ベースボールボール・急ノ上 パート1
まあ『急展開』というか『急転直下』っていうか。終わるのかなあ。……確実に言えるのは、急が一番長いです。序、破でサボった結果っすね。
そんな感じで。『ベースボールボール・急』! 前編の開始です。
「──如何にも! 私がこの館の主、『三大怪物』最後の一体!! 偉大なる『吸血鬼』で、ある!!!」
入った途端の、一声だった。
……………………。
…………いや。
聞いてない。
──と、言おうと思ったがしかし。聞かれる前に名乗るその彼の心がけに水をさすのは俺にとって不本意きわまりない、後味の悪い行為であるし、それを抜きにしても「こいつはなんで全裸なのか」という甚だ不可解な謎を、「ああ、寝起きなのか」と自己完結させた直後だったため、言えなかったという側面があり──『吸血鬼』は棺で眠る。死体を置く棺で服を着ているというのは、些かの滑稽さを禁じえない──って。
いや。
いやいやいや。
俺はこんなことを言いたいんじゃあない。確かにそれなりに衝撃は受けたけれど、それよりも。一糸纏わぬ大の男が俺を迎えたことよりも、そいつが『吸血鬼』だと名乗ったことよりも。よりインパクトの強いことに対して、優先的に突っ込みを入れようと思ったのだと、それだけのことなのだ。
……えー、さて。準備はいいか? いくよー。大きく息を吸って、せーのっ
「なんでジョジョ立ち!?」
『ジョジョ立ち』。とは漫画家、荒木飛呂彦氏の代表作。1987年から『週刊少年ジャンプ』にて第一部『 ファントムブラッド 』の連載を開始し、現在も『ウルトラジャンプ』にて第八部『ジョジョリオン』を連載中の『ジョジョの奇妙な冒険』、その登場人物がたびたび行う独特のポーズの総称である。このポージングのモチーフはイタリアの彫刻芸術であり、氏が二十代のときのジャンプ連載陣『北斗の拳』、『キャプテン翼』などの大人気マンガに負けない味を出すべく模索した結果で──…………って、俺、まだ混乱してないか!? 誰に向けての解説なんだ! というかジョジョ立ちが俺にそこまでの衝撃を与えたことに驚いたよ!!
…………。
バタン。
依然『奇妙』に体を捻ったポーズをとりつづける、裸体の男がいる部屋の扉を、黙って閉じて外に出る。
そして、外で待っていたアカリと顔を見合わせる。
「……なんだ、あれ?」
「吸血鬼」
「んん……、いや今はそれどうでもいいよ。つーかなんでお前外にいんだよ? ここまで連れてきたのはお前だし、紹介とかしてくれねえと困るんだが」
そう言うと、アカリは端整な顔をまるで『ソウルイーター』のエクスカリバーに出会った人の表情みたいな形に歪めて答えた。
「ウチ、あいつ苦手」
…………。
「わかりやすいな、お前」
俺に指摘され、ぷくっと頬を膨らませて、アカリはそっぽを向いた。ううん。そういう対応が一番困るんだが……。
仕方がないので考える。腕を組んで考える。これからなにをすべきか。どうするべきか。……、………………。
「……とりあえず、ドラゴンボールについて語るか」
……うん。なんか、めんどくさくなっちゃったよ。
完全に思考を放棄した俺の意見を、アカリは当然のことながら怪訝そうに「へ? ドラゴンボール?」と聞き返した。
俺は、なんの感情もなく、考えなしに言う。
「ああ。好きだろお前も。いい時間つぶしになると思うぜ」
「うんっと……うん! そうだね!」
よし! 乗ってきた!
「じゃあ、テーマを決めるぞ」
「うんっ」
うわっ。目ェキラキラさせすぎだろ。どんだけ好きなんだドラゴンボール!
予想外の反応に辟易しつつ、俺はテーマを提示した。
「ドラゴンボールで、最強だと思う技!」
アカリは間髪いれずに回答した。
「『アクマイト光線』!!」
「はっはっはー、初っぱなからマニアックすぎるぞこのやろう」
俺の笑いながらの言葉に、不満げに口を尖らせてアカリは言った。
「だってあれ。『悪の心が少しでもあれば、それを増幅させて対象を爆発させる』っていう技だよ? 悟空には効かなかったけど」
少し考えてみる。確か、悟空には悪の心が『無かった』から効かなかったのだったか。
「……よく考えたらこの技、最強っていうより無敵じゃね?」
悟空以外死ぬじゃん、これ。
俺の答えにようやく満足そうに頷くと、アカリはじっと俺の顔を覗きこんだ。………………。んん?
「え。俺も?」
当然だとばかりに睨みつけられた。
まあ、言い出しっぺは俺なんだが、ふうむ。ハードルたけえな。俺、原作しか知らねえし。
「……『気円斬』……っておい。そんな目で見るな。地球人最強の技だぜ? ナッパも避けなきゃやられてたじゃねえか」
「……まあ、よしとしよう」
とても偉そうにお許しがでた。お前は一体何者なんだ。
それからしばらくドラゴンボールトークで盛り上がった──アカリは『GTは認めない派』の人らしい──わいわいと楽しげにはしゃいでいると、「待て待て待てーいっ!」と、扉が開き、マントを羽織った男がひとり、部屋から飛び出し俺たちに言った。
「私も混ぜろォッ!!」
「イヤです」
俺が反応らしい反応を見せる前に、アカリはぴしゃりと言いのけた。もうそれは、『反射』の域に達していた。……知ってるか? “反射”って夏目漱石の造語だと言われているんだぜ。あとは“新陳代謝”、“無意識”、“電力”、“肩が凝る”、“価値”なんかも金之助さんの造語らしい。……いや、すげーなれなれしいけれど。
なんて、少し戯言だ。
男が「な……ッ」と言葉を詰まらせると、アカリはそれに畳み掛けるように言った。
「なんであなたとしゃべらないといけないんですか気持ち悪い。一人で遊んでてくださいよ、我慢して」
「な、な、」言葉を取り戻せずひたすらうめいていた男は、深呼吸をして、表面上は落ち着いて、紳士的に訊ねた。
「……何故であるか、テケテケよ」
「カズヤ君と話してるから」
俺に振るなよ。
案の定、男は俺をキッとばかりに睨みつけて言った。
「テケテケ、貴様かように頭の悪そうな男にほだされたというのか!?」
いやほっとけ。それはかなりほっとけ。俺のハートはわりと脆いんだ。
「……てゆーか」
アカリは、とどめの一言を放った。
「あなた、誰でしたっけ?」
ゴミを見るような目で言われ、彼は膝から崩れ落ちた。……あまりに哀れなので、俺は男の膝が床につく直前で引き上げ、体を支えた。──まあ。
「お前、ちょっと入って来んなよ」
アカリにそう言い残し、俺は男の肩を腕で抱えたまま引き摺るように運んで、扉を開けた。
よろよろと這うようにして、男が部屋にある安楽椅子に腰かけるのをちらりと横目で確認したのち、俺はまた、今度は中からバタンと扉を閉じた。
………………。
あれ?
どこの『いいやつ』だ、俺は。
そんなキャラじゃあないだろう! もっと、こう、ワルぶった感じの──それが格好いいと勘違いしちゃってる感じのキャラのはずだ。
………………。
今思うと、何言ってんだこいつといった感じである。
さっぱり理解できない。
認めがたいことに、言ったのは自分なのであった。
笑えばいいと、思うよ。
そんな風に膝をついて、下を向いて、自己嫌悪に浸っているときだった。
「いーけないんだー、いけないんだー」
子供が囃し立てるようなそんな文言が、背後から聞こえてきたのは。
恐る恐る振り返ると、そこにいたのは。
「女の子と密室で二人きり。なんて、いっけないんだあ。先生に言いつけちゃうよ──灰村和矢くん?」




