ベースボールボール・序 パート2
「で、ここか?」
長谷川に連行いやさ案内されたのは、学校の近くにある建物だった。
その建物は、女子の間だけで伝わる、ちょっとした噂があるそうだ。おそらくはイメージによる勝手なものだとは思うが、しかし、その建物は、そういった噂になっても何ら違和感のない雰囲気を醸し出していた。
まあ、有り体にいうと。
その建物は、『洋館』と呼ばれる代物だった。
……なんでもこの『洋館』は、よく『出る』と、噂になっているそうだ。
俺は納得した。むしろ、出ないほうがおかしいと思った。
……えー、と。
ためらいがちに、傍らに立つ長谷川に確認をとる。
「ここ、に」
「ええ、野球ボールを投げ込んでしまったの」
「ギャグ漫画かよ!」
突っ込み、そして訊ねる。
「……で? 俺に、どうしろと?」
「取ってきて」
シンプル イズ ザ ベスト。長谷川の答えは、実に簡潔であった。
ああ、うん、ふむふむ。なるほどな!
「いや、なんで?」
理解不能だ。
俺がそう言うと、長谷川は少し困ったような顔をして答えた。
「なんでって……怖くて自分で取りにいけないから……」
「……いや」
いや、違えよ……。
「そういうことじゃなくて。……なんで俺が取りに行かなくちゃならないんだ? って訊いてんだよ」
長谷川とは、大して仲がよくはなかったはずだ。
成績も、雲泥の差とはいかずとも、そこそこの隔たりがある。
もちろん、俺のほうが悪い。威張れることではないが。
……む。考えれば考えるほどにわからなくなる。
決してこのような頼みごとをされる間柄ではないはずなのだが。
首を捻っている俺に、なぜか長谷川は不思議そうに言う。
「え? そんなの、決まりきったことでしょう?」
……は?
「いや知らねえよ、何が決まっているのかなんて」
「あら、そう。なら、私が決めたことよ」
……口達者なやつだなー。というか、それってやっぱり『自分ルール』だよな。わがままだなこいつ。
若干あきれている俺に、長谷川は、
「だって、私はあなたのことが好きなのだから……だから、好きな人に頼ろうとするのは当然のことでしょう?」
と。とんでもない自分ルールを提示してきた。
………………………………んん? さっぱり理解できないんだが。状況とか。
というか、もしかして。
今、俺、告られてないか……?
おかしい。告白って、もっと嬉し恥ずかし。なイベントのはずだ。
さらっと、流れるように言われた。照れもなにもあったものじゃない。
……はー。
「いや、行かねえよ」
「……なんで?」
なんでって。
「誰が管理してるか知らんが、あそこ一応私有地なわけだろ?」
廃墟という設定はない。普通に不法侵入だ。
俺がそう言うと、長谷川は一言。
「噂では、吸血鬼が管理人らしいわ」
「じゃあ、なおさら行きたくねえなあ」
完全に余計な一言だった。……まあ、ということで。
「諦めろ。それか他のやつに頼め」
俺は無理だ。
きっぱりと断った俺に、しかし長谷川はまだなにか言いたげだ。……と、思っているうちに彼女は口を開いた。
「……それは無理よ」
「? なんでだ? っつか、俺が断った以上、そうするしかないと思うんだが」
それとも、他になにか別の方法があるというのだろうか。首を傾げていると、長谷川は再び口を開いた。
心なし、うつむき加減で。
「だって私、友達いないもの」
……思わず反射的に謝りそうになったが、
「じゃあ、親とかに頼めよ」
「……それはプライド的に」
「じゃ、もう諦めろよ……」
めんどくせぇなあ……。
もう、帰ろうかなー、と、きびすを返してその場を立ち去ろうとして。
「諦めることは、絶対にできないわ」
長谷川の声に、立ち止まる。
背を向けたまま、俺は訊ねた。
「なんでだ?」
「……それは」
「それは?」
気のない相槌をうつ俺の背に、長谷川は告げた。
「あのボールは、弟の形見なの」
………………………………………………………………。
……………………………………………………………ふう。
重ッ!!
軽い気持ちで訊いたことに対して、とんでもなく罪悪感を覚えた。
でも。
「なんでそんなの失くしてんだよ」
長谷川は答えない……っておい
答えろ。
「はー……、まあいいや」
答えたくないなら、答えなくていい。
俺には一切関係ねえし。
そうして俺は、歩き出した。
さあて、と。じゃあ、スーパーにでも寄るか。
塩でも買おう。一応な。
一応の、魔除けだ。
……引き受けた理由としては、まあ、男子高校生は女子からの『頼みごと』に弱い、というのももちろんあるが、一番の理由としては。
正直、ものすごくヒマだったからだ。
……なんだろうな。今思えば、俺はなんて浅はかだったのだろう。
『DEATH NOTE』が好きなんだけどさ、俺。
だからだろうか。あの物語の主人公・夜神月は、『退屈だったから』死神のノートを手に取った……その時の俺の思考回路も、似たようなものだった。
似通ってしまった。
あの物語の結末を、俺は知っていたのに。
退屈は人を殺す。
軽い、その場のノリで決めたことが、まさかあんな事態を招くなんて……。