ベースボールボール・急ノ下 パート2
アレ? なんかまた短い……。
「『それ』って、なんだよ……」
消え入りそうな声しかだせない俺に、少女は呑気そうに言う。
「あのさ、この『ボール』。これには長谷川さんの弟が憑いてるって話はしたよねえ? なら、わかるだろう?」
わかんねーよ。
「まあ、言ってみただけなんだけど」
…………てめえは俺を怒らせた。
拳を握りしめていると、少女は「あはは」と楽しそうに笑って──常に浮かべているつまらなそうな笑いとは違う無防備な笑顔に、俺はなんだか……拍子抜けした。
──なんだよ、そんな顔もできるんじゃねえか。
「そっか、私笑えるんだ」
………………。
なぜ急にヱヴァネタ……。いや『Q』じゃなくて『破』なのだが。
毎回の脱線。なかなか普通にシリアスパートに入れない。
少女はそうだなあ、とつぶやいて、それから妙案を思いついたようにポンっと手を打った。
「《お姫様を助けよう、ただしその正体は大魔王》みたいなっ?」
「葵井巫女子ちゃんか」
しかも意味がわからない。
不愉快な気分を煽り立てるように、少女はヤレヤレと大げさなしぐさで肩をすくめて──そして絶妙な具合に腹立たしい表情で──「あのさあ」と言った。
「きみ、僕が『あれ』を“視せた”って思ってないかい?」
……『あれ』。あの不自然にムキムキなオッサン、か。
「ちげえのかよ?」
「質問に質問で返さないで欲しいぜ。まあ、違うよ。僕がやったんじゃあない。あれは……」
と、そこでなぜか止める。『言わなくてもわかるだろう?』とでも言いたげな表情だった。
わかりたくもないが、わかった。
なるほどな。『お姫様を助けよう、ただしその正体は大魔王』……俺の当初の目的に当てはめる。俺は“野球ボール”を取りに来た。野球ボールには、長谷川の弟がいるらしい……だから。
つまりはそういうことだった。
「“ボガート”って感じなのかな。ハリー・ポッターのさあ。わかるかい?」
……なんだっけ。『アズカバンの囚人』で出てきたやつか。
…………。
すげーわかりやすい。
「まああれだよね。『触った相手のトラウマを引き出す』って感じだね……触れば障る、なあんちゃって。もっとも」
と。そこで含み笑いする少女。
「……きみと僕とじゃあ、効果に差があるっぽいけどねえ。それは吸血鬼と人間との差なのかなんなのか……僕は『そのもの』が出てくるんだけど、きみは違うよねえ?」
少女は、ゆっくりと手をあげて、ぴたり。と俺に向ける。
指を。……そのジェスチャーは、どうしても俺に『あるもの』を連想させた。
それが、俺の『トラウマ』だった。オッサンなど問題にならないくらいに、それは俺の心をへし折るのだった。
……てか本気でやめてください。それはマジでダメだ。
「ふむ」とうなずくと、少女はフッと指に息を吹きかけて、それから腕を下げた。ケンカ売ってるのだろうか。
まあ買わないのだが。
「さーてさてさて。それで、これからきみはどうする気だい? この『ボール』。触ったら『アレ』が出てきちゃうんだぜ? うん?」
俺は、黙って『ボール』に近づいた。
手を伸ばす──。少女はヤレヤレと首を振って、しかし止めようとはしない。
触れる。すると、やはりそいつが、俺を睨みつけて立ちはだかる。
俺は話しかけた。
「よう、初めまして」
そいつは一度ギロッ! と思いっきり強く俺を見てから、それから急に──ニコッと朗らかに笑ったのだった。
「ハイッス、どうもこんばんは。姉ちゃんがいつもお世話になってるッス」
………………。
…………。
……。
顔を見合わせる俺と少女。
えーと。──どうやら。
長谷川亜華、その弟は、姉とは違って超フレンドリーだった。




