ベースボールボール・急ノ下 パート5
ひさびさ!
あと一話!
そういえば長谷川の前情報として、髪形についてのものがあったような気がする。進級以前のヘアースタイルは知らないが、長谷川亜華。やつはもともとはツインテールではなかったらしい。……いやだからどうしたということではないのだが、しかし似合わないなと常日頃俺が思っていることだけは、言っておきたいと思う。
ガキみたいだな……と。
それは人の勝手で、失礼にもほどがある感想だが。
結局、それは俺が言うことじゃあないのだろう。言えるとしたら、それは──
☆
「『やった』。……どういう意味だ?」
俺は自分でも少し白々しく聞こえると思ったが、そんなことを訊ねた。
対して長谷川ブラザーはゆっくりと息を吐くと、言った。
「『ノトーリアスICE』」
……………………。
「…………、は?」
「知らないんスか? ブギーポップが唯一見逃した“世界の敵”っスよ」
思いっきり馬鹿にしたように言う少年。いや、俺別に上遠野浩平ファンじゃねえから。面白いから読んでる程度のやつだから。
「えっと、それでそのノットリ……ISE? がどうしたんだよ」
「ノトーリアスICE。ICEは出来損ないという意味っス」
「…………。うん。」
うぜっ
あんまり興味のない話題を広げられるのが、こんなにもうっとうしいことだなどと、俺は考えたこともなかった。
俺の白けた視線に気づいていないかのように、少年は続けた。
「……あのペパーミントの魔術師は、“痛み”を操ることができた。オレも似たようなものっス。誰しも、ストレスから目をそらしてしまう。それもまた、“痛み”っスから。……灰村サン」
嫌になるくらいに、姉に似た眼差しで、俺を静かに見すえて。
「姉ちゃんがオレを“死んだ”と思いこんでいるのは、オレのせいだ。オレがやった。オレのこの“能力”は『自動的』……って、さっき言いましたよね。つまり、触れば勝手に“トラウマ”を開く。姉ちゃんの場合、『自分が出かけていたせいで、弟がこうなった』という罪悪感。それだった。だからその罪悪感から逃れるべく、オレは“死んだ”ということにしている。それなら、諦めがきく──そういうふうに思考を誘導してるんス」
俺は早々に理解を諦めた。へー、と相槌を打ちつつ。
「それってどうやってやってるんだ?」
「あんたは呼吸の仕組みを説明できますか?」
…………。
興味だけで聞いているのがバレているらしい。
まあ、別にいいが。正直どうでもいい。
「こいつは、息を吐くように自然なことで……しかし赤ん坊が最初にするのが『泣いて』『呼吸する』ことであるように、それなしでは、生を受けることすら叶わない……」
「だからいいっつってんだろ!!」
「言ってないッスよ!? あんたが訊いたんでしょうが!」
弟は若干キレぎみだ。おやおや? 予想が外れたかな?
俺を煙に巻くつもりじゃあないのか……もっとも、それにしたって言ってることが意味不明だが。
何の話だ?
「なんでもないッス。つか、なんか言いたいことがあるんなら言ってください。こうして出てるの、イレギュラーな事態で、経験ないッスから、ちょっとお疲れぎみなんスよねぇ……オレ」
幽霊みたいな存在が、疲れるのかとは疑問だったが、お疲れと言うなら俺だって疲れてる。
早く帰れるに越したことはないので、俺はそれならと。
「お前ら重い」
と言ったのだった。
「重い」
「ああ、重い。めんどくせえ。あのさあ、俺はボールを取りに来ただけなんだ。なのになんでこんな『家庭の事情』に立ち入らなきゃならねえ状況になってやがんだ? お前が現れるメカニズムは……大体聞き流してたからわかんねえけど、なんだ? 触ったら出てくるんだよな? となると、持ち運ぶのに面倒がある。だから辛抱強く相談に乗って」
「──ますか?」
「そういうことにしとけ」
いちいち話の腰を折ろうとするやつばかりだ。それは俺も含まれるか。反省。
「結局のところ……あれだろ? お前、引きこもってて……それに長谷川が責任を感じてるってわけだろ」
「まとめかたが下手だね」
てめえ──鎖骨! うるせえぞ。
こいつは腰骨を折るやつだ。迷惑極まりない。
「自分らの問題に他人を巻きこんでんじゃねえよ」
「突っ込んできたのは、あなたでしょう?」
そんなつもりなかったんだっつの。
いやでもまあ。
「猫耳メイド……か」
「なんスかその不穏な単語! まさかあんた……」
うっかり脳内から漏れた単語に、異様なまでに……
あれ? 食いついた?
「ああ──そうだ。俺が帰ったら、てめえのねーちゃんは猫耳メイド姿で……俺に傅く」
「野郎……!」
ちょっと盛ってみると、ぎりっと歯噛みし、少年は射殺すような目を向けた。
立場逆転。
なぜだか俺がラスボスみたいな立ち位置になってしまった。
意図したわけではないのだが。
人生上手くいくことばかりではないというが、これほど俺の意にそぐわない展開が続くのは、呪われてんじゃねえかと思う。
帰ったらお祓い行こう、と俺は心に固く決意した。
☆
にしても、と長谷川弟は言う。
「あんたが、灰村サン、スか。灰村和矢サン」
「んん? なんだ? 知ってたのか、俺の名前……」
というか。
そういえばこいつに名乗ってない気がした。こいつが名乗らないのと同様に。なのに、いつのまにか、この中学生は俺の名を呼んでいたような……
気がした。
デジャビュかも?
違うかな、違うな。
だったらジャメビュ?
……めんどくせえのは俺もかよ。
長谷川の弟は「当たり前ッス」と言った。
「ああん!? 誰がめんどくさい性格してるって!?」
「言ってねーよ! 今思いましたけど!」
「そ、そうか。悪い。心読まれたかと思った」
「ああ……」と遠い目。「まあ、疑心暗鬼にもなりますか。主に──」
無言で横を見る。視線を向けられた読心能力者な吸血鬼は、ベッドに寝そべり、お茶と菓子を楽しんでいた。
言葉を失った。
「……よく、聞くんですよ、灰村和矢って名前を」
「なんだ。俺は中学生に有名なのか?」
それまでの流れをなかったことにした長谷川弟に全力で乗っかる。
見なかったことにしよう……思い出すとなんか殴りたくなる。
「違う。姉ちゃんが学校の話をするときに、決まって話題に挙げるんです。あまりにも頻度がたけぇから、訊ねてみたんですけど……」
「う……」
なんか顔が熱くなる。つーか『あれ』嘘じゃなかったのか……。
「オレが『戻る』代わりに、姉ちゃんと……ってのは、さすがにない選択肢ッスかね」
「ないな。いや、仮にあったとしたって、俺は長谷川とつき合えない」
「それはなぜッスか?」
「彼女がいる」
「「はあ!?」」
吸血鬼が茶を噴き、驚く中学生と共に声を上げた。
ちょっと待って。と吸血鬼は右手を顔の前にかざし、左手の指を目一杯広げて俺の前に出した。……なぜかこちらに顔を向けず、体の向きが横である。
「話を確認したい……えっと、三人称の『彼女』? まだ見ぬ登場人物がいるというのか……」
「まだ出てきてねえことは確かだから、それでもいいんだが……まあ『恋人』って意味でとってくれ、普通に」
なんかはずいな、こういう話題。
修学旅行とかでも、『好きな人誰?』っつー例のやつで、『いない』って答えて即行で寝てたもんなあ俺。
初めて話すのが遭ったばかりのやつらってのは……まあ、知り合いじゃないほうが話しやすいというのもあるか。
「……聞いてないッスよ、リア充だったなんて」
「おいこら鎖骨。紛らわしいから口調を変えんな」
「聞いてないッスよ! リア充だったなんて!!!」
本家は激してつかみかかってきたので、実のところ判別はさほど難しくはなかった。
というか、つかめるのか。こっちは宿ってるボールには触れるが、こいつ自身には触れねえっていうのに。なんだなんだ、スタンドなのか? スタンド以外では攻撃できないのか?
なんて思考はともかく。
「聞いてないも何も……」
がくがくと揺さぶられながら俺は言った。
「俺は彼女がいないなんて、一言も言った覚えがない」
「これが信頼できない語り手か。勉強になったよ」
鎖骨は言った。いや、そこまで言われることか?
聞かれなかったから言わなかっただけだぞ?
「QBみたいなこと言わないでくださいよ、灰村サン」
「言ってねえし、言われたくないことだ!」
結局読んでんじゃねえか心! あの諸悪の根源と一緒には絶対されたくない!
「……ていうかなんなのさ。誰なのさ。その『彼女』っていうのは」
「言ってもわからんだろうが……」
「いいから」
渋りつつも、俺は言う。
「えー、と……一応先輩、か?」
一個上だし、そうなるのか? まあ、学校は違うが。
「年上だと!?」吸血鬼兼魔法少女兼鎖骨は瞠目した。
何を驚いているんだ?
って、
ああ。そういえば、年上は苦手っつってたっけ。俺。
☆
「ねえ、灰村サン」
戻る直前に、長谷川の弟は俺に訊いた。
「オレは、体に戻ったら、足もねーし、肺も片方ない。顔とかも火傷の痕があって、見るも無惨な有り様なんスけど……それでも、戻れってあんたは言うんスか?」
とても答えにくい質問である。俺はだから、答えたりはしてやらなかった。
「知らねーっつの。それは、てめえらの問題だろうが。悩んだり苦しんだりは、ねーちゃんとしてろ」
でしょうね、と少年は静かに微笑み、すぅ……と消えて──
「おつかれさま」
スッと差し出されたカップ。中には並々と、赤みがかった液体で満たされている。
血みてえだな、と少し考えてしまった俺は、この館に相当毒されてんなあとか思った。
つか、お茶か。「用意する」とかなんとか言ってたけど、今さらだな。
ちょうど、というか大分前から喉は渇いてたから、ありがたく受け取っておくけれども。
湯気は立っていない。この季節にホットじゃないのは嫌がらせか、と考えつつ。
一口含む。
「げはあっ!」
吐き出した。
なんだこれ! あまっ! つかマズッ!
まさか、これは、これは……
「ドクターペッパーじゃねえか!」
しかも炭酸が抜けた! これは、一種の拷問と言えよう。
「おいおい、ドクペをあろうことか『拷問』だなんて。なんだい、きみはこいつが苦手なのかい」
「ああ、文系だからな」
「……関係あるの?」
あんじゃね? ドクペ好きのやつは大体理系だと思う。
ニート探偵とか……鳳凰院凶真とか。
「……特に意味はない」
「いや、思考だだもれだからね? 言ってみたかっただけだよね?」
まったく、かっこわるいなあ……と吸血鬼は呟いた。
「だから気に入った」
「お前こそ言いたかっただけだよな!?」
わかると思うが、露伴先生である。
三部終わったら四部やってくれねえかな……。
「やるさ、きっと」
「だったらいいな」
うん。
信じよう、そう決めた。
──っていやいや。
なんかいい感じにまとめちゃったけれども。
何も終わってない、何も落ちてない。
三部は始まってすらいないし。
「いや、僕たちの時代設定で言うと、始まってるどころか、次パートが始まっててもおかしくないんじゃないかな。よくよく考えてみたら」
「世界線が違うんだよ、多分」
「おお……う。なるほど。さっきのは伏線だったってわけかい」
にやりと笑む少女。俺も同じ表情を返す。
表面上こそ同じだが、実態は誤魔化し笑いである。
んなわけねえだろ、偶然に決まってんだろ──
まこと、ままならないもんである。いや、ままなったのかな? 意味わからんが。
さて。と、少女は立ち上がった。
「きみは、そろそろ帰ったほうがいい。目的のものは手にいれたことだし、ね」
「えらく苦労したもんだぜ」
ふふっ。
楽しげに笑いながら、白の少女は俺に、近づく気配を全く覚らせなかった。
気づけば目の前にいた。甘い吐息が鼻腔を刺激する。
少女は手を伸ばし、俺の頬に優しく触れて、真っ赤な唇を艶かしく開く。
「サクラ」
「ん?」
「僕の真名」
刹那、意識の空隙が生まれる。
そして、言った。
「……そっか。いい名前だな」
少女はびっくりするほど幼く、はにかむように。
照れくさそうに、言うのだった。
そう言われるのは、二度目だよ──
俺は、
☆
気がついたときには、すでに門の外──『洋館』に入る前の状態に戻っていた。
ケータイで時間を確認する。午後8時03分。
……入る前は、確か5時半ちょい過ぎくらいだったから、まあ妥当っちゃあ妥当な時間だが。ダウトとかやってたし。
でも、なんつーか、『時間が経ってない!? あれは夢だったのか……?』的な展開を期待してたんだがなあ……。
「『ご期待に添えず嬉しいよ。やろうと思えば、まあちょっと無理すればできないこともなかったんだけれど、ベタベタだからねえ。あんまり進んでやりたくないもんだ。それに、それはぶっちゃけ神の領域だしね。無理して神になるもんじゃないさ』だってー。長いよ! ウチ頑張ったよ! 噛まなかったよ! 褒めてくれてもいいよ?」
『よ』が多いよ、と思いながら、俺は後方を振り返った。
そして絶句。
テケテケ、狼男、人造人間、動く死体。
妖怪勢揃い。
「伝言そのに。『僕の友人たちは塩程度で祓えるほどやわじゃあない。一時間くらいで復活してたぜ。……だからうん。「殺した」とかきみが気に病む必要は全くない』」
「……見てきたように言うな、あいつ」
「見てきたんだよ。吸血鬼ちゃんは、君のことをずっと見てきた……」
「なんだよ……やめろよ……急に恐い」
つか、こいつあの吸血鬼のこと苦手だったんじゃなかったか?
「苦手? うーん、正体を明かされるまでは、そんなこともあったかな。でも10分くらい前までのことだし……」
「最近じゃねーか。つか今さっきだろうが。なんなんだ。天然かお前」
萌えるわ!
っていかんいかん。つい本音が。
というか。そうなると、俺は10分くらい意識を失っていたことになるのかもしれない。
そう考えると、ちょっとぞっとしないな。
で、と。アカリはにこやかに嬉しそうに、「最後の伝言」と言う。
「『また来てくれるかなー?』」
露骨なネタフリである。
アカリが、目をきらきらと輝かせている。
……かわいい!
じゃなくて。
うん。
俺もまた、笑顔を形作り、そして、
「二度と来るか────ぁあああ!!!」
魂からシャウトした。
今日のこの『洋館』で過ごした時間。
それは俺をこれまでにない勢いでトラウマを植えつけていった。
誰が来るか。
……だけど、まあ。
「なんだったら、うちに来い。一人暮らしだからな……暇だったら、遊ぼうぜ」
と、あいつにも伝えとけ。
「あはは。ばいばい。またのお越しをお待ちしております」
だから行かねえっての。
今日気づいたことがある。俺は、女の笑顔に弱い。
だからこそ、謎なのだが。
俺は、彼女のまともな笑顔を見たことがない。
次回は一時間後に。




