い方向へと足を向けていた。
完全に、デッドエンドしか見えなかった。
まあ、実際に見えていたのは『動く死体』なわけだが。
……つまらない冗談のようだが、あながち間違った表現ではないように思う。
だって、ゾンビに噛まれたら、ゾンビになるんだぜ?
『生き止まり』 ならぬリビングデッド。死んでなお動き続ける、死体に。
…………冗談じゃ済まねえ。
重い荷物を抱えながら、俺は必死に……って、ん?
『重い荷物』?
なんで俺はこの状況で、荷物なんか抱えてるんだ?
多分脊髄反射だったと思う。
俺は、抱えていたカバンのファスナーを開いて、ゾンビの群れに、その中身をぶちまけた。
カバンの中身。すなわち。
塩、だ。
……我ながら謎の行動だった。
しかしなぜか。塩に当たったゾンビは跡形もなく溶けて、消え去った。
それはもう、トラウマもののグロテスクさで。
始めの一体が消えると、連動して十体はいたゾンビたちもまた、グロテスクに溶けて消えた。
……うん。
俺は一息ついて、同時に
「…………え…………?」
驚愕した。塩!? 無駄だと思っていたのに。ただのやけくそだったのに。
結局、無駄な努力などない。ということだろうか。
……そんな深い意味はないと思った。
ひとしきり驚きつくすと、思い出したかのように、止めようもなく体が震えているのに気がついた。
恐いし、怒っていた。
こんな頼みごとをしてきた長谷川に。そして……
(……ちッ)
帰ろうと思った。帰って、家で『鋼の錬金術師』を一気読みして号泣したいと思った。
けれど。
……俺は黙ってゾンビ亡き後(いやもうとっくに死んでんだけど)の墓場を入念に調べて、どこにもボールが転がっていないことを確認すると、立ち上がって 、振り仰いだ。
不気味にそびえる、『洋館』を。
…………行くしか、ないのか?
なんだかなー。ありえねーとは思うんだがなー。
建物の中まで投げ込める肩持ってんなら、ソフト部にでも入ってろっての(長谷川は茶道部だそうだ)。
……はー。
深々とためいきをつき、俺は歩き出した。
もうなんつーか、暇潰しというより、暇に潰されている感じが否めないが──しょうがない。猫耳メイドのためだ。
……そんな格好をしている娘を見て、長谷川の親は泣かないのだろうか。
おそらくそんなものに執着している息子を見たら、俺の両親は泣くだろう。
心の中で、親に全力で謝りながら、俺は扉に手をかけた。




