the peach-boy
ずいぶん間が空きましたが、なんと番外編です。そして続きがいつになるかも未定! すいません!
一万字オーバーです。どうぞ!
朝起きたら虫になっていた。
ではなく、桃太郎になっていた。
……………………。
いや意味がわからん。
寝起きで回転の悪い頭に辟易としつつ、血行を促進させようとこめかみをおさえて黙考。
確か昨日は夏休み三日目でだらけきっていて受験勉強なにそれ食えんのと余裕でマンガ読んで明日からやればいいだろうしかし多分明日もやらないだろうなと頭の片隅で考えながらベッドに入り今の今までつまり昼過ぎだから実際は朝起きたわけではないのだったごめんなさいというか昼まで寝るとわりと暑くてというかそんなこと関係なく寝すぎて逆に眠いというあのわけのわからない感覚により絶対に勉強なんてやる気がおきないから結局今日も一日ダラダラと過ごすのだろうなあ──
「……ダメだな」
いろんな意味で。
頭を振る。そして立ち上がって、決定的な違和に気づく。
いやとっくに気づいてはいたのだが、きちんと認識したのは今だった、という話だ。
(動きづれえ……)
姿見などこの部屋には存在しないのでよくわからないが、どうやら俺は陣羽織に袴などというバカみたいな格好で寝ていたらしかった。なんとなく頭を掻くと、頭頂になにかが生えていた。それはちょんまげと呼ばれるものだった。
さらには、なんと俺は帯刀していた。
……なんで脇差なんだよ。懐に重みを感じると、短刀もあった。いらねえよ。
まったく、どうせなら逆刃刀がよか
「っておい」
ようやく血が巡りだして、途端に我に返る俺。いやいやありえねえだろこの格好! いくら未だ卒業できてない中二病患者な俺といえど、いつの間にか着ていたはずの寝間着からクラスチェンジして桃太郎になるとか!
……いや、本当なんだこれ。
頬をつねってみるとちゃんと痛い。痛いのは俺の現在の姿のような気もするが……。
灰村和矢、18歳。2015年7月某日。俺は、ごくごく真面目な受験生と成り果てていた。
……っとまあ、さきほど真面目でないことはバラしてしまっていたわけだが。
はあ。
俺は服を着替えようとして、服が体から離れないことに気がついた。
………………。
ふんっ
「ってダメだ! 全っ然破れねえ!」
「おいおい。起きてすぐに愉快だなあ。惚れちゃうじゃあないか」
服とは思えないほど頑丈な布地をなおも引きちぎろうと悪戦苦闘していると、唐突に声が聞こえた。
どこからかというと、上からだ。
全身を白に包まれた少女が、俺の部屋の天井に張りついていた。
「…………っ」
普通に恐いっ !
「後退りとか、傷つくなあ……よっと」
少女は天井に立てていた両手両足の爪を引き抜いて、下りてきた。
軽やかに着地してこちらに顔を向けた少女を見、俺はちょっとばかり唖然とした。
そいつは肌の白とそれとは明確に違う瞳の赤が印象的な少女なのだが、俺の記憶にあるそいつの特徴に合致しない箇所が二ヶ所ほどあった。
「どうしたんだい、そんなに見つめて。僕に劣情を感じちゃったのかな?」
「……お前、それはなんだ」軽口を流して俺は訊ねた。「耳……?」
「と、尻尾だね」言って体の後ろに生えたそれを振ってみせる少女。見た目はふさふさとしていて触ったらとても気持ち良さそうだ。
どう見ても、犬のコスプレをした中学生だが、そんな彼女は吸血鬼という存在だということを俺は知っていた。
「って犬?」
俺は自分の格好を見つめ直す。ってことはやはり。
「なあ、お前。今の俺を見てどう思う」
「ざまーねーなー、って思うよ」
「そういうことじゃねえ」
まったくその通りなのだが、そういうことじゃないだろ。
「桃太郎、だね。確実に」
「だよなぁ……」
ためいきがもれる。なんだってこの暑いなかこんな格好をしてんだか。
「んで、僕は犬だねえ。うん、犬は好きだよ。猫みたいに、気取ってない……」
「なんでffなんだよ……ってかあん? なんだ、これはお前の仕業じゃあねえのかよ?」
登場の仕方が仕方だったので無条件にこいつを疑っていたが、口振りからどうも違うらしい。案の定、「違うぜ。僕じゃない」と首を振った。
「もったいぶっても仕方ねーから言っちゃうけど、これは長谷川さん、さ」
「はあ?」
俺は思わず声を上げた。長谷川? っていうと長谷川亜華のことだろう。高二の時のクラスメイトだが、最近は特段交流もない。そもそもあの女とは親しいわけでもなかったし。
それがなんでここで出てくるんだ?
「ここは、長谷川さんの望んだ世界だ……」
這入りこんだように情緒感をたっぷりこめて言う少女。
めんどくさいのでそういうことにしておいた。
やれやれだぜ。
意味もなくカッコつけてためいきをつき、俺はカーテンを開けて窓越しに外を覗いて……
「………………は?」
え? なんだこれは──!?
端的に言うと、昨日まで見えていた景色が鳴りをひそめ──、
目の前に、山が広がっていた。
山ァ!? さっぱり意味がわからねえ!!
「いやいや、いやいやいや。『さっぱり』ってことはないだろう。ってゆーか『やっぱり』ってところじゃあないのかい、実際はさあ」
きっぱりと言ってごらんよ……となぜか言葉をもてあそぶ少女。
「……きっぱりかどうか知らんが、俺の格好は桃太郎だから。……『山に芝刈りに』ってところか」
「ああ、うん。じーさん役はいないからそれはてんで的外れな解答なんだけど……まあ舞台設定って大事だよね」
……相変わらず腹立つな、こいつ。
舞台設定、な。よくよく見れば、この山もまあ、変な感想だが。
変すぎる感想だが。
なんとなく昔っぽい感じがある。
……いや、昨日までなかった山と比較する対象もないし、歴史があるわけもないから、だから変な感想だ。
それもまた、『てんで的外れ』なのかも知れないがな。
いやだから別にいちいちカッコつける必要はないんだけど。
無意味な感想。無味乾燥だ。……よく考えると全然意味わかんねえよなこの言い回し。
ノリで言ってるだけだから別にいいんだが。
「あ」
と。突然に疑問が思い浮かんだ。
「お前、名前なんて言うんだったか」
確か三文字程度の短い名乗りだったのは覚えているのだが……テストなんかじゃよくあるだろう? そういうこと。思い出せそうで思い出せないもどかしさ。最初の文字は『サ』だったような……いや『ク』だっけ……ああそれは二文字目……三文字目だったか……よく考えたら三文字じゃあなかったような気も……。
春に関係あったような気もするんだが……どうにも思い出せないので、俺は訊ねることにしたのだった。
少女は「ふふっ」と嗤った。ああいや、普通に笑っただけだろうが、俺にはそういう意地悪い表情に見えた。
「名乗る名前なんてないよ」
不毛な言い方だった。いや訊ねられたら名乗れよ。まあ、俺も訊かれたらついついそう言ってしまうかもしれないが。中二病は奥が深い。深いっつーか不快かな。
「僕のことは……ロイと呼ぶがよい」
「なんかちょっとよそ見してるうちにキャラ激変してねえか!?」
いや。初対面時はそんなしゃべり方だったか。まあ、どうでもいい。
「……ロイってなんだよ」
訊ねたが、答えない。うん、喧嘩なら買うぞこの野郎。
まあこの程度で怒っていたら人間が小さい。とりあえず、少女の姿を見直して。犬。ロイって、ロイ・マ……
「……『軍の狗』か……ッ」
国家錬金術師だった。
「ま、冗談はこのくらいにしておこう──か!」
言って、少女は窓を開けた。……いや別にいいんだが、一応この部屋の主は俺だから、一言ことわってから開けようぜ?
何をするのかと見ていると、彼女は窓から飛び降りたのだった。
躊躇なく。……アパートの二階からなのでそれほど高くはないが、それでも。
……え、と。これは俺も続いた方がいいのか?
続いた。最近運動不足のせいか若干足首が『ぐき』と不吉な音を立てたような気がするが、幸いアスファルトのはずの地面が柔らかい土に変わっており大事には至らなかったおかしくね!?
俺は即座に立ち上がった。そして、茫然となった。
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった──というわけではないが……、トンネルではなく小汚いアパートの窓からで、別に雪国でもなかったが。そこははっきりと別世界だった。
「ん、どうしたのさ? 行こーぜ」
「いや待て待て待て待て。これがどういう状況かきっちり説明しろ」
俺は眼前に広がる──村? ……そう、『村』だ。ここは都会で、だからそんなものがあったのは今は昔の話のはずだった。
桃太郎だけに。
ああ……、違うか。村が問題なんじゃないか。そう、
「……なんで人が誰もいないんだ?」
昼なのに、誰ひとりとして通りを歩む者がない。これは立派な異常さだ。
というか知り合いのあいつは? あの人は? ……どこにもいない。
俺は一体、何に巻きこまれているんだ……?
問いかける俺に、少女は歩きながら言った。「だから、桃太郎だってば」
「桃太郎? はあ?」
「これは、だから長谷川さんの世界──まあ手っ取り早く言うと『閉鎖空間』みたいな?」
「なに宮ハルヒだよ」
そこまで言ったら、『涼』しかないけれど。え。つーか何?
「長谷川って神だったのか?」
「いやきっかけを与えたのは僕だから、神は僕だ」
「…………」
痛え……。
「僕は新世界の神になる!」
「言うと思ったよ!」
「僕は新世界で神になる!」
「お前は海賊王を超えるのか……?」
結局、何が言いたいのだろうか。
「つまりだね……、長谷川さんは、ここで僕たちに『何か』をやらせたいってことだろうねえ」
「桃太郎の必要はあるのかよ」
「あるんじゃないかな。まあ、それは神のみぞ知るってヤツさ」
「お前は神じゃねえのか」
「そんなわけないだろう。買いかぶりにもほどがある。きみは馬鹿かい、馬鹿なのかい」
「………………」
ほんの二秒前までと意見が270度違う。 うわ……めんどくせ…… 。
「……あー、もう馬鹿でいいよ。じゃあ、結局俺たちは『何を』すりゃいいんだよ」
少女は笑った。とても……とても愉しそうに。
「それは、決まってるさ。桃太郎なんだぜ?
──鬼退治だろ」
☆
「時に」
少女は俺を置き去りにするかのように足早に進みながら、声だけをこちらに向けて言った。
「きみは気にならないかい?」
「何を」
「桃太郎でさあ。なあんで鬼たちは鬼ヶ島でしか戦わなかったのかなあって。別に桃太郎たちが来るのを島で座して待つ必要なんてなかったはずだろう? 人数少ないんだし、島の外で潰しちゃった方が楽だったはずなのにねえ」
「……アポ取ってるわけねーんだから、桃太郎の存在とか知らなかったんじゃ……、…………」
言いかけて、黙った。なんとなく、こいつが言いたいことがわかった気がした。
「くふ」と、少女は妙に微妙に絶妙に中二臭く笑ってそして、俺に言う。
「桃太郎ってさ。……本当にセイギのミカタだったのかなあ、って思わないかい? むしろ鬼から宝とか奪っちゃってるしねえ。『悪いことをしてるやつには悪いことをしてもいい』って芥川龍之介の羅生門じゃあないけれど。……それって本当に“正義”かなあって、さ。思わないかい?」
………………深いなあ。桃太郎なのに。決して不快な深さじゃないが。
「気になるな」
だから、俺はそう言って頷いた。
「私、気になりますって感じだな」
「おいおい、杉田智和さんの声で言うなよ」
「言ってねーよ!!」
あのアドリブはすげえと思ったけどさあ!
他に俺がすげえと思う杉田智和のアドリブは、『男子高校生の日常』の、えーと何回目かの夏休み。田舎に帰省したヒデノリが、幼馴染みと間違われて、女子に川に蹴落とされたときの叫び『ティロ・フィナーレ!』はヤバイなあと思った。ちなみにその女子のCVは水橋かおりだ……。
「僕と契約して……」
「お前の『ボクっ娘』、『魔法少女』という設定はここで生きるのか!!」
いらねえ! 神裂ねーちんの視力八・〇よりいらねえ!
……ああいや、ねーちん的には『だから双眼鏡は必要ない』ということなのだろうが、別に双眼鏡を使うような状況ってそうないよな……。
閑話休題。
「もうあれだね、Lもえるも気になっちゃう問題だぜ」
……できてなかった。
前者はローライトで、後者は千反田かな、と思った。
思っただけだが。
今度こそ休題。というか本題。
……まあ、と言っても別段会話などなかったのだが。
少女は尻尾を振って歩いている。……耳も動いていたのは、気のせいだろう。
☆
「さあ、着いたぜ」
嬉しそうにピョコンと耳を動かして……いや気のせいだ。さすがに生えてるわけがない。もしそうだとしたら──可愛すぎる。
!? いや、何を考えてるんだ、俺は! 鎖骨の魅力に敵う萌えポイントいやさ燃えポイントなどこの世に存在しない……!!
「……それは……鬼より鬼な……悪魔より悪魔的な思考だよね……」
ドン引かれた。耳もそれに合わせるかのようにペタッと垂れた。
わりとホラー。しかしそれよりも可愛らしさが優っていた。
くそお……この世で一番可愛いのはアカリのはずなのに……。
いやこれは半分冗談だが。まぁ、俺の知る限りじゃあ一番はあのノリのよいテケテケだという話だ。
本当……っ、ちょっとしたきっかけで告ってしまいそうだ……!
あとほんの少し早く出会っていたら付き合っていた。しかしあのときも今も駄目だ。受験あるし。それと……いやこれは別にいいか……。
受験、受験か。…………思い出してしまった…………。
俺は自分の服装を見てためいきをついた。なんで俺は勉強もせずにこんな格好でこんなわけのわからん場所で油を売っているんだろうか。
「つっても家にいても、勉強なんてしないくせにねえ……どこ受けるつもりだい?」
「……MARCHあたり受けときゃ文句はいわれねえだろうな……。つーかお前に関係ないだろ」
「奸計も関係もないけれどねえ。まあちょっと気になったのさ。きみって夢とかあるのかなあ、って」
それこそ、関係ない。
「……さあな」
答えると、少女はニタリといやらしく笑った。
「その反応は、きみ、あるんじゃあないかな?」
「ねーよ」
「あっそ。じゃあそういうことにしておくよ」
あっさりと引き下がる。あっさりすぎて、なんだか気持ち悪い。
「……そういえば、雉とか猿とかどこにいるんだよ」
ただ……、気持ち悪いだけなら我慢できるので、俺は話題をそらした。いや、そらしたとも言えないか。この状況からいうとむしろこっちが本題で。……それなりに気になったことだった。
じーさんばーさんが出てこない理由は予想できる。それは『俺が桃から生まれていないから』だ。そこからストーリーが始まるはずなのだが、なぜかそれをすっとばしてしまっている。……それもう桃太郎じゃねえじゃん、と言いたいところだが、ハチマキに桃の絵が書かれていたりするんだぜ? それで桃太郎じゃないと言い張るのは別に無理は……ないけれど、めんどくさくはある。
……、……もう雉、猿とかどうでもいいな。
『配役を思い付かなかった』とかでいいんじゃないかな。
もっと込み入った事情があるようだが、語り部の特権だ。それにする。
決定!
……しかしまあ、猿雉はなかったことになったのだが。
桃太郎の中の重要な存在──“鬼”は健在に顕在しているのだ……。
俺たちは都合よく陸続きになっている島に、一歩を踏み入れた。
☆
島──多分鬼ヶ島──を歩いて少し。俺たちは迷った。どうも、この島は複雑にいりくんだ迷路になっているらしい。……無駄に凝ってやがる。
さてと。
「帰るか」
と俺が言うのと
「見つけた」
と少女が言ったのはほとんど同時だった。
「……何を見つけたんだよ」
帰らせてくれよいい加減……。
「いや、帰るったって、どうやって帰る気だい」
「ああ? ああ。そのへんのあたりはもうついてるからな……」
少しばかり危険を伴うが……まあ、大丈夫だろう。
「……鬼を見つけた」
と少女はぽつり。
「はあ?」俺はぐるりと首を回した。「いねーじゃんか」
「……この下だよ。地面をぶっこわすからちょっとさがってて」
「ぶっこわすって」
荒っぽく言う必要はあるのだろうか。
「つか、下にいるってどうやって……魔法でも使ったのか」
「違うって。魔法なんかじゃあない。今の僕は犬だからねえ、鼻がきくのさ」
ぴょこぴょこと耳を動かし言う少女。やっぱり生えてるのか……。
「……鬼って言っても、きみの想像とは全然違うと思うぜ」
「ん。なんか言ったか?」
「なんでもないよ。早く離れて」
ぶっこわした。
半径4mほどの円形の穴が、俺を微妙に巻き込むようにして地面にあいたのだった。こわした、というより、削り取られたというのが正しいのかも知れなかったが──ああー!
俺はまっさかさまに落ちた。次の地面までは15mほど離れていて、つまり重力加速度を9.8メートル毎秒毎秒とすると2秒かからずに頭から落ちる計算になり……、だが、俺はたまたまワイヤーを服に仕込んでいたので(って寝る前と服装が変わっているからよく考えるとこれはおかしかった)、それを穴の外にひっかけて事なきをえた。
……立体機動装置があればそれがよかったのだが、まあ贅沢は言うまい。
俺に巨人と戦う予定はないし。
恐怖の反動か、そんな自分でもよくわからない、どうでもいいようなことを考えつつ。俺は穴の上の少女を振り返って文句を言った。
「危ねえじゃねえか!」
「うん、ごめん。わざとじゃないんだ。ちょっと削りすぎた……でも、よく無事だったね」
少女はすとっ、と軽やかに俺の横に降り立った。
「……パンツ見えたぞ」
「ははっ、やだなあ。穿いてないよ」
「やだなあっ!!」
冗談だよ、と言う少女。当たり前だ。
「──さて。しかしまあ、すぐに帰ろうとするそのクセ、やめといたほうがいいんじゃないかな?」
「……逃げることは悪いことじゃねえって銀の匙で言ってたぜ」
「ただ逃げんのは悪いことだよ。馬鹿かい、きみって心底」
「はっ……」
俺は天をふりあおいだ。目に映ったのは、ただぽっかりとあいた穴だった。
なんだかなあ……、俺ってやはり、こいつの言う通り。馬鹿、なのだろう。本当に。
あるいは、あさはかだと。…………。
「────ッ!?」
見つ……けた……。何をって、鬼をだ。だが、あれは……。
「なあおい鎖骨少女」
「なんだい、中二病患者」
「俺は、《ホワイター・シェイド》にでも目覚めちまったのか?」
「ホワ……。なんだって?」
そいつの見た目。それは拍子抜けするほどに『普通』だった。鬼。鬼? って感じだった。俺のイメージしていたのはまあ、半裸の赤い肌をした化け物なかんじだったのだが、全然そんなことはなかったのだ。どう見ても、普通の人間の男だった。グレているようでもなく、ひねているようでもなく、ただのガキにしか見えなかった。見覚えのない顔だ。中学生だろうか。どう見ても、“新八”といったビジュアルだが……。
いや。しかし、俺は確実に鬼だと直感していた。なぜなら、そいつには、
額から角が生えていたのだ。
どう見ても、鬼だった。鬼“役”だった。俺の方があからさまだが、役どころがはっきりわかるビジュアルだった。鎖骨少女と同じくらい。
……いや、そろそろ変態だと思う読者もいるかもしれないので少し釈明させてほしい。俺は確かに鎖骨にエロスを感じているが、あれだから。語源の方の意味合いでのことだから。哲学的意味がありますか? っていう感じのやつだから。鎖骨に哲学的理由を求める受験生。それが俺である。充分に変態だ。
……あれ? 結論に、予想とのズレが生じたような……。
…………………………。
か、閑話休題!
都合の悪い事柄は省く。それがこの語り部の特徴である。俗にいう信頼できない語り手というやつだ。……ちょっと違うような。
「ホワイターなんちゃらがなんだかは知らないけれど、どうしようか。桃太郎さん」
「……きびだんごでもやろうか、鎖骨犬」
「なにその新種の妖怪みたいな珍妙な呼び方は。っていうかきびだんごなんて持ってるのかい?」
「持ってるわけねえだろ」
「なんで言ったのさ」
「ノリだ」
「だろうね」
さて。
鬼は、もう目と鼻の先。俺たちとやつとの距離は、ほんの100m程度しか離れていない。俺たちがあいつを見つけたのと同じように、向こうもこちらを見とめていることだろう。不審げな瞳をこっちに向けている。
手をあげて挨拶。すると、いっそう胡散臭そうに俺たちをじろじろとながめて、距離感を保ったまま、言った。
「なんですか、あなたたち。変な格好だけど……」
余計なお世話だ。
「……お前も人のこと言えんのかよ」
「え? …………!?」
何を言っているのかわからない、といった表情のそいつに、俺は自分の額を指差した。つられるように、やつも自らのおでこに手をやって、驚愕に目を見開いた。
「なんですか、これ……」
「ツノ、じゃあないのか。……ふむ」
俺は少し考えて、訊ねた。
「……お前、長谷川に何したんだ?」
鎖こt……少女の言が正しいと仮定すると、こいつはなんらかの形で長谷川に──長谷川亜華に、俺の元クラスメイトに関わりがあるはずだった。
それも、鬼という扱いだ。それ相応の関係なのだろう──
「長谷川……亜樹のことですか? 一応友人でしたけど……」
「……あき? 誰だ……っ!?」
眼鏡(と書いてしんぱちと読む)の言葉で、俺はハッとなった。
──あれ。こいつを見て、俺は最初になんて思ったんだっけ。
──中学生、って思ったんじゃあなかったか……?
──俺には知り合いに、もう一人中学生がいた。そいつは、その名字は。
長谷川だ。
「そうか。お前か」
「はい……?」
そうだ。鬼だ。鬼って英語でなんて言うんだっけ?
「そうだな。お前がやったんだな」
「だから、なんのことですか?」
だから、こう言ってるんだよ。
「お前が、去年の春休みに、長谷川の家に火をつけたんだよな?」
「……放火。ああ、ありましたね。犯人は、捕まってないんでしたっけ──」
「犯人はお前だっつってんだよ。聞こえてねえのか新八」
「……新七です」
「惜しいな」
もう一歩踏んばれよ。
こいつに言ってもしょうがないので言わないでおくが。
「『ホワイトヘアードデビル』」
「──はい?」
「“白髪鬼”、だろうが」
『デビル』。放火“魔”。
ただの言葉遊びだ。
「んん? で、どうなんだ。認めんのか。それともごまかすのか。どうでもいいが、俺は受験勉強があるんだ。とっとと決めてくれ」
「勉強なんてしてなかったくせにねえ」
鎖骨は黙ってろ。
「いや、ボクも受験はあるんですけど……中三ですから……」新八もどきは顔を上げた。「はいそうです。ボクがやりました」
「放火魔だって……そう認めるのか?」
「はい、そうです」
「なんで燃やした」
「殺そうと思って」そいつはシャフト制作アニメキャラクターのごとく首を傾げて続ける。「というか『放火魔』なんて言いぐさはよして欲しいです。ボクは初犯ですから。亜樹しか焼いてません」
ぶっちゃけこの時点で聞く気をなくしていたが、堪えて訊ねる。
「『なんで』っつーのはそれだけじゃねえよ。理由だ。『殺そうとした』、その理由」
「好きな子が亜樹のことを好きだったみたいなんで、嫉妬に狂ってやりました。ボクと亜樹って同じ部活で、つまり野球部なんですけど」
あ。間違えた。「だったんですけど、彼はエース。ボクは補欠。勝てる要素がない。じゃあ、死んでもらうしかないじゃないですか。手始めにばれないように細心の注意を払ってあいつの足を痛めつけて選手生命を絶って──ほら、亜樹って金髪にしてるでしょ。あれってもとからじゃあないですよ。ぐれちゃったんです──孤立させて、ボクは唯一気兼ねなく話せる親友ポジションについて、家に自由に出入りできるようにした。そしてチャンスが来たので部屋に火を放ちました。まあ、死ななかったのは計算外ですけど、よく考えてみれば、別に殺す必要はなかったんでしょうか。いまさらですけ」
「君に、決めたぁっ!」
かずやは ぼーるを ぶんなげた!
頭部粉砕できればよいが、別にそうじゃなくてもいい。
掠れば、それだけで“条件”は満たされる。
「──っ」
だが。
新八は至近距離から投げつけられた硬式野球ボールを、いとも容易くかわした。
「あぶな……」
「魔法少女を、なめるなよ」
──はずだったが、地面に足を縫いつけられたように。
空気の檻に閉じこめられたように、体の動きが止まり。そして見えない手に操られたかのように、突然飛ぶ方向を変えたボールが肩にぶつかり、ごきりと関節を外した。
苦悶の表情を浮かべる。俺たちは背を向けた。
直後、絶叫が上がった。『トラウマ』を“開かれ”てしまったのだろう。
「さて、終わった……のか? あいつどうなっちゃうんだろうな。いつ帰れるんだ?」
「姉弟の気が済んだら、帰れるだろうさ」
「いつになるんだろうな」
「さあねえ」
ていうか。「それだときみも、いつ帰れるかわからないよねえ」
……え。
「なんだそれ。え? 俺もここから出れねーの?」
「僕はいつでも出られるけど……終わったからね……きみの場合、長谷川さんが帰してくれるかどうか。ほら、ちょっとヤンデレっぽいだろうあの子」
じゃあ……最終手段をとるしかないわけか。
気が進まねえなあ……。
俺は懐から短刀を取り出した。
腹に思いっきり突き立て、そしてそのまま横に動かした。
皮膚が破れ、大きな穴が開いた。赤の体液と、ひも状の内臓がこぼれ落ちた。
強烈な痛みとともに、俺は意識を失った……。
☆
「……悪夢だ」
夏休み四日目。
午後五時三十分。俺はベッドから起き上がった。腹に手をあてる。そこに傷はない。
服装も、着物などではない。夏に対応したラフな格好である。
部屋を見る。当然、吸血鬼の影も形もない。
吸血鬼に影はないけど。
「腹減った……」
ラーメンでも食って、空腹を満たしたら、そのあとは。
まあ、勉強でもするとしよう。
気乗りしねえなあ……。
《用語解説》
ff : 『とても強く』を意味する音楽記号。フォルテッシモ。統和機構最強のMPLS能力者のこと。能力名は《ザ・スライダー》。実は能力者ではなく“炎の魔女”や“氷の魔女”と同じ【現象】の一つである。
MARCH : 明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学の頭文字をとってそう呼ぶ。大学受験の指針として用いられることが多い。
ローライト : L Lawliet。『DEATH NOTE』に登場する主人公、夜神月最大のライバル、世界最高の名探偵【L】の本名。しかしこの名前を多くのコードネームを持つLは本名だと感じていたかは疑問だ、と『ロサンゼルスBB連続殺人事件』にてメロ(つーか西尾維新)は語る。どの名前で殺されたかわからなかったのではないか、と。名前はLにとってアイデンティティーに直結していなかったのかもしれない……そんな風に語ったメロを『こいつ絶対メロじゃねえだろ』と感じた読者は僕だけじゃないと思う。
次の地面までは15mほど離れていて、つまり重力加速度を9.8メートル毎秒毎秒とすると2秒かからずに頭から落ちる計算になり…… : そのくらいになるはず。
《ホワイター・シェイド》 : 所有者、御堂璃央にのみ視える“ツノ”。その動き方や大きさを視ることによって人間の“真剣”の度合いを測る能力。『ヴァルプルギスの後悔 Fire4. chapter six〈the calm〉』で初登場。『螺旋のエンペロイダー』にも登場……しているらしい。金欠で買えていない。早く読みたいなあ……。
エロス : プラトンが説いた真善美に到達しようとする哲学的衝動のこと。これを持ち出したことに特に理由はない。『哲学的意味がありますか?』と言いたかっただけ。
思いつきで書いたんですけど、わりとラストに向けての伏線盛り沢山です。次回更新……未定!




